軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

305 予言⑧

まさか耳尻尾ルシアでもどうにもならないなんて……一体僕はどうしたらいいんだ。

僕は半ば自暴自棄になりながらティノに運ばれていた。

そもそも僕がこれまで遭遇してきたトラブルをなんとか切り抜けられたのは仲間の力によるものだ。ルシア達でどうにもならないとなれば、もはや打つ手はない。

相変わらず呪いは一心不乱にこちらに向かってきていた。今のところその敵意が僕にしか向いていないのは不幸中の幸いと呼ぶべきだろう。

結界指も、睨まれた時と炎の壁を突き破って放たれた一撃で二つ消費し、後一つしか残っていない。睨まれただけで結界発動させられるのやばくない? と思わなくもないが、そういえばケチャチャッカも叫びながら藁人形に釘打つだけでこっちの結界指をがりがり削ってきたので呪いというのはそういうものなのだろう。

呪いは怒りを収める気配がなかった。それどころか、ヤバそうな杖を講堂で手に入れた事で強化すらされているように見える。

黒い鳥に乗って滑るように追いかけてくる半透明の精霊人。後ろには黒い杖を持ったマリンの慟哭と黒騎士が乗っている。

翻って、こちらはカーくんと絨毯ライダーのティノ、そしてまるで釣り餌のようにぷらぷらしている僕。完全に不利であった。

土下座したら許してくれないかな……。

残された可能性は……ルークだ。さすがの僕でも剣で呪いを斬るのが相当難しそうなのは察しているが、もはや残された手は消去法的に彼しかいない。

…………あぁ、リィズとエリザもいたな。どこにいるのかわからないけど!

しかし、セージ教授、いなかったな……講堂の中にあんなに沢山魔導師がいたのに、一体彼女はどこに行ってしまったのか……会いたくない時に会えるのに会いたい時に会えないんだから、まったく!

と、そこでふと眼下、騒然としている人々の中に、アーノルドがいるのを見つける。

アーノルドとその大所帯のパーティは絨毯で逃げる僕と精霊人の追いかけっこをぎょっとしたように見上げていた。一か八か大声で助けを求める。

「アーノルド! あれ、なんとかしてくれる?」

「あぁ!?」

アーノルドは全く反応できないようだった。そのままその頭上を通り過ぎてしまう。レベル7なのにさては修羅場になれていないな? まったく、これだから……。

しかし、こんなに大騒ぎしているのにフランツさんはどうしたッ! あの人、帝都の平和を守ってるんじゃないの? 帝都が危険だよ! 共音石も最悪のタイミングで取り上げるし……まったくまったく! 皆まったく!

ただぶらぶらさせられるのももったいないので大声で叫ぶ。呼べば誰かが連絡してくれるだろう。目立ちたくはないが背に腹は代えられん。

「フランツさーん! 第零騎士団のフランツ団長! たーすーけーてー!」

「ますたぁ!?」

「帝都の危機だよ! 呪いだよ! フランツさーん! 早く来て―! ヤバそうな呪いが! ピンチだよッ!」

「殺す殺す殺す……ッ!」

精霊人が叫びながらこちらを追いかけてくる。恐ろしい速度だが、まだカーくんの方がかろうじて速かった。

「避けて、カーくんッ!」

あげく、後ろから放たれる光の矢を、ティノが華麗な指示で回避する。結界指は後一個しかないのでありがたい事この上ないのだが……それ、僕がやりたかったんだけど?

僕はまだ上に乗せてもらえてすらいないのにティノのカーテクが偉いことになってる。ずるいな。

命からがら逃げること数分、ようやくルークにより真っ二つにされた剣聖の道場が見えてきた。中庭では剣聖門下の剣士が大勢剣を振っている。

そう言えば、呪いに打ち勝つために鍛え直すらしいとか言ってたな……………………今日の僕は、ツイてる(やけくそ)。

もしかしたらかの高名な《剣聖》ならば呪いも斬れるかもしれない。ソーンさんは呪いの魔剣にも勝ったらしいし……。

空からやってくる僕たちに気づいたのか、門下生達がこちらを指差しざわめき始める。僕とティノだけならばまだしも、追ってくる三人は黒雲を呼んでいるのだ。

僕はぎょっとしたように目を見開くソーンさんと、その隣で目を丸くするルークに叫んだ。

「ソーンさあああああん! ルークッ! これ任せたッ!」

「ッ!?」

「!! 任せろ、クライッ! うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

ルークが僕の助けの声を受け、駆け出す。完全に脊髄反射だ。多分、敵がなんだかすらよく考えていない。僕の幼馴染である《千剣》のルーク・サイコルとはそういう男であった。

ティノが絨毯を下降させる。ルークはその隣をその無駄に高い身体能力で全力疾走すると、地面を強く蹴って跳んだ。

「ますたぁ……ルークお兄さま…………木刀です」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「!?」

僕を殺すことだけを考えていた呪いの精霊人が、突然何も考えずに突進してきたルークの気迫にぎょっとしたように一瞬止まる。マリンの慟哭もびくりと震える。

ルークは放たれた光の矢を木刀で切り払うと、光で焼かれ長さが半分になってしまった木刀で呪いの精霊人を唐竹割りにした。

「!?」

「!?」

「あ!?」

ティノが目を見開き、僕も言葉を失う。だが、一番驚いたのは斬られた精霊人だっただろう。

真っ二つにされた精霊人は一瞬でくっつき、ルークが叫ぶ。

「あああああああ、くっついたあああああああああああッ! 俺はまだ、未熟だッ!」

いや…………やっぱり実体ないんだね、あれ。今まで誰も効果的なダメージを与えられなかった呪いを木刀で斬るなよ、逆に驚いたわッ!

ルークが半分しか残っていない木刀をぽいと捨てる。精霊人が斬られた身体の中心をさすりながら呆然と言った。

「な、なんだ……こいつは!?」

「うおおおおおおおおおおッ! 騎士だッ! け、剣、新しい、剣ッ! 斬るッ! 斬るッ!」

なんか傍目から見るとルークの方が呪われてそう……。

ルークがきょろきょろと周囲を見回し、《剣聖》の隣にあるあの魔剣に目をつける。それに気づいた精霊人が慌てたように手を伸ばす。

魔剣ががたがた震え、その手の中に引き寄せられるように収まる。ソーンさんがしまったみたいな顔をしていた。ルークの蛮行に視線を取られたのだろう。

精霊人は剣を後ろの黒騎士に渡すと、思い出したように僕を睨みつけた。

「に、人間、よくも、珍奇な生き物を、この私に――」

「なんかごめんなさい」

「も、もしかして、シトリーお姉さま、キルキル君の鳴き声ってあれを参考にしたのでは?」

ルークは時々行動の目的が意味不明で見る人が見ると凄い怖いんだよな……。

強いショックのせいか、纏った黒いオーラがかなり弱くなっている。呪いを引かせるって……もしかして、呪いってこういうわけわからない人間が苦手だったり?

「こ、ころ……殺すッ! 未来永劫、人間に災いを……」

呪いの精霊人は最初に見た時と比べてずっと人間じみていた。むしろ、こっちの恐怖感、薄まってきているんだけど……。

最初に見た時は何をしでかすかわからない恐ろしさがあったが、大暴れするだけならば魔物と変わらない。力やばいけど。

手近な門下生から剣を奪い取ったルークが精霊人に襲いかかる。精霊人はすかさず地面に手の平を向けた。

ルークの足元、広範囲が沼地のようにどろどろに溶け、ルークの下半身がずぶずぶと埋まり、再び固まる。

「おの、れ、この私を、驚かせるとは――下等生物がッ!」

余程怖かったのだろうか。精霊人が大きく腕を持ち上げ、振り下ろす。天から降り注ぐ漆黒の槍がまるで格子でも作るかのようにルークの周辺に突き刺さった。

しかも、かなり幅が狹い。もうちょっと間隔を空けても出られないのに……。

「く……くくッ……か、下等生物にはッ! 牢がッ! お似合いだッ! お前はッ! 永遠にッ! そこにいろッ!」

「く……くそおおおおおおおおッ!」

「ッ!?」

ルークが正体不明の槍の格子を躊躇いなく掴み、手が焼けるのも構わず、下半身が埋まっているのも構わず、格子を上ろうとする。

精霊人は引きつった顔で慌てて槍で天井を作り始めた。

「き、貴様――二度と、剣を持てぬ身体にしてやるッ!」

ヒートアップしている呪いの精霊人。今回はカーくんから下りなかったティノが手を差し伸べてくる。

「ま、ますたぁ、今のうちに逃げましょうッ!」

なんか予想以上に善戦していたけど、どうやらルークでも倒す事はできないようだ。

てか、剣で倒せるもんじゃないでしょ、呪いって。考えるまでもないわ。

ティノの手を取ると、カーくんが急浮上する。僕はまたぶらぶらしながら、大騒ぎしている道場を後にした。

§

先程よりもスピードを落とし、カーくんが帝都の空を行く。

幸い、少し時間ができたようだ。あの精霊人が追いかけてくる気配はない。ルシアやアンセムよりもルークが足止めになるとは、おかしな話もあったものだ。

めちゃくちゃやられて少し危機感がなくなってしまったが、予断を許さない状態なのは間違いなかった。空から見下ろすと、帝都中が混乱に包まれている事がわかる。

呪いが纏っていた暗雲は帝都の空全体に広がっていた。フランツさんの言っていた予言はもしかしたら比喩でも何でもなかったのかもしれない。

ふーふーと荒い呼吸を落ち着けていたティノが、おずおずと尋ねてくる。

「ますたぁ、次は……その、どうしましょう?」

どうって……わからないよ。万事休すだ。僕が思いつく残りの策は…………ラピス達が連れてくる精霊人の呪術師に全てを賭け、帝都中を逃げ回るくらいだろうか。

だが、そんな時間はないだろう。カーくんで逃げるにしたって、チャージの問題があるのだ。空飛ぶ絨毯はその性能によって必要チャージ量が違うが、カーくんはかなり高めなのでティノではチャージできまい。もちろん、僕は論外だ。

僕は必死に頭を回転させながら大きく深呼吸すると、僅かに笑みを浮かべてティノを落ち着かせるように言った。

「ティノは…………どうすればいいと思う?」

「え……!? えっと――」

とにかく、時間を作るのだ。時間を作って誰かしらが助けてくれるのを待つ。それが――最善。

この街には優秀なハンターや魔導師が大勢いる。中には呪術師だっているだろう。こうしている間にもアーク達が作戦を考えてくれる事を祈るのだ。時間を作るためならば僕は喜んで土下座でもなんでもしよう。

と、そこでむーむー唸っていたティノが、何か閃いたように目を見開いた。

額に張り付いた髪に、黒く汚れたリボン。散々酷い目に遭ったのにまだ気力が残っているのが純粋に凄い。立派になったものだ。

そして、ティノは上目遣いで恐る恐る言った。

「あの……もしも、ますたぁの想定と違っていたら……僭越なのですが……その………………みみっくんの中に閉じ込めるなど、どうでしょう?」

「…………」

僕は衝撃の余り、顔が動かなかった。

そ……それだッ! みみっくんは行方不明者を何十人も出した逸材だ。中から出る方法はまずないと言っていい。もちろん、二度と開けられなくなりそうだが、それくらい我慢するべきだろう。閉じ込めてもう一回教会に預かってもらおう!

ティノは天才かな? むしろ僕の方がティノの事をますたぁと呼びたい!

色々課題はありそうだが、策なしで動くよりも余程いいだろう。希望が見えてきた。今日から僕はティノますたぁ(意味不明)。

「ティノは頭がいいなぁ………………あ、でも鍵がかかってるけど――」

「正解ですか!? それくらい私が開けますッ! 行きましょう、クランハウスへッ!」

ティノがきらきらと目を輝かせて言う。やれやれ、クランハウスで始まりクランハウスで終わるとは――最初にあそこで呪いが解放された時にみみっくんを使っていればよかったのでは?

ティノがカーくんを旋回させる。もうカーくんも限界近いのか、その動きに先程までの鋭さはない。

そして、ティノがカーくんをクランハウスに向かって進ませようとしたその時――ふと背後から凍てつく風が吹き付けた。

雷鳴のような声が降り注ぐ。

「殺すッ…………コロスッ、クライ・アンドリヒ、覚えたぞ、その名前――人間風情が、ヨクモッ……」

「ヒッ!?」

ティノが悲鳴をあげる。道場のあった方向に、濃い闇が蠢いていた。空を覆う暗雲とは比較にならない邪悪な気配。ブチ切れていらっしゃる。

闇の真ん中に、精霊人がいた。既に黒い鳥には乗っていない。その代わり、完全に闇を従えている。

それは、怒涛の如くという表現がしっくりくる光景だった。闇の波に乗り、呪われし精霊人がこちらに向かって滑るように襲ってくる。今までも決して手を抜いてはいなかったのだろうが、今回こそ本気だ。

カーくんの速度よりも遥かに速い。ティノが慌ててカーくんを叩いて言う。

「カーくん、もっと速度をあげてッ!」

ティノの命令にカーくんが一生懸命前に進もうとする。妙に可愛らしいが、速度は上がらなかった。

背後から追いかけてくる闇を従えし魔王。ティノが必死に、ばんばんと絨毯を叩く。

「なんで!? カーくん、もっと速くッ!」

「……魔力切れじゃない?」

「………………ひぇ!?」

…………クランハウスにたどり着けたとして、ティノ、ちゃんと鍵開け間に合うかな……。

そして、予言を巡る大騒動の、帝都の未来を決める最後のデッドヒートが始まった。