作品タイトル不明
273 諸悪の根源
飛行魔法は安定性に欠ける。空を飛ぶ魔法は幾つか存在するが、重力を操作するにしても風を操作するにしても、バランスを取るのが非常に難しいらしい。
身体を浮かせる事だけならばともかく、自在に動くのが難しいらしく、失敗すると墜落する事もあり、一流の魔導師でも飛行魔法は苦手という者は少なくない。
飛行用の宝具や騎乗できる翼持つ魔獣が高値で取引されているのもそのためだ。自分が飛ぶだけでも難しいのに、一人で大人数を飛ばすとなると更に難易度が跳ね上がるらしく、幾つかの国では飛行魔法専用の魔導師を育成している程だった。
一方で、うちのルシアは飛行に使える魔法を幾つも身につけている。
空中での姿勢制御と安定性は術者の運動神経にも密接に関わってくるらしいが、僕の空への憧れを反映した魔導書により散々特訓した《万象自在》のルシア・ロジェに不可能は余りない。多分。
「いいですか、しっかり掴まっていてください、リーダー。空遁でコツは掴んだとは言え、ほんっとうに、バランス取るの難しいので」
「……ああ、あの凧で飛んでたやつね。ルシアも面白い事考えるよねぇ」
「ッ!? もうッ!」
そう言えば、昔読んだ物語に凧に乗って飛ぶシーンがあったような気がする。もしかしたらそこからインスピレーションが刺激されて術を開発したのだろうか?
ふッ…………妹だな。
ルシアが跨るのを待って、その杖――箒の後ろに乗せてもらう。しかし、こんな細い棒に乗ってよく平気だな……。
箒に乗せて貰った事は数えるくらいしかないが、毎回、お尻が痛くなる。空を飛ぶなどといっても身体が軽くなっているわけではないのだ。
「……凧に乗ったほうがよくない?」
「ッ!! ほら、さっさと、掴まるッ!」
まぁ、確かに凧に乗ってたら目立ちそうだけど。叱られたので仕方なくルシアにぎゅっと掴まると、箒がゆっくりと浮き上がった。
すぐに足がつかなくなる。何しろ接地面積が少ないので、しっかりと身体に掴まっても重心が安定しない。最初に箒に乗るとか考えた奴の気が知れないが、ルシアに苦労してそれを再現させた僕が言えた事でもない。
ルシアが大きく息を吸うのがしっかりと身体に回した腕から伝わってくる。そして、箒が一気に加速した。一瞬で開け放たれたクランマスター室の窓から外に飛び出す。
僕はぎゅっとルシアの身体に抱きつくように掴まる事しかできなかった。皇帝の護衛の際、クリュスのアイアンホースに乗せてもらった時も大変だったが、ルシアの箒の速度はその比ではない。
空を自在に駆け回れる魔導師は一部の国では専用の兵科が作られる程強力なのだ。一気に加速した箒は目の前の建物にぶつかる直前に方向を変え、急上昇した。身体に襲いかかる強力なGに、思わず蛙の潰れるような声が出る。
そう言えば町中で箒に乗せてもらうのは初めてだったな……。
「これ、制御は――」
ただ無我夢中にしがみつく僕に、箒を操るルシアが叫んだ。
「変な声、出すなああああああああッ! できてる、からッ! リーダーのせいで、私のコントロール精度は――」
「速度、上げすぎ」
視界が大きく転回する。その動きに僕の感覚は全くついていけていない。快適な休暇を着て来るべきであった。
Gを結界指で防げていないのは発動条件に達していないからだろう。多分、ぎりぎりだ。まぁ、発動しても余り意味はなさそうだけど。
ぐるぐる回る視界。ふと下を見ると、無数のちっぽけな人々が、いきなり飛び出してきた箒で空を飛ぶ魔女ルシアに、指を向けてざわめいているのが見える。
クランハウス前は大きな通りだ、日中は馬車も頻繁に行き来しているのだが、今はそれらもほとんどが停止し、こちらに注目していた。
いくら人材豊富な帝都でも空を飛ぶ人はそこまで出てこないからなあ……。
箒が更に加速し、一気に注目を置き去りにする。轟々と鳴る風の中、ルシアが叫ぶように言う。
「速度を落とすとッ! 安定しないのッ! この! 不安定な! 姿勢で! 逆さに! ならないのが! どれだけ! 難しいか!」
風が強すぎる。昔よりも速度が上がっている気がする。あるいは僕が鈍っているのか……『夜天の暗翼』使用時も反動はあったが、どうやらあの宝具はある程度そういったデメリットを緩和していたようだ。新たな発見だな。しかし、結界指の発動ギリギリをついてくるとは――。
風圧で呼吸すら困難だ。何がなんだかわからない中、話しかける。
「ルシア、なかなかやるな…………ッ!?」
と、そこでルシアが一瞬でいなくなる。いや――いなくなったのは僕だった。
腕の力が抜けたのだ。そう気づいた時には既に僕は落下を始めていた。
身体が傾く。さっきまで僕を揉みくちゃにしていた風の代わりに身体が地面に引っ張られる。僕は――無力だ。
だが、僕は安らかな気分だった。落下なら慣れているし、結界指だってある。
「!? なんでえ!? にいさあああああああああんッ!」
§
いつも冷静なルシアが血の気の引いた表情で息も絶え絶え叫ぶ。
「意味が、わからないッ!」
「……ナイスキャッチ!」
「ふざけるのは、やめてくださいッ! 兄さんッ!?」
何も言えない。ふざけたつもりはないんだが……ただでさえ妹にしがみつくという醜態を晒しているというのに、それでも落ちるとは、自分の力のなさにほとほと呆れる。
でもそりゃそうだよ。だって、アイアンホースからも落ちたし……こんな速度出したらそりゃ手も外れるって。
だが、やはりルシアは頼りになる。クリュスも頼りになったが、この妹はそれ以上だ。仮にも兄として誇らしい。
「まさか落下する僕を旋回して受け止めるとは……なかなかやるな」
……曲芸かな? 自由落下する僕に追いつき、すごい叫び声を上げ右腕を箒から離し空中でキャッチしたルシアの様子はもしかしたら伝説に残るかもしれない。
箒の速度にも慣れてきた。上空から見る帝都の町並みは思わず手を離してしまいかねない程綺麗だ。
「また、どこにも役に立たない技術が、ついてしまいました――」
「その……成長ってのは積み重ねなんだよ」
「!? 反省しろッ!」
まぁ、そう言われると――僕もちょっと死線をくぐるのに慣れすぎていたのかもしれない。いや、くぐれてないけど。
二度と落ちないように、回した腕に更にしっかりと力を込める。髪を引っ張らないように気をつけないと……。
「いやー、助かったよ。あはははは……」
「…………次は、見捨てますよ」
やはり持つべきはしっかりもので魔術師の妹だろう。宝具のチャージもしてもらっているし、彼女がいなかったら僕はとっくに駄目になっていた。まぁ、ルーク達がいなくても普通に駄目になってたけど――いや、今頃引退していて平和に暮らしていた可能性もあるか?
…………これ以上この事を考えるのはやめておこう。
大切なのは過去ではなく未来だ。気を取り直し、降りかかる風を堪えながら前を見たその時、僕の目に信じられないものが入ってきた。
思わず目をこすり、もう一度見直す。進行方向の目的地――《剣聖》が開いた道場が存在していたはずの場所を。
「…………おかしいな。あそこ、もっと大きな建物なかったっけ?」
「………………」
《剣聖》ソーン・ロウウェルは帝都最強とされる剣士だ。トレジャーハンターではないが、生涯をかけて培ったその腕前は剣術に限って言えば高レベルハンターをも遥かに凌駕し、古今東西含め、最高峰の剣士の一人とされていた。
当然、武が尊ばれるゼブルディアでの評価も高く、その権威は上級貴族にも匹敵するといわれ、傍流も含めると帝都内だけでも数十の道場が存在する。
僕の記憶が正しければ、そこには門下の貴族が《剣聖》への敬意を込めて寄付した、周辺諸国を含めても最大規模の道場――訓練場があったはずだった。かつて帝都に来たての頃、ルークと一緒に見に来て燃えるような感動を覚え、歓声を上げたのを覚えている。
それが今は影も形も――いや、影や形はあるかな。
「……………………解体したのかな? 結構新しかったのに」
「…………」
巨大な訓練場があったはずの場所は今、瓦礫の山と化していた。野次馬や治安維持の騎士団が何人もその周囲を囲み、ざわめいている。
完全に倒壊しているわけではなくそこかしこに柱や壁は残っているが、修理には相当な時間がかかるだろう。だが、何よりも注目すべきは、訓練場の目印でもあったその中央に存在していた一際高く作られていたはずの尖塔が消えている事だろう。
いや、消えてはいない。消えてはいないが――目測で三分の一程に低くなっている。気の所為ではない。屋根がなくなっているから、笑う事しかできない。
「あは、あははははは、リフォームしたのかな? ルシア、なんか短くなってない? あははははははは」
「………………」
乾いた笑いが風音に紛れ消える。
嘘だろ!? 何? 何をどうしたら塔が短くなるの? え? なんでこんな大事件が新聞に載ってないの?
明らかに災害規模の破壊だ。不思議なのは他の建物が無事な点だろうか?
恐らく地上から見ていたら気づかなかっただろうが、短くなったその断面はまるで――。
僕は、さっきからすっかり口数が少なくなってしまったルシアのお腹に回した手に力を入れた。
「………………」
「見てよ、ルシア。まるで剣で斬ったみたいな跡だ。そんな馬鹿な! どんな大きさの剣だよ! ねぇ、ルシア、なんか言ってよ。ルシア?」
「兄さん…………馬鹿ッ」
ようやくルシアが小さな声で答えてくれる。やばい……これ、僕が原因だったら許して貰えないかもしれない。
被害者は出たのか? 誰がやったの? ルーク? お金や土下座で解決できる? こんな事になるとは思っていなかったでなんとかなる?
てか、なんで剣で訓練場がばらばらになるんだよ。おかしくない?
…………に、逃げたい……だが、逃げられない。一人だったらまだしも、妹の目の前だ。
既に不甲斐ないところはさんざん見られているが、僕にもプライドくらいある。
「道場に人が集まっていますね。ルークさんもいるみたいです、そこに下りましょう」
ルシアをしっかり掴まえたまま頭だけ動かし、半壊した道場の中心を指す。ルシアの言う通り、瓦礫転がるその中に幾つかの影が見えた。
「…………ルシアは勇気あるなぁ」
上級貴族から与えられた訓練場は《剣聖》一門にとって誇りのはずだ。間接的にとは言え、それを台無しにしてしまったのだ、何を言われるかわかったものではない。
ましてや、彼らにはルークがいつも迷惑をかけている。ルークは強さや剣の腕には真摯だが、礼儀は知らないし金や権力にも興味を示さない。
貴族も多く存在するという《剣聖》の門下生の中には嫌っている者もいるだろう。今回の件は火に油を注いだようなものだ。
その上、《剣聖》の門下生はめちゃくちゃ多い。僕も何人かとは顔見知りだが、そこまで仲のいい者はいない。《剣聖》本人が許してくれたとしても、他の者が許してくれるかどうか――。
「!? 誰のせいですか、誰の!」
「…………い、いやいや? まさか……そう! ゼブルディアで心技体揃った最強の剣士と呼ばれる男が、魔剣に負けるなんて思わないよ?」
「…………」
まぁそもそも魔剣だなんて知らなかったんだが……確かに見た目は随分禍々しかったが、僕もルークも平気だったし…………エリザめ、いつもぼーっとしている癖に、随分厄介なものを持ってきてくれる。
さっそく新たな言い訳を見出す僕に、ルシアは何も言わず、進行方向を変え、速度を上げた。
§ § §
不覚だった。《剣聖》の一握りしかいない直弟子として、ナドリは余りにも無様な醜態に今すぐにでも腹を切り詫びたくて仕方なかった。
切り落とされた右腕も、全身に奔る肉がきしむような痛みも、骨折の痛みも、その衝動と比べれば全く気にならない。
自死をかろうじて止めているのは――。
「いやー…………最高の夜だったな。魔剣に操られる剣士が強えってのは定説だが、まさかあそこまで強化されるとはなぁ――」
「ぐうッ…………」
全身、砂埃に塗れながらも大笑いする眼の前の男がいるからだ。
こんな事になった原因を持ち込んだ癖に一切悪気がなさそうどころか上機嫌になっているルーク・サイコルを目の前に腹を切るなど出来るわけがない。
数え切れないほどの門下を持つ由緒正しい道場は半壊していた。
無骨で見るだけで身が引き締まるようだった門も塀も家屋も倒壊し、恐らくこの現場を見てこの光景が一振りの剣によって生み出されたものだと考える者はいないだろう。
会場には拭き取った今もまだ拭いきれない血の匂いが漂っている。
本来、たった一本の剣でここまでの破壊を起こすのは難しい。だが、《千変万化》が送ってきた剣はただの剣ではなかった。
魔剣には幾つか種類がある。何らかの代償と引き換えに力を与えるもの、担い手の才能次第で露骨に性能を変えるもの、中には剣が担い手を選び、担い手を一流の剣士に育て上げる剣なども存在するらしい。高度魔導武器文明の生み出した武具は現代の常識で理解できるものばかりではない。
持ち込まれた剣が、魔剣に属する物の中でも最悪の代物だとナドリが気づいたのは、全てが終わった後だった。
見ただけで心奪われるようなその剣を握った瞬間、ナドリに奔ったのは、世界の全てを我が物にしたかのような恐ろしいまでの万能感と、それを振るいたいという抗いがたい欲求だった。
剣士ならば誰しもが一度は経験する、最初に剣を握った時に感じる不思議な高揚を何万倍にもしたようなその衝動は、ナドリからそれ以外の全てを取り払った。
一般的に、 剣士(ソードマン) には剣の腕だけではなく、精神修養もまた求められる。学び得た大いなる力を正しく使うために――それは、剣術に対して一種偏執的なまでの情熱を注ぐルークが未だ最強と呼ばれない理由の一つでもある。
ナドリは、先に気づくべきだった。その刃を見た瞬間に膨れ上がった衝動に違和感を抱き、強く警戒するべきだった。
衝動を抑えそれを振るいたいと考える自身を律するべきだった。弟弟子達の模範となるべきだった。
強さへの欲求。嫉妬。憎悪。自尊心。担い手を狂気に誘う魔剣。魔性の剣は人の弱い心に取り付くのだ。
魔剣は往々にして怖気を覚えるような切れ味を誇るものだが、その剣もまた見た目の美しさに違わぬ恐ろしい切れ味を誇っていた。
軽く振れば、世界が切れた。羽のような軽さで、空気を、あらゆる者を切り裂き、一切の抵抗はなかった。
恐らく、切れ味だけならば魔剣の中でも――屈指。
身体の一部のようにしっくりと手の平に吸い付き、身体の一部のように違和感がない。いや――その瞬間、確かにナドリは剣の一部で、生き物を刻むことは存在理由だった。
もしもあの場に、兄弟子から突然斬りかかられても眉一つ動かさず逆に命を取りにくる頭のおかしいルークがいなければあの場にいた他の門下生達は全滅していた事だろう。
もちろん、そもそもルークが魔剣を持ってこなければこんな状況にはなっていないのだが。
ルーク・サイコルは問題児だ。兄弟弟子を含めかなりの人数を斬っている生粋の人斬りだが、建物を壊すことだけは余りなかった。
道場を半壊させ、その騒動が外にまで知れ渡るというのは前代未聞だ。既に騎士団の連中が事情を聞きに来ている、ごまかす事などできないし、許されない。
そして、《剣聖》の直弟子の醜態は《剣聖》本人の評判を貶める事に繋がる。此度の事件はナドリの責任だ。師は許してくださるだろうが、そんな事は関係ない。
「いやー、つえーつえー、さすがクライ、わかってるな。こういうのが欲しかったんだよ! 師匠がいなくてやりあえなかったのだけが失敗だったけど――」
「た……たわけがッ! 師が、魔剣に取り憑かれるわけなかろうッ!!」
夜が明けたその時には死屍累々と倒れ伏していた他の門下生達は既に治療のため運び出されていった。今この場に集まっているのは、全て終わった後にやってきた者たちばかりだ。
幾つもあった血溜まりも拭き取られ、転がっていた人体の一部も撤去されている。
昨晩道場にいたのは門下の中でも特に修行に力を入れている実力者ばかりだ。
――だが、ここまで大勢の被害者が出たのはナドリが斬ったためではない。
既に惨劇を生み出した魔剣はない。ルークが持ってきた布に包まれ、撤去されている。だが、専門家による調査が進めばその危険性は明らかになるだろう。
そして、《千変万化》がどういうつもりでその剣を送りつけてきたのかもまた判明するはずだった。
ルークが腕を組み、座りこみ荒く息をするナドリを見下ろし、高い声で言う。ルークも手傷は負っているはずだが、その表情には何の痛痒も浮かんでいない。
「んな顔しなくても大丈夫だって、腕くらいアンセムが治してくれっから! あいつそういうの得意だから! 今回は人数いるから練習にもなるし」
「そういう、問題じゃないッ!」
軽い。数十人斬ったとは思えない軽さだ。何人か殺しかけたとは思えない軽さだ。
そして、ナドリからの叱責を受けても眉一つ動かしていない。
集まった兄弟弟子達が険しい表情でルークとナドリを見ている。
表立って文句を言わないのは、師の裁定に任せるというのもあるが、ルークが門下の中で特殊な立場にあるからだ。
何しろ、彼は話が通じない。話が通じない癖に才気に溢れ誰よりも剣を愛し、そして人を斬る事も斬られる事も躊躇わない。
権力に屈せず、貪欲に強さを求めるそのスタンスには敵も味方も多く、そしてこれが一番の問題なのだが――彼にはもともと、魔剣など関係なしに、門下を全員切り倒し道場を破壊してもおかしくないくらいの破天荒さがあった。
ナドリとて、もしも張本人ではなく後から話を聞いた立場であったら、またとんでもない事をやらかしたなで済ませてしまった可能性が高い。
ルークとはもう数年の付き合いだ、既に性格もわかっている。これは剣の星からやってきた剣星人なのだ。どうして言葉が通じない相手に心の底から怒り続けることができるだろうか。
最近では師もルーク本人ではなく、そのパーティのリーダーである《千変万化》に話をするようになったというのに――。
剣に取り込まれたのはナドリの未熟だ。家族にも友にも師にも顔向けできない。
だが、それだけで済ます事など到底できない。一言も文句を言わずに済ますわけにはいかない。たとえそれがどれほど情けない事であっても――。
「《千変万化》だ。言わせてもらう、もうお前とは話はしないッ! 《千変万化》だ! お前のリーダーに、話をする! どういうつもりであんな剣を送ったのか、はっきりと言ってやるッ! いいか、ルーク! お前は知らないかもしれないが、この国で、危険な魔剣を、何も言わずに送るのは、法を犯しているッ!! 何も知らんとは言わせん、何も知らんとは言わせんぞッ! 師がなんと言おうと、言わせてもらうッ!」
「えー、落ち着けよ、ナドリ。クライは悪くねーよ。俺が頼んだんだ、なんか斬る相手いないかって。そしたらくれた」
どこの世界に斬る相手を頼まれて心を侵食する魔剣を送りつける奴がいるのか。そもそも、お前は誰にでも頼んでるだろーが!
興奮に傷口が開いたのか、腹部に鈍い痛みが走り思わず強く押さえる。意識が朦朧とするが、まだだ。全ての結末を見届けなければ医者にも行けない。
せめて、今回の事件で呼び出された師が戻ってくるまでは耐えねば――。
と、その時、ふと宙に視線を投げたルークが大きな声をあげ、手を振った。
「あ、クライだ! おーい、こっちこっち!」
「!? な、何!?」
いくらレベル8ハンターでもやっていいことと悪いことがある。ルークといい、《嘆きの亡霊》は法律や常識をなんだと思っているのか!
重い身体を叱咤し、渾身の力を込めて立ち上がろうとしたその瞬間、ふと強い風が吹いた。その風圧に、なんとか根性で動かしていた膝が砕け、盛大に尻もちをつく。
他の門下生が慌ててスペースを開ける。
尻から奔る痺れるような痛みに声なき悲鳴をあげるナドリの前に勢いよく下りてきたのは――箒に跨った、この世のものとは思えない美しい黒髪の少女だった。
腰まで延びた真っ直ぐの黒髪に、シミひとつない白い肌。整った、しかしやや愛想に欠けた容貌は少女が怜悧な頭脳を持つ事を確信させた。
黒尽くめの魔導師衣には華やかさはないが、神秘的な雰囲気がその容貌にこの上なく似合っている。
箒に乗って飛ぶ者などいない。お伽噺の中でもなければ。
思わず呼吸を忘れ、痛みを忘れ、怒りを忘れる。集まっていた門下生達もまた同じ気分なのか、突然降ってきた正体不明の少女に言葉を失っている。
急に訪れた静寂の中、唯一変わらないルークが、どこか嬉しそうに声をかけた。
「なんだクライ、来たのか! もうさいっこうだったぞ。一人切ったら次の奴が剣を拾って襲ってきてさ、剣もやばい切れ味だったし――」
「!? ル、ルーク!? 何を言ってる、《千変万化》は男で――」
ありえん。ナドリは《千変万化》とも面識がある。ルークが門下に入る際についてきていたし、それ以降も何度か会ったことがある。
黒髪黒目の、よく言えば優しげな、悪く言えばパッとしない顔立ちの男だ。そもそも性別が違う。《千変万化》は男なのだ! このような美しい少女ではない。目と髪の色くらいしか共通点がないし、それを共通点と呼ぶのはもはや侮辱だ。
心技体を鍛えるべく《剣聖》の下で激しい修練を受けた門下生達が完全に萎縮していた。中にはあからさまにその顔を凝視している者もいる。
能力には適性がある。《剣聖》の門下にも女性はいるが極少数で、体格に恵まれナドリ達に勝るとも劣らない豪傑がほとんどだ。
そして、悲しきかな、か弱く可愛らしい女の子の魔導師を守るのは多くの剣士にとって、口が裂けても言えない『夢』だった。
完全に心を奪われている門下生達の前で、ルークが目を瞬かせると、眉を顰めて言った。
「ん? あぁ、ルシアはクライの妹だよ。箒に乗ってんのは珍しいけど……どうした、ルシア。修行か?」
「…………そうです」
…………妹、だと!? ありえない。
耳を疑うナドリの前で、少女が鈴の音を転がすような声で答える。
そして、箒の後ろから諸悪の根源が下りてきた。