軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

272 忍び寄る魔の手③

「………………リーダー……今日は、何をするつもりですか?」

「んー? 今は…………英気を養ってるんだよ」

「!? 昨日も養っていたでしょう!」

「まぁまぁ……」

不機嫌そうな眼差しをいつもの方法で回避する。今日も帝都は平和だ。

ルシアは生真面目だ。子どもの頃はもう少し笑顔を見せてくれていたが、性格自体はあの頃から変わっていない。

整理整頓が得意だし、待ち合わせの時間も守る。ルーク達と違いルールを好んで破ったりしないし、日々の勉強も怠らない。そして、休みは週一もあれば十分なのだ。

恐らく、変わったのは僕の方なのだろう。いつも仏頂面なのは反抗期なのもあるが、彼女にとって余りにも僕が不甲斐ないせいもあるのかもしれない。むしろ、ルシアはまだ僕を見捨てていないだけマシだ。僕がルシアの立場だったら何もしない兄を見捨てない自信はない。

「きっと、僕の真面目さや才能は全部ルシアに吸い取られたんだろうな」

「!? 血は繋がってない!」

クランマスター室の定位置で欠伸を噛み殺しながら出した言葉に、ルシアの視線の温度が下がる。

いや、だって、ほら…………しっかり者の妹がいるとだらけてしまうのは仕方ない事なのだ。バランスが取れているのだ。

そして、大魔導師が身内にいると魔導師を見る目が肥えてしまっていけない。僕がクリュスや《深淵火滅》などの魔導師勢によく怒られるのはルシアにも責任の一端がある。

持ってきて貰った新聞を確認する。フランツさんに頼んだおかげか、新聞には昨日は一面を飾っていた退廃都区襲撃について不自然なくらい何も書かれていなかった。

なるほど……どうやら、エヴァが苦労して数年使って構築したコネよりも貴族からの圧力の方が効果が高いらしい。

他に気になる記事がないことをざっと確認し、新聞を置く。よし、今日は平和だな。

「しかし、二日連続でルシアが護衛とは、珍しいんじゃない?」

「…………他のメンバーの都合がつかなかったんです。私達は、忙しいので。明日はチェンジしますよ」

ルシアがむすっとした表情で言う。

まぁ、僕は大歓迎だけどね。ルシアがいれば宝具は使いたい放題だし、最近なかなか機会がなかったので、兄妹としての時間を作るのは良いことだ。

ハンターになる直前、親からは危険な事があったら身を挺してでもルシアを庇うように言われている。

ふん、自慢じゃないが僕は誰よりも先に攻撃を受ける事にかけては右に出るものはいないよ。アンセムはその巨体からは信じられない反射神経と敏捷性を持っているが、それを鍛えたのは(ある意味)この僕なのだ。

どうしたものか、兄妹水入らずなのにルシアの機嫌が余り良くない。そこで僕は良いことを思いつき、ぱんと手を叩いた。

「それじゃあ今日はせっかくルシアもいるし、久しぶりに新しい魔導書でも作ろうかな……」

「そ、それに、襲撃者が何をしてくるのかわからないので、私が最適です! 母さんからもしっかり兄さんを見ているように言われてますし」

「えーっと、ペンとノートはどこだったかな…………」

「そ、そうだ! 先生が、兄さんを一度連れてきて欲しいと言っていたんです! 近い内に一緒に来てくれますか? 前回の武帝祭で試験を直前にキャンセルした事で相当不機嫌みたいで――」

「……閃いた! ……先生を蛙にする魔法?」

「!? やめろ! こら!」

ルシアが顔を真っ赤にして身を乗り出し、ペンを奪おうとしてくる。僕は軽く腕を動かしそれを回避した。

魔導師であるルシアはリィズやルークのような肉体派ではないが、身体能力は僕よりも遥か上だ。才能も訓練量もマナ・マテリアル吸収量も違い過ぎる。

だが、お年頃のルシアはリィズやシトリーと違いなるべく自分から僕に触らないようにしているので、僕でも回避は難しくないのであった。リィズみたいに瞬きよりも速く動けたりもしないし。

「蛙にしてやる……蛙にしてやるぞ。僕に会いたいとか、先生は本当にお目が低い」

「よくわからない事を、言うなーーー!」

ルシアの先生はルークやリィズの師匠とは違い温厚だが、それ故に怒らせると怖い。顔が怖いとか暴力的故の恐怖などではなく、プレッシャーだけで押しつぶされそうになる、僕の知り合いの中では稀有なタイプだ。

それを回避する方法は――快適になるくらいしか思いつかない。

だが、それは最後の手段だ。ルシアもお世話になっているし、なるべく穏便に事を収めたいものだ。試験欠席も結果的に大地の鍵を防ぐ結果に繋がったんだから、怒らなくてもいいじゃん…………ルシアも被害を食い止めるのに大きく貢献したのだから――。

「!! そうだ!」

「こら、避けるな! もう!? な、何を思いついた! こら! 兄さん!? こら!」

これは……フランツさんに取りなしを頼めばいいのでは? 如何な帝国有数の魔法使いでも大貴族の口利きがあれば何も言えまい。

フランツさんの好感度はこれ以上下がらないだろうし、今日の僕は――冴えている。

ルシアが回り込んできたので、さっと背を向けペンを遠ざける。

そもそもペンを奪ったところで意味はないし本当に奪うならば魔法でも使えばいいと思うのだが、深く追求はすまい。そうそう、昔もこんな感じに遊んだよね。

そんな事を考えたところで、ふとちょうど窓のすぐ外に飛んできた『鳩の鎖』と目があった(鳩の鎖に目はないけど)。

マーチスさんからの手紙だ。どうやらルシアと遊ぶのもここまでのようだな。

「ほい、ちょっと持ってて」

「!? あ……はい」

伸びてきたルシアの手にペンを持たせ、窓を開ける。昨日出張鑑定はできないという手紙を貰ったばかりだが一体何なのだろうか?

きょとんとした表情でペンを見るルシアの前で真面目な表情で手紙を確認する。確認し、確認し、三度確認し、念の為もう一度確認し、しばらく考えた後、大きく頷いた。

「…………よし、ルシア、出かける準備だ。《剣聖》の所に行こう。今すぐに!」

「え? へ? 外には出ないのでは!? その手紙はなんです!?」

「…………僕もそのつもりだったけど、状況が変わった。多分問題ないと思うけど――僕は準備する」

「…………わかりました、リーダー」

マーチスさんからの手紙は、警告だった。

端的にまとめると――どうやら、僕がプレゼントした剣が危険な宝具だったらしく、《剣聖》の門下に大量の怪我人が出たようだ。

もともと、マーチスさんには剣を鑑定して欲しいという話をしてあった。《剣聖》から事件調査のために宝具鑑定の依頼を受け、剣の宝具という事でぴんときて手紙を送ってくれたのだろう。

手紙がなければ気が付かないところだった。《剣聖》は剣の達人であると同時に、礼儀を重んじる人だ。僕のプレゼントで酷い目に遭ったのならば、なるべく早く謝罪する必要があった。持つべきものは友人だな。

新聞には特にそれらしい記事はなかったので大事件とまでは至らなかったようだが、外に出たくないとか言っている場合ではない。斬られてしまう。《剣聖》ソーン・ロウウェルは比較的人格者だが、彼の門下には荒っぽく相手を選ばず攻撃を仕掛けるような人間が大勢いる。《深淵火滅》は一騎当千だが、《剣聖》門下は千人以上いるだろう。怒らせたら帝都では生きていけない。

「危ないし急ぎだから空を飛んでいこう。『 空飛ぶ絨毯(フライング・カーペット) 』かルシアの箒になるけど――」

まだ『 空飛ぶ絨毯(フライング・カーペット) 』の操作は完璧ではない。だが、ルシアの箒は宝具ではないので後ろに乗せて貰う形になるのだが、照れ屋なルシアはなかなか乗せてくれない。

お伺いを立てる僕に、ルシアは一瞬の逡巡の後、小さな声で言った。

「わ、わかりました。後ろに、乗せます。あの絨毯は駄目です。今回だけです」

「ありがとう。すぐに準備だ。着替えてくるから、ルシアは箒の準備を――」

相手はルークの師匠だ、問題ないとは思うが何が起こるかはわからない。宝具の準備と――そうだ、フランツさんに連絡して取りなしを頼もう。

久々の修羅場に、吐き気を感じた。だが、《剣聖》は武人が好きだ、毅然とした態度で行けばどうにかなるはず――。

深呼吸をすると、フランツさんに繋がる共音石を片手に、私室への階段を駆け下りた。

§ § §

それは、帝国最強の 剣士(ソードマン) として知られる《剣聖》の門下で数々の名高い武器を見てきたナドリ達でも未だ嘗て見たこともない、魂が吸い込まれるような輝きを持った美しい剣だった。

ゼブルディアで強力な剣を持てるのは剣士ではなく、ハンターだ。

トレジャーハンターの聖地ゼブルディアには多数の宝具が集まるが、剣型宝具は数少なく、その中でも能力が強力な物に限定すると、ほんの一握りしか存在しない。そして、剣という武器はトレジャーハンターの中でも屈指の人気武器なので、発見された宝具についてもほとんどの場合、発見したハンターがそのまま使う事になる。

極稀に市場に出た宝具についても値段は青天井であり、大商人や貴族、高レベルハンターなどライバルが大勢いる。如何に《剣聖》門下でも、それらの宝具が手に入る事は奇跡でも起こらない限りありえない。

もちろん、現代の鍛冶師が生み出した剣にも業物は多数存在する。幻影や魔物相手に十分以上に戦える武器だ。そういった現代でも手に入る剣は値段も手頃でナドリ達も持っていたが、それでも宝具の剣というのは帝国の剣士にとって憧れの武器だった。なまじ、《剣聖》の下で修練を積む上でそれらの武器を目にする機会があるからこそ、憧れも他の剣士よりも強い。

剣を持ってきたのは兄弟弟子――ソーン一門の中でも一番の問題児で、型破りな男だった。

《千剣》のルーク・サイコル。帝都で最も剣に愛され、剣を愛した男。いきなり《剣聖》の元にやってきて弟子入りを申し込み、瞬く間に一門の中でも有数の実力者になった男は、その余りに見境なく人を斬る性格故に真剣を取り上げられたというふざけた逸話などを持つが、この帝都でもトップクラスのトレジャーハンターパーティの一員でもあった。

宝物殿の攻略は剣の腕のみ、力のみではうまくはいかない。攻略には運と実力と信頼できる仲間が不可欠だ。故に、ナドリ達では宝具の剣を探しに行くことはできない。

立ち会い中に何人も兄弟弟子を斬り殺しかけた男は人間としても剣士としても欠陥があったが、トレジャーハンターとしては間違いなく一流だった。

そして、並のハンターでは攻略できない宝物殿を幾つも踏破したハンター達にとって、剣型宝具は珍しくはあっても、そこまで固執するほどのものではないのだろう。

ナドリ達は日頃の会話で、ルークのパーティリーダー、レベル8ハンター、《千変万化》が宝具コレクターであり、剣型宝具を幾つも持っている事を知っていた。

だから、ルーク・サイコルがいきなり剣型宝具を持ち込んでも不思議でもなんでもない。

《剣聖》、ソーン・ロウウェルはトレジャーハンターではないが、剣の腕ならば高レベルハンターをも上回る実力者だ。

高レベルハンターの中にもかつてソーンに師事していた者は少なくないし、これまでもかつての恩を返すために剣の宝具が持ち込まれる事はあった。

「うちのクライがさぁ、丁度いいから師匠に持っていけって」

師匠はちょうど道場を空けていた。本来、師匠への贈り物を先に見るなど、ありえない話だ。だが、ルークは躊躇いなく剣身を包む黒い布を取って――。

時が確かに凍りついた。その剣が目に入った瞬間、ルークを除いた弟子達全員が、息を呑んだ。

ほとんどの剣型宝具は魔導武器文明をその起源としている。そして、その時代の武器は強力である以上に、美術品のように美しい。

漆黒の剣は幾つか見たことがあるが、全てを吸い込むような刃は見たことがない。師の持つ剣もそれは美しい宝具だったが、目の前の剣のように視線を外せなくなるような強烈な誘引力は持っていなかった。

まさしく、魔性の剣だ。恐らくオークションに出せば貴族も商人もハンターも血眼でこの剣を手に入れようとするだろう。

そして、これほどの剣を手に入れていながらぽんと贈るとは、高レベルハンターというのは本当に恐ろしい男だ。

心臓が跳ねた。手が震え口が乾いた。何とか全力で剣から視線を離し、剣を持ってきたルークを見る。

「ルーク、お前、あれほど剣が好きなのに、よくこれほどの剣を持ってきたな……」

ルークはもともと、余り常識というものに囚われない男だ。

もしもナドリがルークの立場ならば、この剣を他人に渡すなど考えられない。ルークと《千変万化》は親友だと聞く、きっと交渉すればこの剣を己の物とする事も出来るだろう。

ナドリの言葉に、ルークはしばらく目を瞬かせると、あっさりと言った。

「いやー、クライが師匠に渡せって言うからさー。それに、よく考えてみろ? 俺が持ったら――この剣の使い手を斬れねえじゃん?」

「なるほどな……」

理解できない。言っている事は全く理解できないが、ナドリは気づいたら相槌を打っていた。

いい。ルークの事はひとまずいい。問題はこの剣をどうするかだ。

師への贈り物だ。師匠はナドリ達門下全員の誇りである。尊敬している。横から剣をかすめ取る事など許されない。

だが、剣士としての魂が囁いていた。

音はしない。だが、ナドリは確かにその声を聞いた。

『この剣を振らずして、剣士としての生を全うできるのか』、と。

「…………承知した、師匠にお届けしよう。だが、これは宝具の剣だ。これが持ち手に悪影響を与える呪われた魔剣の類ではないとは言い切れない。危険物を確認もせずに師に渡すわけにはいかない」

目が霞んだ。声には自分でも驚く程の力が込められていた。

ありえない。剣型宝具に担い手にデメリットをもたらす宝具があるのは知られているが、そんなものは本当に極稀だし、これは《千変万化》が持ってきた剣だ、危険物の可能性などあるわけがない。

まだルークは何も言っていないが、剣が持つ力についても既に調べがついているに決まっている。正体不明の宝具を仮にも最強の剣士に贈ろうなどという不届き者がいるわけがないのだから。

だが、自分でも余りにも言い訳がましい言葉に、ルークは特に怒りを示す事もなく言った。

「んー…………? ……………………まぁ、確かに、そうだな」

その言葉に、ナドリの全身を得体の知れない快感が駆け上がった。

言質を取った。いや、これはルークが、情けをかけてくれたのか? ナドリでは、二度とこの剣を振る機会などないと判断し。

どうでもいい。剣を奪うつもりもない。ただ、一度――一度、この剣を握り、振るうだけだ。

同じ事を考えているのだろうか、剣を囲んだ兄弟弟子達が血走った目でその漆黒の剣を見下ろしている。

ナドリは誰かが言い出す前に、いつも弟弟子を鍛える時にするように周囲を威圧し、宣言した。

「ならば、師匠にお届けする前に、一度、試し切りさせてもらおう。この剣が本当に呪いの魔剣ではないのか、証明しようではないか」