軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

260 嘆きの亡霊は引退したい⑥

一体僕が何をやったというのだろう。

気づくと、淀んだ灰色の世界で、狐面を大量に抱えたガフとソラと妹狐とクラヒが踊っていた。

全く何の脈絡もないのだが、何故だろうか、とても楽しそうだ。頭を叩きこんな所にいる理由を思い出そうとするが、全く思い出せない。

ここは天国か、それとも地獄か? 空に音も衝撃もなく、雷光が煌めくそれをバックに楽しそうにくるくる回るクラヒ達を見ていると、何もかもがどうでもよくなっていく心地がした。

目をゆっくりと瞬かせていると、ふと後ろから腕を掴まれた。

「何をやっている、そんな辛気臭い顔をして――元クランマスター」

腕を掴んできたのは、灯火騎士団のリーダーである灯火だった。その後ろでは彼女率いる同一色の装備で統一したパーティメンバー達が手をつなぎ合ってぐるぐる回っている。

単純な動きだが何しろ人数が多いので壮観だ。そこで、灯火の言葉にふと違和感のある文言が混じったのに気づく。

「ん……? 元クランマスター?」

「何を寝ぼけているんだ? 貴方は随分前にハンターとクランマスターを円満引退したじゃないか」

「……!!」

引退…………そうだ、引退したんだっけ……。経緯は覚えていないが、灯火は冗談を言うようなタイプではない。僕の記憶よりも灯火の言葉の方が信憑性がある。

目を擦る僕に、珍しい事に灯火は満面の笑みで言う。

「ということで、今日は依頼の残りを片さねばならん。踊るのだ」

高らかに叫ぶ灯火。手を繋いでいた灯火騎士団が弾けるように散開し小刻みなステップで震えるようなダンスを披露し始める。初めは小さかったその輪は徐々に膨れ上がりフランツさんが混ざりアーノルドが混ざりグレッグ様が混ざり皇帝陛下が、皇女殿下が、ケチャが、テルムが増え、《深淵火滅》が色とりどりの火炎を空に放ち始め、ふと足元から大きく身体が突き上げられ肩車され「クライちゃん、円満引退おめでとー!」

――そして、僕はベッドの中で目を開けた。

「…………なんかやばい夢見た」

汗で寝間着がぐっしょり湿っていた。目を擦り、頭を押さえ、ゆっくり周囲を確認する。見覚えのある寝室――僕達の泊まっていた部屋だ。

そこで、寝ぼけた頭に元気いっぱいの声が投げかけられる。

「クライちゃん、おっはよー! なになに? やばい夢?」

現れたのは、リィズだった。僕の円満引退を祝いながらいきなり肩車してきたリィズだった。

輝くような生命力を秘めた瞳が今日も眩しい。遅ればせながら意識を失う前の記憶が蘇ってくる。

いきなり武帝祭の選手として出場する事になった所から始まる一日。喋りだす水瓶、落ちてくる雷、僕の代わりに戦ってくれた妹狐に、突然あらわれた狐面の暴挙に至るまで――今見たばかりの夢と比較してもいいくらい荒唐無稽だ。もしかしてあっちも夢じゃないだろうな?

目を瞬かせ困惑を隠せない僕に、リィズが説明してくれる。

「クライちゃんねえ、全て終わった後気絶しちゃったの……医者は問題ないって言ってたけど、身体、大丈夫?」

なるほど、なるほど……?

腕を動かし、手足に触れ確認するが、痛みなどは特にない。そこで、シトリーがにこにこ説明しながら入ってきた。

「おはようございます、クライさん。万事うまくやっておきました。医者はただの疲労が原因だと診断していましたが――大丈夫ですか?」

元々、僕の体力は一般人並だ。昨日はただでさえ連続でストレスがかかっていたし目まぐるしく状況も推移していた。地面も激しく揺れていたし、ひ弱な僕ならば意識を失うくらいしてもおかしくない。

むしろ、今回の僕はかなり頑張った方ではないだろうか? もう引退してもいいんじゃない?

………………あれ? …………昨日?

明るい光が差し込む窓を見る。目を瞬かせ、シトリーに確認する。

「ああ、もう大丈夫だよ。……ところでどのくらい眠ってた?」

シトリーは少し思案げな顔を作り、人差し指を立てた。

一日? 一晩かな? 思ったより時間は経っていない?

ほっとする僕の目の前で、シトリーがニコニコしながら、二本目の指を立て三本目の指を立て四本目の指を立てる。

唖然としたところで、今度は一本ずつ減らし始め――最終的に二本に落ち着く。

目を丸くする僕に対し、シトリーは満面の笑みだ。また楽しそうにおかしな事を――。

「二日? 二日も寝てたの? 疲れたまってただけで、いくらなんでも寝すぎじゃない?」

「いえ、これは、ピースです」

「紛らわしい事するんじゃねえッ!」

リィズが僕に代わり、シトリーの頭を勢いよく叩く。シトリー……余程良いことでもあったのだろうか?

口を開きかけたところで、ルーク達がいつも通り元気よく寝室になだれ込んできた。

「おう、クライ。身体、大丈夫か!? 聞いてくれよ、ガーク支部長がさぁ、俺には追わせるなって――」

「はぁ……ようやく起きましたか、兄さん。全く、皆に心配かけて――」

「……うむ」

結局何日経ったのかはわからないが、どうやら状況は落ち着いているらしい。

まだ少しだけ夢の世界を引きずっている僕に対し、シトリーは小さく咳払いすると、いつも通り代表して前に出た。

「さて、どこから話しましょうか…………そうだ、クライさんが気にしているであろう被害状況と、あれほど有利な状況にあったのに、狐を逃してしまったところから話をしましょう」

§

「うっわ……ひっどいなぁ……」

思わず息を呑む。武帝祭の会場だった闘技場は酷い有様だった。

クリートの中心、広大な敷地に立てられていた街のシンボルでもある闘技場は完全に倒壊していた。見上げる程大きかった建物は瓦礫と化し、面影は闘技場の前に立てられていた立派な石碑のみ。整備されていた道路には大きな亀裂が奔り、あの揺れがどれほど大きなものだったのかを示していた。

これを引き起こしたのがたった一つの宝具だなんて、誰も信じられないだろう。

僕がこれまで見てきたいかなる攻撃型宝具をも上回る威力である。何しろ、闘技場は頑丈さを重視して建てられ、結界だって何重にも張られていたはずなのだ。高威力を誇るアークの持つ聖剣でも、ここまでの破壊は難しいはずだ。

大勢の人間が瓦礫を片付けているのを見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

シトリーから今回の顛末を聞いた僕の感想は「は?」の一言だった。

どうやらあの闘技場の中心に立っていたのはガークさん達が追っていた悪い方の狐だったらしい。そして、悪い方の狐は大地の鍵を悪用して世界を破滅に陥れようとしていたそうだ。まるで冗談のような話だが、実際にここまでの被害が出ているのだ、信じざるを得ない。

なるほど、ただの狐面愛好会がしでかしたにしては余りにも悪辣だと思っていたが……ということは、なんだ? 僕は結界指なしでそんな危険なやつの前に立っていたってこと? 終わった事じゃなかったら吐いていたところだ。

何が悪いって、運が悪いとかではなく、皆狐をシンボルにするのが悪い。わかりづらすぎる。

幻影である妹狐は言わずもがな、今回クリートでは悪い狐と良い狐と幻影の狐、似たような連中が三種類も動いていたという事になる。まったくもって理解し難い。僕でなくても勘違いくらいするだろう。

魔力を絞り尽くし、しばらく気絶する羽目になったらしいルシアも僕に追従するように深々とため息をつく。

「闘技場だけで済んだのは奇跡です。私も駄目かと思いました」

「うむうむ」

アンセムも感慨深げに頷いている。

大地の鍵が発動したあの瞬間、ルシアを始めとする魔導師達は全力で破壊を抑え込んだらしい。それがなければこの程度ではなかったということ。

つまり、いつもどおり僕のヘマをルシア達がカバーした形だった。今回は巻き込む範囲が広すぎたが――。

無数の馬車が止まり、瓦礫を積み込みどこかに持っていく。片付けをしている面々の表情はしかし、そこまで暗くはなかった。

闘技場跡に余り陰鬱な空気が漂っていないのは、倒壊により死者が出なかったかららしい。

ここまで大きな建物が崩壊した結果としては異例である。この武帝祭が出場者も客も強者揃いだったのは、今回の件で唯一の不幸中の幸いだろう。

「まぁ、客にハンターもいっぱいいたしガークちゃんもいたしね……順当な結果でしょ」

「私も沢山貸しを――ポーションを沢山無償提供しました」

「俺も沢山斬ったぞ!」

ルークが何故か自信満々に宣言する。できれば斬る以外の事をやってほしい。

しかし…………どうしたものか。

「帝国は大地の鍵を解放した狐を躍起になって追っています。これまでの慎重さが嘘のように――どうやら帝国はこの件をかなり重く見ているみたいですね」

シトリーが何故か凄く嬉しそうに肩をつついてくる。君、いつでも楽しそうだよね。

だが、もしも鍵を発動してしまったのが僕だと言うことを知れば、そんなに楽しそうにはできまい。

この破壊の規模――途中で止められた事を考慮しても、間違いなく死罪だろう。うっかり転びそうになって、なんて言い訳も通じまい。

まぁ結局、最後は狐は鍵を解放しようとしていたので結果としては余り変わらないのだが……きっかけがなあ。

眉を顰める僕に、シトリーは笑顔のまま言った。

「狐です」

「…………いや、でも僕にも少しは悪いところが――」

「クライさんに悪いところなんて一つもありません。全て狐の仕業です」

「いや、でも――」

「狐です」

何故か頑ななシトリー。ルークが、ルシアが、リィズが続けてそれに賛成の意を示す。

「なんだかわからんが、狐が悪い!」

「…………狐のせいです」

「狐が悪いに決まってるでしょお? クライちゃんはうまい事やったし、悪いのは狐とぉ…………この程度で武帝祭を中止にしやがった運営だから!」

狐が悪いらしい。

どうやら、異論を挟む余地はないようだ。うーん、僕にも問題があったと思うけどな……。

最低でも、運営は悪くないと思うよ――楽しみにしていたルークや他の出場者には申し訳ないが、会場がばらばらになったらそりゃ中止にもなるって。

大きくため息をつくと、僕は笑みを浮かべたまま有無を言わさぬ圧力をかけてくるシトリーを見て、言った。

「でも狐も悪いけどシトリーも悪いよね」

「!? へ!?」

「うむうむ」

シトリーが目を丸くし、それまで沈黙を保っていたアンセムがもっともらしく頷いた。

まぁ、終わってしまったことは仕方がない。しかしこれから、レベル8ハンターとしてどうするべきだろうか?

先日、【迷い宿】に巻き込まれた時もやばかったが、どうやら今回もまた運が悪いらしい。

どうせなるようにしかならないのだが、どうやら僕が先程見た夢のように円満引退できるのはまだ先の事のようだ。

深呼吸をし、大きく手足を伸ばすと、僕は仲間を引き連れ闘技場跡を後にするのだった。