軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

251 武帝祭③

『九尾の影狐』。

秘密結社である狐は各地に誰にも知られていない拠点を幾つも持っている。

だが、普段は静けさに包まれているクリートの隠れ家の一つは今、蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われていた。

拠点の最奥にある部屋で、新たなるボス――ガフ・シェンフェルダーは大声で指示を出した。

「他組織からの刺客だ! 裏切り者だッ! 捕らえろッ! 奴らの言葉に耳を貸すな! 奴らは偽物に操られている」

「一人も逃さないでくださいッ! ボスの命令です!」

ソラも両手を大きく振り上げその意見を後押しする。その表情に、いつも浮かべているどこか神聖な雰囲気はない。

既に退ける段階ではなかった。ここで負ければ組織での居場所はなくなる。巫女は特別な立ち位置だが、内乱のついでに始末されかねない。死人は抗議する事もできないのだ。

ガフの手下たちは非常に優秀だ。経験があり、力があり、そしてガフの下で力を振るうことに慣れている。

クリートでの大きな作戦に当たり、事前の準備もしている。天の時、地の利、人の和、全てが新たなるボスに味方をしていた。

いまだかつてない鬼気迫る様子の巫女に、各々、狐面を被り武装した部下達が部屋を駆け出して行く。

狐のメンバーは構成員一人からして精鋭だ。相手がたとえ他のボスの直属だとしても、そう簡単に負けはしない。

「敵の数は少ない。俺たちの方が『上』だ」

今頃、闘技場では武帝祭が始まっているだろう。作戦の要である大地の鍵は元ボスが持っている、何かが起こるはずだ。

できればガフ達もボスのようにゆっくり観戦したいところだが、狐面を被った不届きな侵入者達をどうにかしなければ動けない。

隙を見せればやられる。正しいものが勝者になるのではない。勝者こそが、正しいものなのだ。

と、その時、扉が思い切り開く。駆け込んできたのは狐面を被った男だった。だが、ガフの部下ではない。

研鑽を積み気配察知能力に長ける部下達を振り切りここまで来るとは、さすがは同じ狐の構成員だ。

侵入者は傷だらけだった。ローブはそこかしこが切り裂かれ、血が滲んでいる。

だが、無数のトラップとガフの部下達をくぐり抜けてここまで来られるとは、間違いなく凄腕だ。もしかしたら他のボスの直属なのかもしれない。

だが、敵の人数は少ない。そもそも、ガフがボスの証を引き継いだのはつい先日だ。これは綿密に作戦を立てた大規模な襲撃ではない。

侵入者はガフを見て、ガフの被る仮面を見て、目を見開いた。

それは、ほんの僅かな隙だった。しかし、生じた隙を逃す程ガフは耄碌していない。

盗賊王の本質は指揮能力だが、戦闘に自信がないわけではないのだ。武器を抜き、構え、踏み込み、突き刺すまで一秒もいらない。

刹那、その胴体には幅の細い特注のナイフが深々と突き刺さっていた。

「ッ!?」

「安心しろ、殺しはしねえ。だが、何か誤解があるみたいだからなあ」

何も言わせはしない。侵入者が目を見開き、唇を動かそうとするが結局それはならず、倒れ伏す。

ガフのナイフには薬が塗ってある。強力な幻影を生け捕りにするために研究された特殊な痺れ薬だ。たとえマナ・マテリアルを吸収していても、大抵の相手は耐えられない。

ナイフが突き刺さったままの侵入者を部屋の隅に蹴りつける。

まだまだ侵入者が来るだろう。他のボスにそそのかされ、不幸な誤解をした侵入者が。

徹底抗戦だ。

紛うことなきボスの証を被ったガフは口元だけでニヤリと笑みを浮かべた。

「やらせはしねえ。ここは俺の縄張りだ――俺は……ボスだぞ」

「ボス、油揚げも作らないと。御命令を出したのはボスです」

「……ああ、わかっている。わかっているとも。命令を出したのは俺だ」

巫女の言葉に、ガフは笑みを消し、嘆息した。

余りにもくだらないが、前ボスの立てた作戦だ。手を抜くわけにはいかない。

前ボスは仮面をガフに引き継いだが、その力は損なっていないのだ。前ボスの後ろ盾なく他のボスに勝てると思う程、ガフは自信家ではない。

まさかボスの座を得てさえ柵に囚われるとはな……ガフは小さくため息をつくと、新たな命令を出すことにした。

§ § §

クリートの闘技場。今まさに武帝祭が行われようとしているその真上数十メートルに一つの人型が浮いていた。

身に纏った漆黒のローブ。顔を覆う白い狐の面。何もない空中を踏み、手に持った黒い石――共音石を見下ろしている。

共音石から聞こえてくる情報は余り良いものではなかった。声からは切迫した雰囲気だけが伝わり、本部も混乱していることがわかる。

九尾の影狐最高幹部の一人。ゼブルディアを含む広域を縄張りとする男は歯がゆい状況に、唇を噛んだ。

完全に指揮系統が分断されていた。念の為隠れ家に向かわせた部下との通信が途切れた。どうやら、仲間に攻撃されたらしい。

この指揮系統の乱れは尋常ではなかった。本来こういった際に指揮を取るはずの本部の動きも鈍い。

離間計とは、くだらない真似をしてくれる。これまで長きに亘り身を潜めてきた組織をこの短時間でここまで乱すとは、余程入念に準備された計画なのだろう。

共音石を懐に仕舞う。

此度の件は探索者協会の手によるものではない。帝国の手によるものではない。狐の目はどこにでもある、もしも大きな組織の仕業だとしたら一切情報が入ってこないなどありえない。

まさか個人のハンターがここまでおおっぴらに狐に戦いを挑むとは、《嘆きの亡霊》があらゆる犯罪組織を壊滅させた苛烈な組織という前情報はどうやら誇張でもなんでもないらしい。

だが、甘い。《千変万化》は一つ、ミスをした。自身の正体を暴露したことだ。

狐は他の秘密結社とは違う。

確かに計画は失敗した。だが、《千変万化》には死んで貰う。強力なトレジャーハンターは多数存在すれど、徹底した秘密主義を敷いた狐を罠に嵌める程の謀略家はほとんどいない。

《千変万化》が死ねば次の作戦は確実に成功するだろう。組織の立て直しに多少の時間は使うかもしれないが、組織の邪魔者を早期に消せると考えれば悪い話ではない。

そのハンターの弱点は、余りにも自負が強い事だった。

自分の勝利を確信している。自分が暗殺などされるわけがないと、思い込んでいる。

上には上がいる。スマートな手段ではないが、狐は目的のためならば手段を選ばない。出し惜しみもしない。ボスとは組織において、最強の代名詞でもあるのだ。

ラドリック・アトルム・ゼブルディアは、今日、自身を守った男の凄惨な死に様を目にするのだ。そして、狐への恐怖は盤石なものとなる。

そこまで考えたところで、ボスは武帝祭のトーナメント表に目を落とした。

「しかし、くだらない策を考えたものだ……」

トーナメント表の一回戦。クライ・アンドリヒVSクラヒ・アンドリッヒ。巷では偽物VS本物などと揶揄されているらしい、馬鹿げたカードだ。

どうやって対戦表に細工したのかはわからないが、どんな意図で細工したのかもわからないが、目をくらますには余りにもおざなりである。

《千変万化》と顔をあわせた事はないが、たとえどちらが本物か不明でも、解決方法はシンプルだ。

――顔を知らないのならば両方殺せばいいだけの事。

地上。広大なコロシアムに二人の黒髪の男が立つ。まもなく試合が始まる。

狙うならば、片方が倒れた瞬間だ。会場には結界が張られているが、それは流れ弾を防ぐためのものであって外部からの攻撃に対するものではない。

目を細め、じっと戦いを観察する。豆粒程の大きさだが、二人の男が会話をしているのがわかる。

まだだ。偽物と本物。無名なハンターと高名なハンター。間違いなく勝負は短期決戦になる。

全意識を集中する。相手はレベル8、正面から戦っても負ける気はしないが、長引けば援軍が入るだろう。

懐から、元の作戦の要、なんとか取り戻した宝具――『大地の鍵』を取り出す。既にチャージは済んでいる。

本来の作戦とはかけ離れているが――さぁ、絶望を始めよう。今こそ狐の力を全世界に示す時だ。

そんな事を考えた瞬間――会場の様子が一変した。上空からでは音までは聞こえないが、戸惑いが伝わってくる。

何か起こったのか……?

目を細め、眼下を見る。男の内の一人が手を上げるのが見える。

そして――刹那、強烈な音と衝撃と光が、ボスの全身を通りすぎた。

§ § §

「今…………なんと言った?」

黒髪の男が呆然とした表情で問いかけてくる。

クラヒ・アンドリッヒ。危機感さんの対戦相手にして、偽物。《千天万花》。

その身からは人としてはなかなかのマナ・マテリアルを感じるが、もちろん危機感さんよりは一万倍は強いが、神の眷属から見れば大したことはない。

ただの、取るに足らない、人間の戦士だ。

妹狐は、危機感さんらしい不敵な笑みを浮かべると、ざわめく会場全体をもう一度見渡し、隅々まで行き渡るような大きな声で言った。

「本物と出会えて、光栄だ、と言ったんだよ。だが、それも今日で終わりだ、今日、君を倒してこの僕が本物の――《千変万化》になるッ!」