軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

231 嘆きの悪霊②

宿は快適だった。部屋は広く空調も効いており、食事も美味しい。お風呂も大きく、ラウンジも綺麗だ。

パーティの資産はシトリーが管理しているので一泊いくらかかっているのかはわからないが、住もうと思えば余裕で住める。

身体が沈むようなソファに深く腰を下ろし、サービスで届けられた新聞を眺め、大きく欠伸をする。

「ほうほう……なんか物騒だなぁ……」

新聞では昨夜起きた破壊行動の話が所狭しと羅列されていた。

どうやら、武帝祭につられやってきた血の気の多い強者VSそれらを逆恨みしているならず者達の抗争は激化の一途をたどっているらしい。

だが、ルームサービスで新聞を持ってきてくれた人は、眉を顰めるだけで特に焦っている様子はなかった。多分、これはこの時期のクリートの一種の風物詩なのだろう。

とんでもない街もあったものだ。文明国とは思えない。

だが、何ということでしょう。

そんな外で起きている事件も、宿の中にいれば全く関係ないのであった。

貴族や大商人御用達の宿のためか、この宿のセキュリティは完璧だ。一度だけ窓の下に狐面愛好会が張り付いていた事があるが、それ以外に不審者が入ってきたりもない。

まぁ、もしも入ってきたとしても、うちの人斬りが暇を持て余しているので問題ないのだが。

そもそも、安全だと思った場所で危険な目に遭うなら、危険な場所で危険な目にあった方がまだ納得できる、まである。

これが――『悟り』だ。諦めとも言う。これまでの運、悪すぎであった。

「うおおおおおおおおおおおおお、これが俺の新技、分裂剣だッ! しねええええええええええええッ!」

「ちょ、危なッ! 剣、折れるってッ! ルークちゃん、それ、木刀だと無理だってえッ!」

ルークとリィズがリビングが広いのを良いことに模擬戦をやっていた。

剣が空気を切り裂く尋常ではない音が上がっているが、足音などはしない。最初はどったんばったんうるさかったのだが、近所迷惑だし部屋が壊れるからやめろと言ったら、それに配慮しながら模擬戦し始めたのだ。

あまつさえ静かに全力を出す特訓とか言い始めている。なんでも楽しめるのは良いことだが、僕が言いたいのはそういう事じゃない。

いくら広いといっても、何も模擬戦を室内でやることはないだろう。訓練場なら外にいっぱいあるのにどうしてここでやるのか。

その時、リィズが短い声をあげた。

「あっ!」

凄まじい轟音。折れた木剣が突き刺さり、僕のすぐ目の前の窓ガラスが粉々になる。

何がなんだかわからず、僕は微笑むことしかできなかった。

一体どんな軌道で木剣が飛んできたかすら僕には見えなかった。

リィズの動きは目にも止まらないが、ルーク達の動きも今更だ。もしも結界指が自動起動じゃなかったら僕はきっと親友にうっかり殺される事になっていただろう。

てか、今結界指、起動しなかったんだが? ルーク達と窓の間には僕がいる。どうやったら僕を傷つけずに窓を割るなんて器用なことできるのだろうか?

窓ガラスを弁償するくらいなら僕に当ててもらった方がいいんだが……。

と、そこで僕と同じようにソファの上で本を読んでいたルシアが怒鳴りつけた。

「こらッ! いくら暇だからって、室内で馬鹿な事をするなッ!」

「俺の分裂剣を弾いた、だと!? ……やるな、ルシア!」

「やるな、じゃないッ! やるな、じゃッ!」

ああ、ルシアが魔法で弾いたのか。いつの間に……。

魔術というのは本来行使にタイムラグが発生するものだが、そんなデメリットをまるで感じさせない発動速度は間違いなくルーク達の中で培われたものであった。

ルシアがきっと僕を睨みつけ、傍らにあった杖を突きつける。

「リーダーもッ! どうして剣が飛んできているのに、ぼーっとしてるんですかッ!」

「…………ぼーっとしたいから?」

「……もうッ!」

いや、見えないんだよ。気づかなかったんだよ。てか、見えなくなったのはもう随分前だ。焦らなかったのはただの慣れである。諦めである。

僕は粉々になってしまったはめ込み式の窓を見て、ダメ元でルシアに頼んだ。

割れた窓の前の道路は人通りが少ない事が不幸中の幸いだろうか?

「ルシア、魔法で窓ガラス直して」

「ッ……どう、やって?」

「ほら、あれを使うんだよ……窓ガラス修復魔法」

「…………」

ルシアがまな板の上の鯉でも見るような目で僕を見ている。

大丈夫、きっと大丈夫だ。明日になったらきっと直っているはずだ。これまでも大丈夫だった。ルシアは優秀だから大丈夫。

…………。

僕は視線を避けるべく立ち上がり、ルークとリィズを叱りつけるパフォーマンスをした。

「! こら、ルーク、リィズ、暴れるんじゃないッ! ルシアに迷惑ばっかりかけて! そういうところがあれなんだ! あれ!」

ハードボイルドな最強ハンターの弱点は優秀な義妹である。昔から頭が上がらないのだ。

ルシア、ほら、僕は悪くないよ。悪いのはルークとリィズだよ。

「だってえ、敵がいないんだもん。敵ぃ」

「そうだ、敵。敵をくれ! 俺の魂が、人を斬りたがり震えてるッ!」

暇だからって、敵がいないからって、パーティメンバーと本気で模擬戦するなんてどうかしている。

抗争の被害者の治療に行ったアンセムやシトリーの爪の垢を煎じて飲め! 本当に、君たちはあれだなッ!

と、思う存分義憤を示したところで、僕はいいことを思いついた。

そうだ、狐面愛好会に預けよう。

このまま室内で暴れさせておくのも問題だし、ルシアの機嫌がどんどん悪くなってしまう。

武帝祭前に体力を消費させるのも問題だが、どうやら力が有り余っているようだからな……。

灯火には同行を拒否されてしまった二人だが、僕が今回預けるのは灯火ではない。もしかしたら共に戦う事になるかもしれないが、灯火ではない。

これこそが神算鬼謀、またの名を詭弁と言う。

そこで僕は一つの問題点に気づいた。

「……ああ。うーん、でもなあ……」

冷静に考えると、狐面愛好会が協力してくれているのは人違いだ。

ソラは僕が本物だとか言い張っていたが、犯罪者集団を幾つか潰してしまい取り返しがつかないが、勘違いであることには変わらない。

これでルーク達まで預けるというのは、どうなのだろうか?

ルークとリィズがきらきらした目で僕を見ている。

狐面愛好会を優先するのならば、預けるべきでない。

だが、預けないとルシアの機嫌が死んでしまう。僕はしばし目を閉じ考えていたが、

「…………ま、まあ、僕は白狐なんて、言ってないし。相手が勝手に勘違いしてるだけだし」

僕は悪くないし。悪いのは白い狐面を持っていたらボスなんていうあやふやな制度だし。

悪くないし。何も知らないし。知りたくもないし。

……一応、ソラに相談だけしてみるか。相談だけ。ほんの少し話してみるだけだ。

もしもダメだったら……皆で油揚げでも作ろうか。

§

ルシアと僕、リィズとルーク。四人で通りを歩く。

通りは盛況だった。人混みは歩くだけでも大変だったが、ソラのキッチンがあるのは郊外なのでそれも後少しの辛抱だ。

こう、見慣れぬ街を一緒に歩いていると、昔まだ皆でハントして世界中を回っていた時の事を思い出す。

隣を歩いていたリィズがふと意外そうな声をあげた。

「クライちゃんが敵を紹介してくれるなんて、初めてじゃない?」

「あー、確かに、事前にこう、ちゃんと話をして連れて行ってくれるのは初めてかもな」

ちゃんと話をせずに連れて行ったこともないぞ。

「クライちゃん、スリに気をつけてね。この辺、多いみたいだから」

「さすがに私達に囲まれて手を出したりはしないでしょ。まぁ盗られても、逃しませんが」

黒のローブに三角帽。長い杖を持ったルシアはどこからどうみても魔導師だ。

僕一人ならばともかく、町中のスリだって相手は選ぶ。

マナ・マテリアルを日常的に浴び強化されたハンターに喧嘩を売る者などいないだろう。

ぽかぽかする暖かな日差しの中歩いていると、ふと人混みの中に見覚えのある顔を見つけた。

特徴的な黒の衣装。身長はトレジャーハンターの平均から考えると高くはないが、特徴的な杖を持ち、容姿端麗なので、ただいるだけで人の目を引いている。

僕の本物。《千天万花》のクラヒ・アンドリッヒ。

思わぬ再会に、ついつい大きく手を振る。

まさかこんなに大勢人がいるのに会えるなんて、幸運だ。僕の事は覚えているだろうか?

「おーい、クラヒさん! 久しぶり!」

さすが本物、クラヒ・アンドリッヒが惚れ惚れするようなハードボイルドな所作でこちらを振り返る。

僕を見ると大きく目を見開き、相好を崩した。

「!! 君は――本当にこの街に来てたのか!」

「あー、あれがシトの言ってた……」

リィズ達には、もしも見つけても失礼な事を言わないように言いつけてある。

いくら似ていてもそれだけで偽物呼ばわりはよくない。っていうか、僕自身に限って言えば明らかにあっちの方が強いから。

ルシアがじとっとした不機嫌そうな表情でクラヒを睨みつけているが、そこまでは止められない。

人混みが自然と割れた。これが――本物のカリスマか。なんてハードボイルドなんだ。

クラヒはにこにこと人好きのする笑みを浮かべ近づいてくると、明るい声で言った。

まるで十年来の友人と会った時のような態度だ。きっとコミュ力も高いのだろう。もはや非の打ち所がない。

「奇遇だね! ちょうど僕も昨日、再会できるかなと思っていたところなんだ!」

それは……本当に奇遇だな。

…………ところで、その腕にしがみついている女の子は誰なのだろうか?

クラヒは腕に女の子をくっつけていた。長い黒髪の女の子だ。

とんがり帽子に黒のローブ。長い杖を持っている。格好から見るに、魔導師だろう。

少女は僕――というよりは、ルシアを見て目を瞬かせている。そう言えば、細部が違うので似ても似つかないが、特徴だけあげるならそっくりだな。

クラヒが困ったような表情で紹介してくれる。

「ああ、彼女はルシャ・アンドリッヒ。魔術師で………………その……義妹? 後は、僕の弟子でもある。まだ二つ名はないけど、才能はそこそこある」

「!?」

ルシアは何も言わなかった。ただ、その頬がぴくりと引きつる。

そりゃ、なんというか……すごい奇遇だな。うちのルシアは弟子じゃないけど。

ま、まあ、そういう事もあるだろう。さっさと離れたいが挨拶くらいしなくては礼を失している。

僕は気を取り直して、ぎゅっとクラヒの腕にしがみついたルシャに話しかけた。

「そうか、よろしく。僕は……君のお義兄さんのファンだ」

目を頻りに瞬かせていたルシャが花開くような笑みを浮かべる。

そして、やたら甘ったるい声で言った。

「あー、はーい、貴方が、偽物ですねぇ! 私はぁ、おにいちゃんの恋人でぇ、未来のお嫁さんのぉ、ルシャ、でーすッ!」

「は?」

ルシアの眉が引きつっていた。やばい、ルシアの理性が死ぬ。

リィズの頬もぴくぴく引きつっているが、こっちは笑いをこらえている方だ。

ルシャはまるで胸を押しつけるようにクラヒの腕を抱きしめ、楽しげな声で言った。

「おにいちゃんはぁ、貴方なんかに、絶対負けないんだからぁッ! おにいちゃんは、格好良くて、強くて、頭がよくて、しかもとっても優しくてぇ……私が魔導師として一流になってぇ、強くなったらぁ、結婚してくれるって言ったのぉッ!」

すごいキャラだな。

個人的には嫌いじゃないが、ルシアの表情が怒りから無に変わっている。やばい。

クラヒが眉をハの字にして、心底呆れたようにルシャを窘める。表情に照れなどは見えない。

「こ、こらこら。すまないね、ルシャはいつもこうなんだ。勝手に妹まで名乗っていて…………で、でも、変わってはいるが悪い奴じゃないんだ。ほら、ルシャ、謝れ。あまりに失礼だろ」

妹じゃないのに勝手に妹まで名乗ってるって、どういう事?

うちの妹だったのに妹じゃなくなってしまった妹は完全にガチギレしていた。

リィズは切れると一人称が変わるが、ルシアはキレると何も言わなくなる。もはやルシャの命は風前の灯である。

クラヒに叱られ、ルシャは一瞬ぽかんとするが、みるみる内にその双眸に涙が溜まる。

「ご、ごめんなさい、私、おにいちゃんが大好きで……だから、すぐに暴走しちゃって……」

その目はちらちらとクラヒの方を見ていた。絶対反省していないだろ、これ。