軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

179 護衛

もともとチルドラゴンは群れを作るドラゴンだ。

まず単体で遭遇することはない種であり、《嘆きの亡霊》も大規模な群れと遭遇して死闘を繰り広げた事がある。

だが、空を埋め尽くすチルドラゴンの群れと町並みの対比は魔物を見慣れたリィズ・スマートをして、世界の終わりを想起させた。

何匹いるかも不明なチルドラゴンの群れは民家や逃げ惑う住人たちを完全に無視し、まるで吸い寄せられるように皇帝一行の宿泊している宿に向かっていた。

明らかに異常な光景だ。

皇帝一行が宿泊した宿から一キロ程離れた宿。二階の部屋の窓から様子を確認していたリィズが後ろに向かって怒鳴りつける。

「こら、シトぉ! いくらなんでも、数多すぎだろッ! 皇帝ぶっ殺すつもりかよッ! てめえ、何回なすりつけやってんだッ!」

「私のせいにしないでッ! 私が仕込んだのは十一匹だけだし、それは最初に行ったから……お姉ちゃんも見てたでしょ? 大体、あんなに沢山のチルドラに仕込む程、薬持ってないし……」

その通りだ。リィズ達は手近な山からチルドラの巣穴を見つけ、中にいたドラゴンたちを拐ってきた。そして、薬を仕込んだのである。

全てはリーダーのためだった。ドラゴンが出るというのならば親友として協力しなくてはならないのだ。

そして、それは半分だけ成功した。

心外そうに言い訳する妹から視線を逸し、迷惑にも部屋の中で素振りをしているルークに視線を向ける。

「じゃあルークちゃんのせい?」

「おうッ! 何体斬ればいい?」

「違う、か……どっから来たんだろう……もしかして、私達が捕まえてくる必要なかった?」

リィズは一転し、窓辺に肘をつき、騒がしい町並みを眺める。

竜探しにも捕縛にも結構な労力を割いたのだが、この分だと必要のない苦労だったのかもしれない。

眉を顰め、リィズの隣で空を見上げていたルシアが、不機嫌そうな声で言う。

「もしかしたら、群れの一部を捕まえたせいで報復に来たんじゃ……」

「捕まえた巣穴は完全に潰したし、チルドラにそんな習性はなかったはずだけど……わかんない」

シトリーが戸惑いながらも答えるが、現にチルドラの大群は存在していて、おまけにクライのいる場所に向かって一直線に向かっている。

これまではこういった時は魔物達はリィズ達を襲ってきていたので、目の前を通り過ぎていくというのはかなり珍しい光景だ。

「クライちゃん大丈夫かなぁ……少し減らす?」

だが、襲ってくるのを撃退するならまだしも、空を高速飛行する大群のチルドラを追って間引くのはかなりの手間がかかる。

少なくともリィズだけでは難しい。

「キルナイトもいるし、《止水》がいるから大丈夫だと思う、けど……さすがにこれだけの事が起こったら護衛任務はなくなるかも」

せっかくの名誉ある任務である。もしかしたら認定レベルが上がるきっかけになる可能性もあったのだ。

大群のほとんどはリィズ達の仕込んだ物ではないがきっかけになった可能性はある。久しぶりに表情に迷いを浮かべるリィズに、ルークがいつも通り、深く考える様子もなく元気に叫んだ。

「わからんッ! クライの判断を待つぞッ!」

「そうするしかない、かぁ……まぁ、チルドラなんて大した相手じゃないしね」

「…………うむ」

チルドラゴンはドラゴンにしては弱い。数で攻める魔物なのだ。

今回の件だって、もしも《嘆きの亡霊》が旅先で出会ったら、珍しい物を見れたと喜ぶような物でしかない。

リィズはもう一度、空を埋め尽くすチルドラを確認すると、やるせないため息をついた。

§

一体、何が起こっている?

何もかもが予想外だった。黒ずくめの男は一人部屋の中で表情を曇らせていた。

呪いにより呼び出されたチルドラゴンの群れは《止水》の力により殲滅された。これは予想できていた事だ。

いくらドラゴンの一種でも、レベル7のハンターからすれば容易い相手だろう。それも、吸い寄せられたのが個体能力の弱いチルドラゴンではどうにもならない。

だから、ここまではいい。

吸い寄せられたのがチルドラゴンなどという珍しい種だったことには驚いたし、おまけに数が予想以上に多かった事にも驚いたが、呪いで吸い寄せる対象は選べないので仕方がない事だ。騎士団に死者が一人も出なかったのは想定外だったが、それも近衛の能力が想定よりも上だったというだけの事だろう。

だが、そこから先の流れは予想外だった。

なんと、あの《千変万化》が旅の続行を進言したのだ。おまけにそれは受け入れられた。

あまりにも意味がわからなかった。今護衛しているのは大国の皇帝である。普通このようなアクシデントが起これば、旅を中止するのは当然だ。護衛の騎士団の団長や《止水》の判断は当然だし、男も当然、旅はここまでだと思っていた。

レベル8にも認定された男がそのような事を理解できないわけがない。

だが、あの《千変万化》の進言には一切の躊躇いがなかった。ドラゴンが襲来したというのに、襲来前と態度が変わらなかった。

今回のドラゴンの襲来では全く戦っていなかったようだが、果たしてそれは己の力に余程自信があるのか、あるいは――。

計画に変更はない。護衛の続行はむしろ男にとって都合がいいとすら言える。

帝都の中での皇帝の護衛は完璧だ。城に居座っている状態で、本人も高い剣の腕前を持つラドリック・アトルム・ゼブルディアを殺すのはかなり難しい。

護衛の薄い外ならば、竜を呼び寄せる常識外の力を使える男ならば、その目もある。

計画は急ぎではない。少しでもゼブルディアの力を削げれば御の字だと思っていた。

だが、あまりにも不気味だった。状況は完全に男にとって都合のいい方向に進んでいる。殺してくれと言っているようなものだ。

…………何を考えている、《千変万化》。

これまで様々な困難な任務をこなしてきた。任務が失敗した事もあるし、危うく殺されそうになった事もある。

だが、こんなに動揺したのは久しぶりだ。

男は頭を抱えると、平静を保つべく小さく呟いた。

いつも通りだ。いつも通り目的だけを考え、忠実に任務を実行すればいい。

§ § §

「ヨワニンゲン、お前、何を考えてるんだ、です! 私は同じクランメンバーなんだからちゃんと話し合うべきだろ、ですッ!」

「まぁまぁ、落ち着いて」

「お、ま、け、に……ッ! なんでまた私の馬に乗ってるんだ、ですッ! 降りろ、ですッ!」

「まぁまぁ……」

ドラゴン襲撃から一夜が明け、街を出る。

幸い、会談がなくなることはなかった。僕がレベル8で、発言力を持っていなかったらきっと中止になっていただろうから、ギリギリセーフだと言える。権力というのも時には役に立つという事だろう。

周りを警戒しているせいか、馬車の動きは昨日と比べて少しだけ遅かった。

クリュスの後ろにしがみつき、隊列の殿を務める。

昨日あんな事があったとは思えないくらい、いい天気だ。馬も気持ちよさそうにパカパカしている。

とても快適だった。シトリー、こういうのでいいんだよ。

そう言えば、以前ティノも白いカラス云々言っていたが、つまりそういうことだろうか……今度しっかり言い聞かせなくては。

旅路は順調だった。そもそも、皇帝を襲うような愚か者、そうそういるわけがないのだ。

たとえ狼藉者がいたとしても、テルムの姿を見れば己の行いがいかに無謀だか理解するだろう。

今日はテルムは先頭に配置してみた。

実力が高いのはもともと予想していた事だが、テルムは予想以上に強かった。チルドラの群れをあそこまで圧倒できるとは、もしかしたらルシアよりも強いかもしれない。

何が現れようが、《止水》がいればこの護衛依頼は安泰だ。今度《深淵火滅》にお礼を言いに行かないと。

「大体、チルドラの弱点、火じゃなかったぞ、ですッ! ヨワニンゲンは私を馬鹿にしているのか、ですッ!」

「まぁまぁ……」

「ッ……なんでヨワニンゲンは、そんなにやる気ないんだ、ですッ! 大体私は常々――」

うんうん、そうだね。

クリュスのお説教をBGMに、僕は大きく欠伸をする。

僕は昨日のテルムの力に完全にリラックスしていた。

強力な護衛と一緒にやる護衛依頼程、楽なものはない。こんな働き方であんな素晴らしい絨毯を貰ってしまっていいのだろうか。

今日も絨毯は馬の後ろをふわふわ飛んでいる。人が乗らなければ大人しい奴なのだ。

僕はクリュスのお腹をしっかり掴みながら、のほほんとした気分で後ろを振り向いた。

そして、凍りついた。

さっきまで後ろを飛んでいたはずの絨毯が――いない。見渡す限りどこにもいない。

僕は慌ててクリュスのお腹を強く抱きしめた。

「くりゅ……くりゅす、止めてッ! ちょっと止めて!」

「ひゃ……な、どうした、ヨワニンゲンッ!」

クリュスが慌てたように馬を止める。

僕は馬から苦労して飛び降り、目を凝らした。

せっかく手に入れた絨毯が、いないッ! どこにもいないッ! まだまともに乗れていないのにッ!

絨毯は宝具である。いくら暴れん坊でも僕の所から逃亡したりはしないだろう。宝具とはそういうものだ。

となると、考えられる線は唯一つである。

きっと……チャージが切れたのだ。

結界指はチャージしてもらったのだが、ごたごたしていたので絨毯をチャージして貰うのを忘れていた。

馬車は僕達を置いてどんどん先に進んでいる。殿だったせいか、僕達が止まったことに気づいていないらしい。

少しくらい……少しくらいなら、僕達が抜けても護衛は問題ないだろう。僕は戦力外だし、一番強いテルムはついている。

僕は即座に決断を下した。

「クリュス、戻るよ」

「!? はぁ? 何言ってるんだ、ですッ! 護衛はどうするつもりだ、ですッ!」

絨毯を探しに行くのだ! 大事な絨毯なのだ! 確認してからまだそれほど経っていないので、落としたのはそう遠くではないはずだ。

きっと見つかる。絶対に見つかるはずだッ! 大丈夫、すぐに見つけて戻るからッ! 今日は馬車もゆっくり走ってるから、後からでも追いつけるッ!

絨毯をなくしたらこんな護衛を受けた意味がないではないかッ!

これまでにない必死さで訴えかける僕に、クリュスが目を白黒させた。