軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178 読み②

やばいな、これは。シトリーは一体何を考えているんだ。

幅の広いゆとりのある廊下を駆け抜ける。護衛の騎士も随分頑張っているようで、床にはチルドラの死体が何匹も転がっていた。

近衛の中には魔導師もいる。ゼブルディアの皇帝の近衛というのはエリート中のエリートであり、現皇帝の気質もあって実力者が選ばれると聞く。

宝物殿の探索においてはハンターに及ばないだろうが、要人護衛の訓練は十分に行っているはずだ。

三階の一番奥、皇帝の居室の前では激戦が繰り広げられていた。群がるチルドラの数は十体以上、扉の前では護衛の騎士が何人も陣取りその進撃を阻んでいる。

だが、相手の方が数が多い。俊敏なチルドラの動きに、剣や槍も空振る。その身から放たれた冷気は人の動きを鈍らせ、遠距離からの氷のブレスは盾で防いでもその余波だけで体力を奪っていく。

僕はその光景に一瞬足を止め、思わずうめいた。

「どうやら皇帝陛下は僕と同じくらい運が悪いみたいだな」

「言ってる場合か、ですッ!」

『 快適な休暇(パーフェクト・バケーション) 』は防御力は皆無に近いが、環境の変化に頗る強い。氷をぶつけられたら死ぬけど、冷気だけなら楽勝だ。着てきてよかった。

しかしドラゴンに群がられる男が僕以外にもいるとは思わなかった。昔出会ったチルドラの方が数が多かったし身体も大きかったので今回の方がだいぶマシではあるんだが、不思議な親近感を覚えてしまう。

騎士の一人が僕達を見つけ逼迫した声をあげる。

「遅いぞッ! こいつらをなんとかしてくれッ! 中にもいるッ!」

そんな事言われても……。

クリュスは疲労しているし、僕の戦闘力はゼロだ。なんとか戦えてるんだし、頑張って欲しい所だ。

はぁはぁ荒い息をしながらクリュスがねじれた長い杖を向ける。と、それとほぼ同時に僕のすぐ横を赤い塊が通り過ぎた。

「きるきるきる……ッ!」

それはまさしく紅蓮の旋風だった。シトリーから預けられたキルナイト・バージョンアルファはコントローラーで操作しているわけでもないのに凄まじい速さでチルドラに接近すると、急な乱入者に動揺するチルドラに向かって両手に握った大剣を振り下ろす。

「指示いらないじゃん」

狂戦士の乱入に騎士たちが目を見開くが、僕は動揺することなく大きく頷いた。

さすがシトリーから預けられた奴だ。チルドラを差し向けたのがシトリーならばキルナイトがチルドラを圧倒できるのも納得できる。

キルナイトは一応重装備の騎士の格好をしていたが、その戦いっぷりはむしろ獣に近かった。

氷のブレスを体当たりで突き抜け、高速でぶつかってくるチルドラを逆に身体で弾き飛ばす。バイタリティ溢れる重戦士でも体当たりでドラゴンを相手にするなどなかなかできることではない。

クリュスも護衛の騎士たちも唖然としている。恐らくチルドラも唖然としているだろう。執拗に部屋に入ろうとしていたチルドラ達が標的をキルナイトに変える。生み出された大きな氷の塊がその鎧を打ち付け、足元の装甲が白く凍りつく。だが、その動きが止まる事はない。

いくら鎧を着ていても冷気はその身体を蝕んでいるはずだが、まるで痛みを感じていないかのようだ。凄まじい耐久力だ。

「こ、こいつ、どっから連れてきたんだ、です?」

「え? ま、まぁ……コネみたいなものだよ」

後で生肉をたっぷりあげないと。

正気に戻った騎士たちがキルナイトに加勢し、一匹一匹慎重にチルドラを片付けていく。クリュスが意地で炎の魔法を使い空気を温める。

部屋に群がっていたチルドラがいなくなるのに時間はかからなかった。

満身創痍の騎士が唯一何もしなかった僕に詰め寄ってくる。怒られるかもしれないとびくびくする僕に必死な声で言った。

「中を守ってくれ。ここは私達が死守する、奴ら、窓から入ってくる」

「え……僕達はあくまでサブって話で――」

「言ってる場合か、ですッ!」

クリュスに腕を捕まれ、室内に入る。

皇帝のためにとられた部屋は僕達にあてがわれた部屋よりも倍以上広かった。品のいい調度品に明るいシャンデリア。貴族の屋敷のような内装だが、今は激しく散らかっている。

陛下は寝室にいた。周りをフランツさんを含む騎士、十人以上で固め、そこかしこにチルドラの死骸が転がっている。

テラスに面した窓が割れ、今はキングサイズのベッドでバリケードが作られているが、何分広いので隙間は埋めきれていない。

フランツさんは僕の顔を見ると、大きな声で言った。

「ようやく来たか……何が起こっている!?」

「…………ごめんごめん……外にも沢山いてね。何が起こったのかわからないけど、次は結界の張られた宿屋を取るべきだな」

陛下は無事のようだが、全身に青い血を浴びていた。背に見覚えのある女の子を庇っている。白剣の集いで僕を騙した皇帝陛下のご令嬢だ。

視線を向けている事に気づいたのか、陛下は眉を顰め、その手に握られた剣を示してみせた。

剣身が濡れている。

「三体斬った。最近は剣など振っていなかったが、私もまだ捨てたものではないようだな」

「!?」

斬った? 皇帝陛下が? ドラゴンを?

……普通に僕より強いじゃないか。 竜殺し(ドラゴンスレイヤー) じゃん。やっぱり僕、いらなくない?

バリケードの隙間から襲いかかってきたチルドラに、近衛の魔導師達から無数の魔法が集中する。強力な雷の魔法を浴び、チルドラが黒焦げになり落ちる。さすが皇帝の近衛だけあって、かなりの腕前だ。やっぱり僕、いらなくない?

フランツさんが荒い声で尋ねてくる。

「おい、この襲撃はいつ終わる!? 数はようやく減ってきたが、もう終わりか!? こんな町中でチルドラゴンの群れが現れるなんて、ありえんッ!」

「えっと……呪われてるんじゃない?」

「ふざけるなッ! こんな呪いがあるかッ!」

今回の件はシトリーのせいだが、前回のクリムゾンドラゴンは違う。こんなに立て続けに何か起こるとか、呪われてるとしか思いようがない。僕かよ。

と、僕はそこで良いことを思いついた。沈痛な表情を作り、もっともらしく頷く。

「これは狐の仕業だ。間違いない」

「ッ……どういう仕組みでドラゴンを操っている!? 魔法か!? 《止水》はどうした!?」

「落ち着いて。数は減っているんだろ? そろそろ終わりなはずだ」

いくらシトリーでも短期間で沢山のチルドラを集めてくるのは難しいだろう。

自信満々にそういい切った瞬間、窓の向こうを監視していた騎士の一人が悲鳴のような声をあげた。

「まずいッ……だ、団長……す、すごい数が……来ます」

「何!?」

慌てて窓際に近づく。

空に黒い点が広がっていた。まるで黒い霧のようにも見えるそれは、街に降りることなくこちらに一直線に向かってくる。

チルドラゴンの群れだ。百匹や二百匹ではない。シトリー、いくらなんでも集めすぎだッ!

一体一体はそれほど強くなくても、あれほどの数がいればこんな宿など一瞬で瓦礫に変わるだろう。

皇帝陛下の表情も険しい。僕だったら、これが初見なら間違いなくゲロ吐いているのに、さすが大国の皇帝ともなると胆力が違う。

「お、終わりじゃなかったのか、《千変万化》」

「ま、またしでかしたな、ですッ! ウソツキニンゲンッ!」

「…………まぁまぁ、落ち着いて」

僕が終わりかどうかなんて知るわけがないだろう。大量の群れが来るって言ってればよかったのか? ん?

フランツさんはしかし、僕をそれ以上問い詰める事なく部下の騎士たちに指示を出した。

「陛下の避難の準備をするぞ。地下があったはずだッ!」

「し、しかし、外にはまだチルドラが――」

「あの群れを相手にするよりはマシだッ! 《千変万化》、こうなったら、貴様にも働いてもらうぞッ!」

「……もちろんだよ」

相手をしたくはないが、流石にここまできてサボったりはしない。

というか、一人でいるより皆といたほうが生き延びる可能性は高いだろう。何しろ僕は何もできないのだ。

キルナイトでもさすがにあれだけの数の群れを相手にするのは難しい。クリュスも口数が少なくなっている。

さて、どう動くべきか――チルドラの群れはまるで餌に吸い寄せられた蟻のようにこちらに舞い降りてくる。もう僕の目でも視認できる距離だ。絨毯で逃げても多分無駄だろう。言うこと聞かないし。

久しぶりに頭を働かせる僕にフランツさんが言う。

「《千変万化》、あれらを相手にできるな?」

「え……?」

「我々は陛下をお連れし地下に隠す。貴様はできるだけあれらをひきつけろッ! いいな!?」

えー……。

できるか? じゃなくて、できるな? って。

そりゃ僕はレベルだけ見たら頼りになるんだろうし、当然の判断なのかもしれないが余りの傍若無人っぷりに笑ってしまう。

できないよ。そりゃ皇帝陛下を地下に隠すのもできないけど、あの群れを相手にするなどできるわけがない。

「な、何を、笑っているのだッ――」

TPOを弁えず、ついつい笑みを浮かべてしまう僕にフランツさんがこわばった顔で詰め寄ってくる。

その迫力に思わず一歩後ろに下がろうとしたその時、窓の外を確認していた騎士の一人が短い叫び声をあげた。

皆の視線がそちらに向かう。フランツさんの表情が一変した。

「な、何が起こった!?」

高速でこちらに接近していたチルドラの巨大な群れが空中で完全に止まっていた。

開いた顎も、大きな翼も、輝く瞳もそのままに、それはまさしく奇跡に等しい光景だった。まるで時間が止まっているかのようだ。

騎士たちが窓から身を乗り出し空を見る。まるでそれを見計らったかのように、竜の群れが一斉に落ちる。

落下した竜の群れは、地面に落ちることなく急に空中に広がった水の膜に受け止められた。

クリュスが身を震わせ、食い入るようにその光景を見る。

「大規模、攻撃魔法……ッ!」

!!

大規模攻撃魔法……攻撃魔法は範囲が広くなればなるほど難易度が上がると聞く。こんな規模で、ドラゴンを仕留めるような攻撃魔法を展開できるような者は今回の闇鍋では一人しかいない。

フランツさんが身を震わせ、蒼白の表情でその名を呟いた。

「《止水》か……な、なんだ、この魔法は」

そうだよ。《止水》のテルム・アポクリス。今回の僕達にはレベル7の魔導師がついているのだ。

闇鍋にテルムを入れた自分を褒めてあげたい。九死に一生を得た。ほっとため息をつく。

「ようやく来たか。全く、遅すぎる」

今回ばかりは終わりかと思った。冷や汗を拭う。

「既に、配置していたのか……手を、打っていたのか……これを、読んで」

全て読みどおりだ、とか格好をつけて答えたいところだが、あいにく読んでなんていない。

「いや、手なんて打ってないよ。僕はただ……テルムを信じていただけさ」

ハードボイルドだろ?

クリュスが涙目で叫ぶ。

「ヨワニンゲン、いい加減にしろッ! 先に言え、ですッ!」

「あは、あはははは……」

チルドラを受け止めた膜が蠢き、中に大量のチルドラを閉じ込めた巨大な水球と化す。

そのまま止まることなくゆっくりと縮み始める。中にいたチルドラ達が藻掻き悲鳴のような声を上げるが、その動きは止まらない。

水球は中身ごと圧縮されていた。透明だった水球に緑の血がまじり、肉が潰れ骨が砕ける耳をふさぎたくなるような音が上がる。

《止水》の二つ名からは想像し難いえげつない魔法だ。皆がその凶悪な魔法に見入っていた。

そして、僕達を散々苦しめていたチルドラの群れはまるで冗談のようにあっさりと全滅した。

§

「ドラゴンが来るとは聞いていたがまさかあれほどの数とは……レベル8というものは皆、人使いが荒いな」

「うけけけけ……」

テルムが戻ってくる。傍らには姿がなかったケチャチャッカも連れていた。どうやら別の場所で戦っていたようで、その黒いローブには緑の血がこびりつき汚れている。

その表情は言葉とは裏腹に疲労とは無縁だった。随分強力な魔法に見えたが、さすがレベル7ということか。その動きははつらつとしていて、僕の倍以上年上には見えない。

「ッ……よくやった、《止水》。どうやらあれが最後だったようだな。おかげで死人も出ずに済んだ」

「気にする事はない。ご指名だったからな……だが、問題はこれからだ」

フランツさんの言葉に、《止水》が肩を竦めてみせる。

ナイスミドルだ、決まっている。どう見ても彼がリーダーをやるべきであった。

騒動はなんとか収まった。チルドラの死骸や瓦礫は運び出され、既に部屋には何もない。負傷した者は治療を受けているようだ。

《止水》がぐるりとメンバーの顔を確認し、続ける。

「チルドラゴンは真っ先にこの宿を狙っていた、明らかに何らかの操作を受けている。死人が出なかったのは運がよかっただけだ。この規模の攻撃が続くのならば、間違いなく死人が出るだろう」

「……会談を欠席するわけにはいかん。ですが陛下……私も《止水》と同意見です。御身の安全を考えるのならば、このまま進むという選択肢はありません」

フランツさんが皇帝陛下に毅然とした声で伺いを立てる。

僕は慌てて手を上げ、口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと待ったッ!」

「!?」

陛下が僕を凝視する。フランツさんと、テルムまでもが僕を見ている。

確かに、テルムの意見は妥当だ。フランツさんの考えも近衛として当然の判断である。

だが、僕は彼らの持っていない情報を一つ持っている。僕も個人的な考えとしては彼らの言う通り帝都に帰りたいが、そういう訳にもいかない。

今回の件はシトリーが犯人だ。このまま会談を欠席するとなると、シトリーが大事な他国との会談を取りやめさせたという事になってしまうのだ。

それは避けたい。そんなのテロリストじゃないか。

シトリーはいい子だ。今回はちょっとしたすれちがいが起こっただけで、いつもはこんな事を起こすような子ではないのだ。言い聞かせれば二度とこんな事しないはずなのだ。

僕はきりきりと痛むお腹を押さえながら、ハードボイルドに言った。

「欠席するべきじゃない。今回の件で会談を欠席したとなれば、それは竜を差し向けたテロリストへの敗北を意味する。このまま進むべきだ。チルドラの群れなんて軽いジャブみたいなもんだよ。この通り、死人は出ていないし、僕の考えでは戦力は十分だ。どうしても欠席するって言うなら……残念だが、依頼人の意思に従うけど」