軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

174 手始め

護衛依頼。それは、本来、信頼のおけるハンターや高レベルのハンターにのみ発注される依頼である。

外の世界は危険だ。魔物もいるし盗賊だっているし、宝物殿が出現することもある。《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》は余り評判の良いパーティではなかったが、所属メンバーの平均レベルは高いし、一時期ルークが盗賊の試し切りにハマっていた事があって盗賊から怖れられていたため、何度かそういう依頼が舞い込んで来たことがあるので、僕も何度か随行した経験はある。

だが、護衛対象が皇帝陛下ともなると、やはり格が違うようだった。

ハンターチームを連れて案内された先にあったのは、ゼブルディアの紋章が入った大型の馬車だった。

まだ皇帝は来ていないようだ。今回の護衛の責任者である近衛の騎士団の団長――フランツさんが、厳かな口調で言う。

「ミスリルとアダマンタイト製だ。弾丸も剣も魔法も通さん」

武器防具として使われる高級素材である。ミスリルは魔法に強く、アダマンタイトは物理的衝撃を通さない。

特にアダマンタイトは強力ではあるものの非常に重く、近接職のハンターでもなければ使いこなせない。まさかそれで馬車を作る者がいるとは思わなかった。

ただの馬ではとても引けない重さになるはずだが、馬車の前に繋がれた馬は以前、バカンスの時にエヴァが用意してくれたプラチナホースだった。しかも四頭だ。

屈強で凶暴なプラチナホースが引くとなれば、魔物も襲ってはこないだろう。

「でも走ってるすぐ真下が噴火したら死ぬよね?」

「……」

「雷が落ちたら死ぬよねぇ?」

「物騒な事を言うんじゃない! ラドリック陛下には万が一の事を考え、あの 結界指(セーフ・リング) を装備して頂いている」

さすが大国の皇帝だ、護衛は万全らしい。僕はもっともらしく頷き、訓練され比較的大人しくしているプラチナホースを見た。

「それは安心だな。ちなみに、何個装備してるの?」

「…………」

「でも、空気がなくなったら死ぬよね?」

「……ッ……」

「水に沈められたら死ぬよね?」

「黙れ、貴様の行く宝物殿と一緒にするなッ! 今回の護衛経路の安全は既にある程度担保されているのだッ!」

いや、僕はそんな危険な宝物殿には行かないけど。

絨毯が僕の身体をぺしぺしと叩いてくる。そちらを見ると、絨毯はこれみよがしと肩を竦めて見せた。どうやら僕の絨毯も呆れているようだ。余り激しく動きすぎると魔力切れるよ……。

フランツさんが顔を真っ赤にして、僕を糾弾するように指差す。

「大体、何なんだ、その格好はッ! 遊びに行くんじゃないんだぞッ!」

「いや、これが僕の戦闘スタイルで……」

「嘘をつくんじゃないッ! そんな戦闘スタイルがあってたまるかッ!」

シャツ型宝具、『 快適な休暇(パーフェクト・バケーション) 』はその名の通りパーフェクトな休暇を演出してくれる宝具だ。

防具型の宝具は沢山存在するが、この宝具程有用な存在は見たことがない。

有する能力はあらゆる環境に対する適応である。

防御力は皆無に等しいが、このシャツを着たものは空だろうが海だろうが山だろうが海底だろうがあらゆる状況で快適に過ごせるようになる。

派手な柄である事と上からなにかを羽織ると効果がなくなる事を除けば、まさしく快適だ。そして、結界指と合わせる事で文字通りパーフェクトになるのだった。

このシャツの起源が存在していた時代はどれほど過酷な時代だったのかとても気になるところだ。

噂では、シリーズにビーチサンダルとサングラスがあるらしいのだが僕は残念ながら持っていない。本当ならばバカンスで着ていきたかったところだが、残念ながらあの時は魔力切れだったのであった。

「まぁ、いいだろう。ハンターに品位など求めておらん。貴様の仕事は、いざという時のための保険だ。この会談で陛下の御身に万が一の事があればその影響はゼブルディアだけに留まらん。わかっているだろうな?」

「もちろん、わかっている。わかっているけど、僕が皇帝だったら僕を護衛につけようとは思わないよ。だって僕には敵が多すぎる」

僕は運が悪いし、かつて犯罪者も真っ青な猛威を奮った《嘆きの亡霊》のリーダーとして、もしかしたら皇帝陛下よりも犯罪組織の恨みを買っている。そして、僕は警護されていないので襲うには手頃なのである。

でも、皇帝の護衛というのは考えてみれば、決して悪い事ばかりではない。

今の僕には絨毯がいる。僕は今、貰ったばかりの絨毯でとても大空を飛びたい気分なのだ。

皇帝の護衛に参加するということは、今の僕を攻撃するイコール皇帝への叛意になるという事である。屈強なゼブルディアの騎士団や《魔杖》のナンバー2が立ちはだかるのである。

逆転の発想だ。これはある意味、とても都合がいい。

「先に言っておくけど、僕はフランツさん達をとても信用している。僕達が戦闘に参加すればそちらの部隊も混乱するだろう。僕達は余り手を出さないつもりでいる」

先方の威信も考慮に入れた高レベルな言い訳に、フランツさんは顔を顰めて偉そうに言った。

「それでいい。皇帝陛下の周囲は我々が固める。こちらには騎士も魔導師も治癒術師もいる。お前達は、陛下の視界に入るな。怪しげな仲間にも言い聞かせておけ」

酷い言いようだな。だが、僕がフランツさんの立場でも同じ事を言うだろう。ケチャチャッカは色々やばすぎる。

「おっけー、任せたよ」

「……馬は用意した。貴様らは大回りに馬車を守れ。忘れるな、視界に入るなとは言ったが、サボれと言ったわけじゃない」

フランツさんが指し示す場所にはプラチナホースではないものの、屈強で気性の荒そうな黒い馬が五頭繋がれていた。

アイアンホースだ。軍馬として頗る優秀な馬である。護衛のハンターにまでこのレベルを宛がうとは、大盤振る舞いだった。

だが、アイアンホースは乗りこなすのに訓練が必要な馬だ。おまけに弱者は乗せないという酷い性質もある難しい馬なのだ。

というか、僕、馬とか一人じゃ乗れない。

絨毯が、自分に任せろと言わんばかりにふらふら歩いている。頼りになるやつだ。

「僕の分の馬はいらない。絨毯があるからね」

「……好きにしろ。くれぐれも、こちらに迷惑を掛けるなよ」

フランツさんは投げやりに言うと、話を打ち切った。

§ § §

「ひひひひひひ………ひっひっひ…………」

「ヨワニンゲンッ! こんな連中の真ん中に、私を置いていくな、ですッ!」

「きるきる……」

本当に大丈夫だろうか。

戻るや否や不安でいっぱいになる僕に、近くにいた唯一まともな男が含み笑いを漏らした。

「ふむ……まさか皇帝の護衛にこのようなメンバーを宛がうとは、どうやら、その二つ名は虚仮威しではないようだね。最年少でレベル8となったその手腕、間近で見せて貰うとしよう」

背の高い老齢の男だ。灰色の髪はオールバックにまとめ上げ、物腰は穏やかでありながらも瞳の奥には鋭い光が灯っている。

杖は持っていないが、その両手首には深い青の宝石がついた腕輪が嵌められていた。

基本的に、魔力というものは身体能力と違って年齢による衰えがない。それ故に、 魔導師(マギ) は年齢に比例して強力になる傾向がある。

《止水》のテルム・アポクリスはレベル7の名に恥じない男だった。

古くから存在する帝都有数の魔導師クラン《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》。

そのクランで最も有名なのは《深淵火滅》だが、テルム・アポクリスは二番目に知られた魔導師だ。

噂では、彼は《深淵火滅》のライバルだったらしい。かつては《魔杖》のクランマスターを巡り戦いを繰り広げた事もあるという。

だが、物腰はそうとは思えない程落ち着いていた。僕が《魔杖》のクランマスターを選ぶ立場だったのならば、あの婆さんよりもこちらを選んでいた。まぁ、戦争に連れて行くならあの婆さんだけど。

「急に呼んでしまって申し訳ない。どうしても貴方の力が必要で……」

改めて媚びておく僕を、テルムは手の平を向けて止める。

「構わんよ、ローゼの命令だ。それに、今回のリーダーは君だ、そう簡単に頭を下げるものじゃない」

「けけけけけ………」

「きる? キル? KILL?」

まぁ、このパーティなら誰がリーダーやっても一緒か。まとめられるもんならまとめてみろって感じだ。

「ヨワニンゲン、しゃきっとしろ! ですッ! 従ってやってる私が馬鹿みたいだろ、ですッ! ヨワニンゲンの代わりに私がリーダーをやってやろうか、ですッ!」

「え? 本当に良いの?」

「!?」

顔を真っ赤にしてわめき始めるクリュスをスルーし、早速、護衛についての話をする。

アイアンホースをあてがわれるという話を聞いても、皆の顔色は変わらなかった。どうやら乗馬に自信がないのは僕だけらしい。

でもいいんだ。だって僕には馬などよりも快適な絨毯がある。暴れん坊だが、気のいいやつだ。

人が増えてくる。人数は最低限にしたという話を聞いていたが、皇帝の移動ともなると馬車の一台や二台では収まらないらしい。

身の回りの世話から同じく会談に出席する貴族など、合わせると随分いる。

ついに、護衛に囲まれ、皇帝陛下が現れる。こちらにちらりと視線を向けると、何も言わずに頑丈な馬車の中に乗り込んだ。

周りの護衛の騎士だけでも二十人はいる。大所帯だ。

まぁ、どうせ山が噴火したら全員死ぬんだけどね。

クリュスは、用意されたアイアンホースの凶悪なその顔を見ても顔色一つ変えずその首筋を撫でると、軽快な動作で颯爽とまたがった。少しだけ機嫌が良さそうに言う。

「人間が使うにしてはなかなかいい馬だな、ですッ! これならうちの子にしてやってもいい、ですッ!」

「クリュスって馬とか乗れたんだね」

「はぁ!? 馬鹿にするなよ、ですッ! 馬に乗れない精霊人なんていない、ですッ! 故郷の森ではユニコーンに跨って――」

ケチャチャッカが怪しげな笑い声を上げながら馬に乗る。

キルナイトも、もうコントローラーとか関係なく、自然な動作で馬に乗った。鎧兜を着た大柄の(多分)男を乗せても、アイアンホースは揺るがない。

テルムに至っては、レベル7なのだから僕が心配するなど侮辱に等しい行為だろう。

馬車が動き始める。街の皆が皇帝の門出を見送っている。

僕は大きく深呼吸すると、傍らで佇む絨毯に言った。

「さて、そろそろ僕達も行こうか」

絨毯が横になる。意気揚々と上に乗ると、絨毯が急発進した。

凄まじい浮遊感。《夜天の暗翼》に勝るとも劣らない速度で風景が後ろに流れる。宝具のシャツを着ていなかったら息が詰まっていたところだ。

調子が出てきた絨毯が大きく上下に回転する。不思議と落ちる事はなかった。どうやらこの絨毯、余程の事がない限り乗り手が落ちないように設計されているらしい。

もっと他につけるべきセーフティがあると思う。飛行系宝具は安全に使えてはならないというルールでもあるのだろうか。

「あ、ヨワニンゲン――」

瞬く間に先を歩いていたクリュス達を追い越し、馬車を追い越し、悲鳴や怒声を置き去りにする。

このスピード、最高の気分だ。

コントロールができていたら更に最高だったに違いない。

そして、僕は猛スピードのまま、街の門に頭から突っ込み、旅が始まる前に一回死んだ。