軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

173 拮抗

無茶が通ってしまった。もうめちゃくちゃである。彼らは皇帝の護衛を何だと思っているのだろうか?

……うんうん、そうだね。僕が全部悪いね。

もうここに至れば覚悟を決めるしかない。

「クライさん、これ、頼まれていた物です。急ぎだったので情報があるものだけになりますが……」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

ストレスで吐きそうな気分になりながら、しっかり仕事をしてくれたエヴァからファイルを受け取る。

会談会場――砂の国、トアイザントまでのルート上で猛威を振るう盗賊のリストだ。

トアイザントは田舎である、途中までは整備された街道があるだろうが、そこから先は荒れ地なはずだ。

砂の国というだけあって、その国は砂漠のど真ん中にある。どうして大国ゼブルディアの皇帝ともあろう者がそんな所に行こうというのかさっぱりわからないが、多分、大国には大国の苦労があるんだろう。これまでは半分くらいゼブルディアが会場だったらしいし――。

手渡されたリストに書いてある名前の数は考えていたよりもずっと少なかった。

田舎と言っても、案外治安がいいようだ。

存在を知られているのに野放しになっている盗賊団がこれだけいることを憂うべきなのか、それともこの程度で済んでよかったと考えるべきだったのか……でも、大抵の盗賊って存在知られてないしなぁ。

目を皿のようにしてリストを見る僕に、エヴァが困ったような表情で予想外の事を言った。

「そんな心配しなくてもいいかと……今回は皇帝の護衛ですし、日程から考えても途中から空路でしょう。これまでの会談でも、遠路に赴く際は飛行船を使っていますし」

「…………空賊が出るかも知れない」

「で、ま、せ、んっ! 大体、なんですか、空賊って!」

なるほど、確かに皇帝が砂漠を歩いたりはしないだろう。

しかし、乗り物の力で空を飛ぶなんて、皇帝は命知らずなのだろうか……陸や海は危険がいっぱいだが、空だって危険がいっぱいだ。人間は空を飛べないが、空を飛ぶ魔獣は沢山いるのだ。

仮に僕は無防備に落下しても結界指でノーダメージだが、暴れん坊絨毯(命名、僕)と仲良くなって置いた方が良いかも知れない。もしかしたら皇帝陛下が僕に絨毯をくれたのはそのためなのだろうか?

第零騎士団は空で戦えるのだろうか? 僕は陸でも海でも空でも戦えないが大丈夫だろうか?

念の為、ウロウロしながら頭を抱えて盛大にわーわーしておく。

「いや、盗賊が出るかも知れない。魔獣が出るかも知れない。それに、宝物殿が出来上がるかも知れない、災害に巻き込まれるかもしれない、やばいよエヴァ」

「!? …………どうしたんですか、急にそんな事言いだして……いつもの余裕はどうしました」

「いや、こう言っておけば出ないかなーと」

「はぁ……」

自慢じゃないが、僕の予想はこれまで当たった事がない。これは願掛けである。

こう言っておけば出るとしても、盗賊と魔獣と宝物殿と災害以外になるだろう。僕は満足した。

さて、何が起こっても対応できるように持っていく宝具を厳選することにしよう。

旅の準備についてはシトリーに頼んでいる。戦闘は騎士団とケチャチャッカ達がいるから僕はそれ以外を担当すればいい。

僕に求められている役割は、ハンター達をうまくコントロールすることだが、今回入れたのは高レベルのベテランばかりだし、その辺りは心配ないはずだ。

§ § §

《 始まりの足跡(ファースト・ステップ) 》。

クランハウスの会議室の一つに、《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》の面々が集まっていた。

ぺたぺたと資料が貼られた黒板の前に立っているのはいつもこういう際の進行役、シトリー・スマートだ。

仲間の面々を見渡し、シトリーは明るい声をあげた。

「第三十五・五回 嘆霊(ストグリ) 会議! 次の舞台は――空と砂漠ですッ!」

「うおおおおおおおお! 空ッ! 砂漠ッ! サンドドラゴンッ!」

「クライちゃんも働き者ねぇ……修業する暇が全然ないんだけど。ちょっとは休めばいいのに。デートしたあい!」

「……うむうむ」

ルーク・サイコルが目を輝かせ、リィズ・スマートが脚をテーブルに投げ出したまま、呆れたように肩を竦める。それに、全身鎧に身を包んだアンセムが感慨深く頷いた。

「トアイザントは昼の気温が非常に高いですが、耐性は既に火口でつけているので、問題ないでしょう。昼夜の気温差も今更問題ないという事で」

「熱修業か? 熱の修業なのか?」

「今回の問題は空です。トアイザントに出ている飛行船は、本来ありません。ぶっちゃけ定期的に飛行船飛ばすような大きな国でもないので」

「空ッ! さすがに俺でも空の魔物を斬ったことはないぞ!」

「ルークちゃん、落ち着いて。空はルシアちゃんがどうにかするか、飛行船に忍び込むしかないって事か……私一人ならともかく、全員で忍び込むのはきついかもねえ。殺してもいいなら別だけど、警戒も厚いだろうし」

「『白剣の集い』のようにメンバーに潜り込むのも不可能です。さすがに外部の人間は護衛に入れません」

指名を受けたルシアが眉を顰める。

ルシア・ロジェは強力な魔導師だが、魔術というのは万能ではない。得意分野と苦手な分野がある。ルシアはボロボロになった本を取り出すと、ぱらぱらめくり始めた。

「多人数を飛ばすのはただでさえ難易度が高いんですが、その上飛行船に追いつくとなると厳しいですね。新しい術を生み出さなくちゃなりません…………ああ、ありました。忍の秘術編その5。忍法『空遁』」

「それって昔、漫画であった奴じゃないの? でっかい凧に乗るやつでしょお?」

「……それです。完全にオリジナリティを放棄してますね」

「おいおい、凧に乗って飛ぶとか、超イカすじゃねえか。想像してみろ、クライが窓から外を見ると凧に乗った俺たちがいるんだぞ?」

熱の篭った言葉に、ルシアは嫌そうに顔を顰め、ルークを見る。

シトリーがぱんぱんと手を叩くと、談義を止めた。

「では、パーティルールに従い、多数決を取りますッ! エリザさんは迷子なので無効票です。ルシアちゃんが頑張って凧で飛ぶ、飛行船に頑張って忍び込む、飛行船の船外に頑張って張り付くの三択ですッ! まずルシアちゃんで飛びたい人!」

「ちょっと、なんか選択肢に悪意ありません?」

「…………うむ」

その後もいつも通り、行動の方針を決めていく。

《嘆きの亡霊》は何も考えずに行動していると思われがちだが、決してそういうわけではない。

トラブルを乗り越えるには事前の準備が必須だ。そして、場数を踏んでいる分、《嘆きの亡霊》はそういった事に慣れていた。

「クライさんが選定したメンバーは四人。水系の魔導師として名高い《止水》のテルム・アポクリス、最近帝都に入ったばかりのレベル6、ケチャチャッカ・ムンク、呪術系魔導師らしいです。後は、煽り耐性の低い上にちょろいクリュスさんに、私の特製キルナイト・バージョンアルファです。残念ながら背後関係の調査は間に合いませんでした。前衛がいないのでキルナイトで守りは十分かも知れませんが、ルシアちゃんはいい感じにクリュスさんを焚き付けておくといいと思います」

「えぇ、まーたあからさまに点数稼いで! シトの思惑なんて丸見えだから。クライちゃん絶対迷惑に思ってるから」

「何だ、剣士はいないのか。俺は何を斬ればいいんだ?」

「ケチャチャッカ……何故リーダーはそんな選択を……でも、《止水》がいるなら護衛は問題なさそうですね」

シトリーはにこにこしながら、話の通じない姉とルークの言葉を平然とスルーして、まだ話の通じるルシアの方に視線を向けた。

「ルート内に生息する魔物の情報はいつも通り私が確認します。ですが、ゼブルディアが予想している今回の敵はあの『狐』のようです」

その言葉に、ルシアの表情が真剣なものに変わった。アンセムが姿勢を正す。

空気が変わる。それに釣られるようにルークが眉を顰めた。

「マジか…………それは、きついな。それって昔遭遇した『十三狐』だろ? あの時は手も足も出なかったし、さすがの今の俺でも斬れるかどうかわからないぞ」

「はいはい、ルークちゃんの考えてるのは違う奴だから。あの化け物が人間の国に興味を持つわけないでしょお? シトが言ってるのは機関の方の『狐』だから」

そもそも、その宝物殿は一種の伝説である。人智の及ばない域にあるのだ。

もしもあれが人類に敵対していたら災厄と呼ばれる事になっていただろう。

ルークが興味のないものに対して物を知らないのは慣れている。気を取り直し、シトリーが続けた。

「ルークさんの言う狐よりはまだマシですが、帝国の仮想敵はかなりの大物です。全容は知れませんが、組織の危険度と秘密主義は『アカシャの塔』を越えます。というのも、『アカシャの塔』の目的は神秘の探求でしたが、『狐』の目的は社会の転覆と文明の破壊らしいので。これまでもその暗躍で様々な悲劇的事件が発生しています。サウスイステリア大監獄での集団脱獄事件もその手によるものだともっぱらの噂です。あの時知ってたらそういう証拠を残してたのに……」

詳しい組織体制や構成員、ボスなどは一切不明だが、元は、亡国の諜報機関だったと言われている。

詳細はわからない。恐らく、その存在と目的がうっすらでも露見しているのは、その組織の意図したものだろう。

首になった騎士や傭兵がその腕っぷしで盗賊に鞍替えするという話はよく聞く話だ。『狐』も同じだ。ただ、より規模が大きくなり、その目的が大きくなっただけで。

国を失い大義名分を失った諜報機関は世界の敵になった。

そして、今や、国に所属していた頃には手も足も出なかった大国を相手にしようとしている。

「『 九尾の影狐(ナインテイル・シャドウフォックス) 』、と呼ばれています。略称は『狐』、あるいはNSFです」

「ふーん、尻尾の数が少ないのか」

興味なさげなルークの様子に、シトリーはくすりと笑う。

「噂では、名前の元はルークさんの知っている狐、みたいですね。かの化け狐はその人外の力と知恵で一部では信仰を集めているみたいですから」

ハンターは個人戦闘能力こそ強力だが、協調性が低くなりがちだ。取れたとしてもパーティ単位である事がほとんどで、大規模な集団行動には向かない。

『狐』は恐るべき相手だ。数多の国に追われ一度も尻尾を掴まれていない秘密主義もさることながら、資金や、構成員の数も桁外れだろう。

そして相手は手段を選ばない。高レベル認定を受けたハンターが何人も所属しているという噂もある。

「警戒が必要です。もしも帝都の作戦が狐の仕業だとすれば、今回の会談は襲撃タイミングとしては格好でしょう。二度、クライさんはその手を華麗に回避しています。別に皇帝が死のうが私達には関係ありませんが、手を出して来た以上は戦わねばなりません」

そこで、話を聞いていたリィズが机から脚を下ろし、立ち上がった。

「よーするに、ぐだぐだ言ったけど、いつも通りってことでしょ? 敵が強大なのも、何が起こるかわからないのも、クライちゃんが動くのも、いつも通り。私はいつも通りあんたの言う通り、現れた奴を殴ればいいんでしょ?」

ハンターが犯罪組織に狙われる事など滅多にない。気まぐれだし、賞金首を重点的に狙うようなハンターでもなければ、基本的に敵にはならないからだ。

だが、《嘆きの亡霊》については事情が違う。あらゆる手を使い何もかもを蹴散らし、のしあがってきたのだ。

一体どこで恨みを買ったのかは不明だが、心当たりなどありすぎる程ある。ありすぎてどれなのか不明なほどに。

リィズの言葉に、ルークが目を丸くし、

「なんだ、いつも通りか。ちょうどよかった、最近人間斬ってねえなあって思っていたところだったんだ。腕が鈍る」

「……ルークちゃん、この間三人斬ったばかりじゃなかったっけ?」

「ああ、あいつら剣構えてなかったから、俺の中では斬った内にはいらないんだ」

どうやら、世界を震撼させた強敵の名も、仲間たちに緊張感をもたせる事はできないようだ。慣れというのも必ずしもいい方向に働くわけではないらしい。

シトリーは小さくため息をつくと、笑顔で言った。

「個人的には生け捕りが望ましいです。狐の構成員を捕らえる事ができれば、素晴らしい名誉になります」

§ § §

そして、その日がやってきた。

にこやかなシトリーから旅の道具を渡され、キルナイト・バージョンアルファと共に重い足取りでクランハウスを出る。

向かう先は探索者協会だ。選定したハンター達と合流しなくてはならない。

まだ夜が明けたばかりで薄暗く肌寒い帝都を歩いていると、どこか地獄への階段を下っているような気がする。隣で歩くキルナイトのガシャガシャという音がうるさい。

キルナイトとふらふら歩く暴れん坊絨毯を供とする僕はもしも人目があったらひどく目立っていた事だろう。

そして、僕は探索者協会で、初めてケチャチャッカ・ムンクと顔をあわせた。

ケチャチャッカ・ムンクはやけに小さい男だった。

猫背なのか、大きく身体を丸め、おまけに顔を除いて黒尽くめのローブで覆われている。傍らには武器なのか、先に頭蓋骨のついた杖を持っている。

僕はその場で固まる事しかできなかった。思考が追いついていなかった。

ハンターは割とフリーダムな格好をしている者が多いが、目の前の男はあからさまに怪しすぎた。ぎょろりと輝く目で僕を見る。

「けけけけけ……《千変万化》……どこで、俺を知ったのかはわからないが、ひひひひひ…………」

ケチャチャッカが不気味な笑い声を漏らした。

いやいやいや、いくらなんでもこれはないだろ。皇帝の護衛だぞ? 知ってる?

選定が自由と言っても、いくらなんでもこれはない。これはないよ。カイナさん、予めリストから外しとけよ。

僕はなんと言っていいかわからず、杖を指差して言った。

「その杖、どこで売ってるの?」

「けけけけけけけけ……」

「……良いファッションだね、護衛にぴったりだ」

「ひひひひひひひひ……ひひひ……ひっひっひ……」

コミュニケーションが取れないんだけど……なにそれ怖い。

この人と仲良くやっていける気がしないんだけど……よくこの格好で護衛に参加しようと思ったな。根性が凄いわ。

豪華な闇鍋の『闇』の部分だな。怪しすぎて逆に怪しくないかもしれない。

ともあれ、絨毯に背負わせようとして拒否された大きな鞄を下ろし、床に置く。

そこで扉が勢いよく開いた。

「全く、護衛に抜擢しといてこの私を呼びつけるなど、敬意が足りない、ですっ! 頼み事をするなら迎えに来るのが筋ってもので――――」

この場の空気を壊すような鈴の音を鳴らすような声が今はただただありがたい。

クリュスの格好は同じ魔導師でもケチャチャッカとは雲泥の差だった。

精霊人の魔導師は人間とは格好が違う。ねじれた樹の杖。短いパンツは本来森で活発に暮らす精霊人が好むもので、床近くまで届く長く美しい銀の髪もあり、思わず目を見開いてしまう。

クリュスはケチャチャッカに目もくれず僕の姿を見ると、ぴくりと頬を引きつらせた。

「ヨワニンゲン、その格好、何のつもりだ!? ……ですッ! 柄物のシャツなんて、遊びに行くんじゃないんだぞ、ですッ! 私を呼んだからには相応な格好をするべきだろ、ですッ! 一緒にいる私の格が下がるだろ、ですッ! 私は恥ずかしい、ですうッ!」

「……え? いや、これは、一応、強力な宝具で――」

クリュスが顔を真っ赤にして喚く。僕は自分の着てきた派手な柄物のシャツ型宝具を見下ろし、隣のケチャチャッカと見比べた。

もしかして僕はケチャチャッカ以下なのだろうか?