軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

170 絨毯

日頃からの訓練はハンターにとって生命線である。マナ・マテリアルの吸収量がその力の根幹とはいえ、技術を高めるのを怠れば宝物殿は容易くハンターの命を刈り取る。

《始まりの足跡》のクランハウスの地下五階。最も広い訓練場の扉の前に、《足跡》のハンター達が集まっていた。

ちょうど訓練をしようとやってきたスヴェンが、集まっている者たちを見て目を丸くした。

「……何やってんだ? こんな所で、集まって」

「ああ。…………どうやら地下五階は今日は貸し切りらしい」

「貸し切りって……そんな制度ないだろ」

「…………マスターが訓練しているんだ」

その言葉に、無言で扉を見る。

何をやっているのだろうか。分厚い金属の扉の向こうからは何か重い物がぶつかる音が連続で上がっていた。

誰も入ろうとはしないのは、何かに巻き込まれる事を怖れているからなのだろう。

宝具コレクターとしても知られる《千変万化》は、元々新たな宝具を手に入れると訓練場でそれを試す傾向があった。

しかも、普通のハンターならば使用を躊躇するであろう宝具も気にせずに起動するので何が起こるのかわからない。恐らく、本人は理解しているのだろうが(理解していなければ普通起動したりしない)、周りからすると厄介な事この上ないのである。

「今日は一段と激しいな……。しゃーない、飲みに行くか」

他の訓練場を使ってもいいが、とかく《千変万化》は加減というものを知らない。万が一天井を突き破ってきたら事だ。

肩を竦めると、スヴェン達は慣れた様子で巻き込まれる前にその場を去っていった。

§ § §

凄い! 凄いぞ! 今僕は、風になっているッ!

そして、僕は絨毯ごと頭から壁に突っ込み、激しく打ち付けて床に落ちた。

鈍い音が広い訓練場内に響き渡る。幸い、結界指が働いたのでダメージはない。

ここ最近ない素早さを発揮して立ち上がる。

同乗をにべもなく拒否し、壁際で腕を組みこちらを見ていたルシアが、眉を顰めて言った。

「……リーダー、騙されたのでは?」

「いや、ちゃんと空は飛べてるし……」

「本人は乗られたくないようですが……」

ルシアの言う通り、厚手で豪華な絨毯は僕の眼の前で立ち上がり、まるで警戒したようにジリジリと僕から距離を取っている。

起動すると自ら動くような宝具を『自走型』と呼ぶ。

『 犬の鎖(ドッグズ・チェーン) 』もそうだったが、こういった宝具は割と簡単に起動できる反面、操作に癖がある。

例えば、動物系の鎖は種類も産出量も多いのだが、同じ系統の鎖でもそれぞれ性格があったりして、道具という意味では非常に使いづらい。

そして、受け取った絨毯は些かばかり性格に難があるようだった。僕はにやりと笑って言った。

「『 空飛ぶ絨毯(フライング・カーペット) 』じゃなくて、『暴れん坊 絨毯(カーペット) 』だったみたいだな――あぶッ!」

絨毯が一瞬で距離をつめ、僕のボディに一撃を入れてくる。絨毯なので攻撃は軽いが、そのせいで結界指が自動で働かない。

僕は小さく咳き込み、口元を袖で拭う。やるじゃないか、さすが皇城の宝物庫に眠っていた子だ。

「はぁ、はぁ、よし、今日から君は僕のライバルだ」

「絨毯が?」

攻撃力は僕と同じくらい低いようだ。だが、防御力は僕よりもかなり高い。

僕はシャドーボクシングをしている絨毯に飛びかかり、その身体を捕まえる。

瞬間、身体が浮いた。視界が回転し、絨毯が縦横無尽に宙を走る。

しがみつくだけでも精一杯であった。人一人乗っているのに、凄まじい速度だ。加速性能も高ければ最高速度もかなりのもので、移動手段としてはかなり優秀だろう。

ついでにカーブ性能も凄いし、空中で宙返りもできる。ちゃんと上に乗っている人の事を考えられる絨毯だったらかなりの値段で取引されていたはずだ。

僕は再びあえなく壁に激突した。絨毯は布なので無事だが、僕の方は結界指を一個消費している。

『 空飛ぶ絨毯(フライング・カーペット) 』は飛行用宝具としてはかなり有名で、尚且かなりの値段で取引される宝具だ。

その知名度は僕が唯一持っている飛行用宝具、『 夜天の暗翼(ナイト・ハイカー) 』を大きく越える。

大きさにもよるが、複数人で乗ることができ、荷物もつめる。おまけに起動も簡単となれば、人気が出ないわけがない。

僕の知識の中では、乗車拒否をする絨毯なんて聞いたことがないのだが、多分それが皇帝陛下が僕にこの絨毯をくれた理由なのだろう。

このじゃじゃ馬め。

再び、対面し、じりじりと絨毯との距離を詰めていく僕を見て、ルシアが何度目になるかわからないため息をついた。

「返したほうがいいのでは?」

「空を飛ぶのは人類の夢だ。わからないかな」

「私は自分で飛べるので。大体、リーダーには『夜天の暗翼』があるでしょう」

「あれは欠陥品だ。おまけに、夜しか使えない」

それに、絨毯に乗って空を飛ぶのは僕の数ある夢の一つだったのだ。多少厄介な性格をしていてもこの機会は逃せない。

絨毯がスムーズな動きで滑るように僕の周りを回転し、足を引っ掛けてくる。僕はあっけなく尻もちをついた。

絨毯が角の所を差し出し、僕の頭を撫でてくる。完全に馬鹿にされていた。

僕はハードボイルドな笑みを浮かべた。

「ふっ……可愛い奴め。……よし、名前をつけてあげよう。そうだな……カー・ペットだ! おッ!」

絨毯が僕の足元に滑り込んでくると、僕を乗せて緩やかに五メートル近い高さがある天井付近まで飛ぶ。

ようやく僕を主人と認めたか……。そんな事を考えた瞬間、絨毯はひっくり返って僕を空中に放り出した。

頭から金属の床につっこみ、凄い音が訓練場に響く。また結界指を消費してしまった。

多分一日でこんなに結界指を消費するのは僕だけだ。

「やっぱり、暗翼の方が使いやすいのでは?」

「いや……あれの練習でも同じくらい身体ぶつけたし」

それに、すぐに使えるようになるのもつまらない。せっかく念願の絨毯を手に入れたのだからじっくり研究しなくては……

ルシアが魂が抜けるような長いため息をつき、僕の結界指をリチャージしてくれる。

「つきあわされるこっちの身にもなってください」

「乗れるようになったら乗せてあげるから」

「絶対にイヤです。何度もいいますが、私は一人で飛べますし」

ルシアは箒に乗って飛べる。宝具の箒ではなく、ただの箒だ。そういう魔法を使えるのだ。

僕が考えた魔法なのだが、当時は『魔女の箒』が有名な飛行型宝具である事を知らなかったのである。多分、ただの市販の箒に乗って空を飛ぶのはこの世界でルシアだけだ。

ちなみにルシア曰く、箒を使わない方が飛びやすいらしい。うんうん、そうだね……。

散々落とされたり壁に叩きつけられたりしたが、この程度でめげる程僕の心は弱くない。

最近少し運動不足だったからちょうどいいくらいだ。

『暴れん坊絨毯』は、僕を散々叩き落としたが、掴めないような場所まで逃げる気配はなかった。恐らく何らかの制約があるのだろう。

絨毯はひらひら舞うと、僕の身体に体当たりを仕掛けてくる。

相手は布なので威力はたかが知れているが、スピードが乗っているとこちらに伝わってくる衝撃は馬鹿にならない。僕は数度床をバウンドして大の字に転がった。

絨毯はふわふわと僕の真上を快適そうに浮いている。

……………制約じゃなくて、性格が悪いだけかもしれないな。

だがそれもまた……よし。

僕は大人なので絨毯に馬鹿にされても意気消沈したりはしないのだ。

再び起き上がる僕に、ルシアが言った。

「そういえば、リーダー。そろそろ依頼の準備をしたほうがいいのでは?」

「…………え? 依頼?」

全く頭になかった。目を丸くする僕に、ルシアが不機嫌そうな表情を作る。

絨毯が空気を読んだように大人しくしている。

「前払いで絨毯を貰ったんだから…………まさか、忘れてたわけではないですよね?」

「…………」

やばい。全然考えていなかった。絨毯を目の前に出された時点で僕はただの頷きマシーンと化していたのだ。

前払いで品を渡してくれるという所だけ覚えているが、依頼の内容を全く覚えていない。

受けないはずだった。僕は、絶対に受けるものかと強い決意をしていたのだ。

それが、この暴れん坊絨毯のせいで何もかもが狂ってしまった。

きっと今更返しても許してもらえないだろう。というか、返したくない。

恐る恐る頼れる妹に確認する。

「…………依頼票って、持ってる?」

「ええ。リーダーが渡された依頼概要の書類を置きっぱなしにして、トランク抱きしめて出ていったので、私が持っていますよ。私が」

本当にいつもご迷惑をおかけして申し訳ございません。

ルシアが懐から、ゼブルディアの印章が施された封書を取り出し、渡してくれる。僕は震える手でそれを開封した。

絨毯が後ろから覗き込んでくる。僕はその中身をさらっと読んで、死んだ。

「皇帝の護衛依頼…………なるほどね……」

これは……責任重大だ。

僕に頼むなんて頭おかしいぜ…………アーク案件だな。