軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

169 誤算

竜(ドラゴン) 。それは、数多存在する幻獣の中でも最強とされる種族である。

種族により形は様々だが、総じて強靭な肉体と膨大な魔力を持ち、時に一匹の怒れる竜の力で国が滅ぼされることすら在るという。

『竜殺し』の称号は現代に於いても英雄の証であり、竜の脅威は一般でも十分に知れ渡っている。

だが、本来、ドラゴンというのは理由なく人里にやってくるものではない。

強大な魔物というのは本能的にマナ・マテリアルを求め、地脈に沿って活動するものなのだ。ドラゴンクラスになると、地脈付近に広い縄張りを作りそこからほとんど出てこない。それは、人間が地脈の上に街を作らない理由の一つでもあった。

それが帝都を襲撃した。

少なくとも僕が帝都を拠点にしてから、帝都に竜がやってきたことはないが、まぁ、散々ドラゴンから追い回されたこともある僕の経験談からいうと、ありえない話ではないと思う。

だが、それで僕に声がかかるのは間違っている。

連れてこられたのは探索者協会の会議室だった。多分、僕がトレジャーハンターだからだろう。

十人以上入れる会議室にはガークさんとカイナさん、そして第三騎士団の装備をした厳つい男、数人が揃っていた。

ガークさんやカイナさんはもちろんお世話になっているが、第三騎士団の証――黒地に緑の軽鎧を着た大柄な男にも見覚えがあった。僕のパーティメンバーは度々帝都を騒がせているが、大事件を起こした時に出てくる第三騎士団の団長だ。

第三騎士団は皇帝陛下の有する軍の中でも帝都や街の治安維持を広く受け持つ騎士団である。

…………いつも大変お世話になっています。

今日のお供として、ちょうどクランマスター室にいたルシアがむすっとした表情で隣に座る。

席につくと、立派な髭を蓄えた団長が、低い声で言った。

「昨晩の事件は既に耳に入ってるな?」

「……その前に一ついいですか」

「何だ?」

ガークさんとカイナさんをちらりと見る。

ガークさんは今日も相変わらずの厳つい顔で、カイナさんの癒やしで辛うじて相殺している感じである。

僕は大きくため息をつき、腕を組んだ。なんか最近頼られる機会が増えている気がする。言いたくはないが、ここでビシッと言っておかねば。

「なんで事件に関係ない僕が呼ばれたんですか? 僕はドラゴンの専門家でもないし、暇でもない。そうちょこちょこ呼ばれたら正直、困るんですが……」

「な……何、だと!?」

「先に言っておくけど、僕は案外使えないよ? 何かあるならアークに言ったほうがいいよ。これは、君たちのためを思って言っているんだ。アークで駄目だったら僕に持ってきてもいいから……」

僕は平穏を望んでいる。アーク達ハンターの活躍を見るのは好きだが、一緒に参加するのは好きではない。

隣のルシアがジト目で僕を見ている。だが、僕は案外でも何でもなく単純に無能だし、ついでにアークで駄目だったら僕に言っても駄目なのだ。

「お、お前には、この帝国に貢献しようという想いはないのかッ?」

勇気を出した言葉に、団長が震えている。そう言われてしまうと、根っこの所が小心者な僕としては否定するわけにはいかない。

「そりゃもちろん、ありますが、それにしたって適材適所って物があるでしょう。竜を撃退したいなら、《深淵火滅》が得意だし、竜対策をしたいなら《銀星万雷》が詳しい。ああ、アークは僕と比べてかなり詳しいよ。ドラゴンマスターだ。いずれ竜を乗りこなすと思う」

まぁ僕が竜に関して余り詳しくないだけなのだが。

アークは帝国からの覚えもいいし、温厚なのでうまくやれるだろう。

いや、つまり、僕が言いたいことは何かある度に僕を呼ぶのはやめろということだ。もっと知識人を呼べということだ。

「僕が言いたいのは、せめて僕のことが必要になるまで僕を呼ばないで欲しいということです」

「クライ、その辺でやめておけ」

「はい」

妹の手前、格好良く反論する僕に、ガークさんが青筋を立てて低い声で恫喝してくる。

僕は素早い動きで行儀よく手を膝の上に置いた。もう早く帰りたい。

団長が大きく深呼吸し、ゆっくりと声を出す。

「…………皇城を襲ったドラゴンについては、既に撃退済みだ。昨日の城には――貴様の言う通り、《銀星万雷》がいた」

ふーん。ならいいじゃん。なら解決じゃん。アークがいたなんて運がいいね。

真面目な顔を作り、何も有益なことを考えていない僕に、団長が続ける。

「ドラゴンは真っ直ぐ皇城を狙ってきた。クリムゾンドラゴンの成体だ。書を紐解いたが、このような事態、帝都がこの場所に移って初めてのことだ」

「まぁ何事も初めてってのはあるよ。僕だって初めてだらけだ」

「クライ、茶化すんじゃないッ!」

茶化してなんかいないのに、ガークさんに怒られる。理不尽だ。

大体、僕が帝都に来てから帝都で起こった大事件は大体初めてである。この都市、呪われてるんじゃないだろうな。

「ドラゴンは理由なく人里を襲ったりはしない。我々は、何かドラゴンが狙う物が城の中にあったのではないかという見解で一致した」

「なるほど……そりゃ、災難だったね………………いや、待てよ? 城の中にあるものが狙いなら、とっくの昔にドラゴンが襲ってきてもおかしくないんじゃない?」

一部のドラゴンは金銀財宝を蓄える性質があり、自らの宝物を盗まれるとすぐさま怒り狂い地の果てまで取り戻しにくるという。

かの幻獣は強大な力と知性を誇るが、決して寛大ではない。人間なんてちょっと食いでのない食べ物だと考えている節がある。

つまり、その『物』というのは直近で城に運び込まれた可能性が高いわけだ。

僕の名推理に、ついに団長が強くテーブルを叩いた。

「し、しらを切るのもいい加減にしろッ! 我々の見解では、その物は――貴様が皇女殿下に贈ったドラゴンの卵だッ!」

「…………へ?」

予想外の言葉に目を見開く。

大体のドラゴンは卵生だが、一度の出産で一つの卵しか産まない。それをかすめ取られたらなるほど、ドラゴンは怒り狂い即座に取り返しにくるだろう。

だが、あのお土産はドラゴンの卵ではない。説明したとおり、温泉ドラゴン卵という商品名の温泉卵である。

いっぱい売っていたうちの一つだし、鶏の卵だ。眉を顰める。

「でも……その、あれはただの温泉卵だ」

「そうだッ! そうなのだッ! 我々は、急ぎ、贈り物を検めた。あれは、ふざけたことに、完全無欠の、ただの温泉卵だったッ! スルスで売っている品との確認も取れているッ! これが――何を意味しているかわかるな?」

顔を真っ赤にして、団長が鼻息荒く迫ってくる。僕は少し真面目に考えた。

「………………クリムゾンドラゴンの好物は温泉卵ってこと?」

「――ッ」

団長が唇を震わせ、激高しかける。そこで、隣のルシアが顔色一つ変えずに静かな声で言った。

「何者かが、リーダーを陥れようとしていたということですね」

「ッ………………そうだ。その、通りだ。そしてもしも貴様のプレゼントが本物の竜の卵だったら、貴様は今頃――騎士団に囲まれていた。たとえ卵がクリムゾンドラゴンの物じゃなかったとしても、容疑は晴れなかっただろうな。晴れるわけがない」

あぁ、なるほど。そういう組み立て方か……勉強になるな。

団長が押し殺すような声で続ける。

「だが、貴様はそれを回避した。そして、そのことで内部の犯人を絞り込むことができた。貴様が持ってきた贈り物を竜の卵などと称したことを知っている者は……限られているからな。そこで、こうして第三騎士団の長である私自ら、ここにやってきたわけだ」

奇跡的な回避である。日頃の行いが良かったのだろうか。

本物のドラゴンの卵をかすめ取るような人生送っちゃいないぜ。

「なるほどね。でも、僕は犯人は知らないよ?」

「ドラゴンを人為的に操れる者など限られている。《千変万化》、貴様は――『狐』を知っているな?」

僕が常識を知っているのを前提で断定するの止めて欲しい。

だが、僕は少し考え、大きく頷く。

「狐? ああ、もちろん知ってるよ。……一応確認しておくけど、ただの動物の狐じゃないよね?」

「……ああ。動物でも、魔獣でもない」

やはり、か。動物でも魔獣でもないとするならば、答えは一つしかない。

本当に、自慢ではないのだが、不運体験談の一つとして、僕は十三の尾を持つ狐と遭遇したことがある。

余りにも溜め込みすぎたマナ・マテリアルにより、移動するその場所が宝物殿と化していた、とんでもない 幻影(ファントム) の狐だ。

知性を持ち、経験を持ち、力を持っていた。当時の僕達ではとても太刀打ちできなかった規格外の存在である。

遭遇は完全に偶然だった。本来遭いたくても遭えないような存在なのだ。

何とか生きて帰れたが、あの化け狐は今でも幻の宝物殿として、世界のどこかをさまよっていることだろう。

目を細め懐かしむ僕に、団長が言う。

「昨今、我が国を襲う難事。その幾つかは、『狐』の工作によるものと予想されている」

「なるほど……」

……なるほど?

あの狐は神の如き力を持っていたが、人類に敵対してはいなかった。というか一切興味を抱いていない節があった。

可能か不可能かは別として、とても人の国に干渉するとは思えない……の、だが――。

内心首を傾げていると、

「ゼブルディアは大きくなりすぎた。トレジャーハンターを重用することで発展したが、それをよく思わない者もいる。恐らく、今回の件もハンターとの関係性を悪化させるための工作だろう。料理に毒を仕込んだのは余りにも杜撰過ぎるが、な」

「…………ああ、それは間違いなく『狐』の仕業だ。この僕を陥れるなんて、とんでもないやつだ。あんなにたくさん油揚げもあげたのに」

「!? ………………リーダー、それは違う狐です」

「ルークが人を斬ったのも狐の仕業だ。間違いないね。まったくもってけしからん。あの厄介な狐野郎、いつかやると思ってたね、僕は」

ルシアが肘で突っついてくるが、もう遅い。

大丈夫、あの化け狐は最近目撃情報もないし、世界をぐるぐる回っているらしいから二度と遭うこともないだろう。あんなにたくさん油揚げをあげて土下座したのだから許してくれるはずだ。

団長は訝しげな表情をしていたが、自分をうまいこと納得させたのか、鼻を鳴らして言った。

「ともかく、歴史ある強きゼブルディアとして、彼奴らに萎縮した様を見せるわけにはいかない。《千変万化》、業腹だが、私が今日こうして、これまで散々からかってきたお前を呼び出したのは――依頼をするためだ。ガーク支部長にも既に了承を貰っている」

「……え?」

絶対に嫌だよ。グラディス卿の指名依頼すら断ったのに、何をやらせるつもりだ。

ついでに、付け加えるならからかったことも一度もない。

いや、まあ今は《嘆きの亡霊》がフルメンバーで揃っているから、どうにでもなると言えばなるのかもしれないが…………この《千変万化》、仮にもこれまで頭を下げて乗り切ってきたレベル8だ。

できそうもない困難な依頼どころか、ちょっと難しそうな依頼も全てを受け流してきた。安請け合いすると思っては困る。

アーク辺りに流せばいいだろうか。早速、神算鬼謀らしく策を練る僕の前に、第三騎士団の団長は持ってきた大きなトランクケースを置いた。

おいおい、まさか金でなびくと思っているのか? 見くびってもらっては困る。僕は借金をしていても宝具を買い漁る男だよ?

「報酬として――陛下はこれをくれてやると仰せだ」

毅然とした態度で依頼を断る決意を固める僕の前で、団長がおもむろにトランクケースを開いた。

中に敷き詰められていたのは、緑と赤と金で編まれたややくすんだ色の布だった。

服や外套ではない。それなりに厚く、それなりに豪奢ではある。僕は思わず目を見開き、震える手でその布に触れた。すべすべした質感だ。

こ、これはもしや――――よく御伽話にも出てくる、希少で滅多に出回らないことで有名な宝具――『 空飛ぶ絨毯(フライング・カーペット) 』なのでは?

頬を引きつらせ顔を上げる僕に、団長はここに来て初めて笑みを浮かべてみせた。