軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

158 バカンス

シトリーとルシアが頑張り、いつもは周辺の警戒を担当するのだが今回はやることがないリィズとルークがその辺で遊ぶ。

アンセムが回復魔法で疲労を癒やし、僕はティノにルークのお土産の浮き輪を膨らませて貰う。

地面が深く掘られ、改めてルシアの魔法で掘り当てられ吹き出したお湯が溜まっていく。

シトリーが機嫌よく歌を口ずさみながら、ポーションで地面を固める。シトリーの土地を囲むように地面が屹立し、アンセムすら隠しうる高い塀になる。街の外壁よりも普通に高い。

浮き輪を膨らませ終えたティノが、おずおずと尋ねてくる。

「ますたぁ、その……ルシアお姉さまは何の魔法を使ってるんですか?」

「え……知らないけど……」

「!?」

僕は魔法の専門家ではないのだ。僕にわかることは、ルシアはすごいという事だけだ。

シトリーと協力すると大抵の事はできる。まぁ、既存の魔法を組み合わせてるらしいけどね……。

瞬く間に施設が出来上がっていく。質はともかく、速度という意味では専門家も敵わないだろう。見ているだけで少し面白い。ルシアは呪文を唱えてさえいない。最初は唱えていたのだが、途中から唱えなくなってしまったのだ。

シトリーの植えた種がみるみる成長し、大木に変わる。それをゴーレムが切り倒す。切り倒し整形された木材は魔法で乾かされ、大きく平坦に均された土台の上で組まれていく。

溜まった池のような広さの温泉からは凄まじい熱気が立ち上がっていた。明らかに湯の温度が人間に適したものではない。

ぱたぱた服の中に空気を入れていると、ルークが着流し姿のまま盛大に温泉に飛び込んだ。

飛沫が飛び、ティノが小さく悲鳴を上げる。

「熱いッ! クライ、熱いぞッ! ああ、わかってる。これも修行だなッ! クソッ、これはやばいッ! 火口にあった宝物殿を思い出すな――あ、ルシア。温度を下げるなッ!」

「私の修行です」

「なんだと……? クソッ、そういう事か……しょうがない、今回は、特別に譲ってやる。だが、次は譲らんッ!」

相変わらず元気だなぁ。

僕は膨らませてもらった浮き輪の上に寝転がり、大きく欠伸をした。

温泉の独特の匂いが漂っている。いつも僕の役割は方針を決めることだけだ。なんかこの感覚、久しぶりだ。

と、その時、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。起き上がり、唯一囲いが途切れている出入り口の方を見る。

黒い鎧を着た一団が、絶賛工事中の温泉を凝視していた。グラディスの騎士団だ。

何か用事でもあるのだろうか。仕方ない、リーダーとしていいところを見せておくか。

隣にいたティノの手を引き、話をしにいく。ちなみに、ティノは護衛代わりだ。

暇そうだったからという理由で大抜擢された後輩は、戸惑いながらも嬉しそうな顔をしていた。とても使いやすい。

「何か……?」

先頭に立った、精悍な顔立ちの壮年の男――恐らく、リーダーの男は僕の顔を見ると眉を顰めた。

「……あ、ああ……捕らえたバレルの話をしにきたんだが……なんだ、これは?」

「温泉だよ。見てわからない?」

「…………」

「掘ってるんだよ。ほら、うちのアンセムはちょっと背が高くて、普通の温泉だとね……」

「ちょっと、背が、高い?」

「…………成長期なんだ」

そうだね……マナ・マテリアルの力だね。

帝都では有名になっているので、アンセムが道を歩いていてもそこまで驚かれないのだが、グラディス騎士団は基本的に領地から出ないので初めて見るのだろう。これだから田舎者は……。

確かに半ば信じられないかもしれないが、これは現実である。

横も縦も大きすぎるが、一番日常生活で苦労しているのは彼自身だ。それでもパーティを守ろうとしてくれているのだし、彼個人に出されている国からの依頼も積極的に受けているのだから、受け入れてくれないと困る。

ん? 何だ? 背が高すぎると駄目なのか? 他のメンバーよりも余程温厚で、大人だよ、彼は。

おまけに、可愛くて小さい神職の彼女がいる。ラブラブだ。並べると犯罪的を通り越してえらいことになるのだが、アンセムほど大きくなるとガークさんでも子供みたいなものなので本人は気にしていないようである。

「で、用件は? 本当に申し訳ないんだけど、僕今、忙しくてさ……」

仲間が近くにいるので気が大きくなっている僕に、団長はむっとしたような表情をしたが、すぐに本題に入った。

用件は、蛙になってしまったバレルの一団についてだった。

どうやら、あらかた選別を終え、これから輸送するらしい。

悪いけど、ついていくつもりはない。指名依頼を受けたのならば結末まで確認するのが筋だが、受けていないし、面倒くさい。

「悪いけど、バカンスなんだ……バレルを倒したのも成り行きだし、大した手間も掛かってないから、うまいことやっといてよ。依頼も受けるつもりはなかったし」

「ッ……」

「ああ、そうだ。アーノルドさんが手伝ってくれたんだ。何なら、アーノルドさん連れてったら? 二つ名持ちのアーノルドさんだよ。いやー、さすがの活躍だったよ。真似できないよ」

ついでに、この場にはいないが、まだこちらに敵意を向けていそうなアーノルドを立てておく。これがレベル8のハンターの処世術だ。

褒められて嫌な気分になる奴はいるまい。そうだ、ついでにグラディス伯爵も褒めておこうかな。

「ああ、君たちもよくやった。すごく助けられたよ。迅速な行動だった。さすが、精強で有名なグラディス騎士団だ。レベル8もびっくり、言うことなし!」

「ま、ますたぁ……その辺にしておいたほうが……」

「……え?」

「ッ……」

よく見ると、何故か団長の頭に青筋が浮いていた。おかしいな……これ以上口を開かない方がいいか。

後ろに並んだ他の騎士達も、下を向いて震えている。どこからどう見ても笑いをこらえているようには見えない。

団長はしばらく歯を食いしばっていたが、やがて押し殺すような声で言った。

「ッ…………協力、感謝しよう。ヴァン伯爵にも、間違いなく伝えておく」

「…………」

「それで……誤って蛙になった者がいないか、知りたいんだが……一応、この街を守っていた兵士は戻したんだが、何分数が多すぎてな……」

「んー……多分大丈夫じゃない? マナ・マテリアルで判別してるらしいし……」

ルシアの魔法は無差別だ。この街が帝都だったら偉いことになっていただろうが、この街にはほとんどハンターはいなかった。

僕でも蛙にならなかったので、さすがに大体の一般人は蛙にならないと思う。アーノルド達のパーティはいたが、彼の仲間はアーノルドが元に戻していた。

と、そこでティノが目を見開いた。

「ますたぁ……あの……その……もしかしたら、ルーダ達が……」

「…………ああ、忘れてたな」

もういろいろありすぎて情報量に脳みそがついていっていない。

確かに、蛙になっているかもしれない。けど、三百以上の蛙からそれを見つけるのは並大抵の事ではない。

僕はティノの頭に手を乗せた。

「ティノ、戻しに行ってあげて。髪の色が体表の色に反映されてるらしいから」

「え!? わ、私ですか?」

ルーダの髪色はありふれた物だ。僕には判別がつかないし、何よりも運が悪い。適当に選んだら間違いなく当たらない。どうしようもない。

誤ってバレルの仲間を戻せば戻すほど騎士団の皆様が移送に苦労するという地獄の仕様だ。ちょっと無理。

「どうせやることないでしょ。…………これも訓練だよ」

「え……えっと…………はい。わかりました、ますたぁ……」

これも訓練だ。今思うと、なんと便利な言葉だろうか。これから積極的に使っていこう。

背を押してあげると、ティノは肩を落とし、団長の隣につく。

あまりの消沈っぷりにちょっと可哀想だったので、フォローもしておく。

「ティノ、温泉があるから、終わったら戻っておいでよ。多分、帰ってくる頃には出来てると思うよ」

「! は、はいッ! 頑張ります!」

笑顔を向けると、後輩は目を瞬かせ、大きな声で元気よく返事をした。

§

ティノが戻ってきたのは、結局、日が沈んだ後だった。

明らかに疲労の滲んだ表情をしていたティノが、魔法の明かりに照らされた温泉を見て大きく目を見開く。

僕は広い縁側に腰を下ろし、ティノに手を上げた。ティノは主人に呼ばれた子犬のように駆け寄ってきて、隣に座る。

「お疲れ様、ティノ。丁度あらかた出来上がったところだよ」

「は、はい。ますたぁッ! す、すごいです……!」

先程までは土台しかできてなかった土地には、立派な温浴設備が出来上がっていた。

木と石と土で作られた屋根付きの簡易の建物にはルークが買いに走った畳が敷き詰められ、アンセムでも余裕で寝転がれるようになっている。

壁や扉がないのは、何も考えずにそれをつけてしまうとアンセムが入りづらくなってしまうためと、あくまで一時的に使う建物だからだ。

トイレやキッチンなどもないが、ルシアはまだ旅館を出す魔法が使えないようなので、その代替としては悪くないだろう。

だが、何よりも素晴らしいのは、温泉だ。

四方数十メートルもある巨大な浴槽は場所によって深さが変えられ、アンセムでもちゃんと全身浸かれるようになっている。湯船は一つしかないが、広さだけならば僕が宿泊していた旅館の浴槽よりも広い。

湯の温度もばっちりだ。シトリーが排水機構を担当し、温度の調整などはルシアが魔法でうまいことやってくれている。

溢れたお湯は四方に掘られた溝を通って外に排水されている。どうやら既存の温泉設備の排水機構につなげているらしい。許可をもらっているかはわからない。

「ま、ますたぁ、あの端っこにある滝? はなんですか?」

「滝だよ」

端っこでは、さっそくルークが滝に打たれていた。めちゃくちゃである。

濁流のような流れで落ちてくる水の元は、浮かんだ分厚い雨雲だ。ルシアが契約している水の精霊である。その勤勉っぷりに、ルークもご満悦のようだ。水流で顔見えないけど。

魔法の連続行使にやや疲れが見えるルシアが言う。

「毎回思うんですが、基本的に一人一柱しか契約出来ない精霊を、滝修行のために水にした魔導師なんて私だけだと思いませんか、リーダー?」

「それ、僕のせいじゃないよね?」

「リーダーが、ルークさんに変な事言うからですッ! 何ですか、修行と言ったら滝ってッ!」

役に立ってるし、いいんじゃないかな……。水も悪くないよ。僕は好きだよ。僕も契約したい。

だが、精霊との契約は魔術の奥義そのものだ。力を借りるだけならハードルが低いが、ああやって使役するとなると難易度が跳ね上がるらしい。詳しいことはわからない。

「ま、ますたぁ、あの端っこにある大渦は、なんですか?」

「大渦だよ」

維持には魔力をガリガリ削られるはずなので、膨大な魔力を持つルシアならではと言える。さすが僕の妹だ。

「クライちゃん、お酒と料理、もらってきたよッ!」

ご機嫌なリィズが人間が入りそうな大きさの酒樽を三つ転がし、入ってくる。どうやら今日は完全に飲む気らしい。

後ろからは、料理を乗せたテーブルを二つ、両手に乗せたアンセムが続く。

「まだあるから……アンセム兄、よろしく」

「………………うむ」

うーむ……随分広い土地だなと思っていたけど……もしかして、狭い?

テーブルを幾つも置いたらもういっぱいだ。うちのメンバーはとにかく飲み食いする量が多い。

だが、温泉の広さを抑えるのもあまりよろしくない。

お祭りが始まるような気配にワクワクしてくる。シトリーが花火を抱えてやってくる。

「クライさん、花火も買ってきました」

「お、わかってるね。シトリー」

完璧だ。これこそが、僕の望んだバカンスだ。

仲間がいて、温泉があって、食べ物も酒も揃っていて、おまけに花火まである。

エリザがいれば更に素晴らしかったが、彼女はうちのパーティで一番マイペースなので仕方がない。

役者が揃い、食べ物や飲み物も揃う。

壁があるため景色は見えないが、空には大きな月が浮かんでいる。

さぁ、バカンスの始まりだ。浮き輪を持って真剣な表情で立ち上がる僕に、ティノが今気づいたように言った。

「ますたぁ……その、男湯しか、ないんですが……」

「あー…………うち、大体混浴なんだよ。ほら、外で気にしてられないから。隠すから我慢してよ」

最初はわけていたのだが、リィズが壁を乗り越えて入ってきてしまうので、ルシアとシトリーが折れたという経緯もある。

わけると少し身体が大きいアンセムが窮屈になるし、そもそも半分くらい家族のようなものだし、まぁいいかと……その代わりちゃんとマナーは守りましょう。

僕の答えに、ティノが固まっている。

「え?」

「よし、ティノッ! 修行するぞッ! 精神を鍛える事で、精神を斬れるようになるんだッ!」

滝の中から、ルークが出てくる。その堂々たる有様に、ティノが目を丸くする。

ルークは全裸だった。湯気のおかげで、局部は隠されているが、腕を組み、全くデリカシーというものを知らない。髪がお湯でぺったんこになっているので格好良くもない。

「みゃ!?」

ティノが変な声を上げ、顔を真っ赤にして僕の後ろに隠れる。

どうやら《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》でやっていけるようになるのはまだ先のようだ。