軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

155.5 悪夢②

現れた予想外の人物に、ティノは思わず目を見開いた。

いつも着ている黒いローブとは違った、白地に花柄の浴衣姿。黒く艶やかな長い髪と透き通るような白い肌のコントラストは、ため息が出てしまうくらい美しい。

どこか漂う今にも壊れそうな繊細な雰囲気はリィズお姉さまはもちろん、シトリーお姉さまの持つ物とも違うものだ。

「ル、ルシアお姉さま……まさか、ルシアお姉さままで!?」

「? 何の話ですか……?」

「…………いえ。ですが、そのお……ここは、ますたぁの部屋で――ますたぁは入浴中です、けど……」

ティノは《嘆きの亡霊》全員と交流がある。

当然、ルシアお姉さまとも交流があるが、その姿にはいつも少し気後れしてしまうような超越的な雰囲気があった。

ルシアお姉さまはティノの言葉を聞き、目を瞬かせていたが、ティノの隣に正座をすると、こほんと小さく咳を鳴らして言った。

長い髪が白の浴衣に掛かっている。

「知ってます。だから、私が来たんです……こういう時の見張りはいつも私の役割なので……で、ティーは何を?」

「……私は、ますたぁから頼まれて、見張りを……」

「ッ……リーダーは、また、ティーをこき使って……」

「い、いえ、私がやりたくて、やってるのでッ!」

ルシアお姉さまは眉を顰めるが、何も言わずに指をぱちりと鳴らした。

どこからともなくクッションが飛んできて、ルシアお姉さまとティノの側に落ちる。ティーポットとカップが飛来し、勝手にお茶を入れていく。

最初に見た時は驚いたものだが、ルシアお姉さまが、他の魔導師と違った変わった魔法を使うのはいつもの事だ。

「あ、ありがとう、ございます」

「いえ。ティーはもう遊びに行っていいですよ。私がいるので」

小脇にかかえていた本を膝の上に開きながら、ルシアお姉さまが言う。完全に長丁場を覚悟してきたようだ。

だが、そういう訳にはいかない。ティノは忠実なハンターなのだ。拳を握り、宣言する。

「いえ、ますたぁからの指示なので……」

「そうですか……では、一緒に見張りをしましょう」

「はいッ! よろしく、おねがいしますッ!」

気合を込めて答えるティノに、ルシアお姉さまは目を丸くして、くすりと笑みを零した。

§

背に当たる仄かに温かい感触に、髪を通りぬけるどこか心地の良い感触。

いつもつけているリボンを外し、ティノはルシアお姉さまに背を預け、髪を梳かして貰っていた。

櫛を通す手付きはとても丁寧で繊細で、受けていると心が穏やかな気分になってくる。

ティノの後ろから聞こえる声も優しげなものだ。

「マナ・マテリアルがあるとはいえ、ハンターはちゃんと手入れをしないと、すぐに荒れますから……」

「はい……。私も、ルシアお姉さまのように伸ばしたいんですが、なかなか……」

ルシアお姉さまの長く艶のある美しい黒髪は女ならば誰もが憧れるものだ。

ただ、余りにも長い髪はハンターにとってデメリットにもなり得る。ティノの言葉に、ルシアお姉さまが言う。

「魔導師にとって……強い魔力が篭った髪は、使い勝手のいい触媒になりますから。 盗賊(シーフ) だと、リィズのように身のこなしに自信がなければ長い髪はやめた方がいいかも知れませんね」

「はい……」

「手足ならともかく、首が取れたらアンセムさんでも治せないでしょうし……」

「は、はい。それに、近接戦闘には邪魔なので……でも、いつか強くなったら、絶対ルシアお姉さまみたいに伸ばします」

「手入れも大変なんですが――」

ルシアお姉さまは小さな声で言うと、自分の髪の束をつまみ、ティノの頬の横に当ててきた。

同じ黒髪でも、そのひんやりした髪の束からは重量を感じる。

「おそろいも…………悪くないかも、しれませんね」

「! はいッ!」

目を輝かせて答えると、ルシアお姉さまがクスクス笑いながら、リボンをつけてくれる。

やっぱり、とても優しい人だ。髪は結い終わったわけだから、すぐに離れるべきなのはわかっているが、離れがたい。

と、そこでルシアお姉さまがぽつりと言った。

「来る……まったく、いつも、いつも、性懲りもなく……」

その目が、先程までティノに向けていたものと同じものとは思えないくらい鋭くなっていた。

なにか言う前に、扉が勢いよく開く。現れたのはもう一人のお姉さま――元気の良い方のお姉さまだった。

リィズお姉さまは扉を蹴破ると、ルシアお姉さまを見て一瞬目を丸くし、躊躇いなく駆け出す。

ティノが戸惑っている間に壁を蹴りまるで魔法のように天井を走る。

「クライちゃん! 背中流してあげるッ!」

「!? お、お姉さま!? 今、ますたぁは――」

聞く耳を一切持っていない。はしたなく裾を大きくはためかせて駆けるその姿に立ち上がりかけたその時、天井を走っていたお姉さまが突然重力に引っ張られて、大きな音を立て地面に落下した。

リィズお姉さまの着ていた浴衣が灰色に変わっている。遅れて、後ろにいたルシアお姉さまが冷たい声で言う。

「『石になれ』」

「ひっどいッ! 何するのおッ!」

衣服だけを綺麗に変えられたリィズお姉さまが、地面に転がりながらルシアお姉さまを見上げる。

「それは、こっちの台詞です。いつもいつも、よくもまあ飽きもせず」

「はぁ!? ルシアちゃんには関係ないでしょッ! クソッ、邪魔ッ!」

「『硬くなれ』」

リィズお姉さまは、両手をバンバンたたき石化した浴衣を砕こうとするが、ある程度ならば金属すら破壊できる拳を受けても、浴衣には傷一つついていない。

あっけにとられるティノの前で、リィズお姉さまが叫ぶ。

「あぁッ! わかった、わかったからッ! ルシアちゃんも、ついでにティーも、一緒に来ていいからッ!」

その言葉を聞き、ぴくりとルシアお姉さまの形のいい眉が動いた。

「『いなくなれ』」

§

「……何しにきたんですか? ルークさん」

ぴりぴりとした緊張感が漂っていた。

ティノが見守る前で、ルシアお姉さまの問いに、真っ赤な着流し姿のルークお兄さまが真剣な声で答える。

「あぁ、実はな……ルシア。この温泉…………滝がないんだ」

「…………」

「これじゃあ、修行できねえ……クライに、別の温泉修行を教えて貰おうと思ってな。あいつは中なんだろ?」

こういう意味不明な事をされると本当に困る。

その真紅の瞳は真剣で、口調もふざけている様子はない。ルークお兄さまは、ある意味ティノにとって一番困る人物だった。

ティノがますたぁに依頼されたのは中に誰も入れない事である。

だが、ルークお兄さまは同性だ。入れても問題ないようにも思える。大浴場は性別で分かれているのだし、ルークお兄さまも話を聞いたらすぐに出ていくだろう。

迷いを込めて、傍らのルシアお姉さまを見上げる。ルシアお姉さまは悩む素振りもなく小さくため息をついて言った。

「……わかりました。滝を出すのでどっかに行ってください」

「熱い奴で頼む」

「はいはい」

§

「あんぎゃあああああああああああああああああッ!!」

「!?」

部屋の扉をぶち破り、見覚えのある水色のドラゴンが雪崩込んできた。

それも、一頭や二頭ではない。興奮しているのか、唸り声を上げる丸っこいドラゴンが、どたどた足音を立ててティノに突進をしかけてくる。

余りに意味のわからない出来事にどうしていいかわからず、ティノは混乱の余り叫んだ。

「ルシアお姉さまッ! 何故か、温泉ドラゴンの群れが――ッ! 何故!?」

ルシアお姉さまはこの意味のわからない状況にも動じることなく、ただ力を込めて唱えた。

「『全部いなくなれ』」

§

大きな足音を立て、温泉ドラゴンが破った扉から灰色の巨体が入ってくる。

キルキル君だ。その背には最後のお姉さまが乗り、紙袋を被った頭の上から顔を覗かせ、正座しているルシアお姉さまを見下ろしていた。

「ふふふ……あれだけ、魔法を使えば、ルシアちゃんもお疲れでしょう」

「シトリーお姉さまッ!? まさか、あのドラゴンの群れは――」

呆然とするティノに、シトリーお姉さまはしたり顔を作る。これまで様々な悪人を見てきたティノでもぞくりとするような表情だ。

被った紙袋から充血した瞳が覗いていた。キルキル君は強力な魔法生物だ。単体でもティノでは相手ができないくらい強力である。

ここに至っては、今までのようにルシアお姉さまに頼る他ない。

ルシアお姉さまが、険しい表情で唱える。

「『いなくなれ』」

「ふふふ…………無駄です。ルシアちゃん対策は積んできたから……いつものように容易く撃退できるとは思わない事です」

「…………」

シトリーお姉さまが、背中で空っぽになった瓶をつまんで見せる。中身が何だったのかは知らないが、口ぶりから考えるに、一時的に魔法耐性を高めるものなのだろう。

その仕草はいつものシトリーお姉さまを知っている身からすると、非常に子供っぽい。

……大人げないです、シトリーお姉さま。

眉を顰めるルシアお姉さまの前に、キルキル君がのしのし近づいてくる。頭の上から、シトリーお姉さまの昂ぶったような声が降ってきた。

「安心して、取って食うわけじゃないですし、ちょっと背中を流すだけだから。あ、ルシアちゃん。私の事、お義姉ちゃんって呼んでいいよ」

「…………」

ルシアお姉さまが立ち上がる。その浮かんだ表情に、思わずティノは数歩下がった。

細身の身体が強い魔力を纏う。シトリーお姉さまを睨みつけ、押し殺すような声でルシアお姉さまが言う。

「……わかり、ました。そんなに、やりたいんですね。いつも通り、コテンパンにしてあげます、シトリー、お姉ちゃん」

§

ティノの背後では、もはや喧嘩などという言葉では表せない怪獣大決戦が繰り広げられていた。

瓦礫が転がり、熱が、冷気が頬を撫でる。もはや恥も外聞もなかった。扉を必死に叩き、悲鳴のような声で名を叫ぶ。

「ますたぁッ! 助けてくださいッ! ルシアお姉さまと、シトリーお姉さまがッ! ますたぁッ!!」

下手をすれば、流れ弾にあたって死にかねない。手が痛くなる程扉を叩くこと数十秒、願いが通じたのか、扉がゆっくりと開く。

「あんぎゃあ?」

水色のドラゴンのような姿をしたますたぁが、首を傾げ、つぶらな瞳をティノに向けた。