軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

155 嘆きの亡霊は引退したい④

黒の鎧で身を包み、馬に乗った一団がスルスの街を取り囲む。

大きくたなびく旗に書かれたのは、交わる三本の剣――グラディス伯爵の紋章だ。

先頭の馬に跨った、一際立派な鎧を着た団長の男が、地面に降り立ち、壁を見上げる。

「この壁は…………一体……」

「随分、遅い到着ですね……」

「!? 誰だ!?」

「第一声が誰だ、だなんて……貴方達の任務を代わりにやってあげた者に対して余りに無礼では? まぁ、バカンスの『ついで』、ですけど」

門から現れた影に、団長が、そしてその後ろに並んだ部下が一斉に剣を抜く。

シトリーは興奮に大きく身体を上下させるキルキル君の腕を叩き宥め、にこやかに応対した。

懐から、依頼票を取り出し、地面に放る。グラディスの紋章の入ったそれに、団長が目を見開く。

「この程度なら、協力するまでもありません。貴方達が遅いので、バレルはもう潰しちゃいました」

「協力……まさか……《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》のメンバーかッ!?」

「はい。《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》で交渉役を担当している、シトリー・スマートです。グラディス軍の勇名はかねがね伺っています」

荒事に従事しているようには見えない穏やかな物腰に、風に揺れる短く切り揃えられたピンクブロンドの髪。

見惚れるような落ち着いた笑顔に、団長が目を見開く。剣を抜き構えていた部下たちもざわめく。

トレジャーハンターに指名依頼を上げたという話は聞いていた。治安を守る事もなく、宝物殿で宝探しをするだけの連中と協力するのは業腹だったが、グラディス軍は任務に私情は挟まない。

何がなんだかわからなかった。まだハンターたちはグラディス領に到着すらしていなかったはずだ。

バレル盗賊団らしき集団がグラディスの領を出ようとしているらしいという情報が入ってきたのもつい一日前である。

ハンターを待っている時間はない。虚仮にされたままで引き下がってはいられないと、強行軍でやってきた男たちにとって、ようやくたどり着いた場所にすでにハンター達がいるというのは、まるで狐に化かされたような気分だった。

だが、依頼票は本物だ。無礼にも地面に無造作に放られたそれを拾い上げ、団長はなんと聞くべきか迷い、結局、眉を歪めて言う。

「……何故こんな所にいる? ずっと待っていたんだぞ」

「待ち伏せ、したのです。どちらかというと待ち伏せというよりは誘導、ですが……ご安心ください。バレル盗賊団は一網打尽にしました。一人残らず、ね」

ありえない。その言葉に、グラディス領で武勇を知られた団長は瞠目する。

バレル盗賊団の手口は慎重かつ、大胆だ。精強で知られたグラディスの騎士団を何度も嘲笑うかのように撃退してきた。

特に、その用心深さには何度も煮え湯を飲まされてきた。

街を襲う際は必ず先遣隊を派遣し戦力を把握、勝てない相手には決して戦いを挑まない。流浪の盗賊団なので本拠地というものは存在せず、仮の拠点すら見つからない。

大規模な討伐隊を編成し襲撃しようとしても、するりと逃げられる。どういう技なのか、壁を生み出すような道具も持っていた。

本当に性質の悪い盗賊団だ。

どんな犯罪者も恐れるグラディス領を荒らし回り、その名に、帝国の剣の名に傷をつけた存在だ。騎士の誇りなどと言っている場合ではない。

ともかく、街が略奪されているような気配はない。何かあったのは間違いない。

部下たちが、街を取り囲んだ岩の壁に触れ、顔を見合わせている。その壁は、バレル盗賊団を追った際に度々グラディス軍を阻んだ物に似ていた。

「この壁は……? この街にはこんな巨大な壁はなかったはずだが」

スルスは温泉で有名な観光地だ。防衛能力はないに等しかったはずだ。

団長の問いに、シトリーは不思議そうに唇に指を当てる。

「余りに不用心だったので、ついでにバレルに作ってもらったのです。まぁ、補強は必要ですが、とりあえずの物としては十分でしょう。《千変万化》の先見はご存知では?」

もちろん、知っている。だが、目の当たりにしてもまだ信じられない。

待ち伏せまではまだいい。だが、人の身でここまで状況を操る事ができるだろうか? そして《千変万化》はどうやってほとんど情報が出回っていないバレルの動きを知ったのだろうか?

部下たちが半ば信じられないような表情をしている。団長も同じ思いだったが、すぐに我に返るとヘルムを脱ぎ、礼を示した。

「…………そうか。詳しい話は後々確認させて頂くが――とりあえず、感謝する。それで……《千変万化》は?」

「ごめんなさい。クライさんはバカンス中ですので……ですが、言伝は預かっています」

「…………ふむ。なんと?」

居住まいをただし、緊張したような表情をする団長に、シトリーは笑みを浮かべたまま言った。

「グラディス軍が間に合わない事だけが予想外だ。あいつら本当に使えないな、と。あぁ、そうだ。盗賊団ですが、前情報と違って三百人くらいいましたよ。誤差のような物ですが……」

§

街は盗賊団の襲来と、そのいきなりの蛙化に騒然としていた。

遅れてやってきた騎士団への対応と後処理の指示出しをいつも通りシトリーに任せ、ようやく合流したルーク達を連れて宿に戻る。

シトリーには申し訳ないが、僕がやるとすぐに人を怒らせてしまうし、状況がわかっていないので仕方ない。

ルークやアンセムと顔を合わせるのは久しぶりだった。

僕たちはハンターになる前からの幼馴染で、だいたい毎日顔を合わせていたので、一月以上会わないというのは本当に珍しい。

旅館の部屋に入ると、ルークは気味の悪い仮面を脱ぎ捨て、開口一番に言う。

その性格を表したような炎のような真紅の瞳。

「クライ! 今回のはぬるかったぞッ! 一番でかいのも大した事なかったし、どうした? 体調でも悪いのか?」

ルークの姿は何時も通りだった。大きな負傷もなく、格好をつけた外套にもほとんど汚れがない。どうやらレベル8宝物殿の攻略は何事もなく終わったようだ。

それにしても、酷い言いようである。ルークにとって、盗賊団による街の占拠はウェルカムイベントなのだろうか。

「いや、今回のはバカンスだから」

「なるほど……試練ではないんだな。なら、こんなもんか……まぁ、準備運動にはちょうどいい」

何を納得したのかうんうん頷くルークに、温泉ドラゴンの代わりに仲間を見つけて帰ってきたリィズちゃんが唇を尖らせる。

「何を偉そうなことを……ルークちゃん。ほとんど倒したのは、ルシアちゃんでしょ?」

「あぁ? 一番でかいの倒したのは俺だから、俺がMVPだろ? だいたい、リィズは何もやってないし」

「えー、ルークちゃん、もしかして、ルシアちゃんの功績を取るつもり? かっこわるーいッ!」

リィズとルークは毎回、こういう大規模戦闘時に倒した獲物の数を競う傾向があった。彼らは生み出した死体の数を誇りに思っている節がある。

そして、だいたい蚊帳の外にいるルシアが勝者になるのがいつもの流れであった。攻撃魔法は範囲が桁違いだからな……。

リィズの言葉に、ルークが一瞬思案げになり、すぐに悔しげな表情で叫ぶ。

「………………確かに、他のと比べ特別強いわけじゃなかったからな。クソッ、よし、ルシア、お前が今回のMVPだッ! なかなかやるなッ! 次は負けねえッ!」

いきなりの大声に、畳に身を横たえていたルシアが荒く呼吸をしながら顔をあげる。

「ッ……ルークさん、うるさいです。水取ってください、リーダー」

「大丈夫?」

「……ちょっと、力を使いすぎただけなので……」

小さく、呼気を漏らし、答える。声はつらそうだし、顔色も蒼白だが、問題はないだろう。目立った怪我などはしていない。

僕の髪よりもずっと深く、艶のある黒髪に黒の目。線の細い容貌はとてもハンターに見えない儚いものだ。

実際に、ルシアは少し体調を崩しやすい。決して病気だとか体力がないとかそういうわけではなく、原因は膨大な魔力らしいが、ハント後など魔法を連続で使った後は大人しくしているのはいつもの流れである。

ルシアは身を起こすと、渡した水差しからコップに水を注ぎ、喉を潤すと、こちらに冷たい目を向ける。

「心配するなら、むやみに街を占拠とかさせないでもらえますか?」

「色々あったんだよ。まぁ、せっかく来たんだ、アンセムの入れる温泉と旅館を探して、ゆっくり浸かって休もう」

慣れているとはいえ、さすがに野宿は可哀想だ。

幸い、ここは温泉地だ。アンセムが入れる浴場もあるだろう。……最悪、ルシアに掘ってもらえばいい。

「リーダーはずっと休んでたでしょ」

「……ああ、そうだ……ティノが蛙になってるんだけど、これってちゃんと戻す魔法あるよね?」

「…………戻す魔法なんてあるわけないでしょう、変えるだけでも無理しているのに……リーダーから貰った本に、戻す魔法、ありましたか?」

瓶の中でティノガエルがその言葉を聞き、目を瞬かせ、焦ったようにけろけろ叫びながら何度も跳び上がっている。

可哀想に……いやいやいや、確かに僕の書いた本に戻す魔法はなかったが、冗談にもなっていない。

リィズがくすくす笑いながら、瓶を持ち上げているのだが、彼女に慈悲はないのだろうか。

ルシアはティノと仲が良かったはずじゃ……。

笑みを浮かべたまま凍りつく僕に、ルシアは小さく咳払いをして言った。

「でも、安心してください。戻す魔法はありませんが……殺せば戻ります」

全然安心できない。ティノの悲痛な鳴き声が響き渡る。

どうしたらいい? 僕はティノの親御さんに、妹が貴方の娘を蛙にしちゃいましたって言わなくちゃならないのか?

合わせる顔がない。

「だ、大丈夫、ティノ。僕が責任取って飼うから……」

「…………馬鹿な事言ってないで、ほらッ!」

ルシアが細い腕を持ち上げ、ぱちりと指を鳴らす。リィズが持っていたティノの入った瓶が突然燃え上がった。

その様子は僕のイメージする魔法使いそのものだ。

指パッチンで対象を燃やすのは僕の考えた格好いい魔法第一巻に載っていたものである。修行中のルシアが一ヶ月くらい必死に悩んで作った魔法だ。一ヶ月掛かったという話を聞いて大笑いしてパンチされたのは苦い記憶だ。

突然の殺戮に絶句する。

ティノの鳴き声が炎に消えた瞬間、それを掻き消すように人間ティノが現れた。リィズが急に現れたティノを両手で受け止める。

蛙になる前の格好そのままだ。水色の浴衣に、きちんと結ばれた帯。目の下に残る涙の跡。

……殺したら戻るってそういう意味かよ。

そういえば、ティノが蛙に変化した時、付属物も消えていたな……どういう理屈なんだろうか。

ティノは僕を見て、ルシアを見て、ルークを見て、ようやく何が起こったのか理解したのか、リィズの首に腕を回して抱きついた。

「お、お姉さまああああああああああああッ! 怖かったでずッ、私、ずっと蛙かとッ! 」

涙をぽろぽろ流し泣きつくティノを、リィズが強く抱きしめる。

「よしよし、ティー、あんた、後で蛙にならなくなるまで蛙化特訓だから」

「ますたぁぁぁぁッ! 助けてくださいッ! ルシアお姉さまあッ!」

「ティーは相変わらずだな。……よし、クライッ! 温泉に行くぞッ! ほら、浮き輪も持ってきたんだッ!」

…………まぁ、いいか。

騒ぎ出す皆に、何もかもがどうでも良くなってくる。ようやく元に戻った日常にほっと一息つく。

色々あったが、やはりバカンスはいい。ここまでやってきてよかった。無事皆も揃ったのだ、全てが万々歳という事にしよう。

穏やかな笑みを浮かべ完全に気を抜く僕に、ルシアが思い出したように、僕にジト目を向け、とんでもない事を言った。

「そういえば、リーダー。もう知ってるかもしれませんが――《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》と『アカシャの塔』の抗争で、帝都が大騒ぎしてましたよ。私達はバカンスなのでさっさと逃げて来ましたが……皆、リーダーの事を呼んでいました。焚き付けたって本当ですか?」

「……嘘だよ。さぁ、ルシアも疲れてるだろうし、温泉でも入ってゆっくりしよう!」