軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106 楽しいバカンス

「特訓禁止だ」

「えー?」

じっくり考え、僕の出した結論に、膝を抱えて座っていたリィズが不満げに唇を尖らせた。

思えば、僕の幼馴染たちはいつだって全力だった。

ハンターになる前故郷で行った特訓の頃から、帝都にやってきて数々の苦難を乗り越えハンターとしての名声を得るに至った現在まで、手を抜いているところを見たことがない。

恐らく、どこまで手を抜かずに努力できるかもまた、ハンターとしての資質の一つなのだろう。

僕はこれまでずっとその様子を眺めるのみだった。だが、今回ばかりは言わせてもらわねばならない。

シトリー製のポーションでどうにか息を吹き替えしたティノは、満身創痍の面持ちで荒く呼吸をしていた。

先程まで焦げ焦げで黒煙まで上がっていたはずなのに、もう傷跡はほとんど残っていない。服装も、やや焦げているが原型を保っている。

シトリー製のポーションはアンセムの回復魔法がある程度強力になるまで僕達のハントを支えていた代物だ。宝物殿産の『 創造の神薬(ハイ・エリクサ) 』程ではないが、その効果はお墨付きである。

もちろん、死者には通じないのでなんとか息を吹き返したのはティノの力もあるがともかくとして、これ以上余計なことをしてバカンスを台無しにされてはたまらない。

自分の事だけを考えているわけではない。それはティノのためでもあるし、リィズやシトリーのためでもある。僕が言っても説得力がないかもしれないが、たまには訓練を休んでゆっくり身体と心を休めるのも大切なのだ。

雨脚の弱くなった草原を、馬車が静かに走っていた。

周囲に他の旅人の姿はない。昼間にも拘らず空はまだ薄暗く、遠くから雷鳴が聞こえるが、雨も風も昨日よりは数段マシである。

また嵐が来るかどうかは不明だが、バカンスなんだから野宿はなるべく避けたいところだ。

そう、バカンスなのだ! 今回は、ただの旅行なのだ! 修行の旅じゃないのだ!

何回か言ったはずなのだが、リィズ達はまだそれを理解していないようだ。

リィズが反省する素振りもなく、上目遣いでこちらを見た(ちなみにリィズも雷に撃たれたそうだが、幸運にも無傷なようです……そんな事ってあるんだね)。

「でもクライちゃん、絶好の機会だったんだもん。訓練しておかないといざという時に死んじゃうよ?」

「大丈夫だよ…………多分」

滝に打たれるとかならともかく、雷に撃たれる訓練とか聞いたことないわ。

しかも、一度ではなかったらしい。リィズが嬉々として語ってくれた修行の様子は半ば冗談じみていた。

膝に手を置き正座して話を聞いていたシトリーがふと思いついたように目を見開く。

「……もしかして、訓練縛りですか?」

これまた、聞いたことない単語だな……。

「あえて訓練を抑え能力を低めに保つ事でより多くの命懸けの戦いを経験できる、と。そういう事ですね?」

……そういう事じゃないです。

発想が常軌を逸している。僕の幼なじみたちは芯までハンターに染まっているようだ。

リィズが喜んでいる。ティノは愕然とした表情でこちらを見ていた。

「それで途中で死んでしまったとしても――そんな未熟者はいらない、と。そういう事ですね、クライさん。とても理にかなっていると思います!」

「さすがクライちゃん、キビシー!」

そういう事じゃないです。なんで嬉しそうなの、君たち。

ティノが身体を引きずるようにしてこちらに擦り寄ってくる。雷に撃たれ、ボロボロの格好で泣きそうな表情をしているティノは、いつも冷静沈着、ソロで活動していた時の様子と大きく差があった。抱きしめてあげたい。

「ますたぁ、わたし、その……訓練、やりたいです…………」

「あぁ? ティー、クライちゃんが白って言ったら、白なんだよッ! 何度も言ってんだろッ!」

すがりついてきたティノを、リィズが横から突き飛ばし、高い声で叱責する。完全に悪役であった。

なんか、白って言ってないのに白になりそうなんだけど……一年以上ろくに一緒に冒険していなかったが、まさかここまで極端になっているとは思わなかった。僕がクランマスター室でアイスを食べたり宝具を磨いたりエヴァと遊んだりしている間に、リィズ達はハンター中毒になったらしい。

割とその前からその気はあったのだが、まさかバカンスのとり方すら忘れてしまうとは……。

これはまずい。ただでさえ低い社会性が失われてしまう。このままではティノまで影響されかねない。

「……これは矯正の必要がありそうだな」

僕のバカンスでの目的がまた一つ追加されてしまった。

休み方を教える。サボることにかけては他の追随を許さない僕にとってぴったりの仕事じゃなかろうか。

ハードボイルドな笑みを浮かべる僕を、リィズが目を輝かせて見ていた。駄目だよ。そんな顔していても――止める。絶対に止めて見せる。

……ねぇ、今の僕のセリフ聞いて笑顔になるのおかしくない?

突き飛ばされ投げ出されたティノの肩がぶるぶる震えている。やっぱりリィズがなんと言おうと連れてこさせるべきではなかったようだ。

「最初から言うよ? まず、今回のバカンス中、訓練は禁止だ」

そこでリィズが大きく手を上げ、確認してきた。

「ねぇ、クライちゃん。訓練って、どこまでが訓練? 筋トレは?」

「……筋トレも駄目」

「走るのは?」

「……走るのも駄目」

「じゃあじゃあ、たとえば重い服を着るとかは……だめ?」

「……駄目」

僕の言葉の隙を探るのはやめて頂きたい。

「んー、軽い模擬戦とかは? あれは訓練に入るの?」

「ポーションの投与は訓練に入りますか?」

シトリーまで一緒になって悪ふざけを始める。バカンスだって言ってるだろ……入るよ。全部訓練に入るよ。もっとバカンスを楽しめよ。

「君たちが強くなるためにやる全ての行為が対象だ」

「!? えぇ!? 呼吸法は? 歩法は? 無意識にやってるのも対象なの?」

「!? 短所を補う手段を考えることも訓練に入りますか? 人を使う事やポーションの調合も訓練ですか?」

真剣に確認してくるシトリーとリィズに、僕は若干引き気味だった。

日常に訓練が入り込み過ぎている。

「ああ。全部訓練だ。禁止だよ」

「ッ!!」

「ッ!?」

あまりにも悲しそうな表情をするリィズとシトリーに、僕は小さく咳払いをした。

楽しんでもらうためのバカンスなのにこんな表情をさせてしまったら本末転倒だ。

「…………ま、まぁ、どうしても我慢できなくなったらやってもいいことにしよう……」

「!! クライちゃん、やさしー!」

「……ですよね。私やお姉ちゃんはともかく、ティーちゃんには少し厳しいかもしれませんし」

「ありがとうございます、ますたぁ……」

何故かお礼を言われてしまった。満面の笑みを浮かべるリィズと、目の端に涙を溜めたティノ、深刻そうなシトリーを見ているとなんかもう何もかもどうでもいい気分になってくる。僕の悪い癖だ。

だが、今引いてしまったら今までと何も変わらない。

僕はしばらく目をつぶると、覚悟を決めて言った。

「次に――暴力行為の禁止」

「!? クライちゃん、軽く、あのね、本当にかるーく蹴るのは暴力行為に入る? 舐めた真似してきたやつへのお仕置きは? ティーに訓練つける時に叩くのは暴力になる?」

「自衛行為は暴力に入りますか? たとえば、権力の行使による敵対勢力の殲滅は? ポーションの投与は?」

「ますたぁの試練は……その……ただの暴力より、辛いです……」

全部駄目だよ。中途半端に許すと意味がなくなってしまうし、今回のバカンスで腕っぷしが役に立つことは恐らくない。

そして、ティノの言葉が地味に僕の心に深く突き刺さっていた。なんとしてでもますたぁの威光を回復させねば。

「そして最後に一番重要なのは――バカンスを楽しむことだ」

もともとの経緯が逃亡とはいえ、せっかくこうして帝都をでたのだ。楽しまなければ損だ。

ルーク達もついでに拾えば護衛の心配はない。《嘆きの亡霊》のメンバー全員で外を歩くのは久しぶりだ、大変な事もあるだろうが、きっと楽しい旅になるだろう。

僕の言葉に、リィズとシトリーが花開くような笑みを浮かべ、しかしティノはどこか不安げな表情をしていた。

§

よほどタイミングが悪かったのか、雨はいつまでたっても止む気配がなかった。

ともあれ、無事数時間遅れで最初の町。【エラン】に辿り着く。帝都と比べると人口も規模もはるかに小さい、中継地点のような役割を果たしている町だ。

といっても普段ならば商人やハンター達によりそれなりに賑わっているはずだが、ずっと雨が降り続けているせいか、人通りがほとんどない。

馬車から下り、四肢を伸ばし固まりかけていた身体を解しながら数時間ぶりの地面を堪能する。

まだ昼間であるにも拘らず、空は暗く分厚い雲が太陽を隠していた。

「しかし、酷い天気だな……」

雨季でもないのにこんなに雨が続くとは……不吉だなんて言うつもりはないが、ずっと雨の中、外で馬車を駆っていたシトリーが雇った三人もうんざりしているようだ。

荷物を下ろしていたシトリーが言う。

「クライさん、気づいていました? ずっと追い風でした」

何を言いたいのかわからない。ずっと追い風というのも普通に考えたらありえない話だが、風向きなんてどうでもいい。

「? ああ、良かったよね」

とりあえず馬も身体が冷え疲れている。一泊して身体を休めるとするか。もともと期限のある旅ではないのだ。

のんびりそんな事を考えている僕に、リィズがぱんと手を叩いて、とても楽しそうに言った。

「あー、思ってた思ってた。ずっと雨止まないなぁって……絶対この嵐、私達の事追ってるよねえ」

!? …………僕なんか悪いことしたっけ?

今風止まってるし、と笑うリィズを見て、僕はとりあえず今日の夕食の事を考える事にした。

§ § §

「チッ、運が悪すぎる……ゼブルディアでもこんな天気あるんですねえ」

酷い天気だった。突然の嵐と雷は、一年中雨季の続く霧の国――かつてアーノルド達が拠点としていた【ネブラヌベス】の気候を思い出させる。

エイの言葉に、同じ馬車に乗っていたメンバーが同意したように頷いた。

闇の帳を思わせる漆黒の雲は不吉の象徴だ。かつて霧の国を襲った『雷竜』の成体も嵐を伴い国を襲った。事前の調査で、ゼブルディアでは雷竜は滅多に出ないという事がわかっているが、もしもこの嵐が魔物によるものだとしたらその魔物は雷竜クラスの化物に違いない。

「何も【ネブラヌベス】のように何ヶ月も雨が続くわけではねえでしょう。一度帰還したほうがいいかもしれません」

アーノルド達は八人――馬車は二台に分けている。

武器やアイテムを考えると一台では収めるのはかなり厳しいのだ。パーティの人数が多いということは戦力が大きくなる事と同時に、フットワークが鈍くなることを意味している。

前の馬車に乗っていたアーノルドは、エイの言葉に腕を組み考え、すぐに答えを出した。

「『千変万化』が嵐ごときで退くか? 帝都に戻っている様子もない。進め」

嵐はなるべく避けるべきではあるが、逆に言えばその程度でしかない。

雨の中の行軍を繰り返し、嵐の中や霧の中など、悪天候下での戦いを数えきれない程経験しているアーノルドたちにとっては退くほどのことではない。

「……確かに……逆に追い風かもしれませんね。奴ら、いくらレベルが高いといっても、帝都のハンターだ、霧の中での戦いに慣れているとは思えねえ」

他のメンバーもその言葉に同意する。その表情には確かな自負が存在していた。

二台の馬車は誰もいない街道を、大きく飛沫を上げながら駆け抜けていった。