軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101 本領発揮

「いなくなった……だと!? どういうことだ!?」

「へい。アーノルドさん、トイレにこれが――」

仲間が持ってきた二つ折りにされた紙をひったくるようにして受け取り、開く。

紙は銀行の小切手だ。ただし、本来金額が書かれている場所に走り書きがされている。

――忙しいので帰ります。

アーノルドは言葉を失った。

「どうも、トイレの窓から脱出したようで……」

「あの男は……レベル8、ではないのか?」

頬を引きつらせながら、小切手をくしゃりと握りつぶす。

まさか逃げるとは思っても見なかった。相手がただのハンターや一般人であれば警戒もしたかもしれないが、相手はこのハンターの聖地でアーノルド以上のレベルに認定された正真正銘の強者なのだ。

どうして面子を気にするハンターがトイレの窓から脱出するなどと考えようか。しかも、まだ刃の一つも交わしていない。

顔をあげ、睨み合っていた二人の表情を見る。

アーノルドは帝都にやってきてまず、定石に則り、この国の著名なハンターやパーティ、クランを調べた。

その中にはもちろん、《魔杖》の名もある。

眼の前の二人はその名高き魔導師集団の一員だ。まだ若いが、油断ならざる相手である。

数的優位はアーノルド達にあった。本来ならば見捨てられたとでも言うべき立場のはずだが、アルトバランを名乗った男は驚愕の手紙にも表情一つ変えず、平然と鼻を鳴らすと自信満々に宣言する。

「何だその表情は? よく聞け、田舎者。本当の強者は――安易に剣を抜いたりしない」

「この帝都のレベル8は……トイレの窓から逃げ出すのか」

それでいいのか、ゼブルディア!?

アーノルドの目的は、パーティに喧嘩を売った《絶影》達への報復だ。そのリーダーである《千変万化》がいなくなった以上、ここにいる意味はない。

マリーとアルトバランの服装は仕立てこそいいが、とても戦えるようには見えない。

だが、優秀な魔導師というのは武器がなくてもある程度戦えるものだ。

つぶさに観察すると、アルトバランはもちろん、その後ろで引きつったような笑みを浮かべているマリーも既に臨戦態勢にあるのがわかる。

《魔杖》のメンバーならば呼吸するように魔法を発動できるだろう。

魔導師の本領は遠距離からの攻撃である。いくら相手が強力な魔導師でも、今この距離でアーノルドが負けることはないだろう。

だが、勝てたとしてもあまりにも旨味がない。仲間たちも武器を構えたまま、アーノルドの決定を待っている。

アルトバランが氷のような冷たい眼差しでアーノルドを見据え、続ける。

「そもそも、逃げた? くだらないな」

「……いや、完全に逃走だろう」

それ以外に何があるのだ。

あまりにも手慣れた鮮やかな撤退だ。もはや怒りの前に驚きがくる。

アーノルドの低い声に、アルトバランは凛とした声で叫んだ。

「書いてあるだろう。逃げたんじゃない、クライさんは――忙しいんだ。帝都のレベル8に暇はないんだ、ただでさえ僕達が時間を取ってしまった。クライさんを弱いなどと誤解するなよ。お前らは時間をとって相手をするに値しない、それだけの話だ」

馬鹿な……この国では……忙しいとトイレの窓から逃げ出すのか!?

言っている意味がわからない。アーノルドが《千変万化》だったのならば、喧嘩をふっかけてきた愚か者共を片付け、堂々と出入り口から出ていっただろう。

それが実力主義であるハンターのあり方だ。少なくともアーノルドの知る限り、ハンターというのはそういう物だった。

戦々恐々としながら確認する。

「お前も、同じ立場だったらトイレの窓から逃げ出すのか?」

純粋な疑問からくる問いに、アルトバランが目を僅かに見開くと、皮肉げな笑みを浮かべた。

「僕はまだ――未熟だ。僕にクライさんの真似はできない」

「……」

「アーノルドさん、ここは撤退しましょう。奴ら、相手にする意味はねえ」

その時、アーノルドの隣に立った片腕のエイが、小さく進言してきた。

ギロリと睨みつけてやるが、エイの視線は若い魔導師二人に向いたままだ。

「落ち着いてください。舐めたマネしてくれたが、奴ら古参クランの一員だ。この人数差じゃ潰したところでこちらの力を誇示した事にもならねえ。それに、ここはひと目が多すぎます。後で多人数で報復を受けるのが関の山だ。いざという時は帝都を出るのも手ですが、アーノルドさんを虚仮にした奴らを潰す機会が奪われかねない」

酒場では不意打ちで殴られ、カツアゲのような真似までしてきた、帝都にやってきてから因縁がある《嘆きの亡霊》と、いきなり現れた眼の前の二人、本当に潰したいのはどちらか。

周りを確認すると、怯えた様子でこちらを見る店員と一般客の姿があった。既に店の外に逃げ出した客もいるだろう。もしかしたら治安維持の騎士団が呼ばれるかもしれない。

目的を忘れ暴れるのは三流のやることだ。一瞬の葛藤の後、アーノルドは大きく舌打ちをした。

「…………チッ。いいだろう、今はあの男だ」

§ § §

さぁ、逃げる。僕は逃げるぞ、どこまでも。

一度そう決めてしまえば、とても気が楽だった。

もちろん、逃げるといっても一人で、ではない。帝都の外には魔物もいるし、 幻影(ファントム) に襲われる可能性だってある。

街道を歩けば比較的安全らしいが、それでも襲われる時は襲われる。

外に出る時に護衛をつけるのは半ば常識である。僕が強かったり空が飛べたりするのならば話が別だが、『 夜天の暗翼(ナイト・ハイカー) 』は魔力量の関係でそこまで遠くまでは飛べない。

クランマスター室を出て階段を下りていくと、ちょうどリィズと遭遇した。

いつもと同じ健康的なハンタールックだ。僕を見て花開くような笑みを浮かべ近寄ってくる。

「あ、クライちゃん! いいところにッ! ちょっと相談したいことがあってえ――」

相談くらいならいくらでも聞くが、話は……長くなりそうかな?

僕には時間がない。とにかく、これ以上誰かに悩み事を増やされる前に逃げ出さなくてはならない。

急げば急ぐ程、『白剣の集い』への招待を断った言い訳に繋がるかもしれないし、事態は一刻を争うのだ。

リィズの肩に手を回し、階段を下りながら内緒話でもするように確認する。

「相談は後で聞くよ。リィズさ、直近でなんか予定ある?」

「え? んー…………特にないけど? なんかあるのぉ?」

予想通りの答えである。大抵、リィズは僕の誘いを断らない。

前提条件を飛ばし、簡潔に言う。

「帝都を出る。ついてきて」

リィズは目を見開くと、こちらの腰に手を回してきた。顔が近づき、仄かに甘い香りが漂ってくる。

潤いのある唇が小さく開き、囁くような声で答えた。

「りょーかい。目的は?」

目的……? 逃亡? 逃走? 戦略的撤退?

どれも正しいが、しかしそんな事言いたくない。

リィズにはまぁ本当の事を言ってもいいだろう。

僕は悩んだ結果、笑みを浮かべて言った。

「バカンス、かな。あ、これは皆には秘密だよ?」

リィズの眼が輝き、まるで衝動をその小さな動作に閉じ込めたかのようにぎゅっと僕を抱きしめる。

相変わらず触れる肌は火照っているかのように熱い。

「!! それってとっても素敵! 何人殺るの? 何人で行くの? 私だけ? いつ行くの? クライちゃんと外に出るの、凄く久しぶりじゃない?」

殺らないよ……。後、質問が多すぎる。

リィズを連れていれば安心だとは思うが、護衛は多ければ多い程いいだろう。今回は帝都の外に出るのだ。

そうだ、クラン旅行にしてしまうなんてどうだろう? 様々な招待状を断っている手前、事務員まで連れて行くことはできないが、メンバー全員を連れて外に出るなんていいかもしれない。

所属ハンター全員いなくなるのだから、外部から見ればよほどの理由があるのだと思うだろう。そう、『白剣の集い』の招待を拒否するだけの事があると思ってもらえればとても都合がいい。

「都合がいい人だけでいいけど、できるだけ沢山連れていきたい。出るのは今日だ。そうだね、外に出るのは久しぶりだね」

「きゃー! とっても……楽しみぃ」

蕩けるような笑みを浮かべるリィズ。僕がバカンスを取る理由が現実逃避だと知ったらどんな表情をするだろうか。

日中のせいかラウンジにいるのは極一部のパーティだけだった。

アークはいないようだが、奥のテーブルに座っていたイザベラとユウが僕達を見て嫌そうな表情をする。

さて、できるだけついてきて欲しいのだが、どういう名目で連れ出すべきだろうか。

嘘を言って信頼を損なうのは問題だし、本当のところを言ってしまえばそれはそれで角が立つ。

何も考えていなかったな……。弱る僕の隣で、リィズが機嫌良さそうな声で叫んだ。

「クライちゃんが久しぶりに帝都から出るんだって! バカンスだって、バ・カ・ン・ス! 一緒にいきたい人いるー?」

場の空気が凍った。秘密だって言ったのに早速大声出して……。

唖然としたような、困惑したような視線が僕とリィズに投げかけられる。きっといつもクランマスター室で遊んでるくせに、バカンスだなんて何考えているんだとか思われているのだろう。

僕の威厳はもうゼロだ。

諦めの笑みを浮かべる僕の隣で、リィズが空気を読まずに続ける。

「あ、出発は今すぐだから! ちゃんと武装できる人だけね。弱っちぃのは足手まといだからいらないからぁッ! あー、楽しみ……最近、腕がなまらないかすっごく心配だったの。よかったぁ」

ハイテンションなリィズと他のメンバーのテンションの差が凄い。

仕方なく、側の机の上でカードをやっていた男ハンター――それなりに仲がいいライルに尋ねる。

「いきなり悪いね。ライルは来るよね?」

ライルが急に腹を押さえ、引きつった表情でうめき声を上げ始める。大仰に腕を動かし、カードがばらばらとテーブルの下に落ちる。

「……すまねえ、クライ。急にお腹が痛くなって……行けそうにねえ」

突然の動作は演技にしか見えなかったが、表情は蒼白だった。本当に調子が悪いのだろう。

同じ席に座った他のメンバーを確認すると、一斉に顔を背ける。

「ごめん、マスター。私、今度妹の結婚式が――」

「婆さんの葬式が――」

「俺は……その……剣が折れちまって新しいのを注文中なんだ」

「じゃあその机に乗ってる剣は何よ!?」

「っせえ! この剣は……ただの予備だ! なまくらだ!」

「はぁッ!? ずっと俺の魂だとか言ってたくせにッ!」

「黙れッ! 本当なんだ、マスター。信じてくれッ! 俺は、今戦えねえんだッ!」

これはどうしたことか……。ただのバカンスだと言っているのに、そんなに僕は人望がなかったのだろうか。

他のテーブルを見ると、先程よりも人数が減っている。振り返ると転びそうな勢いでラウンジを出ていくメンバー達の姿があった。急用でも思い出したのだろうか?

リィズがむっとした表情でそれを見送っている。

僕は仕方なくアークの仲間達の所に向かった。

アークほどではないが、ちょっと外に出るついでに付ける護衛としてはもったいない豪華なメンバーだ。

イザベラはそっぽを向いていた。対面に座った神官のユウの反応はそこまででもないが、眼が泳いでいる。

「イザベラさ……」

「絶対、嫌」

「ユウさ……」

「ぱ、パーティの事は、アークさんを通してください」

取り付く島もない。

大体、協力を得るにしても肝心のアークと他の仲間はどこにいるのだろうか。

アークに話せるもんなら話したいよ、僕は。

イザベラが一度その長い髪を掻きあげると、腕を組み僕を見上げる。

「大体、私達は今、休暇なの! アークさんも実家に帰ってるし、ハンター活動はお休みなの!」

「僕達もバカンスだけど?」

「それは、あんた達にとって、だけでしょ!」

どういう意味だよ……。まぁ確かに僕が皆に声を掛けた理由は護衛目的だけど、それは念の為であって、仕事ではないと思う。

完全なバカンスではないが、完全な仕事でもない。

困惑していると、イザベラが更に機関銃のような勢いでまくしたてる。

イザベラの出身の北方の国ではこちらよりも女性の気が強いと聞いたことがあったが、それは本当なのかもしれない。

「大体、今度は何と戦うつもり!? 幻影!? 魔物!?」

「い、いや――」

「幻影でも魔物でもない――人間!? まさか、今度の相手は人間だっていうの!? 最低じゃないッ! 私が魔法を鍛えたのは、人と戦うためじゃないのッ!」

ただのバカンスだよ……本当だよ。

イザベラの眼は、完全に警戒している眼だった。ユウも愕然として、距離を取っている。

この信用のなさと言ったら――。

自身の人望のなさにもはや失望すら感じていると、リィズがすかさず僕の前に出て、ふつふつと煮えたぎるような声でフォローを入れてくれた。

「あん? あんた、クライちゃんの決定をバカにしてんの? 来いって言ってんだから、来いよ。そんなに安全が好きなら、ハンターやめれば?」

フォローになっていない。いきなり喧嘩腰のリィズにイザベラが立ち上がりかける。

そして、リィズはぎらぎらと輝く眼で、大声で怒鳴りつけた。

「大体、なんだ? 幻影と魔物ばっか相手にしてたら、人間相手にした時に遅れとるだろーがッ! たまに人間を殺るくらいでちょーどいいんだよッ! クライちゃんが、そう言ってんのッ!」

ただのバカンスだよ……。