軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100 現実逃避②

まったく、今日は厄日か? 次から次へと……。

帝都の主たる喫茶店について知り尽くしていた事が功を奏した。トイレにあった大きな窓から苦労して外に脱出し、一息つく。

一体何が起こっているのかわからなかった。

《霧の雷竜》が難癖をつけてくるのも驚きならば、《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》がコンタクトを取ってくるのも予想外だ。

しかもこういう時に限って護衛がいない。なるべく穏便に事を済ませられる要員――アークかシトリーあたりを連れているべきであった。

僕が何をしたっていうのか……もうお家に帰りたい。

今頃、喫茶店の中では《霧の雷竜》と《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》がにらみ合いを続けている事だろう。

僕も一応、一人のハンターとして、帝都在住の高レベルハンター……認定レベル7以上のハンターの情報は頭に入れている。マリーとあーるんのレベルはアーノルドよりも下のはずだ。

だが、僕はあまり心配はしていなかった。

《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》は特級の才能を持つ魔導師のみで構成された特殊なクランだ。その活動は主に学術系に寄っており、各地の魔導師育成学校や強力な魔導師を求める軍などに強いコネを持つ。魔導師のハンターならば誰しもが一度は聞く名前だろう。

そして、クランの活動の方針上、《魔杖》の構成員は実力と比較し、認定レベルが低くなる傾向があった。

眼の前で相手をすると言い切ったのだから、僕がいなくなったところで問題はないはずだ。そもそも、そんなクランに所属するエリート魔導師であるマリーとあーるんを僕程度が心配するなど、烏滸がましいにも程がある。

しかし、日中から一般市民のいる喫茶店でおっぱじめようとするなんて、ハンターには理性という物がないのだろうか。

あーるんの冷たい眼差しを思い出し、僕はゾクリと身体を震わせた。

《霧の雷竜》も恐ろしいが、《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》はそれに輪をかけて恐ろしい。

構成員の数も質も、そして帝都での影響力も、認定レベルは高くとも所詮一パーティであるアーノルド達とは比較にならない。

呼吸を落ち着けながら、足早にクランハウスに戻る。

もう周りの光景なんか何も目に入らない。僕の頭にあったのはたった一つだけ、なるべく早く安全な場所に戻るというただ一つだけだ。

《魔杖》のクランマスター。このゼブルディアで最強の殲滅能力を誇ると言われる《深淵火滅》。

その気性は燃え盛る炎の如く荒く、リィズと違い老獪さを併せ持っており、僕が怖くて怖くてたまらない存在の一人だった。

おまけに、ほんの少しだが、過去の確執まである。あーるん達の顔を忘れていたのは、現実逃避の一種だろう。

僕がハンターを志す前からずっとレベル8の地位にいたその魔導師と、僕達が諍いを起こすきっかけになったのは《始まりの足跡》の設立だった。

僕がクランを立ち上げるのに適当に目星をつけていたパーティの中にちょうど、《魔杖》がスカウトを掛けていたパーティがあったのだ。そして、どういう理屈かそのスカウト合戦に勝ってしまった。しかも、僕が何も知らない内に。

法的には何の問題もない出来事だが、ハンターの間には面子という非常に面倒臭い要素が存在している。

あの時は荒れに荒れた。当時レベル6だった新米クランマスターが、最強の一人と名高いレベル8のハンターと渡り合えるわけもなく。

やっぱりいらないですと言うわけにもいかず、当時の僕は毎日ゲロ吐きそうで、その出来事は僕がハンターになって体験したトラウマベスト30に入っている。

幸い、騒動自体はなんとか収まり、こうして僕は今も五体満足で生きているのだが、記憶に焼き付いた《魔杖》への恐怖がそう簡単に消えるわけもない。

あーるん達の要請を突っぱねなくて本当によかった。これ以上確執が増えれば、《深淵火滅》はクランハウスを焼きかねない。

襲撃を受けることなく、無事なんとか慣れ親しんだクランハウスに辿り着く。

ピカピカに磨かれた窓ガラスには僕の疲れたような表情が映っていた。

もうしばらくはクランハウスから出たくない気分だ。

やるべき事が多すぎて頭が痛い。

ノルマに、グラディス卿からの依頼。あーるん達から言われた事も確認しなくてはならないし、ミニチュア帝都もまだ中途半端だ。

前二つはまぁ誰かがどうにかしてくれるとして、まずすべきことはリィズ達にアカシャについて何かやっていないか確認することだろう。

仲間が凄く恋しかった。

こういう時にアンセムやルシアがいたらどれだけ心強かっただろうか。いや、いたのがルークだとしても気は紛れたことだろう。一体彼らは今頃何をやっているのだろうか。

階段を上り、クランマスター室の椅子に腰を下ろす。

さて、リィズ達を探す前に――とりあえずミニチュア帝都の続きでもするか。

『踊る光影』を起動させたその時、まるでそれを見計らったかのように、勢いよく部屋の扉が開いた。

息を切らせ入ってきたのはエヴァだった。手にゼブルディアの紋章が記された豪奢な白の封筒を持っている。

珍しい事に、興奮のせいか頬が紅潮していた。

エヴァは僕の作りかけたミニチュア帝都に視線を落とすことなくまっすぐ僕を見ると、高揚した声で叫ぶ。

「クライさん! とうとうクライさんに、あの『白剣の集い』への招待状が届きましたッ! おめでとうございますッ!」

「…………?」

今日一日の騒動が一瞬、頭の中から吹っ飛んだ。

何を言われているのかわからなかった。

『白剣の集い』とはゼブルディアのハンターの間では最も有名な会合である。

帝国に貢献したごく一部のハンターのみが出席を許される由緒ある代物であり、その招待状が送られるというのはこのゼブルディアで最高峰のハンターの一人として認められた証でもある。

何よりその主催者は――この国の皇帝だ。

「《嘆きの亡霊》は評判が悪いので敬遠されていると聞きましたが先日の――」

エヴァが早口で説明してくれるが、全く頭に入ってこない。

噂では国外の超高位ハンターがゲストとして呼ばれるとか呼ばれないとか、超絶エリート騎士や他のハンターと腕試しさせられるとかさせられないとか、美味しいデザートが出るとか出ないとか。

絶対に出席したくない。他の高位ハンターと顔を合わせたくもない。デザートは少し気になるが背に腹は代えられない。

なんで僕ばかりこんな酷い目にあうのだ。アークを行かせろ、アークを。

本当に一体僕が何をやったというんだ。何もやってないよ? いや、謙遜とかそういうわけではなく、真面目に、僕は、何も、やって、いない!

意外に大したことないよ、僕は。

ノルマにグラディス卿の依頼。《魔杖》とのいざこざに『白剣の集い』。運気落ちすぎである。

躊躇いはなかった。僕は一瞬で決断を下した。

「…………あの……どうかしましたか? クライさん」

エヴァが目を凝らしこちらを見上げる。僕は小さく咳払いして、力を込めて言った。

「ああ、ごめん。ちょっと僕、重要な用事があって、帝都を離れなくちゃならないんだ。『白剣の集い』に招待されたのはとても名誉な話だけど、出席できそうもない。他の招待状もね。悪いけど、そんな感じで取り計らってもらえるかな? …………なるべく早く帰るから」

「……え?」

逃げてやる。僕の華麗なる逃避スキルを見せつけてやる。