作品タイトル不明
第26話・誰もが表面的な感情は隠しますので
季節は冬を終え、春が回り、夏に至る。
セルト村はパラノメールよりも高所にあるし、森の中ゆえに木陰も多く水も豊富だ。だから、セルト村の夏は涼しいのではないかと期待していた時期もあったが、そんなものは去年の段階でとうに捨てている。
蒸し暑いのである。もう少し周りの木々を伐採して減らさなければ、この蒸し暑さは改善しないだろう。
しかし、そんな事がどうでも良くなるほど、暑さが吹き飛ぶ瞬間が来た。
俺、クリスティーナ、サーシャ、シンシアを中心に、ミリアムと村人たち、そして、ドズゥとオヌシ達が、村の外のとある窪地で勢ぞろいしている。村の襲撃から半年も経過して顔も覚えていないからか、村人達はオヌシ達に大して驚いた反応を示さない。逆に、バツが悪そうにしていたのはオヌシ達だった。いっちょ前に罪悪感があるのなら、盗賊稼業など最初からやらなければよかったのに――と、半年前の俺なら思っていただろう。
今の俺には、少しだけ違う考えがある。
オヌシ達を見て覚悟を決めて、クリスティーナ、サーシャ、シンシアと視線を交わし頷き合う。
それから、俺は話始めた。
「さぁみなさん、お集り頂いたのは他でもない」
仰々しくそう切り出すと、村人達は「なんだなんだ」とざわつき、オヌシ達が緊張した様子で固唾を呑む。
俺はひとつ手を叩き、そんなバラバラの空気をひとつにまとめる。
そして告げる。
「――浄化槽が! 完成しました!!」
元気よく、威勢よく、はつらつに、その世界を変える重大発表をした俺は! 勿論!
沈黙と、何言ってんだお前? という視線に見舞われる。
それはそうだ。浄化槽は、今すぐ人々に喜びを与える開発ではないし、そうする必要性を、多くの人は理解出来ない。
だから、そこは重要じゃない。
ここに至るまでの半年は、本当に濃いが、別段語る事も無い。大会前の部活動の練習がガチな時期みたいな、思い返すと少し不思議な半年だった。
まずは、ミリアムが完成させた便器をベースに、クオリティーアップに努めた事。
そして、ドズゥの教育のおかげでオヌシ達がすくすくと成長し、スライムの生捕に5回以上成功している事。
さらに、スライムを浄化槽に採用する考えがまさかの1発で成功、すなわち、スライムを用いれば浄化槽が作れる実験に成功した事。
念のため、4回ほどの再実験を繰り返したが、下振れもなく、5回全て同じ結果となった。
スライムは、まず自分の体内に、触れたもの全てを呑み込む。その際、自分の体積をそれ以上増やせる・増やすべき、と判断すれば、時間をかけて吸収し、自分の中に取り込む。増やせないと判断した場合、栄養だけ取得し、その栄養の分、不要な体積を排出する。スライムの場合水分が体積の殆どを占めるため、スライムから排出されるのは例外無く水分だった。
では体積を増やせない状態とは? 簡単だ。箱の中である。
一定の体積以上になれない環境ならスライムは、流れて来た排水を吸収し、その中から栄養になるものだけを摂取し、変わりに不要な水分を排出する。閉じ込めてしまえば、スライムは勝手に水を浄化するのである。
そこで重要になるのが、スライムの変形能力だった。しかし、実験を重ねて解った重要な事。例えばこの世界のスライムには触手を作る能力があるが、触手を伸ばすには、伸ばしたい長さに応じた太さが無いといけない。太い触手を作れない程度の穴を複数個用意すれば、スライムはそれ以上細くなれず、脱出するための形状に変化出来ない。
排水が流れてくる限りスライムは何もせずに生存出来て、水も綺麗さを保てる。スライムは、浄水のための永久機関となるのだ!
しかしまぁ、この素晴らしさはこの世界の衛生観念では理解出来ない。この世界水準で大切なのは、ミリアムの開発である便器だろう。
臭くもなく、虫が湧くこともないトイレ。良いものを仕上げてくれた。
定量の水を流す仕組みは作れなかったので柄杓で水を流す方針になってしまったが、仕方ない。いつでも再開発出来る範疇なので、これはこれで良い。
ともかくとして、これで、
「セルト村は、この国で初めて、自動化された上下水道設備を伴った村になりました」
俺の発言に、またも方々がざわつく。それはそうだろう、自分達の住んでいる場所が、この国で唯一の〇〇、ってのは、やっぱりどの地域でも盛り上がるものだ。
長い事色々やってきたので、感慨深いざわつきである。本当なら、水を理由とした病気、公害、そういうものの説明をする流れなのかもしれないが、そんな事を話しても仕方がない。
相手が解る理屈で話す。これもまた大切な営業だ。
「あなた達の元には自動で水が届き、あなた達の元からは自動で汚水が流れていく。でも、これというのは秩序があって初めて保たれます。秩序とはすなわち、皆さんがルールを守ってくれる環境という事です。勝手に水流してくれるからと、好き勝手トイレに変な物を流さないでください。水が流してくれるものには限度がある。水に流せるものには、限度がある。それは、川でも下水管でも同じです。水には流せないものもある」
そう、これはただのルール説明である。その説明をしながら全員を見回すと、セルト村の村長であるファムさんと、オヌシが、何か思う所がありそうに視線を泳がせた。何かは知らないが、思う所があったらしい。
構わず俺は続けた。
「なので、トイレ等の下水設備には、決まったもの以外は絶対に流さないようにしてくださいね」
手揉みしながら両者を見ると、村長がオヌシを睨んだ。
その時点で察する。半年前のオヌシ達による村への襲撃。顔を忘れたわけで無かったのだ。セルト村の住人は、その顔を覚えていてなお、気付かないフリをしてくれていたのだ。
「そうですか」表情と言い方は温和。しかし、いつもよりも低い声で、村長は言う。「野盗が村を襲う事は水に流せることに含まれますかな?」
その反応は当然だろう。村を守る立場の人間として、正しい態度だ。
そして、オヌシも答える。
「テメェらが望むなら、テメェらに出しちまっただけの損害は同じだけ受けてやる。何人死んだ? こっちからも同数殺す。因みにこっちは1人死んだ。まぁこっちから襲ってっからそれは良いが。で、何人死んで何人怪我した。数は揃えてやるよ、ジジイ」
「なにをっ!! 無法者風情が!」
2人の間に立つ。当然の対立だ。だが、喧嘩させるわけにはいかない。
落ち着けとも言えない。俺だって落ち着いていないから。
村長が悲痛な声を挙げる。
「アルメル様! あなたが連れてきたから、我慢していたのですぞ!? 説明はしてくださるのでしょう!?」
村を襲われた恐怖というのは、それは当然、計り知れないだろう。解っている。それは、解っている。
「だから」
だから俺は、それでも、言う。
「だからこそ、水に流したいと思うんだ。村長、俺は今、目的のために、人手が必要だ。そしてこいつらは、確かに村を襲った過去はあるが、俺が欲しい能力を持っている」
出来るだけ真摯に、村長の手を取り、主張する。
「皆が野盗に襲われて負った心の傷は、俺が生活を豊かにする事で必ず弁償すると誓う。だからどうか、こいつらへの罰は、俺に委ねて欲しい。頼む」
その言葉に、村長は戸惑いの色を見せる。
しかし、迷いは長く無かった。
「死傷者は出取りませんので、再発さえ防いでくれるなら、それで」
との事だ。建設的な人で良かった。
だがもう1人、決して建設的では無い人間が、この場に居る。
「おい」
耐えかねない、という様子で低い声を唸らせたのは、当然、オヌシだ。
オヌシは、この世の全てを恨むかのような声で、しかし話し合いの場に適した静かな音量で、すなわち、異常なまでの感情の密度を伴った普通の声で、こう言う。
「――なんでテメェらが許す側のつもりで居やがんだ? おい」
と。