軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第18話・喧嘩後は微妙な空気なようで

「あら」

家に帰り、玄関に外套を干していると、俺の帰宅に気付いたクリスティーナが出迎えてくれた。しかし、その第一声は「おかえり」では無い。

「何があったのかしら?」

わざとおっとりとした口調で尋ねてくれるクリスティーナ。魔眼影響を抑えるために目を閉じているため、その姿はまさに、漫画でたまに見たおっとり系清楚お母さんのそれだ。いや、まぁまだ若いんだけど。そのおかげで少しだけ、日常に戻って来た感じがした。多分、今の俺は顔色が悪いのだと思う。体調が悪いのではなく、シンプルに傷心なのである。

答えあぐねている俺の代わりに、一緒に帰って来たシンシアが答えた。

「野盗連中との交渉でちょっとありまして」

「え」クリスティーナは驚いた表情でシンシアを見る。「交渉に失敗したの? アルメルが?」

シンシアは「いやぁ」と手と首を振りながら、説明する。

「交渉自体は成功、というか、スライム10体の生け捕りの依頼は伝わったんすけど、なんつうか、喧嘩になっちまいまして」

「喧嘩したの? アルメルが?」

「ええ、割とちゃんと」

2人の視線がこちらに向く。

喧嘩なものか。と内心でぼやき、不貞腐れて顔を逸らす。

「……本当なのね……」クリスティーナが深刻そうに呟くから何かアドバイスでもくれるのかと思ったら「ちょっと見てみたかったわ」

なんでやねん。

「野盗の頭はいつも通りずっと喧嘩口調で、アルメル様も途中までは楽しそうに揶揄ってたんすけどね。多分、ガチで言われたくない事を言っちまったんじゃないっすかね」

と、シンシアの弁。

そこまで説明されたら、俺だって口を開く。

「俺は煽ったほうが本音を聞き出せると思って、少し煽っただけだ。それなのに、よく解らない地雷で思ってた以上に怒ってきて、話にならなくなった」

その言葉に、2人が黙った。何故黙る? と思って見てみると、2人が揃って驚いた表情をして俺を見ている。

「アルメル様が……言い訳をしている!?」

「サーシャ! サーシャにも見せてあげなきゃ! レアアルメル、レアアルメルよ!」

2人ともさぁ!!

だが、解っている。俺がしたのは帰路という時間を置いたため浮かんだ言い訳だし、俺は今不貞腐れている。

「仕方ないだろ……助け合おうよ、みたいな事を言った後だったはずだ。助け合おうよ、で、どうして心を閉ざされる? 意味が解らない!」

言い訳を重ねるが、実際口に出してみても解らなかった。こんな高難易度な地雷を回避するなんて、出来なくて普通。

「ほんとだ、レアアルメル」

騒ぎが聞こえたらしく、廊下のほうからサーシャが出てくる。俺を揶揄う人間が1人増えた。

だが落ち着け、落ち着くのだ。この3人は関係ない。八つ当たり、ダメ、絶対。

「そうやってバカにしてればいいさ。すぐにでも取り返してやる」

「ダメっすよアルメル様」イキる俺を止めたのはシンシアだ。「ミッションに失敗したなら、闇雲に再挑戦するんじゃなく、対策を練らないと。それが出来ないなら、しばらくアルメル様はあいつと会うの禁止っす」

「え、そんな殺生な! こういうのは、トライ&エラーを重ねて統計を取っていかないと解決策は難しい!」

「そうだった、この人、言動は知的なのに思想が脳筋なんだった……。そんなんだから働きすぎで死ぬんじゃないんすか」

「それはそう!」

「怒ってる口調でそんな素直な返事が出来る人、アルメル様くらいっすよ」

いや、実際正論は正論だし……。

人は、ダメ出しをしようとすればなんにでもダメ出しが出来る。完璧なものなんて少ないから、なんにでもダメな所はあるのだ。

だからこそ、怒ってようと不貞腐れてようと喧嘩していようと、相手が正しいなら認める。という方針を前提にしないと、会話は会話にならなくなる。

「じゃあ聞くけどさ、シンシア。対策ってどんなのがあるのさ。解らなくない? 助け合おう、的な発言が、普通に煽るより地雷なんて事、ある?」

あるわけが無い。普通に考えて、そんなもの。

シンシアが答えた。

「助けてもらった事が無いなら、その言葉は嫌味になるんじゃないっすか?」

あった。普通に。そういうものだった。

俺はその場に、膝から崩れ落ちる。

「アルメル!?」

床に膝を落とした俺を心配して、肩に触れてくれるクリスティーナ。

クリスティーナに感謝を伝えて、支えられながら立ち上がろうとしつつ、会話の内容を思い出す。

確かこうだ。

『保護者に守られなきゃ喧嘩も出来ねぇのか、クソガキ』

『そうだよ。だから、出来ない事は皆にお願いしている。助け合いは大切だろう?』

うんうん、なるほどなるほど。

「…………」

俺、無神経すぎいいいいいいいいいいいい!!

頭から崩れ落ちた。

「アルメル!?」驚くクリスティーナ。

「うわ、痛そう……」心配するシンシア。

「既視感」普通なサーシャ。

俺はそのまま頭を抱え、床を転がった。

野盗にならなきゃ生きていけないほど出来る事が無くて、野盗になるしか道が無いほど誰にも助けて貰えなかった人間に、俺は、あろうことか、『出来ない事は皆にお願いしている。助け合いは大切だろう?』だって? はぁ? はぁ? はぁああああああ!?

どうして、どうして、どうして俺はそんな事を! こんなミスを!?

普通に考えて、相手の立場を考えて、状況を理解すれば、解った事のはずだ!

しかも、しかもだ、あの後のオヌシのリアクションが脳裏に焼き付いて離れない。

この世の終わりでも見るかのような目で「そうだわな、そりゃそうだ……まぁ、そういうもんだわな」と言ったのだ。

多くの人間が助け合って生きている。その事を知っている。だからこそ、助け合えない自分が異端であるという事も、理解出来てしまう。

あの目をさせたのは俺だ。ダメだ。あんな目はダメだ。

そして、それをさせたのは、他でもない、俺だ。

得意げになって、遊び感覚で煽った結果、俺がやったのは、助け合いの輪に入れなかった人間に対して『助け合うって普通っすよねww自分、そうやって生きてますけどww』とかやってみろ。

「恥を知れぇえええええええええええ!!」

俺は床に頭を叩きつけた。

「アルメル!?」驚くクリスティーナ。

「ちょ、落ち着いてください!」心配するシンシア。

「既視感」普通なサーシャ。

途端に、身体が、あるいは、首回りの筋肉が動かなくなり、頭を打ち付ける行為が出来なくなる。クリスティーナの魔眼の力だろう。

「姫さま、ナイスっす」

「当たり前よ。……でも、こんな取り乱せる人間らしさがあったっていうのは、妻としては嬉しい発見ね」

「懐深いっすねぇ」

「当たり前よ。公爵家の娘だったのよ?」

「流石っす」

のほほんと会話するシンシアとクリスティーナ。

対してサーシャは、首を動かせない俺の横にしゃがみ込み、こう尋ねる。

「屋敷にメイドの派遣、依頼する? フレイヤとか」

「サーシャさん、その発想、とても有りです」

フレイヤの母性じゃなきゃ癒せない傷があると思うんだ。

「あら、浮気の相談かしら?」

「違います、違います! だから俺の手を操って俺の頭を床に押さえつけようとするのやめて!」

すぐに解除してくれたが、クリスティーナのこの力、こんなに怖いのか……。初めて敵意として向けられたけど、これは紛う事無きチートだなぁ。

しかし、クリスティーナが嫉妬してくれたというのは俺にとって嬉しい誤算だ。それほどまでに愛されているというのなら、先日アルフレッド兄から教わったアプローチを駆使すればさらに距離を縮める事が出来るかもしれない!

「浮気、愛人、妾の類は、私の許可と私による面接が必須だから。無許可の場合は相手を殺すわ」

「極端な寛容さと極端な過激性が同居してる!?」

まぁ、流石に冗談だろう。解っている。俺が取り乱していたから、皆して笑かしてくれたのだ。

流石に楽しくなって、笑えて来た。

笑いながら姿勢を直す。腰に力が入らなくて、すぐには立ち上がれなかったので、床に座っている状態で背筋を伸ばす。

「ありがとう、皆、落ち着いた。そうだね、シンシアの言う通りだ。対策が要る。対策をしなければ、再戦は無意味、いや、状況の悪化を招くだけだろう」

その言葉に、サーシャは相変わらずの無表情で、シンシアとクリスティーナは優しく微笑み、数秒後、全員の顔が暗くなる。

そして、クリスティーナが言う。

「……結局、どうしたら良いのかしら……」

そう、それが解らない。

オヌシの境遇について考えなければならない、という事は理解した。しかし、この場に、その境遇を知るものは居ない。

そう思っていたのに――

「俺と口喧嘩の練習とかはどうっすか、アルメル様」

――と、シンシアが提案する。

そうだ、シンシアは以前、『天涯孤独だったところを傭兵団に拾われた』と言っていた。つまりシンシアは、オヌシのような人生を知っている。渡りに船だ。

しかし、その提案に苦言を呈したのはクリスティーナだった。

「そうは言うけど、シンシア、アルメルに暴言吐けるの? 熱量高めに心酔しているわよね?」

その言葉に、確かに、と思ってシンシアを見る。自分で言うのもなんだが、シンシアは俺に、結構がっつり忠誠を誓ってくれているというか、裏切るビジョンが全く見えない。

本当に申し訳ないが、サーシャとクリスティーナは俺を裏切ったりする可能性ってのは想像出来る。

お父様、スレイン兄、アルフレッド兄は、俺が間違ったり、思想が対立すれば当然のように立ちふさがるだろう。

だがシンシア。この男だけはどうにも、俺と敵対するという事が想像出来ない。

だが、シンシアは当然のようにこう語る。

「必要ならやりますよ。アルメル様のためなら、挑めない事はひとつも無いっす」