軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話・なにやらお風呂回が挟まるようで

次の日は地獄の手作業だった。

ワーウルフの毛皮は部位によって異なるが、だいたい5センチから15センチくらいだ。胸元あたりの長い毛は本番で使いたいので、数も多い短い毛から使っていく。基本は使いまわすつもりだけど、相手は毛だ。全てを見失わないというのは難しかった。

しかし、昨日の夜更かしが利いたか、身体が少し怠かった。大人だった頃は子供の体力は無限だと思っていたが、子供になってみて思う。ただ、これが疲れだよ、という認識が出来ず疲れても続けて限界を迎えた瞬間にぷっつんしていただけだったのだろう。子供でも疲れる。もしかしたら、毛を毛根から引き抜く方法を結局思いつかなかったショックも怠さの理由かもしれない。正直あの毛を手探る作業もなんとかしたい。あまりにも非効率的すぎる。

「お風呂に入りたいな……」

日本人たるもの忘れられないのはやはり風呂だろう。疲れた時は風呂。この世界の常識は知らないが、少なくともファラン家には専用の風呂があり、週1~2回入る習慣になっている。水道や給湯器が無い以上はどうしても風呂は贅沢だ。

「え……えと、じゃぁ、ご用意、します、か?」

「悪いんだけどそうしてもらおうかな……」

という事で、そういう事になった。

―――――(◇◆◇◆◇)―――――

午後。夕方にもなる前。

「しかし珍しいな、アルメルから風呂に入りたいと言い出すなんて」

そう言って俺の身体を流してくれるのはシャーリー……では無く、アルフレッド兄だった。この異世界転生がアニメや漫画なら間違いなくメイドさんがお世話をしてくれた事だろう。しかしことファラン家では難しい。

その事情はこちらだ。

「良い事なんじゃないかな。お風呂は健康に良いと言うし、好きである事に損は無いよ」

と、微笑むのはスレイン兄だ。

「ごめんなさい、アルフレッド兄さま、スレイン兄さま。本当ならもう少し勉強や稽古が出来たでしょうに、付き合わせてしまって」

そう言うと、スレイン兄は笑って答えた。

「実は僕も風呂に入りたいと思っていたんだよ。最近少し、匂いに敏感になってきてね」

そういう年頃なのだろうか。

アルフレッド兄は少し豪快に笑った。

「五歳の子供のクセに、お兄ちゃん達に気を遣うなっての」

そう、俺は五歳児。普通に考えて保護者と一緒の入浴に違和感は無いので、メイドが世話をしてくれても良いのに――

「ほうら、洗い終わったぞ、アルメル」

「ありがとうございます、アルフレッド兄さま!」

「そうだ、アルメル。これを試してみないかい? 町で良い匂いがするシャンプーを買ったんだ」

「え、良いのですか、スレイン兄さま」

――兄達が俺を好きすぎる、というか――

「え、俺にもやってくれないんですか兄さん!」

「お前は今まで匂い付きのものを散々嫌がってきただろう? やりたくなったのかい?」

「アルメルにもやるなら皆一緒が良いです!」

「はは、仕方ないなぁ」

――兄弟の仲が良すぎるのだ。

俺の頭をシャンプーするスレイン兄。その間に風呂に浸かるするアルフレッド兄がスレイン兄に「お湯で水魔法の練習をしようとしたらダメだからね」と、見てもいないのに指摘され、さっそく水魔法でお湯を浮かせていたアルフレッド兄が音を立てないようにお湯を戻していた。あれ、前まであんなに水を操れていたっけ?

「アルフレッド兄さま、最近はどうですか、水魔法の習得は」

スレイン兄さまにシャンプーしてもらいながら聞いてみる。アルフレッド兄はお湯に脚を浮かせながら答える。

「驚くほど順調さ。ほら」

「え」「は?」

俺だけじゃななくスレイン兄も手を止めて驚く。俺の頭くらいのお湯の塊がぷよぷよと浮いて、俺の真上で止まった。

「流したかったら言ってくださいよ、兄さん。少しずつ流すんで」

ニヤリ、と得意げな顔をこちらに向けるアルフレッド兄。

「す、すごいな……運び手みたいだ」

運び手、というのは、水魔法を用いて井戸や川が無い場所に水を運ぶ事を職業にしている人々の事だ。

水は重い。手で運べばほんの少しを何往復もして水を調達する。馬車にだってそんなには詰めない。しかし、水魔法で持ち上げて軽くしながら運搬をするのだ。水はどこでも必要なので、食いっぱぐれる事が少なかったり、有力者と顔見知りになれたりするので、意外と人気の仕事だったりする。

「でしょ。覚醒したので」

「覚醒?」

「嘘です。ちょっとコツを掴んだんです」

「コツ、というと?」

「それより兄さん、アルメルが泡まみれです」

「あ! すまないアルメル! アルフレッド、流してもらえるかい?」

「はい」

顔まで覆っていた泡の大群が流されていく。本当にすごいな、この短期間でよくこんなコントロールが出来るようになったものだ。

「じゃあ、次、アルフレッド、おいで」

「やった」

スレイン兄にシャンプーしてもらう前に俺の頭の匂いを嗅ぐアルフレッド兄。

「ほんとだ。ははは、アルメル、果物じゃん」

と、俺の頭をぽんぽんしてからスレイン兄の前で背中を向ける。

「それで、コツってなんですか? アルフレッド兄さま」

スレイン兄は話に夢中になって俺を窒息させていたばかりだからか、話を続けなかったので、俺が続ける事にした。

アルフレッド兄はシャンプーしてもらいながら答えた。

「アルメルの手伝いで土の変なのを作ってるだろ? 今までは土を操る時は漠然と土全体を見ていたんだけど、それじゃアルメルの求める物を作れない、って思ってたらふと気付いたんだ。土ってすげぇ小さい粉の塊だし、大きさも違うし形も違う。全然違う物が細かくなって集まってんだって」

あれ、なんか地理学者みたいな事を言い出したぞ、この10歳。

「 そ(・) れ(・) で(・) 気(・) 付(・) い(・) た(・) ん(・) だ(・) 。 水(・) も(・) そ(・) う(・) な(・) ん(・) じ(・) ゃ(・) な(・) い(・) か(・) って」

「…………え?」

頭を洗い終え。木桶で泡を流し、二人が浴槽へ向かう。

浴槽へ漬かりながらアルフレッド兄は続けた。

「ほら、見てくれ」

お湯の塊を水魔法で浮かせる。ひとつの玉だったそれを大小大きさの違う塊に変える。

「これが塊。でも、本当にひとつの塊なら、石と同じように簡単には離れない。なのに水は簡単に離れる」

分けた塊をもう一度繋げる。

「木の棒と木の棒をくっつけてもひとつにはならない。なのにひとつに戻る。これって、土と同じなんじゃないかって思ったんだ。水は土以上に小さい何かの集合体で、ひとつじゃない。沢山の物の集まりを操らないといけないんだって思ったら、いきなり操作出来るようになったんだ」

得意げに言うアルフレッド兄。でもそれって、もしかして分子とかそういう話になるんじゃないか?

だとしたらこの世界の魔法使いは、そういえば光魔法もそうだけど、分子という存在は知らないが、その存在に気付いているのかもしれない。これは今後に重要な気がするので、ちゃんと認識しておこう。

「そろそろ上がろうか。手がおじいちゃんみたいになってきた」

とスレイン兄が提案し、

「はは、ほんとだ。そうしましょう。ほら、行くぞ、アルメル」

と、アルフレッド兄が俺に手を伸ばす。

その手は確かにおじいちゃんみたいにしわくちゃになっていた。

そして思い出す。そうだ、これだ。

お湯に浸かると年よりにみたいな肌になるのは肌が膨張するからと聞いた事がある。

そこからは連鎖だった。これは肌の話。つまり美容関連。俺が思い出さなければならなかったのは、美容関連の知識だったのだ。

美容院に営業へ行っていた頃の話。キューティクル云々以外にも色々な話を聞いた。

美容院で髪を濡らしてからカットするのは、濡らしたほうが真っすぐに出来るし、膨張するからだと。

水に濡れ染み込んだ髪の毛は膨張し、伸び縮みしやすくなる。その恩恵を求めて美容師はカットの際に髪を濡らす。――ならば、ワーウルフの毛も一度濡らしてからならまとめやすいし扱いやすくなるのでは。伸び縮みしやすくなるなら加工し易くなり、作業の効率が上がるのでは?

そして化粧水。現代日本では昨今男性でも化粧水を愛用する。その化粧水は 毛(・) 穴(・) が(・) 開(・) い(・) て(・) い(・) る(・) 時(・) にやるのが最も効果的という話だ。

ならばいつ毛穴が開いているのか? 風(・) 呂(・) 上(・) り(・) だ。

――温かいお湯い浸かると、肌はふやけて、毛穴が開く。より正確には、皮膚や毛がふやけて緩む事で、化粧水が浸透しやすくなるとの事。

浸透しやすくなるなら、抜けやすいはずだ。

光明が見えた。

「良い湯だったな、アルメル」

とアルフレッド兄に言われ、思っていた以上に元気に答えた。

「はい! 本当に! 入ってよかったです!」

この風呂のおかげでもしかしたら、毛が抜けない問題と、作業しにくい問題の両方を、解決できるのかもしれないのだから。