軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話・風呂上りの作業は快適なようで

風呂の湯を沸かすのはかなりの重労働だ。ファラン家の風呂には木炭の窯でお湯を作り、板で封をしつつ注ぎ足し量を調整して適温を保つシステムが採用されている。

火にかけて熱湯にするのが原水。その原水に水を足すべく運搬する者。火を焚く者。風呂に入っている本人がやっても良いが場合によっては風呂のお湯を管理して適切に原水を足していく者。ファラン家の風呂は風呂に入るだけで最低三人もの使用人を駆り出すのである。

このシステムでさらにメイドや使用人に背中を流させている系の貴族や暗殺や覗き対策の護衛・見張りを付けて、一晩の風呂のために10人の使用人を駆り出す貴族も居るという。

まぁそれは今は関係が無い。ともかく風呂に入るというのは大変な事なのだ。

だからファラン家においては、家の者が全員入り終えた後には使用人やメイドも入る事を推奨している。勿体ないし、せっかくならば入っていくべきだというのは、お母さまの進言により取り入れられたらしい。福利厚生、大事。

男性と女性、どちらが先に入るかは、原則として執事とメイド長の話し合いによって決定する。

その両者が入浴を終えた後、入れる者が居る場合は騎士達にも入浴が推奨される。

人々の命を守る騎士達こそ先に入れるべきでは? という意見も、主にスレイン兄及びその一派が提案し、採用された頃もあったが、悲しい事に騎士の人数・名誉の汚れ具合等から、騎士達が先に入ると後が入れなくなるという残念な事情があり、騎士達は最後、というのは不変のルールとなった。

というわけで、ファラン家が入浴する日は屋敷は騒がしくなる。その騒がしさに乗じて、俺は例の思いつきを実践する事にした。

「少し原水をもらうぞ、シャーリー」

「え……あの……気をつけ……」

火の番をするシャーリーに言って、100度の原水を木桶で回収。そこに毛皮を投入した。

ここは風呂の隣の、風呂のための作業をする部屋だ。風呂焚き部屋と使用人達は呼んでいる。

「アルメル様はさきほどから何をなされているのですか?」

そう言いながら原水に水を注ぎ足すのは、アルフレッド兄のメイド、ウェインだ。年齢はフレイヤより上だが、メイド歴はフレイヤどころか14歳のシャーリーより短い。その事情は俺は知らない。いや、薄情かもしれないが興味が無い。前職の頃、営業の時代。人の入れ替わりは多かった。人が入れ替わる度に、関係無い部署への関心が薄れていったのをぼんやりと覚えている。

入社当初は、開発部にとんでもない中途採用が入って来たとか、人事部に学生時代アイドルやってた子が来たとか、エンジニアリング部に社長のコネ入社が来たとか、熱心に情報を集めたもんだった。覚えるだけ無駄だから、覚えるべき人だけを覚える、という、ちょっと嫌なスキルも身に着いてしまっている。

「これは、なんというか、えっと、その……アルメル様?」

話して良いのか? という確認だろう。流石は俺お付きのメイド、解ってくれていて本当に良かった。もちろん選択肢にミスがあってもフォローはするつもりだったが、俺が思う以上にシャーリーは優秀な子らしい。そう、報連相は大事。

さて、ではアルフレッド兄お付きのメイドであるこのウェイン。本当に解らない。

接点が無さすぎるし、アルフレッド兄がメイドの話を全くしないので、情報が本当に無い。

スレイン兄のお付きのメイドがフレイヤになったのは、スレイン兄が長男で、フレイヤが次期メイド長候補の最有力候補だからだ。

俺のお付きのメイドがシャーリーになったのは、俺が三男で、シャーリーがメイド内で唯一魔法が使える上に、教会から引き取った孤児である敬虔な信徒というレッテルがあったから。

対してアルフレッド兄お付きのメイドは、メイドになって三年。四年目のシャーリー未満。

俺が生まれる前に何かあったのかもしれないが 知(・) れ(・) る(・) 事(・) に(・) は(・) 限(・) 度(・) が(・) あ(・) る(・) 。

少しでも調べたら面白い事情が出てきそうだし、子爵家次男のお付きのメイドという立場を得られるだけすごい何かを持っているはずなのに、何故か俺は彼女に一切の興味が無い。調べれば未知だらけのこの異世界で、彼女に固執する理由が無かった。

しばらく考えた結果、俺は誤魔化す事にした。五歳児らしく無邪気に。

「スレイン兄さまがくださったこの魔獣の毛皮を、記念に部屋に飾りたくて。そのために洗っているんだよ」

言うと、ウェインは微笑んで答えた。

「熱殺菌にございますね。その年で解っていらっしゃるなんて流石です。剥製にするのでしたら、ギルドに依頼して水魔法の使い手に水抜きを依頼したほうが、より長持ちするかもしれませんよ」

「え、水魔法の使い手に? なんで?」

「水っ気が残っているほうが腐りやすいので、水を抜いたほうが長持ちします」

「え、そうなんだ!?」

本気で驚いてしまった。でも確かに現代日本でも、一部の缶詰を除いて、賞味期限が長い食べ物ほど水分量は少なく、水っぽい食べ物ほど賞味期限が短かったような気がする。

さて、ふやけただろうか。

部屋の隅にある排水窓のほうへお湯を捨てる。

排水窓。こういう水作業をする場所において、水を捨てるようの穴が掘ってあり、その穴に人や物が落ちないように蓋がされている。水を捨てる時だけ開ける作りだ。この穴は排水溝に繋がっていて、排水溝は川の下流で川に捨てられている。この排水システム、非常に不服なので、いずれ着手したいと考えている問題だ。

「あっち、あっち」

「冷ましますか?」

「いや、だめだ!」

ウェインが気を使って水を持ってきてくれたけど、そんな事をしたら毛穴が閉まってしまう気がした。触れる程度のあつあつになったらすぐに木桶に入れ、庭に出た。庭の理由は、こんなに濡れている物を自分の部屋で広げるわけにもいかないからだ。

草が風に揺れる音と、風呂場から聞こえる男達の声がほどほどに賑やかで、夜中に自分の部屋で作業するのとは違う心地よさを感じる。まだ夕方で明るいからというのもある。毛の一本一本がいつもよりはっきりと見える気がした。今度から外で作業というのも悪くないかもしれな……ダメだな、相手は毛だ。風のひとつでどこかへ行ってしまう。

ともかく今は作業だ。俺はこのために近くの林から拾ってきた、良い感じの木の棒を数本、足元に置く。それと、平べったくて少し重い石だ。それも足元に用意する。

毛皮をいじってみる。うん、しなやかだ。全然違う。なんだか伸縮性がある気がする。

引っ張ってみる。簡単には抜けないが、なんとなくゆるくなっている気がする。

俺は抜きたい毛の隣に石を置き、他の毛をどかし、抜きたい毛を木の棒に巻いた。濡れているおかげで他の毛が簡単にどかせた。

そして、木の棒に巻き付けた毛を抑えながら、石と木の棒の距離を開けるように、ふたつに逆側への力をかけると――抜けた。

(きた! これで作業が進む!)

抜きやすいうちに可能な限り抜いていきたかったが、どうしても我慢できず、先に試してみる事にした。二本目を抜いて、一本目の根本に二本目の毛先を当て、一本目の根本に光魔法を当てる。

二本目の毛先が光った。

読み通りだ。皮膚の内側にある根本には、キューティクルによる魔力を通さない効果は無い。だから吸収する面積が広いので、切るより抜いたほうが毛の接続は簡単になる。これは極めて重要な情報だ。

さあ、そうと解れば作業だ。抜いた毛は飛んでいかないように木桶に入れる。中に少し水が入っているから、張り付いて飛んでいかないはずだ。

何本か抜いていると、風呂場のほうから大きな声が聞こえて来た。

「いつまで入ってんだい! 女の時間が無くなっちまうよ!」

メイド長の声だ。その後に続く男達の悲鳴。ふふ、と思わず笑みが零れる。

「何をしているんだい?」

声をかけてきたのはスレイン兄だった。

「毛を抜いているのです。毛を抜いたほうが、切るよりも性能が良いと分かったので」

「そうか。なら、少し手伝うね」

「え」

「ここ、切っても構わないかな」

「ええ、大丈夫です」

スレイン兄は持っていた狩り用の剣で、毛皮を少し切った。そして俺の毛の抜き方を見て、適当な石を拾う。

「その棒は借りても良いのかな」

「え、あ、はい……。その、よろしいのですか? 素振りをしに来たのでは」

「そのつもりだったけど、これも精神統一に良さそうだ」

はは、とスレイン兄は笑って、俺と同じ作業を始めた。要領が良いし、俺よりも器用に次々と毛を抜いて、木桶の中に入れていく。

「あ、少し切れてしまったな」

毛が引きちぎれてしまったようだ。

「あはは、仕方ないですよ、そういう事もあります」

「それにしても、この毛皮が濡れているのはどうしてだい?」

「こうしたほうがやりやすいんですよ」

風に当たって熱は冷めているため、熱湯にさらした事への言葉は無い。

時間が進む。見にくいと思っていたらもう暗くなっていたようで、仕方ないので光魔法で自分とスレイン兄の手元を照らす。毛皮が乾いてきたからか、抜けにくくなってきた気がする。少し加減を変えなければいけないな、と悪戦苦闘していると、唐突に視界が真っ暗になり、誰かにぐいっと引き寄せられ、後頭部に柔らかい感触と爽やかな匂いが鼻を覆う。

「え、え!?」

「誰でございましょう」

「ふ、フレイヤ!? なにをするんだい!」

隣でスレイン兄もびっくりしていた。という事は同じ状況か。

2人とも、手で目隠しされ、抱き寄せられているのだ。爽やかな匂いがするのは風呂上りだからで後頭部を守る異常なほど柔らかいクッションはおっぱいだろう。え、ちょっと待ってこれおっぱいだ! 後頭部におっぱいが当たっていて後ろからフレイヤの声が聞こえるという事はこれはもしかして推しのおっぱいなのでは!! つまり推っぱいなのでは!?

俺は抵抗する事をやめた。

「なにをするもなにも、声をお掛けしただけでは2人とも気付かなかったので、少々驚いて頂こうかと思いまして」

ああ、麗しの推っぱいが離れていく。

しかし、推っぱいよりも気になる事があった。

先日、スレイン兄が素振りをしている時、集中力が高すぎて声を掛けても気付いて貰えず困ったものだが、まさか俺もそちら側の人間だったとは。前世ではそういう事は無かったから、これは多分……

スレイン兄も同じ事を考えたらしく、控えめに、優しく笑ってこう言った。

「ははは、兄弟だなぁ」

俺も楽しくなって思わず笑う。

「そうですね、兄弟です」

そういえば、お風呂のおかげだろう。連日の疲れの事をすっかり忘れて、集中出来ていたようだ。