作品タイトル不明
秘話13・常識は遠いようで④
下水道開発を終えたセルト村には、大きな、本当に大きな変化が訪れていた。
まず、上下水道開発が完了したことで、生活は大きく改善している。最初に試験運用を受け入れてくれた家々のおかげで、村全体に張り巡らせる事が出来た上下水道。これらによって、水汲み等の作業が不要になり、ささやかながら子供達の教育も始められるようになった。教鞭を振るうのは俺とクリスティーナ。計算と読み書きは俺が教え、社会についてはクリスティーナが教える。
クリスティーナが、突然変異を隠すために常に目を閉じているという事と、杖ひとつで不自由してなさそうだという事も、子供達の興味を引いていた。そのおかげで、子供達の勉学への意欲は低くない。
村としては大きいがそれでも元々100人前後の村なので、子供は30人。人数だけなら役1クラスだが、年齢幅があるため、その辺りは今も悪戦苦闘中だ。あの子に教えればこの子が着いて来れず、この子に教えればあの子は退屈する。前世に戻って教員免許を取りに行きたい。
そして、もうひとつ大きな変化が。
それがこちら。
リズムカルに響く太鼓の音。
その太鼓の音に合わせて繰り広げられる、
「YO! 言ってる事がわからねぇぞ! お前の母ちゃんデ・ベ・ソ」
幼い子供達による悪口。
「おお、いいねぇ」「ねぇぞ、とデベソ、で韻を踏んでる。硬いじゃねぇの!」
盛り上がる 大人達(ヤンキー) 。
――やばい村になっちゃったかもれない。
野盗達が洞窟暮らしの際に暇つぶしとしてラップバトルなる文化を教えてみる→野盗達が嗜む→野盗達が村に来る→たまに、子供達と一緒に勉強を請けさせてみる→子供達と仲良くなりラップが浸透。
誰が頼んだか知らないがこの村の職人、ミリアムがいつの間にか太鼓なんかを作っていて、より一層ラップバトルが楽しめるような環境になっていた。ミリアムの12歳の子供だから、他の子供達と接点を持ってくれるようになったのは嬉しい話だ。
「なんじゃ、今日の勉強会はおしまいかのう」
太鼓の音につられてどこからか現れる、隻眼隻腕の老人、ドズゥ。
「げ、じじぃ」「出たな鬼教官」
遊んでいたヤンキー達が逃げ出す体勢に入る。日ごろの訓練でどれだけ辛い思いをしているのだろう。うむ、良い事である。
「そんなに訓練がしたいなら、望み通りそうしてやろうか?」
ニヤリ、と楽し気にほくそ笑むドズゥ。ヤンキー集団は……呼称どうしよ。1人1人の名前を覚えるまではヤンキーズでいいや。ヤンキーズは首を横に振りながら「いやいやいやいや」と後ずさる。
そこに、
「授業が終わったんなら油売ってんじゃねぇぞボケども」
背後からヌルっと現れたのは、無精ひげに赤いバンダナの男、オヌシである。このヤンキーズ達のボスであり、シンシア直属の部下にする予定であり、なんでも押し付けるつもりの労働力だ。
「すんませんアニキ、ガキ共にラップ教えろって頼まれたもんで」
ヤンキーズの1人がヘコヘコと頭を下げるが、オヌシはその頭を軽く叩く。
「全員で教える必要はねぇだろうが。鍛冶バカ待たせてんだ。さっさとしろ」
「へい! すんません!」
そのやりとりが気になったので、恐縮だが割り込ませてもらう事にする。
「オヌシ。鍛冶バカってミリアムの事? ミリアムと何か作るの?」
その質問に、オヌシは荒々しい口調で答える。
「棚だよ。こいつら、せっかく家があるってのに、物の置き方が洞窟暮らしのまんまだ。汚けりゃ宝の持ち腐れだろうがよ。収納ってやつをやんだ。そのために、棚ってやつの作り方を教わって、全員に自分用の棚を作らせる」
得意げな上から目線で話しているオヌシ。悪くない意見だ。クオリティーオブライフの向上は自己肯定感を高めるだけじゃなく、今の生活基盤への依存度と信頼度を上げてくれる。オヌシとヤンキーズが良い生活を送れるようになればなるほど、労働力としての期待も上がるのである! win-winである!
だが、
「ミリアムに片づけ用の棚を作れるのかな」
と、ミリアムの祖父でもあるドズゥに尋ねる。
「無理じゃな。片付けのかの字も知らんぞ、ミリアムは」
即答である。俺も、ミリアムの工房の惨状を知っているので、とてもじゃないが彼女に片づけに関する知見があるとは思えない。……率直に言って心配だった。
「ねぇオヌシ、ちょっと俺も見物に」
「バカ言ってんじゃねぇぞボケカスこら」
「今の提案にその暴言は流石に過剰じゃない? いくらなんでも言い過ぎじゃない?」
「これっぽっちも過剰じゃねぇわ。テメェはやる事山ほどあんだろうが。下々の生活なんて気にして油売ってんじゃねぇタコ」
「いやいやいやいや、部下の生活が破綻してないかを気にするのはとても大切な事なんだ。ミリアムに片づけが出来るはずが無いんだ。だから、ミリアムと一緒に片づけに関する道具を作るのは多分難しい。片付けの仕方を知ってる人間が居る必要があるんだよつまりその人員配置は適切じゃないというか」
「うるせぇぞオタンコナスカス」
「リズムカルで聞き心地の良い悪口やめて?」
「てめぇが着いてきたら上から目線の指示で全部解決すんだろうが。どうせ仕事じゃそうなんだから、プライベートぐらい好きにやらせろボケ」
「うぐ……」
論破乙、をされてしまった。プライベートに首を突っ込む権利はそもそもこちらには無いし、確かに俺は、オヌシやミリアムの選択の自由を奪おうとしていたのかもしれない。
俺は、喉から手が出そうなほどに手を貸したいという気持ちをなんとか飲み込み、言葉を選ぶ。
「わかった。でも、もしも行き詰ったら相談してくれると助かる……」
と。
約1時間後。
ヤンキーズの1人が俺の屋敷まで駆け込んできた。
「領主! あの2人を止めてくれぇえ!!」
言わんこっちゃな……いや、早くない?
「棚作りをしてたんだよね……?」
そんな重大なトラブルが起きるような事無くない? 棚でしょ?
ヤンキーズは言う。
「なんちゅうか、その……『片付け出来てないやつに罰を与える仕組みの棚』ってやつを作り出してるんすよ!」
なにそれ面白過ぎる。見たい。
「ただちに監査に行こう。適性な開発が成されているか確認しt」「アルメル?」
意気揚々と歩き出そうとした俺の方を、彼女が掴む。そして、俺の全身が動けなくなる。
これは、ただの恐怖やらなにやらではない。我が妻、クリスティーナの魔眼による筋肉制御だ。
「……クリスティーナ……絶対に面白いものが見られるんだ……ミリアムとオヌシが悪魔合体してるんだよ? どんな化学反応が起きてるか分からない。絶対に面白いものが見られるんだっ」
俺の交渉はむなしく、俺の挙動を操っている張本人、クリスティーナはため息を吐きながら言った。
「今日やった授業内容の記録と履修者の名簿作成、次回の教育内容と範囲の選定……私1人じゃ絶対無理なのは、解っている上で、どこかへ行こうとしてるのかしら……?」
本当に申し訳ないのだけれどそこに関しては俺が居ても大して変わらないのよ。事務仕事、苦手だったので……。
そこに、ふと、
「ただいま戻りました」「戻った」
と、救いの神、シンシア&サーシャが屋敷へ戻って来た。
「待ってたよ2人とも!」
俺は歓喜する。
そして、人員配置を考える。
シンシア:戦闘力、高。知能、高。学歴、無。指導力、中。事務能力、中。
サーシャ:戦闘力、中。知能、中。学歴、中。指導力、無し。事務能力、低。
クリスティーナ:戦闘力、中。知能、高い。学歴、高い。指導力、中。事務能力、中。
アルメル:戦闘力、低。知能、高。学歴、高。指導力、中。事務能力、低。
さてさて、この幹部達でどの人員配置をするのが現在の適正か?
…………本当にまったく微塵も解らない。
現世でいう『人事部』がどれだけ大変だったのか、その片鱗を、元『営業部』だった俺が実感した瞬間だった。
人の配置、難しい……。