作品タイトル不明
秘話10・常識は遠いようで①
その時、俺はまだ知らなかった。
いや、本当はどこか、うすうす気付いてはいたのだ。だけど、現実から目を逸らしていた。
でも、ついに、その現実と直視しなければならない時が迫っていた。
俺の実家、ファラン家が――滅亡の危機に瀕しているという事実と、向き合わなければならない時が。
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
セルト村での上水道開発を無事終え、協力してくれたアルフレッド兄を送るついでに、近況報告のために俺もパラノメールに帰省する事にした。
セルト村で一緒に過ごした期間でもって話したい事、話せる事は一通り話したので、わざわざ馬車の中で話す事が無い。こういう時、ビジネスライクな関係だったり浅い関係だと、集中して話題を探したりもするのだが、流石に家族ともなると、そういう気遣いも不要になる。しばらく離れていたけれど、俺とアルフレッド兄は、やはり兄弟なのだ。
代わりとばかりに、隣のリーシャとサーシャは永遠に何かの話を続けている。途中までは聞き耳を立ててそのお喋りを一緒に楽しんでいたのだが、あまりにも普通の会話過ぎて、途中から飽きて聞くのをやめた。
シンシアとクリスティーナはセルト村に残してきた。
シンシアは最近 拿捕(だほ) した野盗の監視及び監督役として忙しく、クリスティーナには俺とサーシャが留守の間、その他の管理業務を全てお願いしている。特に大きなタスクを進める必要も無いし、数日程度、クリスティーナなら問題ないだろう。
そういうわけで、そういうメンバーで屋敷まで着き、城門を越えると、違和感に気付いた。やたら動物くさいというか、馬小屋の中に居るかのような匂いがしたのだ。
馬車から外を覗いて、驚いた。大量の馬車があるではないか。
でも、そういえばお父様とスレイン兄は遠征に出ていたというのだから、騎士達が戻って来たばかりと考えれば、そういう事もあるのかもしれない。あまり見た事が無い景色だったので、面食らう。
「なにかおかしいな」
俺と一緒に外を見ていたアルフレッド兄が呟く。
「おかしい、と言いますと?」
尋ねると、アルフレッド兄は答える。
「騎士団の馬車もある。だが、騎士団が運用するには豪華すぎる馬車もある。見た事が無い紋章もちらほら……いや、あれはどこかで…………いや……さすがにまさか……」
流石はアルフレッド兄。メルヘンラークで、いわるゆ大学の教授のお弟子さんみたいな事をしているらしい、いわゆる学者たる彼には、このおかしな事態の仮説が立てられるらしい。物事って、実は最初に仮説を立てるのがとっても大変で、出来る人は意外と少なかったりするのだ。
「どうかしたのですか、アルフレッド兄さま?」
聞くと、しかし、アルフレッド兄さまは途端に目を見開き、馬車から出していた顔をゆっくり戻しながら、さりげなく、俺の顔も戻させる。
「? ……どうしたのですか?」
同じ事をもう1度問うと、アルフレッド兄は青ざめながら小さな声で囁く。
「……エルフが居た」
「!?」
エルフが居た。それはつまり、エルフが居たという事を意味する。
耳が長いあれである。
人間より長命の、あれである。
ファンタジー世界の定番たる、あれである。
そして、この世界においては――敵対種族の、あれである。
エルフやドワーフは人類の敵だ。戦争も幾度となく繰り返している。そしてなにより言葉が通じない。ついでにエルフの国のひとつが割と近くにあったりする。ドワーフの国もひとつ、実はパラノメール山脈にあったりする。ご近所の敵対種族。王国の盾、ファラン家。これらが一か所に集まり、何事もないわけが無く……ファラン家の歴史を学ぶと、普通にエルフ殺しまくってるし、エルフに殺されまくってる歴史があったりする。
歴史ね。あくまで、歴史。俺の関係者はエルフに困った事が無いので、俺自身にエルフへの恨み等の思う所は無い。
そうこうしてる間に、馬車が止まる。おそらく、屋敷の前まで着いたのだ。
アルフレッド兄とアイコンタクトを取る。敵種族が外に居る。その状況で、馬車から出ていくのは危険では?
しかし、アルフレッド兄はひとつ浅い息を吐くと、顎で馬車の出口を示す。「出よう」という事だろう。
そうしてアルフレッド兄が先陣を切って外に出ようとしたのを、リーシャが止めた。そして、当たり前のように、リーシャが先に馬車から降りる。
続いてアルフレッド兄が出る。サーシャが出る。俺が出る。改めて目前に広がる光景に、唖然とした。
本当だ。エルフが居る。
外套で覆うなどの事は一切せず、それなりの人数のエルフが居る。
そして、その周りにパラノメールの騎士達が居る。
どちらも武装はしている。だが、武器は握られていない。まるで、お互いを監視するかのような、異質な空気。
その中で、
「アルメル様。……と、アルフレッド様もご一緒でしたか」
そう言いながらこちらへ歩み寄ってきたのは、フルアーマーを身に纏った熊のような大男、パラノメール騎士団長、ジャン・ハッシュバルだ。
「この状況は?」
とアルフレッド兄が尋ねるも、ジャンは苦笑して首を横に振る。
「自分に説明する権利はありません。どうぞ、このままダグラス様の書斎へ」
そう促され、抵抗感はあったものの、今は従うしか無さそうだった。
一触即発というには静かすぎる。しかし、敵対心は明確に、どこかには埋まっている、そういう、ヒリヒリとした危うい空気。
廊下を歩く音がやたら大きく感じる。自分自身の鼓動が速まる。
サーシャはさりげなく、服の中に隠してある暗器の近くに手を移動させている。
リーシャはおそらく、服の内部で既に武器を握っている。ポケットに手を入れるような仕草で誤魔化しているようだが、完全に臨戦態勢だ。
アルフレッド兄と俺は戦闘になれば魔法で、この場に居るのはエルフだ。書物で読んだ限りでは、魔力の流れについては人間の数倍の感知能力があるという。俺達が魔力を込めればエルフは気付く。だから、下手に臨戦態勢には入れない。
屋敷の中にも、数人の騎士とエルフが向き合っていた。
武装はしていない。しかし、互いに監視しあっている様子。
なんだ、この空気は。
お父様の書斎の前に着く。
アルフレッド兄が扉をノックする。
数秒待った後、お父様の声が返ってくる。
「入りなさい」
アルフレッド兄と目を合わせ、お互いに頷きながら、2人で同時に、室内に入る。リーシャとサーシャは背後を警戒する。
そして、仰々しい空気の中に居たのは――お父様と、スレイン兄と、1人のエルフだった。
「…………は?」
俺が言ったのか、アルフレッド兄が言ったのか。誰かが、呆然と呟く。
見た事が無いほどの純白の肌。その肌と同系色でありながら存在感が出るほど美しく輝く銀色の髪。どんな宝石よりも価値がありそうな銀色の瞳。そして、ピンと尖った、長い耳。圧倒的な神秘と清純を兼ね備えた造形の中に際立つ薄桃色の唇が、謎の色気ももたらす。
絶世の美女。
いや、絶世のエルフ。
は? いや、絶世のエルフ女性?
硬いな。
絶世の女エルフ。
なんか同人誌にありそう。
なんだろう、もう上手な比喩が浮かばない。そういうレベルのファンタジーがそこにあった。
「お前達か。予定通りの到着で良かった」
お父様は俺達を一瞬一瞥しただけで、すぐに、スレイン兄を睨みつける。
エルフの隣に立っている、スレイン兄を。
「…………あの、この状況は、どういう事でしょうか」
理解不能過ぎる状況に呆然とする俺。アルフレッド兄が絞り出すような声で尋ねる。
すると、お父様は、家族としては聞いた事が無いくらい低い声で、スレイン兄に問う。
「聞かれたぞ、スレイン。答えてやれ」
すると、スレイン兄は小さく頷く。小さく頷いて、隣のエルフに――俺が知らない言語で話しかけた。
それを聞いた銀髪エルフが、小さく頷くと、決心したようにこちらを向く。
そして、言う。
「コンニチワ。わたし、ルルミナ・シルフィエッタ。スレイン、わたし、結婚。お願い、来た」
と。
「…………」
「…………」
誰もが沈黙する。
エルフが、喋った。
俺の知る言語を、喋った。
はい?
敵種族が?
というか、待って。
「スレイン兄さま……?」
俺が声を掛けると、ようやく、スレイン兄が俺と、アルフレッド兄と向き合う。
そして言う。
「こちらは、ルルミナ・シルフィエッタ。僕の妻だ」
と。