軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話・証明となる先駆けが要るので

――なんでテメェらが許す側のつもりで居やがんだ?

オヌシが放った言葉が、その場を支配した。

湿度を伴う初夏の蒸し暑さの中で、肝が冷える。

誰もがオヌシを見ていた。しかし、オヌシだけは、俺だけを見据えている。

しばらくの沈黙と、数度の風。木漏れ日がジリジリと頬を焼くような感覚が伝わる。

「盗む以外に生きる道が無かった。誰かに加害する事でしか生きる手段を得られなかった。クソお貴族サマには想像も出来ねぇだろ。ゴミ溜めみてぇな場所で産まれた害虫だよ、俺達は」

静かに、ただ立ち尽くしながらオヌシは言う。

「誰にも望まれずに産まれて、誰にも必要とされず生きて、誰しもに邪険にされて生きて、死ぬ時だけは祝福される。そんな惨めな人生、想像もつかねぇだろ」

静かに、けれども喉を強く揺らしてガラガラと鳴る重い声で、オヌシは言う。

「解ってるさ、俺達がカスなのが悪い。そんなのは解ってる。誰も、俺達みてぇなゴミを近くに置きたくは無ぇわな、だからよく理解出来るぜ、俺達が雇われねぇのは俺達が悪い。俺達が必要とされねぇのは俺達が悪い。俺達に誰も何も教えてくれねぇのは俺達が悪い。産まれてくるべきじゃなかったカスだもんな、なにもかもが悪い俺達を、優しいお貴族サマが許してくれるってか?」

次第に、その口調が強まって行った気がした。

次第に、その足元が少しずつ動き出したのが見えた。

次第に、俺とオヌシの距離が、少しずつ縮まっていくのが解った。

俺は、オヌシと目を離さない。

オヌシは叫ぶ。

「舐めんじゃねぇぞ!! クソガキ!!」

何人かの村人が、小さな悲鳴を上げて後ずさった。

シンシアが割って入ろうと動き出した。

俺はそれを、手で合図を送り、止めた。

2人の距離はさらに近付き、オヌシは叫ぶ。

「死んでりゃよかったか!? この社会に迷惑かけねぇために、とっとと自分で首吊ってくたばっておけば良かったか!? なんでそんな辛い事をしてやると思うんだ、バカか!?」

そして、2人の距離はゼロになる。

オヌシが俺の胸倉を掴んだ。

そして、オヌシは言う。

「テメェら貴族が作った社会が産み出したゴミ、それが俺達だ。テメェらのせいだ。こんなカスを、とっとと処分出来る社会にしなかったてめぇらが作り出した必然、それが俺達だ。だから――テメェらが悪い。悪いのは、テメェらだ」

俺を睨む目は、怒りに滾っているようにも、悲しみに震えているようにも見えた。

その言葉達をしっかりと受け止め、心の中で繰り返す。

そして、

「……ああ、その通りだな」

と、俺は呟いた。

また風が吹いて木々がざわついて、どこからか落ちて来た新緑の葉っぱが頬にぶつかる。

「……あ?」

オヌシの拳の力が少し抜ける。どうした、予想外の返しだったか? 受け入れるとは思ってなかったのか?

俺は、俺の胸倉を掴んでいるオヌシの手首を掴み、答えた。

「――だから、水に流そうと言ったんだ」

と。

オヌシの激高にざわついていたオヌシの部下や村人達は、俺の言葉で再び、沈黙する。その視線は今度は、オヌシから俺へと標的を移す。

俺の胸倉を掴みつつも弱まった手を、静かに解き、俺は言う。

「まずは、すまない。指摘の通りだ。この社会は俺達王侯貴族が作った物。その社会から弾かれ、生活難を余儀なくされた者達は、得てして俺達の被害者と言える。その憤りは、いくらかは正しい」

俺の言い分に、オヌシが面食らう。胸倉を掴んでいた手は完全に無力化し、ただ、驚愕の目で俺を見ていた。なんだ、俺が謝るのがそんなに意外か? でも残念。俺は今は貴族でも前世では営業。こちとら謝るのが仕事だったんだ。自分達の反省点を時に捏造し、本当は悪く無くても、どっちもどっちでも、納得出来てなくても謝る。そのスキルが必要だった俺達の気持ちなぞ、お前達には解るまい!!

俺は言う。

「俺達の作っている社会の未熟さが、至らなさが、お前達のような存在を作ってしまった。そうだ。お前達を『救済』出来る措置があれば良かったよな。それを作れなくて、申し訳ない。……なので、お前達が何もしなくても、働かなくても食っていけるように、施しをくれてやれば満足か?」

と。

その言葉に、オヌシが激高する。

「舐めてんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!」

と。

だから俺は、ただ返す。

「舐めてるのはそっちだろう。社会はそんなに単純じゃないと、お前が気付いてないとは思わない」

「…………は?」

「貴族が社会を作った。その社会からスラムの者達は弾かれた。だから貴族のせいだ。その言い分は、一見正しい。正しいよ。でも、これが詭弁じゃないと、お前が気付いていないとは、思わない」

俺の言葉に、オヌシが唖然とする。部下達は置いてけぼりだが、今は構うな。

「お前は解っているはずだ。誰にも、どうしようもなかった事を。さっき言ったもんな、俺達が雇われねぇのは俺達が悪い、と。働き口が無い事は自分達のせいだと。重ねて謝罪するが、すまない。その通りだ。雇用する側がお前達のような、例えばスラム出身を雇用したくないと思うのは、なんでだと思う?」

と、俺はオヌシに問う。

「俺達に能力が無ぇからだろうが」

吐き捨てるようにオヌシが答える。

だから、俺が言う。

「違う。無いのは、 証(・) 明(・) だ」

と。

「意味が解んねぇ。解るように喋れ」

と、オヌシが言う。

だから、俺が応える。

「雇用者側は労働者が欲しい。お前達は働き口が欲しかった。その両者の欲求は合致する。なのに、何故そこが成立する事が出来なかったか? 答えは簡単。――前例が無いからだ」

「…………」

オヌシが目を見開き、黙る。

おいおい、追加説明無しで理解するか、この話を。

本当に、欲しい地頭だ。

「前例……?」

オヌシが呟く。

だから、俺が応える。

「そうだ。必要なのは、前例だ。スラム出身でも働ける、役に立てるという、前例。それを、世界に示す規模での前例が要る。そうでなければ、誰も怖くてスラム出身を雇えない。成功例が無い案件を、わざわざ引き受けるバカは居ない」

その言葉に、説明に、オヌシが1歩、引き下がる。

だから、俺も1歩、距離を詰める。

「誰かが積極的にスラム出身を雇い、それを公表し、スラム出身も労働者として有益であると証明する事で、他の雇用者もスラム出身に手を伸ばせるようにする。そういう作戦があるんだが、どうだろう、オヌシよ」

アフォーマティブ・アクション。

前世の現代社会でも差別是正のために取り入れられていた制度。被差別対象に社会的サポートをする事で、差別を是正する政策。一見すると素晴らしいように見えるが、これを過剰に実施すると、視点を変えれば逆差別になるという劇物。

また1歩、オヌシが後ずさる。おいおい、あまり嬉しい反応をしてくれるな。この話に、引き下がるほどの威圧感と恐怖を感じる事が出来るのは、理解する知能がある者だけだ。

「社会が憎いんだろう? 表面上は、そういう感じで主張してたな。なら、オヌシよ、言いたいだろう、その、クソみたいなカスな社会に。『テメェらが見捨てたゴミみたいな存在はな、こんなに有能だったぞ』と。『ざまぁみろ』と、言ってみたいだろう。それともお前は、惨めな人生のままで満足だったか?」

「そん……そんなわけねぇだろうが、ボケナス!!」

最後の抵抗として、オヌシが叫ぶ。

だから。

「なら!!」

だから、俺も叫んだ。

「お前がその証明の先駆けとなれ!! 俺がお前に仕事をくれてやる。だから、だからお前は、お前が有能である事を、その身を以て社会に示せ!!」

力の限りに、叫んだ。