作品タイトル不明
397 敵 地 5
「追え! 跡をつけて、宿を確認しろ!!」
「はいっ!」
飛び込みの買い取り客が帰った……というか、突然商談を打ち切って、逃げるように去った後、しばらくぽかんとしていた商会主は、慌てて手代にそう怒鳴った。
「何だ、あの小娘は! 価格交渉もせずに、最初の提示額を聞いただけで話もせずに帰るとは!
商売というものを馬鹿にしておるのか!!
しかし……」
そう。
隣国で出回り始めた、驚く程の透明度と輝きを持つ、高度なガラス製品。
それを手に入れようと、少々手荒な手段に出たばかりだというのに、その結果を待つことなく、向こうからやってきた。
……それも、遣り手の商人ではなく、どう見ても商売には素人の小娘が……。
この国にも、日本の『カモネギ』という 諺(ことわざ) に似た慣用句がある。
そして、慌てて出て行く手代の後ろ姿を眺めながら、商会主はにやりと嗤った。
* *
「……釣れたでしょうか?」
「入れ食い、爆釣間違いなし!」
店の前に駐めていた荷馬車の御者台に乗り、ファルセットとそんな話をしながら出発した。
行き先は、宿屋……ではなく、さっきの店よりやや格上の商店だ。
格下ではなく、そしてあまり格上でもなく、ほんのちょっぴり格上という、絶妙のチョイス。
つまり、あの店の奴らが圧力を掛けることはできず、あまりにも格上過ぎて手出しできない程の差があるわけでもなく、対抗心があって、目の前でみすみす大儲けできるカモを掻っ攫われるのを我慢できないような、そんなお店。
「つけられています」
ファルセットが、碌に後ろを確認することもなく、そう断言した。
……どうして分かるんだよ!
いや、そりゃ、他の者に状況を説明して指示する時間はなかっただろうし、変装や着替える時間もなかっただろうから、あの場で一番 下(した) っ 端(ぱ) だったあの手代が、そのままの恰好でついてくるかも、というのは予想できるよ?
でも、バックミラーがあるわけじゃないのに、どうして分かるんだよ……。
気配とか、そういう超常的な感覚によるものなのか?
……まぁ、いいか。フランセットの子孫だからな……。
「始末しますか?」
「いやいや、跡をつけさせるために釣ったのに、尾行を始末してどうするよ!」
「あ……」
ファルセットは、フランセットの子孫である 脳筋の一族(エインヘリヤル) の中では、頭が良い方らしいのだけど……、やはり、戦闘民族か……。
いや、まあ、真祖であるフランセットのように、私を護って大立ち回りを演じたいという気持ちが強すぎるだけなのだろうけど……。
* *
そして、目的の店に着くと、店の前に馬車を駐めて、店内へ。
その前に……。
『ハング、バッド。誰かが馬車に触れたり乗り込んだりしそうになったら、ハーネスの切り離しレバーを押して解除、ソイツを排除してね。
あ、蹴り殺すのはナシで。足を踏みつけるとか、肩を噛むとか、頭を軽く咥えるとか、そういう 脅し(・・) 程度でお願いね。
……但し、ハングとバッドに危害を加えようとしたり、荷馬車や積荷に手を出そうとした場合は、その限りに 非(あら) ず!』
『『了解だぜ!!』』
蹄鉄を打ってあるから、足を踏まれれば大ダメージだろうな。馬は体重が重いからね。
……蹄鉄がなくても、あまり変わらないかな?
こういう場合のことについては、ハングとバッドには何度も説明してある。
今回は、あの店の者が手出しする可能性があるから、一応、念押ししておいたのだ。
本当はファルセットを荷馬車に残しておくべきなのだろうけど、……まぁ、本人が了承しないわなぁ……。
最初から私が単独で行動するならばともかく、今は護衛として私に同行しているわけだから、そんなことを許容できるようなファルセットじゃない。
まぁ、店の 丁稚(でっち) さんが見張ってくれているから、大丈夫だとは思うけどね。
……そして、ファルセットとふたりで、店の中へ。
勿論、私は 見本品(サンプル) 入りのバッグを肩に掛けている。
30分くらい、店内で商品を物色。
店の外からは見えない場所で。
さすがに、尾行者は店の中には入って来ないだろう。
特に、あの店で私達と顔を合わせた者とか、あの店のお仕着せを着た者とかはね。
だから尾行者には、私達がただの客として売り場で物色しているのか、奥に通されて商談をしているのかは分からないだろうし、勿論、私達が帰った後で、『さっきの連中と、どんな商談をしたのか』なんて店の者に確認したりできるはずがない。
そして適当な品をいくつか買って店から出た私とファルセットは、ぱあん、とハイタッチして、笑顔で荷馬車の御者台に乗り込んだ。
……うん、誰が見ても、商談が上手く行って喜ぶふたり、という 絵面(えづら) だ。
荷馬車からは荷を降ろしていないけれど、まぁ、そこまでは疑問に思われないだろう。
今日は商談だけで、正式な契約や荷の引き渡しは後日、とかいうのも、別におかしな話じゃない。
商会主が不在とか、色々とあるからね。
とにかく、これであの店の連中に対する 撒(ま) き 餌(え) は充分だろう。
私達が、別の店と契約を交わした。
数日以内に、荷馬車の商品が引き渡される。
そう思った連中が、どんな手段に出るか。
自分達とは面識すらない、全く無関係のダルセンさんを襲わせるような連中が、ね……。
* *
「……組織に繋ぎを取れ」
「はっ!」
小娘達の跡をつけさせた手代からの報告を受け、手代を下がらせて番頭のひとりを呼び付けた商会主が、そう命じた。
「うちに商談を持ち掛けておきながら、他の店と取引するだと?
小娘風情が、うちの商会を舐めおって……。身の程を思い知らせてやるわ!」
そういう命令には慣れているらしく、驚いた様子も後ろめたそうな態度もなく、ごく普通のことのように返事をして、立ち去る番頭。
その後ろ姿を眺めながら、にたりと嗤う、商会主であった……。
* *
「敵が動きました。裏の組織に依頼を出した模様です」
『女神の眼』の若手からの報告に、ファルセットが満面の笑みを浮かべている。
……ファルセット、まだ本格的な出番がないからなぁ。
ダルセンさんの店がある町での立ち回りは、まだファルセットと出会う前だったから、レイコがやったし……。
だから、これで初めて、『 女神の守護騎士(エインヘリヤル) 』としての役目を果たせて、あの、一族の真祖であるフランセットと並び立てるわけだ。
……そりゃ、嬉しいか……。
「我ら『女神の眼』一同、カオ……エディス様をお護りし……、ヒイッ!!」
あ~、ファルセットのヤツ、思い切り殺気を飛ばして睨み付けてやがる……。
はいはい、『それは私の仕事だ、邪魔をするな!!』ってことね。
そりゃ、待ちに待った出番がようやく来たというのに、横から手出しされちゃあねぇ……。
あんた達、諜報組織なんだから、『 女神の守護騎士(エインヘリヤル) 』の習性くらい把握しておこうよ……。