作品タイトル不明
334 奴らが来る 6
確かに、フランセットは剣技と筋力は凄かったが、アタマの出来は普通であった。
決して馬鹿だというわけではなかったが、そう勉強が得意そうには見えなかった。
そのフランセットがそう言ったならば、ファルセットはかなりアタマがいいということに……。
「私は、分数の掛け算と割り算ができるのですよ!」
「……お、おう……」
……いや、この程度の文明レベルの世界における平民や騎士であれば、確かにそれでアタマがいい方なのかもしれない。
学校に行っているわけでもなく、貴族の子女のように家庭教師がついているわけでもなく、そして身近にたくさんの本があるわけでも、テレビで教育番組が見られるわけでもなく。
武芸ひと筋、それ以外の能力にはあまり価値を見いだすことのない一族に生まれたら……。
この世界の人々が馬鹿だというわけではない。
この世界にも、数学、幾何学、物理学、天文学、哲学、その他様々な分野において秀でた者が大勢いるであろう。
しかしそれは、そういう教育を受けられるだけの立場とお金がある者の話である。
いくら頭が良くても、まともな教育が受けられないのであれば、どうしようもない。
なので、教科書もなく教師もいないのに独学で分数計算ができるファルセットは、本当に頭が良いのかもしれなかった。
もし、ファルセットが上級貴族の家に生まれていれば。
もし、高名な学者の家に生まれていれば。
……しかし、いくら公爵家に連なる者とはいえ、子孫が340人前後であり、その殆どが存命。
ロランドから公爵位を継いだ長子がまだ存命だというのに、ひ孫や玄孫になど爵位が回ってくるわけがなかった。
なので、何とか騎士を名乗れるようにはなれたものの、ファルセットはそれまで、殆ど平民と変わらない立場であった。
そのため、ファルセットの才能と努力は全て、武術へと捧げられた。
一族の始祖であり、真祖。
大陸の守護神。絶対英雄、鬼神フラン。
憧れの高祖母。生きた伝説。真の勇者様。
英雄の血を受け継ぎ、幼少の頃から、その優れた頭脳と身体能力の全てを『真祖様を超える』、そして『いつか再び降臨されるであろう、女神カオル様にお仕えする』という無謀な夢に 賭け(betし) た少女。
その少女が、憧れの真祖様が、そして340人の同族達が夢みて、そして果たすことができなかった栄誉を、今、その手に掴もうとしている。
己の全てを、そして自分の命を懸けてやり遂げるべき、憧れの任務を。
……狂信者、そして『 狂戦士(バーサーカー) 』の誕生である。
(……あ〜、これ、追い払おうとしても、絶対に諦めないヤツだ……)
あのフランセットの命令で来た、フランセットが自分の信念を教え込んだ弟子である。
もし追い払えば、すごすごと帰国することなど絶対にあり得ない。
隠れ護衛のように張り付くに決まっている。昼も夜も、物陰に潜み、ずっと……。
そういうのは、カオルは 第一シーズン(アイテムボックス前) で見た。うんざりするほど……。
「…………じゃあ、護衛に雇うのは、キャンとファルセットのふたり、ということで……。
それと、以後、この姿である時は私のことは『エディス』、他の姿の時はそれに合わせた名前で呼ぶようにね。間違っても、人前で違う名前で呼んだり、女神様とか御使い様とか呼ぶことのないように!
あ、それと、ファルセットが 女神の守護騎士(エインヘリヤル) であることは、公言しないようにね。そんなのに護衛されていると、私の立場を色々と詮索する者が現れるだろうからね」
いくら大陸の反対側であっても、フランセットの名はあまりにも有名過ぎる。なので、エインヘリヤルという呼び名も、同様に広まっているはず。そう考えたカオルの指示は、的確であった。
……的確であったのだが……。
「ははっ! お召し抱え、ありがたき幸せ!!
……しかし、あのぉ、そのぉ、……実は、私がエインヘリヤルであることは、商業ギルドで既に……。
情報の規制にはうるさい商業ギルドで、カオル様……、『自由巫女、エディス』の情報を得るためには、身分を明かすしかなく……」
「「えええええ!」」
思わず声を上げる、カオルとレイコ。
「選りに選って、情報が命の、遣り手商人達の溜まり場、商業ギルドで……。
勘弁してよぉ……」
がっくりと肩を落とす、カオルとレイコ。
そして、それを見て慌てるファルセット。
「あ、あの、今すぐ商業ギルド関係者達を皆殺しにして……」
「「やめんかああぁっ!!」」
そして、『殺していいのは、悪党と向こうから攻撃してきた者だけ! それと、敵側の兵士は、本人が悪党ではなく、まだ戦闘が始まっていなくても、こちらからの先制攻撃で殺して良し』、『できれば殺さず半殺しにした方が、敵に大きな負担を 強(し) いることができるし、情報を搾り取れるし、捕虜交換や身代金を取るのに使える』と、みっちり教育したカオルとレイコ。
「なるほど……」
さすが脳筋の二つ名を名乗るだけあって、カオルとレイコの説明を理解したらしいファルセット。
これで、自分達に敵対したり無礼な態度を取ったりした者をむやみやたらと殺すことはないだろうと、安心の溜息を吐いたカオルとレイコ。
いや、ファルセットは別に殺人狂というわけではなく、自分から積極的に人を殺そうとするような者ではないことは、カオルとレイコにも分かってはいた。
……女神が絡まない場合には。
この手の人物は、普段は温厚で理性的であっても、自分が信仰する女神が侮辱されたり傷つけられる危険があったりすると、とんでもない危険物に変貌するのである。
カオルは、そういう人物に心当たりがあった。
そしてファルセットは、ソイツの血を引き、そしてソイツの教えを受けている……。
「で、商業ギルドで聞いたのは、『自由巫女エディスの居場所』ね。聖女とか御使いとか女神とかカオルとかいう言葉は出していない、と?」
「はい。さすがに、それらの情報は秘匿対象かと思い……」
ファルセット、どうやら商業ギルドで『えええ、王都を出た? カオルさま……、いやいや、御つか……自由巫女エディス様が?』とか言ったことは、忘れているらしい。
まあ、『ただの言い間違いである』と言い張ることはできなくもないであろうが。
それに、 女神の守護騎士(エインヘリヤル) 達が女神の再降臨を待ち続けているということは『女神カオル真教』の教義書に書かれているので、ある程度世間に知られている。
なので、 女神の守護騎士(エインヘリヤル) のひとりが聖女だと言われ始めている少女のことを調べに来た、ということは、何の不思議もない。
もし自由巫女エディスが本当に女神様や新たな御使い様であったなら、こんな小娘ひとりを派遣するのではなく、 女神の守護騎士(エインヘリヤル) が大挙して押し掛けてくるに決まっている。
そしてこの若き 女神の守護騎士(エインヘリヤル) は、自由巫女エディスのことを何も知らず、面識さえない様子。
これらのことから、商業ギルドにおけるファルセットの失言は、軽く聞き流されたのであった。
なので、『 女神の守護騎士(エインヘリヤル) が王都に現れた』という情報は、王宮、神殿、そして各ギルド……ハンターギルド、傭兵ギルド等。職工ギルド、薬師ギルド等の、あまり関係がなさそうなところは除外された……の上層部にのみ伝えられたが、その来訪の目的は『信教上の調査』とのみ伝えられた。
正確な情報は商業ギルドだけで握っておきたかったのか、それとも未確定であり確度が非常に低い情報を流して商業ギルドの信用が落ちることを嫌がったのか、もしくはデマを流された自由巫女の少女が色々と迷惑を被ることを危惧したのか……。
とにかく、ファルセットの失言が致命的なものにはならなかったことは、カオル達にとって幸運であった。
…… 斯(か) くして、カオル一行に新たなメンバーが加わったのであった……。
* *
『えええ、私が知らないところで、新メンバーの追加が決定?』
夜の定時連絡で、驚愕の叫びを上げる恭子。
それを予測して、レイコが通信機のボリュームを下げていた上、魔法で遮音フィールドを張っていたので、安心である。
「真祖フランセット様の玄孫にして直弟子、『脳筋ファルセット』でございます。以後、よろしくお願いいたします!」
『ぶはっ!』
予想通り、通信機の向こう側で恭子が吹いたようである。
その二つ名の由来は、後で、ファルセットがいない時にゆっくり説明してやることにした、カオルとレイコであった……。