作品タイトル不明
281 クルト商会 2
「仕入れ先は判明したか!」
「いえ、それが……」
売り上げ急落の原因は、すぐに判明した。
他の商家ホークス商会と、地方都市にできたばかりの新興の弱小商家の支店が、クルト商会の強みである海産物を大々的に取り扱い始めたためである。
海産物自体の売り上げはそう大きなものではないが、海産物目当てに来た客は、ついでに他の商品も買っていく。他の商店と品質も価格もそう変わらないのであれば、わざわざ別の商店に行く必要はないのだから。
……もし、その集客に大きく貢献している海産物の魅力がなくなったら?
他の商店に、もっと安くて美味しい海産物が豊富に並べられたら?
海産物だけでなく、他の商品全ての売り上げが激減する。
そして今、それが現実となったわけである。
店の、死活問題である。
なので、すぐさま番頭や手代達に調査させた結果が、これであった。
具体的な理由は、すぐに判明した。
ふたつの商店による、海産物の販売開始である。
……しかし、その仕入れルートが判明しない。
それさえ分かれば、妨害、割り込み、仕入れルートの乗っ取り等、色々と打てる手段はある。
だが、仕入れ先も輸送ルートも仲介業者も何も分からないのでは、どうしようもない。
ホークス商会と新興商家は何の関係もなさそうであったし、ホークス商会の支店がある町と新興商家の本店がある町とは、かなり離れている。そしてホークス商会の支店がある町に至っては、海に面してすらいなかった。
なので、地方の町同士での繋がりがあるとは思えず、繋がっているとしたら王都において、ホークス商会の本店と地方都市に本店を持つ新興商家の王都支店が組んでいるであろうと思われた。
……勿論、地方都市にある本店からの指示を受けてのことであろうが……。
さすがに、王都において他の商店に対し非合法な手段で堂々と実力行使するわけには行かない。
商業ギルドはそういうことにはうるさいし、そんなことをすればホークス商会が貴族や警備隊の上層部に圧力を掛けるであろう。
クルト商会にも勿論伝手はあるが、色々と後ろ暗いことにも手を出しているため官憲の介入は避けたかったし、クルト商会やその伝手がある貴族達には、敵対勢力がいる。なので余計な面倒事は避けたかった。
……なので、やるのであれば仕入れ先である遠方の小さな漁村とか、輸送中である。
しかし、商業ギルド、輸送を請け負う馬車屋、護衛を請け負う傭兵ギルドやハンターギルド等、どこを調べてもルートが判明しないのである。
信用を重んじる商業ギルドや馬車屋はともかく、傭兵やハンターならば、酒でも奢ってやれば口が軽くなるものであるにも関わらず……。
さすがに、顧客の安全に関わることや個人情報を喋る者はそう多くはないが、既に終わった仕事のことであれば盗賊に情報が流れるという心配もないし、少し金を積めば『漁村からの荷を護衛した』という程度の、何の価値もなく誰かの危険に繋がることもない世間話のひとつくらいは、普通に喋るはずであった。
だが、酒を奢り小遣い銭を握らせた彼らが喋るのは、 クルト商会(この店) が依頼した件や、無関係の店が依頼した、少量のごく普通の 全乾品(カラカラ系) に関するものばかりであった。
……こういう時には、向こうの店の従業員を抱き込んで情報を吐かせるのが常套手段であるが、それはこのクルト商会のような店に対してであれば効果があるものの、堅実で店員を大事にする店に対しては効果が薄かった。
もし店員が『正義感による告発』以外の理由で雇用主を裏切った場合、その情報は商業ギルドを介して多くの者に共有される。
そして、本人は元より、その家族、親族に至るまで、ほぼ全ての商家と多くの他業種においての雇用が難しくなる。
日雇いの肉体労働とかであればあまり問題なく雇ってもらえるであろうが、金銭や重要な情報を扱ったり、信用が必要な業種であれば、ほぼ絶望的であろう。
また、兄弟姉妹や子供達、甥、姪達の結婚も、かなり厳しいことになる。
せっかく堅実な商家に勤めているというのに、 端金(はしたがね) でこのようなリスクを冒す者がいるはずがない。
しかし、家族も親族もいない孤児であれば、というのが、孤児達がまともな職に就けない理由のひとつであるが、それは大きな誤解であった。
孤児達の団結は固い。
いつもは喧嘩ばかりしている仲の悪い孤児同士であっても、孤児達に対する共通の敵が現れた時には、生まれた時からの親友同士であるかのようなチームワークで共闘し、互いに助け合う。
その孤児達が、他の孤児の信用を落として迷惑を掛けるようなことをするはずがなかった。
同じ孤児院の後輩達だけでなく、国中の、いや、大陸中の孤児達の働き口を減らすことになるくらいであれば、自らの死を選ぶ。
そういう者も、決してそう少ないわけではないのである。
ならば、クルト商会が選ぶ手段は……。
「店員を攫え」
「はい!」
躊躇う様子もない商会主の指示と、それに驚いた素振りもなく答えた部下。
……明らかに、初めての命令とは思えなかった。
おそらく、既に何度かやった、『やり慣れた仕事』なのであろう……。
「それで、どちらにしましょうか?」
「新興の方だ。いくら地元の領主が関係する店とはいえ、所詮は田舎の弱小貴族だ、この王都においては伝手も後ろ盾もあるまい。店員の質も悪いだろうし、まだ教育も行き届いてはいまい。ホークス商会よりはずっと簡単だろう。
官憲は動かないだろうが、店が独自に人を雇って調査させると面倒だからな。そういう余裕がないであろう、小さな方を狙うのが良いであろう」
「はっ、了解いたしました!」
官憲など、何の問題もない。
数枚の銀貨を奪うために平気で人を殺す連中など、いくらでもいる。なので、死体はそのあたりの路地裏に転がしておけば問題ない。ゴロツキに襲われた不幸な被害者、ということで、捜査もされないであろう。
監視カメラもなく、指紋採取も血液鑑定も出来ず、余計なことには関わりたくないと証言してくれる者もおらず、ゴロツキ仲間が虚偽のアリバイ証言をする。
そしてそもそも、金目当て以外の動機もない行きずりの犯行とあっては、容疑者の絞り込みもできない。
なので官憲は、最初から犯人を捜そうという気がない。
そのため、犯人は襲った相手が返り討ちにして現行犯逮捕するか、その場で殺すしかないのであった……。
商会として、あからさまな圧力を掛けたり嫌がらせをしたりするわけには行かない。
しかし、『たまたま、店員がゴロツキ共の被害を受けた』のであれば、それは店とは関係ないことであり、全く問題はなかった。
そして、死人は何も喋らないし、訴えを起こすこともない。
* *
「店の者が襲われました!!」
「何だって!!」
店に飛び込んできた使用人が叫び、支店長さんが驚愕の叫びを上げた。
今回は私が輸送番であり、ターヴォラス商会の王都支店に商品を運んできた。
支店長と副支店長であるムーノさんのお仲間達に挨拶して、お茶と茶菓子を戴いていたところだ。
このふたりは、絶対にムーノさんを裏切ることはないだろう。
……でも、勿論、私達の秘密を知っているわけじゃない。
今の私は、モブ顔に変装して『リトルシルバーに雇われた、輸送隊の責任者』としてここに来ている。『カオル』としての私はムーノさんとはかなりの付き合いになるけれど、このふたりとは何度か顔を合わせた程度に過ぎないから、喋り方や動作の癖とかから正体がバレることはないだろう。
荷は、勝手に倉庫に入って置いてきた。
そういう契約になっており、ムーノさんから『絶対に信用できる輸送屋だから、好きにさせろ』って伝えてもらっているからね。
……勿論、『カオル』である私から、そう伝えるようお願いしたのだけど。
いやいや、今はそんなことどうでもいい!
「誰が襲われた! 無事か! 怪我をしているのか! まさか……」
「大丈夫です、怪我はしていますが、命に別状はありません! 襲われたのはコーレイです、今、診療所に。
……で、コーレイは大した怪我じゃないんですが、たまたま通り掛かって助けてくれた、非番の警備兵が……」
……いかん。
私は、私に関わってくれている人達は勿論だけど、その『私に関わってくれている人達』に良くしてくれている人達にも、理不尽な目に遭って欲しくはない。
そしてその『理不尽な目』が、私達に関係することで生起したならば……。
うん、戦争の始まりだ!