作品タイトル不明
278 トレーダー商店 7
「……というわけで、元店長は、もういいや。あとは……」
「 隠れ支店(中ボス) と、 親玉(ラスボス) 、本店だね」
レイコの返しに、うんうん、と頷く恭ちゃん。
うん、勿論、 下っ端(トカゲのしっぽ) だけで満足するような私達じゃない。
それに、若い少女に見える私達が認められ、一目置かれるためには、ふざけた真似をしてくれた奴らは叩き潰す必要がある。
でないと、強い発言権とか影響力とかを得ることはできない。
だから……。
「とりあえず、隠れ支店を叩こうか……」
* *
「フリードの奴、しくじりおって……。役に立たぬ奴め……」
セイトス商店では、店主……実際には、支店長……であるオラルドが愚痴を溢していた。
今回の計画は、王都の本店からの指示である。最近王都にごく少量出回り始めた商品の出元がこの街の個人商店であるらしく、その供給ルートを押さえろ、という……。
そして調査したところ、この街から王都へのルートは、ホークス商会の支店であった。
そのホークス商会の支店に商品を納入しているのが、最近できたばかりの、小さな個人商店である。
……そしてその個人商店というのが、以前ギルドから通知があった、あの商工ギルド特例措置が適用された少女が経営する店であった。
「商工ギルド特例措置、第2条第3項の2。
……貴族や有力者、またはその係累が身分を隠してお忍びで来た場合の、それには気付いていない振りをして友好的に振る舞うように、との特別指示か……。下手に手出しするな、悪印象を与えるようなことは厳禁、という……。
だが、そのようなもの、バレなければ問題ない。
そしてもしバレても、それはフリードの奴が勝手にやったことであり、うちには関係のないこと、と言い張れば済むことだ。……何せ、奴はとっくにうちを辞めており、だからこそあの店に雇われたわけだからな。
奴をあの店に推薦したのは、ギルドだ。だから、何があっても、責任はフリードの奴とギルドにある。別に俺が推薦したわけではないし、うちの店を辞めた者のことなど知らん。何の関係も、責任もない……」
オラルドが楽観視しているのは、フリードが本当のことを白状するとは思っていないからである。
万一のことがあっても、この店との関係は絶対に喋らない。そうすれば、悪いようにはしない、と約束しているからである。
そもそも、経営者である小娘が親元に顔を出すためか数日間不在になる時があり、その間に部屋を漁って仕入れの契約書や輸送計画書を捜すことが露見するなど、まずあり得なかった。
ふたりの店員は孤児院の子供達であり、しかも孤児院からの通いである。ならば、ふたりが帰ったあとは、店にいるのはフリードただひとりなのであるから。
店にいて当然であり、誰に 咎(とが) められることもない立場。
これで、家捜しがバレるはずがなかった。
商品のちょろまかしも、サンプルとして数個確保するだけである。
ちゃんとお金を払って買うという方法もあるが、そんなことは馬鹿馬鹿しい。数個くらいでバレることはないだろうし、もし数が合わなくとも、万引きされたか、店員達が盗んだことにすれば済む。
所詮は孤児院のガキ共、フリードの方が遥かに信用度が高い。どちらが信用されるかなど、考えるまでもない。
そういう考えの下に、計画が進められたのであるが……。
それが、まさかの露見。
しかも、フリードの犯行であると確定された。確実な証拠がある、ということで……。
商工ギルドのギルマス、副ギルマス、その他数人がセイトス商店にも事情聴取に来たが、辞めた者のことは関係ない、と言って突っぱねると、簡単に引き下がり、帰っていった。
それを、オラルドはフリードが自分との関係を白状していないからだと思っていた。ギルド側が簡単に引き下がったことと、警備隊の兵士達が同行していなかったためである。
もしフリードが全てを吐いていれば、警備隊も同行して、取り調べのため自分を捕らえようとしたはず。それがなかったということは、 即(すなわ) ち、自分には何の嫌疑もかかっておらず、ただ事情確認のために来ただけ、ということである。……そう信じて……。
オラルドは、フリードが全てを自供することはないと信じていた。
もし全てを喋れば、釈放された後、誰も助けてはくれない。
しかし、黙り通せば、釈放後に充分な報酬と、従業員としての立場……フリードは、退職はただの見せかけであり、自分はまだセイトス商店の従業員としての立場が保持されていると思っている……が保証され、危険な汚れ仕事を引き受けた褒美に出世の道が約束されていると信じているであろうから。
たとえバレたところで、ただ家捜ししただけで何も盗んでおらず、人に危害を加えたわけでもないのであれば、大した罪に問われるわけではない。せいぜい、数日間の拘留か罰金程度で済むはずである。
……若い女性の部屋を漁った、という、いささか不名誉な噂が立つかもしれないが、それは商人としての能力とは関係がないし、商会主達がやっていることに較べれば些細で可愛いものである。業界内においては、別に問題視されるようなことではなかった。可愛いものだと、微笑ましいエピソードとなるくらいである。
確かに、オラルドは自分に忠実なフリードを優遇してやるつもりではあった。
まさか、フリードの家捜しと商品のちょろまかしがばれ、しかも経営者がフリードの証言よりも孤児達の方を信じるなどとは、そしてギルドまでがそれを支持するとは思ってもいなかったので。
しかし、こうなっては、もはやフリードを再雇用し、出世組として受け入れるわけにはいかない。
そのようなことをすれば、自分達が仲間であることを認めたも同然である。
……だが、何の問題もない。
この街ではマズいから王都の本店勤務で出世させてやる、と言って送り出してやり、……旅の途中で不幸にも盗賊に襲われる、ということは、よくあることである。
* *
「何だと!」
手代のひとりからの報告に、机をドンと叩いて 激昂(げっこう) する、オラルド。
「フリードの罪科についての詳細情報が街中に広まり、しかもそれがうちからの指示によるものだということ、うちからの退職は偽装で、全て仕組まれたものであること、……そして失敗したフリードを私が裏切って見捨て、全ての罪をフリードに押し付けて知らぬ振りをしているという噂が広まっているだと……。
おまけに、うちが普通の商店ではなく、クルト商会の隠れ支店だという噂まで……」
……噂というか、全て事実である。
そして、最後の隠れ支店の件は、商工ギルドの者はほぼ全員が、そして一般の人々も、かなりの者が元々知っていた。
皆、見え見えではあったものの、確たる証拠はなく、また別に自分達に被害が及ぶようなことではないため、スルーしていただけである。
直接の迷惑を 被(こうむ) るのはこの街に正式に支店を出しているホークス商会だけであり、そのホークス商会も事を荒立てるつもりはないのか、不快には思いながらも黙認していたため、公然の秘密のようになっていたものが、なぜ今になって急に人の口に 上(のぼ) ることになったのか……。
だが、報告した者を怒鳴りつけても、仕方ない。
「くそっ、こんなに正確なことを知っているのは、フリードしかいない! 裏切りやがったな!」
自分も裏切るつもりだったくせに、勝手なことを言うオラルド。
しかし、フリードは事件発覚から、まだ姿を見せていない。
これがオラルドと会って話が 拗(こじ) れた後とかであればまだ納得もできるが、会ってもいないのにフリードが噂を広めるはずがない。ということは……。
「……ギルドに全てを吐いたか……」
警備隊に突き出されて吐いたなら、今頃はここにも警備隊が来て自分も取り調べを受けているはず。そう考えたオラルドは、フリードが吐いたのはギルドのみであり、そしてギルドはフリードを警備隊には渡していないと考えた。
「……ということは、フリードはまだギルドに捕らえられたままか。そしてギルドは、事をこれ以上荒立てるつもりはない、と……。不確かな噂を流してうちの名を貶め、それをもってうちへの制裁とする、か。
まさか、ギルドが警備隊に引き渡すことなく、独自に取り調べを行うとはな……。
フリードは、無理矢理吐かされただけで、別にうちを裏切るつもりがあったわけではないか……。
そしてこれは、 クルト商会(本店) と事を構えるつもりはないが、これ以上は許さん、というギルドからのメッセージ、というところか。
仕方ない、ギルドに抗議はせず、このまま痛み分けとするか。
何、噂など、下手に騒がず無視していれば、すぐにおさまる。それに、うちがクルト商会と関係があることなど、元々みんなが知っていたことだ。今更何を言われようが、関係ない」
ギルドは、これ以上何もするつもりはない。
そう考え、先程は激昂したものの、今は既に落ち着き、フリードがギルドから釈放され次第、すぐに王都へと向かわせることを決定したオラルド。
「襲撃役に話を付けておかねばならんな……」
余計な噂を流した敵対者は、商工ギルド支部。
そして連中は、もうこれ以上のことはしない。
そう考えた自分の判断力を疑うことのない、オラルド。
……確かに、オラルドの考えは正しかった。
商工ギルドの動き(・・・・・・・・) に関しては(・・・・・) 。
しかし、セイトス商店に敵対しているのは、商工ギルドだけではなかった。
そしてオラルドは、商工ギルドなどよりもっとタチの悪いものを敵に回してしまったことに、まだ気付いてはいなかった……。