作品タイトル不明
265 商会バトル 4
噴霧された薬品をまともに顔面に浴びた男達は、両手で顔を覆って悲鳴を上げた。
「眼が、眼があああああ!!」
「ひいぃ、あ、悪魔だ! 悪魔が出たああぁ!!」
今回ミーネ達が使ったのは、CNガスではなくOCガス、つまり毒ガス兵器由来のものではなくトウガラシに含まれるカプサイシン系のものなので自然に優しいが、眼の痛みと 咳(せ) き込み、そして催涙効果は抜群である。
現代人であれば『催涙スプレーを使われた』と分かるため、症状はどうしようもないものの、恐怖心というものはあまりない。
しかしこの者達にはそのような知識はないため、『悪魔が現れた』と思い込むのも無理はないだろう。
そしてミーネとリュシーは、視力も判断力も失い棒立ちになって泣き叫ぶ男達の膝裏に蹴りを入れて転倒させ、その顔を蹴りまくった。
別に、悪意ある加害行為ではない。
いくら一時的に視力を失っているとはいえ、相手は成人男性4人である。
もし少しでも視力が回復すれば。
視力が回復しなくとも、落ち着きを取り戻したり、身体の一部を掴まれ、捕らえられれば。
幼い少女の力では、到底振り払うことはできないであろう。
そして、もしこのまま何もせずに逃げたとすれば、今回は逃げられたとしても、またすぐに襲われるであろう。この連中は、たまたま目に付いたミーネとリュシーを襲ったのではなく、明らかに『リトルシルバーの者を狙った』のであるから。
次に襲われるのは、自分達ではなくアラルやイリー、フリアかもしれない。
……そして、狙われるのが、 カオル様やレイコ様(・・・・・・・・・) 、 キョウコ様である(・・・・・・・・) 可能性も(・・・・) ……。
それだけは、何としても阻止しなければならない。
ならば、今、自分達がやるべきことは。
この連中がしばらく出歩けないようにして、カオル様達が対処されるための時間を稼ぐ。
そして、自分達を襲ったのが誰かということをはっきりとマーキングする。
そのためであれば、自分達が多少の危険を冒しても問題はない。
万一のことがあっても、アラルとイリー、フリアはカオル様達がお守りくださる。
……なので自分達は何の心配もなく、安心して責務の遂行に専念できる。
そう考えて、蹴る。
非力な少女であるため、腕の数倍の力があると言われている、足で。
カオル様から戴いた、頑丈な靴を履いた足で。
蹴る。
蹴る。
蹴る蹴る。
蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る!!
そして、充分に『少女誘拐未遂犯であることの目印』をマーキングしたと判断したふたりは……。
「……脱出!」
「 了解(ラジャー) !」
現場を離脱した。
歯が折れ、顔をパンパンに腫れ上がらせて地面に転がった、4人の男達を残して……。
* *
「……ということがありました」
「うむむむむむむ……」
カオルは、考え込んでいた。
今、リトルシルバーに正面から喧嘩を売ってくる者に、心当たりがなかったからである。
それも、4人掛かりで襲って、9歳と7歳の少女に返り討ちに遭うという、到底プロとは思えない軟弱な男達には……。
「とにかく、ボコった男達に訴えられるという可能性はないか……。そんなことをすれば、ミーネ達を襲った誘拐未遂犯として自分達が捕らえられるし、ミーネ達は当然のことながら正当防衛で無罪だし。
そして何より、幼い少女ふたりを襲って返り討ちでボコボコにされた4人の成人男性、なんて噂が広まれば、男としては終わり、死んだも同然だからねぇ。
だから、警戒するのは、再度の襲撃か……。
そして今度はアラル達が襲われるかもしれないし、防犯スプレーのことは知られたから、今度は奇襲でスプレーを使う暇を与えないようにしてくるかもしれないよね、馬鹿じゃなければ……」
そう、ミーネ達が思ったように、それが最大の懸念事項であった。
しかし、そのための、『ボコりによるマーキング』なのであった。
「よし、明日からしばらくの間、子供達だけで街へ行くのは禁止。必ず、私かレイコが一緒に行くよ。
それと、今から警備所に届けを出してくる。次に何かあった場合、迅速に対処してもらえるからね。ないとは思うけど、もし向こうが先に被害届を出したら面倒なことになる可能性もあるから、先に根回しをしておくに越したことはないからね。
そして、領主さんにも話が行くようにしてもらい、街の人達にも噂を流そう。
この街では、地元の人達も権力者もこっちの味方だから、利用できるものは利用しなきゃね。
コネとお金は、使ってナンボ、だよ。
そして……」
「「「「「「そして?」」」」」」
「明日、顔がボコボコになってる4人組の男達を捜す!」
* *
「コイツらか……」
犯人は、あっさりと判明した。
恭ちゃんの母艦で作られた女児用の靴は、履き心地は最高だけど、つま先部分には特殊合金が仕込まれている。軽くて頑丈なやつが……。
そう、地球にある、安全靴のようなものである。
実は、 踵(かかと) を強く地面に打ち付ければつま先部分から刃が出るようになっているんだけど、それを使うまでもなかったらしい。
その靴でげしげしに蹴りまくられたのだから、医者か薬師のところへ行くに決まっている。
なので翌日、そのあたりを調査しようと思ったのだけど……、その必要はなかった。
うん、医者と薬師のところへと向かう途中で見掛けちゃったんだよねぇ、顔を腫らしたローディリッヒ御一行様を……。
オマエらか~い!
……いや、そりゃ支店には従業員の一部が残っているんだから、調べりゃ分かるだろうけどね、商品の供給元がリトルシルバーだということは……。
でも、ちゃんとそれを確認し、そしてムーノさんのところ、ターヴォラス商会ではなくうちを標的にした点は、敵ながらよくやったと 褒(ほ) めてあげられる。
そして、うちの子供達を狙ったことは、 よくもやってくれたな(・・・・・・・・・・) 、と 葬(ほうむ) ってあげられる。
似たような語感だけど、意味は大違いだ。
ムーノさん達のところにまた絡むかもしれない、ということは予想していた。
でも、それもほんの数日間、あの本店から来た番頭さんが支店を撤収させてローディリッヒ達を王都へと連れ帰るまでのことだと思っていた。
そして、父親がまたローディリッヒに手柄を立てさせるための次の仕込みを行い、この領地やムーノさんの お店(ところ) とは縁が切れ、全くの無関係になる。
王都の知らない店の後継者争いなんか、興味はない。私達も、そしてムーノさん達も。
……そう思っていた。
うん、本当に、そう思っていたんだ。
ローディリッヒとやらは、ここでは大きな失点となったけれど、まだ後継者争いはゲームセットとなったわけじゃないだろう、と。
……でも、ヤツは踏み越えた。
決して越えては(・・・・・・・) ならない、境目を(・・・・・・・・) ……。
許さん!
「……潰す!」