作品タイトル不明
264 商会バトル 3
社会人になってからも、学生時代の力関係がずっと続くと勘違いしている馬鹿。
休日に、後輩を私用で無料タクシー代わりに使おうとする馬鹿。
定年退職後も、電話で呼び出して元部下を 顎(あご) で使おうとする馬鹿。
まともな頭を持っていれば、そんな馬鹿がいるなどとは到底信じがたいであろう。
……しかし、いるのである、本当に。そのような珍獣が。
現代日本においてさえ……。
そう、どこの世界においても、もうとっくに状況が変わっているというのにそれが理解できず、いや、理解しようとせず、過去の栄光しか縋るものがない者達が……。
なので、このような文化レベルの世界においては、こういう 輩(やから) が割と存在するのは、仕方なかった。
「……お断りします」
「え?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の、ローディリッヒ。
おそらく、ムーノが自分の命令を聞かないなどということは、考えてもいなかったのであろう。
「うちは、領主様が資金を出されて設立された商会です。無関係の商会の支店如きに吸収合併されなければならない理由も、その必要性もありません。
そして、支店の従業員が他店の商会主に対して無礼な態度を取るような商店とは、取引をするつもりはありません。
私を怒らせ喧嘩を売ってきた、先程の使いの者にそう言ったはずですが、ちゃんと報告が行っていないのですか?」
「なっ……」
ローディリッヒも、商売においては馬鹿ではない。なので、客や取引先に対しては、ちゃんと 下手(したて) に出たり頭を下げたりするし、場合によって態度を使い分ける。
しかし、自分より立場が下の者、つまり従業員とかに対しては横柄な態度であった。
自分に媚びへつらう者や、役に立つ者、利用価値のあるものに対しては、それでもあまり無体なことをするわけではなく、それなりに面倒を見たり甘い汁を吸わせてやったりしているが……。
そしてムーノ達は自分の立場を弁え、仕事に関しては反対意見を述べることはあるが、上司に対してはきちんと従業員としての礼を尽くし、真摯な態度で働いていた。なのでローディリッヒはムーノ達のことを『馬鹿ではなく役には立つが、使いにくい 駒(コマ) 』だと考えていた。
目を掛けてやってもやらなくても働き方は変わらず、自分の指示に異を唱えることもある、『癖のある駒』。
父親のドレインであれば、そういう駒も適切な場所に配置すれば非常に役に立つと考えるが、ローディリッヒにはそこまでの考えはないようであった。
なので、ドレインが考えていたように『ムーノ達をうまく使って業績を上げる』というのではなく、『ムーノ達の業績を全て自分の 手柄(モノ) にする』、『ムーノ達を仕事仲間ではなく、ただの踏み台にする』と決めたのであろう。
甘い汁を吸わせてやる取り巻きではなく、横柄に振る舞っても問題のない、下僕であると。
だからこその、着任時におけるあの態度であったのだ。
そしてローディリッヒは、今でもその上下関係が続いていると思っていたのである。
ムーノ達は、自分には頭の上がらない下僕であると。
……とっくに、あの時に全てが御破算になってしまったということに気付かず……。
「きっ、貴様! 私に逆らえばどうなるか、分かっているのか!」
「いえ、どうなるも何も、既にクビにされておりますが? それ以上に、どうされると?
まさか私を殺すとか言われるわけではありませんよね?」
「うっ……」
既に、経営者側が雇われ人に対して行う最大の処分である『 解雇(クビ) 』を宣告した後では、犯罪者でもない限り、それ以上の罰は与えようがない。
「レ、レリナス商会に逆らって、新興の小さな商店が商売をやっていけるとでも……」
「いえ、王都であればともかく、この街においては領主様が出資されていて他の商会とも協定を結んでおります当商会の方が、遥かに立場が上かと。特産品とかのルートも押さえておりますし……。
王都からの品も独自に入手できますので、レリナス商会との縁がなくともうちは全然困りませんので……」
「うっ……」
まさに、それが問題でローディリッヒが困っているのである。
ここでローディリッヒが謝罪し頭を下げれば、ムーノも悪いようにはしない、……などという可能性は、皆無であった。
もしここで甘い顔をすれば、ローディリッヒは絶対、後で裏切る。契約書の偽造や書き換え、他の取引先にデマを流す、その他諸々のやり方で。
……そう、本店で、商会主のドレインやローディリッヒが時々やっていたように……。
しかし、そうはならないことを、ムーノは知っていた。
ローディリッヒは、客や取引相手に頭を下げることは何とも思わないが、元従業員に頭を下げるような真似は絶対にできないということを 知っている(・・・・・) からである。
そしてローディリッヒもまた、もう何を言ってもムーノが自分の言うことを聞くことはないのだということを、今、知った。
さすがに、ローディリッヒもそこまで馬鹿ではなかった。
「…………」
ローディリッヒは、連れと共に引き揚げた。ひと言も発することなく……。
「終わりましたね……」
とにかくこれで、レリナス商会ターヴォラス支店との縁は切れた。
実は、商会主のドレインが調査のために派遣した番頭が、数日前にムーノのところを訪れて、支店が閉鎖され撤収することを教えてくれたのである。
なので、ムーノはローディリッヒより先にそのことを知っていた。
そして今は、ローディリッヒもそのことを知っている、ということも……。
だから、ローディリッヒがたとえどのような条件を出そうが、ムーノが首を縦に振ることはあり得なかったのである。
支店閉鎖を撤回させる最後の望みも消え、ローディリッヒは取り巻き達と共に王都へと戻る。
そして、味噌がついたものの、ドレインはローディリッヒに対して次の『手柄を立てさせる方法』を考えるであろう。ムーノ達とは全く関係のない方面において……。
レリナス商会とは縁が切れた自分達には、もう何も関係のないこと。
後継者争いも、派閥も、ローディリッヒや取り巻き達のことも……。
この国のことも、ここの商家というものについてもあまり知らないカオル達は、当然のことながらその方面のことについてはムーノの判断を信用した。
……少なくとも、判断材料が乏しい自分達の考えよりも正しいであろうと思って。
それは、別におかしくはない。ムーノはこの国の商人達の考え方も、レリナス商会の人々の性格も、よく知っているのだから。
だが、カオルとレイコは忘れていた。
ムーノ達は派閥争いには興味がなく、汚いやり方は嫌いであるということを。
……そう、それは、ムーノ達はレリナス商会の上層部の者達とは考え方が異なるということであった……。
* *
今日の干物や燻製の納入担当は、9歳のミーネと7歳のリュシーであった。他の者は、リトルシルバーで次の干物を作っている。
それはいい。
それはいいのであるが……。
「「…………」」
現在、人通りのない狭い路で、前後をそれぞれふたりずつ、計4人の男達に塞がれていた。
……ピンチである。
干物の納入が終わっての帰り道であり、任務を無事果たし終えたあとであるのは幸いであったが、それは少女達の使命感を満足させることはできても、この危機の回避については何の役にも立たなかった。
……そして、少女達を逃がさないよう 路(みち) を塞いだまま、じりじりと距離を詰めてくる男達。
「えと、あの、私達に何か御用ですか?」
怯えた様子のミーネがそう尋ねると、男達のひとりがいやらしい嗤いを浮かべながら答えた。
「お前達、リトルシルバーの者だな? ちょっと来てもらおうか……」
「 交戦規定(R O E) クリア!」
「 了解(ラジャー) !」
そしてミーネとリュシーは突然男達には理解できない台詞を叫ぶと、ポケットに手を入れた。
これが、手を入れたのが手に持っている袋であったなら、男達も少しは警戒したかもしれなかった。いくらぺしゃんこであり中身はカラに見えても、ナイフくらいは入っているかもしれないからである。
……しかし、服に付いた小さなポケットでは、小さなナイフですら入れることはできない。
なので、何も気にすることなくふたりの少女に近付いていたのであるが……。
ぶしゅううぅ~~!!
「「「「ぎゃあああああ~~!!」」」」
ミーネとリュシーが、ポケットから出した手をそれぞれ前方と後方の男達に向けて突き出し、躊躇うことなく作動させたのであった。
……そう、カオルから支給された、防犯グッズを……。