作品タイトル不明
211 ひとりめ 1
街から充分離れてから、御者台には2体のダミー人形を座らせた。
そして、4人でワイワイと歓談。
始めは態度や言葉遣いが硬かったミーネとアラルも、お菓子とジュースが効いたのか、しだいに打ち解けてくれた。
旅は順調に進み、おかしなのに絡まれることなく無事国境を越えて、隣国へ。
途中、休憩や夜営は街道脇の『それ用の空き地』を使うことなく、馬車ごと街道から外れて、街道からは見えない場所に回り込んでの単独行動。
いや、他の旅人に同じ場所で休憩や夜営をされれば、子供ばかりだということがバレちゃうからね。
こんな、軍用としか思えないゴツい馬車と、一目で高価な名馬だと分かる白馬2頭で子供達だけ、とかいうのがバレれば、どうなるかは馬鹿でも分かる。比較的まともな者であっても、 据(す) え 膳(ぜん) というか、目の前に置き忘れられた財布があれば、魔が差すこともあるだろう。
何もなければ犯罪を起こすことなどなかったはずの者に、わざわざ美味しそうな餌をちらつかせて犯罪者をつくり出す。
……殆ど、 犯意誘発型(悪質な方) のおとり捜査だ。
なので、この馬車の乗員構成は、絶対に他の者に知られるわけにはいかない。
街にはいる時には、少し手前で馬車を収納して、鞍を着けたハングとバッドに乗っていく。
高価(たか) そうな馬2頭と子供が4人、というのも充分カモネギだけど、街にはいったら真っ直ぐに高級宿屋へ向かい、そのまま一歩も外出しなければ大丈夫だ。
そして翌日は、街を出てすぐに人目を避けて 装甲馬車(パンツァー) に乗り換えればいい。そうすれば、後をつけて、とか企んだ連中は、気付かずにそのまま追い抜いていくだろう。バルモア王国からこっちへ来るときに、さんざん使った手だ。
そして……。
「この街が、一人目が売られたところよ」
そう、ミーネ以外の『売られた3人』のうちのひとりがいる街だ。
「領主様が、私達の身分、というか、立場というか……を証明する 書付(かきつけ) を書いて下さったけど、それはあくまでも『最後の手段』よ。『拳銃は、最後の武器だ!』っていうのと同じね」
「どうしてそんな古いネタを知ってるのよ!」
レイコに突っ込まれたけど、……アンタも知っとるやんけ!
「……いや、とにかく、ここは他国だから、うちの領主さんの書付には絶対的な効力があるわけじゃなくて、ただ単に他国の貴族が『この子達は怪しい連中ではありませんよ』、『身元は私が保証しますよ』って書いた紙切れに過ぎないからね。
そしてそれは、私達が犯罪者だと思われた時にそれをチャラにしてくれるほどのものじゃないし、そんな時に言い訳のために見せたら、領主様に迷惑がかかるからね。
他国の貴族に弱味を握られるなんて、貴族としちゃ下策もいいところよ。いったい、どうしてそんなものを書いて寄越したのやら……。それが印籠のような効果を発揮するのは、自分の領内だけだよねぇ」
私がそう言うと、レイコも少し呆れたような顔をした。
「多分、自分が不利になることよりも、『窮地に陥ったときにこれを見せれば、隣国の貴族に恩が売れると思ったその地の貴族がこの少女達を殺さずに取引材料に使おうとするだろう』とでも考えたんじゃないかしら? 貴族として、領主としては、ちょっと……」
「「甘過ぎるよね~!」」
でも、それでもいいからと思い、私達の命を優先してくれたのだろう。
……馬鹿だ。
でも、私達は、そういう馬鹿は嫌いじゃない。
だから、そういう者には損をさせないし、期待は裏切らない。
「作戦は、予定通りA-3で。イレギュラーが発生した場合は、 適宜(てきぎ) 副次作戦を選択。副次作戦でフォローしきれない場合は、メインの作戦を変更。最悪の場合は、全てをぶっ潰して 目標(ターゲット) を奪取、 欺瞞(ぎまん) のためそのまま一旦帰投方向の逆側へ脱出。いい?」
「 了解(ラジャー) !」
「ら、らじゃ!」
「らじや……」
うん、正面から行って正規の話し合いや交渉を行っても、無駄だ。
書類は『数十年分の給金前渡し済みの、住み込みでの奉公』ということになっているそうだし、それは偽造ではなく正式な書類らしい。孤児院の責任者と領主様の部下のサインも入っているらしいから、そこはどうしようもない。
書類が完全に揃っていて、最初から『そういうつもり』だったのに、私達が交渉したからといって、黙って引き渡してくれるはずがない。
いや、お金を払えば、そりゃ引き渡してくれるかもしれない。
でも、向こうは『悪い商人』で、こっちは『見た目は子供』だ。私達がお金を持っていると知れば、思い切り吹っ掛けてくるのは当たり前だし、下手をすれば、それ以上のものを得ようとするかもしれない。……うん、色々と、ね……。
それに、もしお金で片が付くとしても、それはやりたくない。
書類に記載されている金額は架空のものであって、あの2代目の院長が実際に受け取った金額よりずっと多いだろう。それに、儲かりそうだと思えば、違約金やら迷惑料やら、色々と追加してくるのは間違いないし。
そうなると、そのお金で、またどこかの孤児院から子供を買うだろう。儲かったお金で、今度はふたり、3人と……。
なので、それらを阻止すべく、ここは先人の例に 倣(なら) うことにした。
……うん、ミーネがやったという方法を、全面採用することにしたのである。
* *
「イリー……」
「え?」
倉庫で品出しの仕事をしていた10歳の少女イリーは、耳元で自分の名を呼ばれたような気がしたが、ふるふると首を振った。
「何か、ミーネに呼ばれたような気がしたけど、気のせいか……。
私は騙されてこんなところへ来ちゃったけど、あの子は孤児院で無事に過ごしているかなぁ。
せっかく養子に貰われて普通の生活ができると思っていたのに、審査の目を潜り抜けてのこんな詐欺に引っ掛かるなんて、運がないよねぇ、私……。新しい両親に、一生懸命恩返しをするつもりだったんだけどなぁ……。
でも、 新院長(おじさん) も、そうそう何度も騙されることはないだろうから、私以外の貰われていった子は、みんな養子に行った先で幸せに暮らしているんだろうなぁ。
……私も、準備が調ったらこんなところ逃げ出して、孤児院に戻るわよ。そして、詐欺のことを 新院長(おじさん) に知らせなきゃ……。
院長先生(おとうさん) の 薫陶(くんとう) を受けて育った私達を、甘く見ないで欲しいわね……」
倉庫には他の者はいないので、声に出して呟いても問題はない。そう、ひとりで仕事をしていると、 独(ひと) り 言(ごと) が多くなるのは仕方ないことなのである。
勿論、扉が開かれる音がしたり、光が差し込んで明るくなったりすれば、すぐに口を 噤(つぐ) む。
「まぁ、もう 暫(しばら) くは、 雌伏(しふく) していなきゃね。慎重に準備を調えて、その後は、孤児院に。そして、またみんなと一緒に……」
「ざ~んねん、孤児院は、もうないんだよねぇ……」
「ぎゃあああああ!!」
ばっ、とその場から飛び 退(すさ) るイリー。
自分以外は誰もいないはずの倉庫。
扉が開く音も倉庫内の明るさの変化もなかったことから、誰かが入ってきたはずはない。
なのに、薄暗い倉庫の中で、自分の耳元で囁かれた言葉。
しかしイリーの頭の中は、恐怖よりも先に、危機感に埋め尽くされた。
(聞かれた!!)
イリーは既に10歳である。他には誰もいない倉庫の中で、密かに忍び込んだ男に何かをされる、という可能性については、勿論知っている。しかし今のイリーにとっては、そんなことよりも、先程の自分の独り言を聞かれたという可能性の方が、より最悪の事態であった。
そして、襲われた時のためにいつも懐に入れている木串を取り出して強く握り締め、目を細めて薄暗い倉庫の中を見回した。腰をやや落としての、臨戦態勢である。
最早(もはや) 、余計な言葉は発さない。
こうなったら、殺るか殺られるか……。
「待った! 待った待った待ったあぁ! 私だよ、イリー! ミーネだよっ!!」
「……ミー……、ネ……?」
しかし、焦ったようなその言葉を聞いても、イリーが臨戦態勢を解く様子はなかった。
そう、確証もないのに相手の言葉を信じるのは、三流がすることである。
孤児院で、 院長先生(おとうさん) から、そう教わった。
「あ~、もう……。レイコ様、魔法を解いてください!」
「はいよ!」
ぽんっ!
そして、イリーのすぐ近くに3つの人影が現れた。
「ミーネ!」
小さくそう叫んで、ミーネに飛び付こうとしたイリー。
「ぎゃあ!」
そして、乙女らしからぬ悲鳴を上げて、慌てて飛び退るミーネ。
無理もない。飛び付こうとしたイリーは、その手に木串をしっかりと握り締めたままだったので、そのまま抱き付かれれば、それがぐっさりとミーネに突き刺さってしまいそうだったので……。