作品タイトル不明
142 首都へ 1
到着しました、マスリウス伯爵家、首都邸。
先行してマリアルのために各部への根回しをしてくれていたマスリウス伯爵が迎えてくれて、みんなで邸の中へ。
先触れの者が先行していたから、ちゃんと 湯浴(ゆあ) みの用意がしてあり、マリアルはそのまま浴場へと案内された。
湯浴みの世話は伯爵家の使用人が務めようとしたが、これに、マリアルが大反対。結局、マリアルのお付きの者が務めることとなった。
……うん、私、ベル、レイエットちゃんのことだ。
あのまま伯爵邸の者に世話されると私達は湯浴みすることができないと思ったマリアルが、気を利かせたのである。
そりゃ、使用人に 賓客(ひんきゃく) 用の浴場を使わせる貴族はいないよねぇ……。
マリアルは、自分だけが湯浴みして、私達……というか、私がタオルを使って洗面器の水で身体を拭くだけ、というのがどうしても看過できなかったらしい。
……ま、そりゃそうか。
いくら主従を演じており、マリアルがかなりうまくなり切ってくれているとはいえ、私のことを女神様だと思っているマリアルが、そんなことに我慢できるはずがない。主従ごっこも、私がそれを『必要なことであり、神意である』と言ったからやっているのであり、だからこその本気の演技なのだから。
それで、私達に世話をさせる、という口実で、一緒に湯浴みができるように取り計らってくれた、というわけだ。……ベルとレイエットちゃんは、そのお 零(こぼ) れに 与(あずか) ったわけである。
正直言って、ありがたい。なので、喜んでマリアルの厚意を受けることにした。
……『女神様と一緒に湯浴み。くふ。くふふふふ……』という怪しい声は、聞こえなかったことにして。
フランセットは、護衛の騎士であるから、一緒に湯浴みするにはちょっと無理がある。悪いけど、今回はハブらせて貰おう。別に、悪気はないんだ、仕方ないんだよ、うん。
……湯浴みについては、話したくない。
マリアルとは、もう二度と一緒に湯浴みしない。
* *
湯浴みの後、マスリウス伯爵と作戦会議。
メンバーは、伯爵、伯爵の部下ふたり、マリアル、私、ベル、レイエットちゃん。
ベルは私の護衛としてくっついているだけ、レイエットちゃんはひとりにしておけないから一緒にいるだけで、事実上は無関係。
伯爵は、私達3人が同席していることに、怪訝な表情。
当たり前だ。百歩譲って、 侍女(レディースメイド) の私はいいとしても、 子守り(ナース) メイドのベル、そして子守られメイドのレイエットちゃんが同席している意味が分からないだろう。作戦会議に護衛の者が同席するのは不自然だからと、フランセットとロランド、エミールを外した意味が殆どない。
ま、あまりこっち側の人数が多いのもアレだから、あの3人を外したのは仕方ないけれど。
「……ん? その者は……」
ありゃ、伯爵、私のことに気付いた?
「あ、はい、マリ……レイフェル子爵家でお会いしたことがございます」
やべぇ、『マリアルのところで』って言いそうになったよ!
でも、レイフェル子爵家の使用人達は皆、マリアルのことをただ『お嬢様』と呼ぶだけでなく、『マリアル様』、『マリアルお嬢様』とか呼ぶ時もあったから、問題ないだろう。ついいつものように呼びそうになって、他家にいることに気付いて慌てて言い直した、とでも思ってくれるだろう。
「あの後、この子の優れた知恵に目を付けて、 侍女(レディースメイド) として雇用致しました。色々と役に立ってくれています」
マリアルがそう言ってフォローしてくれ、伯爵はどうやら納得してくれたらしい。
「ふむ、何と言ったかな、確か、た、たん……」
「真実を探し、 偵(さぐ) る者。『探偵』、でございます」
真実は、いつも今ひとつ!
そしてその後、作戦会議が始まった。
伯爵が私のことに気付き、そしてマリアルがうまくフォローしてくれたおかげで、私はただマリアルの身の回りの世話をするだけの普通の 侍女(レディースメイド) ではなく、マリアルの参謀役のようなものも兼ねていると認識されたため、暗黙の了解として、私にも会議の内容に口を出す権利が認められた……、と思う。雰囲気的に、何となく。
よし、思わぬ幸運だったぞ!
そして、会議の内容は……。
伯爵の話によると、マリアルを王都へ呼び出した『派閥の長』とやらは、完全に舞い上がってしまっているらしい。
国王を実質的なトップとした王族派、商業ギルドをバックにつけた商人派、神殿に取り入った宗教派、その他様々な派閥があるこの国の政財界で、今ひとつ目立たない、中堅の派閥。それが、マスリウス伯爵が、つまりレイフェル子爵家が所属している派閥であった。
その派閥の長が、自分の配下の貴族家から『女神の御寵愛を受けし、 愛(いと) し子』を出したというのだから、大変である。これを足掛かりにして勢力を伸ばし、あわよくば最大派閥に、と、鼻息が荒いらしい。……あ~ぁ。
そういうわけで、マリアルを広告塔に仕立てて勢力を伸ばすべく、色々なことを企んで……、いやいや、『企画して』いるらしい。
そりゃ、大昔にたまたま王様になった者の子孫だというだけで、別に奇跡が起こせたり女神様にコネがあったりするわけでもない普通の人間である王族や、女神の託宣を受けたわけでもない普通の人間である宗教家とかより、実際に奇跡を起こして見せた『女神の愛し子』の方が、ずっとアピールできるだろう。貴族達にも、神殿の者達にも、商人達にも、そして一般の人々にも……。
うん、そりゃ、 神輿(みこし) に担ぎ上げるわ。
「派閥の長であるセリドラーク侯爵は、マリアルを連れて神殿や商人達のところを廻り、職域を問わずに自分の派閥へ取り込もうとお考えだ。勿論、それらの者達と直接の交流がある下級貴族、中級貴族達を含めてな……」
当然の攻め方だよねぇ、『 途轍(とてつ) もなく強力な武器を手に入れた者』の行動としては。
「そして勿論、他の派閥は、マリアルを自分達の派閥に取り込もうとしておる。あの手この手でな。
場合によっては、儂ごと取り込むつもりらしいぞ、ははは……」
そう言って、力なく笑う伯爵。
おそらく、他の派閥の者達は、マスリウス伯爵家とレイフェル子爵家の関係が、ただの寄親、寄子という政治的、権力的な上下関係のみであり、そして代替わりしたばかりであるマリアルは寄親であるマスリウス伯爵家に対する心からの忠誠心は殆どない、とでも考えているのであろう。
そう、よもや、幼少の頃から可愛がられ、最初から強固な信頼と忠誠心を抱いているなどとは、思いもしていないのだろう。
そして、伯爵家ごと抱き込むという案については、伯爵が今の派閥の中でどのような地位を占め、そしてどのような事情でその派閥に所属するようになったのか等、深い事情を知らない限り、何とも言えない。
……ただ、先程の、伯爵の力ない笑いからは、伯爵が派閥を変える可能性は無さそうであった。
「そして、貴族の各派閥だけではなく、王宮や神殿はマリアルを直接自分達が取り込もうとしておるし、商人共は、マリアルの名を商売に利用しようと考えて、直接接触しようと必死らしい。
儂は、マリアルが派閥の長、セリドラーク侯爵に会う時には、寄親として、そして後見人として同席するが、その後の、侯爵がマリアルをあちこちへ連れ回す時には同行できん。その時に、おかしな約束や言質を取られぬよう……」
「私達がサポートする、というわけですね?」
「うむ、頼んだぞ。そして特に、縁談とか、領地の運営資金援助とか、巫女になれとか、王宮のパーティーに出席しろとか、縁談とかの話には、決して乗らないよう注意してくれ」
そう言って、私達に念を押す伯爵。
……しかし、『縁談』というのを2度言ったのは、何故?
大事なことなので2度言いました、ってやつかな?