作品タイトル不明
5.良いようにされる気はない
「メルンシアが誘拐された……?」
ちょっと、いえ、にわかには信じにくい。
ミリアが鋭く玄関扉を見つめながら、私に聞いてくる。
「……どうする?姉様」
どうする?
この場合、選択肢はふたつだ。
出ていって、釈明するか。
あるいは──
「ぶちのめす?」
「はっ……」
私とアシェルの声がハモった。恐らく、驚きで。
「向こうは、十人もいないみたい。私とアシェルのふたりでなら、蹴散らせるわ!」
ミリアは腕まくりをして答えた。
意気揚々と武力行使しようとする妹に、私は額に手を当てる。
「そんなことしたら、罪を認めたも同然になるわ。戦闘はしない。それより今は──」
私は玄関扉に視線を向けた。
(本当にメルンシアは誘拐されたの?
誘拐されたのなら、犯人の意図は?
どうして、今?)
扉の向こうに控えているのは、衛兵だろうか。
メルンシアの誘拐事件、と、くればネイサンは間違いなく、権力を行使して近衛騎士を動かしているだろう。
もし、そうなら──。
ネイサンが近衛騎士を動かしているのなら。
ネイサンの命を受けた彼らは私の話なんて、聞かないはずだ。
彼らが命じられているのは私の捕縛だけだろうから。
そこまで考えて、私は顔を上げる。
そして、ふたりに宣言するように言った。
「…………逃げましょう!」
「やっぱ、そうだよね。そうすると思ってた」
既に脱出の準備を整え始めていたアシェルが答える。手には、鞘から抜かれた短剣がある。武器の確認を行っていたらしかった。
(彼らはまだ私が在宅だと気がついていないわ)
それなら、勝機はある。
ドンドン!ドンドン!!……と扉を叩く音がだんだんと激しくなってくる。
今にも壊れそうである。もう少し優しくして欲しい。この家、この前買ったばかりの新居なのよ!?
壊されたら弁償して欲しい。
「とはいえ、これでネイサンの手の者だとわかったわ」
小さく私は零した。
いくらお父様と関係が悪化しているといえど、私はれっきとしたローレンシア公爵家の娘。
公爵令嬢にここまで強気に出られるのは──王家の手のものしか、考えられない。
王家は私を犯罪者に仕立てあげるつもりのようだ。
(ミリアは生贄にして、私は牢獄に送るつもり?)
婚約解消を求めた腹いせに?
(それ、逆ギレって言うのではなくって?)
私は、自分の命が消費されることを拒んだ。
国のために死ねと言われて、断ったらこの仕打ちよ?
どこまでこの国は……いいえ。
ネロワローの王家は、腐っているのだろうか。
怒り、というよりも、悔しかった。
ここまでコケにされたことが。
今頃、ネイサンはざまぁみろと思っているのだろう。国家権力に逆らったからこうなったんだぞ、とくらいのことは思っているのかもしれない。
(王政のこの国では、王家がルール。絶対的君主だと言われようとも)
それに従おうとは思わない。
良いようにされる気は、なかった。
手は抜かないわ。
向こうがその気なら。
「……とことんやってやろうじゃない?」
私は手早く、チェストから手持ちの魔道具を取り出した。
「この後、城に向かうわ。そのまま地下に入って、魔道具を確認。記録を確認して問題なければ、祭壇を破壊する。その方向で行くわ」
私の宣言に、ふたりは目を瞬いた。
「……そうね。姉様、私も一緒に行くわ!」
「それしかないよね」
ミリアとアシェルがそれぞれ同意する。
双子を巻き込むことは不本意だけど、もうこうなってしまったら、そんなこともいっていられない。
このままローレンシア公爵邸に戻っても、ふたりは厳しい事情聴取を受けることだろう。
私の罪を確定させるために、自白を強要される可能性だってある。
ふと、その時お父様は今どうしているのか気になってしまった。
もしかしてもう、王城に連れていかれてしまったのかしら?
あのお父様のことだ。
私が本当にメルンシア誘拐事件に関わっているか、そもそも首謀者なのかどうかよりも、双子のことを気にするだろう。
(お父様の考えからして──)
私が首謀者だと認めて双子の情状酌量を求めるか、知らぬ存ぜぬで通すか。
どちらにせよ、やはり双子は公爵邸には帰さない方が良さそうだった。
私は手持ちのポーチに入るだけの魔石を、中に入れる。
入り切らなかったものは、魔力に変換しておく。
「急いで、姉さん、ミリア!このままだと、扉が破壊される!」
そこで、アシェルが私とミリアを呼んだ。
ミリアは地下に潜るために、だろう。
ショールを取りに行って戻ってきたところらしかった。
アシェルは地下への隠し通路を開けている。
隠し通路への扉はいつも、テーブルの下のカーペットに隠されていた。
テーブルはズラされ、カーペットは捲られ、扉の鍵は解錠され。
ぽっかり空いた穴の下には、地下に続く階段が続いていた。
真っ暗なので、地下に降りる時は魔力灯の携帯が必須だ。
「行きましょう、姉様!」
「……ええ!」
ミリアの言葉に頷いたその直後のことだった。
重たいものを玄関扉にぶつける音が聞こえてきた。