軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

信用するのか、しないのか、それとも猫にビビるか

身分が高いうえにこんな見た目なので、アルマと虫の見分けがつかない天上人である可能性も考えていたが、ジグルドはアルマと会話する気があるように見える。

結婚したばかりの夫をそう評して、アルマは本題を持ち出す。

「祈祷の計画を立てたいので、外出許可と、土地の情報が欲しいのですが」

ジグルドの表情が少し固くなった、気がした。微々たる変化なので確証はない。

「聞いている。何の情報が必要なんだ」

「基本的な地理情報と、植生、天候、過去の自然災害の記録。領の食糧事情と主要作物の作付け状況。最低これくらいです。できれば詳細な地図が欲しいです。

場合によっては費用がかかる場合もあるし、優先したい場所もあるでしょうから、そういう相談のできる相手も欲しいです」

「祈祷に、費用がかかるとはどういうことだ」

「祈祷するべき場所に、わたしひとりで徒歩で行くならかかりません。適切な場所が魔獣の縄張りの中であれば小隊か傭兵をつけていただかないと辿り着けませんし、断崖の向こう側であれば橋をかけていただく必要があります。

大抵は価値ある支出と判断されますが、ウィンターハーンにはウィンターハーンの事情があるでしょうから、それが分からなければ計画は立てられません」

アルマの目をじっと見て、ジグルドは言う。

「領に迎えた祈祷師が、そんな事を言うという話は聞いたことがない」

それはそうだろう。

各地に派遣される祈祷師は、ある程度経験を積んだ中年の女が多い。アルマですらまだ派遣されたことはない。若くして嫁いでいくような祈祷師たちは、中央神殿での祈祷しかしたことがない。

普通の若い女の子は忙しい。アルマのように小銭を稼ぐために神官の下請けをしたり、そのための勉強ばかりしたりしている暇はないのだ。

「………難しければ結構です。領都の神殿への外出許可のみください。神殿は、一般的に、その土地で祈祷に適した場所に建っています。神殿だけでもある程度は効果が見込めます」

美しい顔の眉間に深い皺ができる。

「………昨日今日やってきた人間に、領の内情を曝け出せと言うのか」

「ですから、難しければ結構です」

「…………………。それは、そんなに差が出るものか」

「それは作物の収穫量の話ですか?」

「それ以外に何かあるか。魔獣の数か? 祈祷とは、収穫を増やし、魔獣を減らし、病を減らすものだろう」

「違います。祈祷は、土地の霊脈を整えるものです」

「だからそれは……そういうものなんじゃないのか?」

「そういう効果を狙って計画が立てられることが多いです。

幸い、わたしはこの土地に合っている気がします。二十年も放棄されていたので、手当たり次第の祈祷でもそれなりの改善が期待できます」

「情報がなければ、元の状態に戻るのにどれくらいかかる」

「それは予測のできるものではありません。二十年かけて悪くなったなら、二十年かかるかもしれません」

祈祷は物語に出てくる魔法のような力ではない。霊脈を整え、少しずつ霊流を変えていくことしかできない。アルマひとりが最善の祈祷をしても、ウィンターハーンが元に戻るのは早くて十年後くらいだろう。神殿で習慣的に祈祷するだけなら、下手をすると元には戻らない。

二十年という単語にジグルドがぐっと息を呑むのが分かった。

「それは、………」

考え込むように黙ってしまったジグルドは、何度もアルマを睨んでは視線を外すことを繰り返した。

イラッとする。

こっちだって遠くから連れて来られて、神殿であっさり祈祷するだけでも良いのに、わざわざ面倒な計画を立てようと申し出ている。

祈祷に全力であたるのはアルマの主義であってジグルドのためではないので感謝しろとまでは言わないが、あからさまに疑わしい目を向けられる筋合いはないはずだ。

何度目かのジグルドの視線を捕まえる。

「シャ――――――!!」

「!?」

突然威嚇音を出したアルマにジグルドがびくりと身を引いた。綺麗な灰色の目を丸くしている。

「………………何の真似だ」

「イラッとした猫の真似です」

ふんっと鼻で息をしてアルマはジグルドを見返す。

「わたしを信用できないなら結構と申し上げています。

閣下にあるのは、信じるか、信じないか、一旦保留にするかの三択でしょう。無駄に睨むのは、怖いのでやめてほしいです」

「………睨んでなどいないし、………怖がっている人間の態度ではなくないか………?」

少し困ったように眉を下げたジグルドは、アルマから視線を外し、右手で額を押さえる。

眉間の皺を深くして瞼を閉じる。再び開いた灰色の目をアルマに向けて、低く、厳かに声を発した。

「アルマ・ウィンターハーン」

初めて呼ばれたフルネーム。違和感しかないその響きは、自分ではない誰かのものとしか思えない。

「………はい」

この呼び名に返事をすることも、初めてのことだ。

「この名を得た瞬間から、あなたはこの領の民であり、この領の主である私の妻であり、この領のためだけの祈祷師だ」

「はい」

「ウィンターハーンを裏切ることがあれば、私の剣の露と消える覚悟をしろ」

「……はい。裏切るときは、そのつもりで裏切ることにします」

「―――そこは、裏切らないと言えないのか……」

「まだそこまでの信頼関係はありません。監視を続けていただいて結構です」

ジグルドは諦めたように溜め息をつく。

「要求された事項についてまとめさせる。相談役については少し時間をくれ」

アルマはぱっと笑顔になった。

これから一緒に過ごす相手がとりあえず自分を信用してくれるのは、普通に嬉しい。

「ありがとうございます。明日は神殿に行っていいですか」

「よろしく頼む。

視察がなければ、到着した翌日に色々と話し合うはずだった。不自由をかけた」

「いえ、不自由はありませんでした。良い部屋だし、ご飯もお風呂も貰えるし、マークにはとても世話になりました」

「部屋については、特に希望がなければ移動してもらう。祈祷に必要でないなら、私の妻の部屋はあそこではない」

ええ? 面倒くさい……荷物少ないからいいけど。

「ところで、何故メイドのお仕着せを着ている」

「イゾルデ様が下さいました」

「………お祖母様が?」

「閣下に頂いたドレスを全部売っぱらったので他に着るものがないと言ったら、新しいメイド服があると譲ってくださいました」

「……明日、仕立て屋を呼ぶ。新しいドレスができるまで、城にあるものを直させるのでそれを着てくれ」

「えっ? この服で十分です!」

「だめだ」

「でも、可愛いし、動きやすい……」

ジグルドの贈ってくれたドレスは可愛かったけど、動きにくいし、汚せないので気疲れする。

「だめだ。その姿ではメイドと見間違える」

「べつに、かまいません」

「あなたが構わなくても、周りが混乱するし、領主の妻にそぐわない」

「あぁー………」

あぁ、そうか。間違えた人が気に病んだり、わたしが頼まれた仕事をできなかったりするからか。

「…………あぁぁ〜……………」

毎日、着るのか。汚せない服を。

祈祷師の制服はリラックス重視のフリーサイズだった。十年以上その制服か夜着しか着ていなかったアルマは、初めてドレスを着て、人並みにときめいて、一時間で嫌になった。

そりゃ、綺麗で可愛くて、見てるだけならウキウキするけど。そもそも似合わないのに。

嘆きながらテーブルに沈むアルマに、ジグルドが首を傾げる。

「そんなに、メイドのお仕着せがいいのか」

「可愛いし、動きやすい、締め付けない、汚しても大丈夫なところが、とても良かった……」

ジグルドは指で顎を摘んで言う。

「…………分かった。あなたの生活が急に様変わりしたのはこちらの都合だ。

イェンスに何か考えるよう言っておく。

あなたもいずれ慣れる努力をしてほしい」

「………ほんとですか? ありがとうございます」

閣下、良い人じゃないか。

マークの戯言を、もうちょい真面目に聞いてあげてもよかったかもしれない。