軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

★コミカライズ連載開始記念★結婚時代番外編 子どもになっちゃった! 後編

私達の不在が騒ぎにならないようにブルック公爵家の執事に手紙を書いた。

湖の方を散策中にボート遊びをしていたルドラン子爵夫妻にバッタリ出会ったのでそのままルドラン子爵家に来ている。帰りは数日先になるかもしれないと。

かなり無理な内容だが、シライヤの筆跡の手紙があっては騎士団に相談しにいくこともないだろう。

それも数日ならばの話だが。今は一刻も早く大人の姿に戻れることを祈るしかない。

シライヤと私の子供服はすぐに沢山集まった。仕立屋に新しく注文した服もあるが、試作品として作った物を譲って貰ったり親戚から分けてもらった物で何日も着回せそうなくらいだ。

シライヤの服を選ぶのが楽しくて夢中で選んでしまった。

「シライヤの好みも聞かずにごめんなさい。貴方はどんな服が好きですか?」

一方的すぎただろうかと思い尋ねると、彼は「服ではないんだが……」と続ける。

「髪を染めるための染料があると聞いたことがある。もしそれが手に入るなら……。無理なら帽子で隠してもいいが……」

遠慮がちに言うシライヤにハッとする。学園で出会ったばかりの頃にも彼は髪を気にしていた。

私に婚約を断られた理由が髪の色のせいだと勘違いしていたのだから。

「貴方の銀髪が大好き」

早く誤解を解きたくて飾る言葉もなく衝動のまま言葉にしてしまった。

「え……? しかし貴女は……」

「一度だってシライヤの銀髪を悪く思ったことはありません。最初の婚約を断ったのは貴方のせいじゃない。木漏れ日に反射してキラキラと輝く銀髪が大好き。シライヤが心からその髪を染めたいと思うなら止めませんが、そうでないならその輝きを隣で見させてほしい」

驚いた顔を見せるシライヤだがすぐに口元が緩んで嬉しそうに微笑んでくれた。

「そうか、大人の俺達はそんなことも解決済みか……。夢のように幸せな未来だな」

その後は美味しい食事をして、馴染みの画家にスケッチをいくつか描いてもらった。

ちなみに私達は親戚の子どもが遊びにきたという設定になっている。私の幼い頃の姿を知る使用人も多いので驚いて目をこらす者もいたが、親戚だからよく似ているのだと納得していた。

家族四人で乗馬をしたり、ダンスをしたり、本を読んだり、明日は舞台を観に行こうと約束をして、その日はとても充実した一日だった。

「これだけ楽しい一日なら、起きたら大人に戻っているかもしれませんね」

今夜眠るための客室に向かう途中、並んで歩いていたシライヤにそう声をかけた。

「……そうかな」

浮かない顔で答えるシライヤにまさかと思い言葉を返す。

「ごめんなさい、私ばかり楽しんでいましたか?」

「けしてそんなことは! とても楽しかった、こんなに楽しいのは初めてだった……」

「そうですか? それなら良かったのですが……、もし他にやりたいことがあれば遠慮無く言ってくださいね」

「ありがとう……」

話しているうちに私の客室の前についた。シライヤは一つ先の部屋だ。せっかく夫婦になったのに、またシライヤと別の部屋で眠らなければならないのかと残念に思うが、今は仕方ないか。

「ではおやすみなさい、シライヤ。良い夢を」

「おやすみ、シンシア」

少し俯いているからだろうか。

そう言ったシライヤの目元には影が射していた。

◆◆◆

気持ち良く眠って次の日を迎えたが、残念ながら身体は子どものままだった。

まだ遊び足りないのか、期間イベントだなんて私の見当違いだったのか……。

その日はお父様が呼んでくださったお医者様に健康診断を受けてから舞台を観に行った。 演目はシライヤが見たがっていた私達をモデルにした恋愛物語だ。

ボックス席で前後に分かれシライヤと私は前の席に、両親は後ろの席に座った。

私は何度も観た舞台なので、シライヤがどんな反応をしてくれるのかを見守ることにした。

自分と境遇の似た登場人物が舞台にいるのが不思議なのか最初の方は熱心に観ていたシライヤだったが、そのうちウトウトと眠たげに頭を揺らして目を擦り始めた。

しっかりとして大人っぽく見えるが、やはり子どもだったのかと微笑ましく眺めていると彼はおもむろに自分の手を強くつねる。

そこまですることないのにと慌てて手を伸ばして止めさせると、シライヤは驚いてこちらを見た。頬が赤くなってとても可愛い。

そんなやり取りをしていると後ろの席からお父様が小さく声をかけてくる。

「無理をしなくていいんだよ。私の膝に乗るかい? そのまま眠ってしまってもかまわないからね」

優しくそう言うお父様に、私も幼い頃はいつもそうして貰っていたなと懐かしく暖かい気持ちになったがシライヤは真逆のように顔を青くしてしまう。

「そこまでしてもらう訳には……っ。身体は大きい方ですから、俺を乗せたら膝を痛めてしまいます」

「膝なら乗馬で鍛えているからね、今のシライヤくらいなら平気さ。それに愛しい息子を膝に乗せられるなんて幸せなことだからね」

「愛しい……息子……」

シライヤの顔に赤みが戻る。お父様の愛情が伝わったのだろう。それでも彼は小さく「ですが、申し訳ないので……」と続けた。

「もっとわがままを言っていいのですよ。せっかく今は子どもなんですから」

そう言うと、シライヤはまだ重ねられている私の手を取り直す。

「それなら……、このままでもいいかな? シンシアの手を握っていると胸がうるさくて、とても眠ってなんていられないから」

「あら、それは光栄ですね。ぜひそうしてください」

こちらが嬉しくなってしまうような甘えにときめきながら、シライヤと手を繋いだまま舞台を鑑賞した。

演目を全て見終わり劇場を出る頃にはシライヤはとても感激して興奮した声を出す。

「とても素晴らしかった! あれが俺の未来だなんて信じられないくらいだが、シンシアのことは信じられるよ。貴女があれだけ素敵な女性に成長するのは確実だからな……っ」

私と両親はそれを聞いて顔を見合わせてから笑った。

「な、なんだ? 何かおかしなことを言っただろうか……」

「ごめんなさい、大人の貴方の感想とまったく違うのでおかしくて」

「え? 大人の俺も喜んだんじゃないのか?」

「あんなに素晴らしく演じてくださっているのに、大人のシライヤが言うには私の魅力の表現が足りないそうで。納得できないと楽屋に乗り込もうとしたりして、私達で慌てて止めて屋敷まで連れ帰ったんですから」

「そうなのか、大人の俺が迷惑をかけてすまない。……あぁ、だけど、そうだな、きっとシンシアは舞台の上の登場人物よりずっと素敵な女性になるのだろうな」

気まずそうに顔をしかめたシライヤだったが、すぐに期待と幸福に満ちたような微笑みで私を熱心に見つめてくれた。

「ふふ、どうでしょうか? 大人に戻れば確認できますよ」

「……っ、そうだな」

せっかく嬉しそうにしてくれたのに、彼の顔色がまた青くなった気がした。

◆◆◆

その日も思いつく限りの楽しい遊びをして過ごしたのだが、夕食の後にボードゲームをしているとシライヤが再び眠たそうに頭をカクカクと揺らし始めた。

彼の肩を支えるように後ろから優しく持ったお母様が声をかける。

「少し早いけれど寝ましょうか。子どもはよく眠らないとね」

ハッと目を覚ましたシライヤは何か焦るように答えた。

「だ、大丈夫です! ゲームを続けましょう!」

「続きはまた明日。明日はボードゲームの続きをして……、そうだわ、ピアノの弾き方を教えましょう! きっと楽しいわよ」

そう言うお母様の隣にお父様が並ぶ。

「明日は私も馬術を教えたいと思っていたんだよ。これは忙しくなりそうだね、今日は早めに眠って備えるとしよう」

二人からそう言われて言葉を詰まらせたシライヤは最終的に「……はい」と小さく承諾していた。

ゲームが楽しすぎて眠ってしまうのがもったいないのだろうか?

◆◆◆

私も客室に戻って眠るための服に着替えた。

眠っている間に身体が大きくなっては大変なので、私もシライヤも大人用の物を着ている。

動きづらいが、眠るだけなら問題はない。そのままベッドに潜り込んだが……。

「早すぎて眠れないかも……」

早々にベッドから抜け出してしまった。

本を読もうかと思ったがランプの灯り一つで読む気にもなれず、クローゼットを開けてみたり鏡で子どもの自分を眺めたりと部屋を歩き回って最後にカーテンを開けて窓の外を覗いた。

月明かりに照らされる庭園を端から端まで眺めていると水やり用の井戸に人影があるのに気がついた。

「……シライヤ?」

輝く銀髪ですぐに人影の正体に見当がついた。しかしシライヤはあんなところで何を?

不思議に思い見つめていると、彼は井戸から水を汲みそれを――頭から被った。

「そんな……っ!?」

驚き慌てて部屋を出た。大きくて足元にまとわりつく寝間着をたくし上げ、できる限り早くシライヤの所へと向かう。

「何をしているんですか、シライヤ!」

まだ井戸の近くにいるシライヤに叫ぶと彼は驚いて振り向く。手に持っているバケツから衝撃で水が跳ねた。もう一度やるつもりだったのか。

「風邪をひいたらどうするのです!」

「これは、その……っ」

彼はごまかすように言葉を紡ぎながらバケツを井戸の近くに置く。

「すぐに屋敷に戻りますよ。使用人はまだ起きているかしら。お湯が無理でも着替えてベッドに入れば暖まるかも……」

シライヤの手を取って屋敷に戻ろうとしたが逃げるように手が引き抜かれる。彼の手を取って拒絶されるなんて初めてだった。

「シライヤ?」

「すまない……、だが……眠りたくないんだ」

「眠りたくないって……、まさか昨夜も眠っていないのですか?」

彼は答える代わりに口を引き結ぶ。つまりそういうことだろう。

「どうしてです? 眠らないなんて身体に良くないことは分かっていますよね。水まで被るなんて」

「終わってしまうかもしれないから……」

庭園を囲む木々が不安げにざわめいた。

雲が途切れたのか、シライヤに直接青白い月光が降り注ぎ彼の頬に新しく水滴が流れたのが分かる。井戸の水なのか、それとも……。

「眠ったらきっと終わってしまう。幸せなこの夢が終わって、目を覚ましたら俺はあの屋根裏部屋に戻っていて、孤独に耐えきれずに俺が作り出した妄想の世界だったんだと突きつけられる」

「妄想なんかじゃないっ、これは現実ですっ」

「その言葉も俺が願っているから……、ルドラン子爵家の一人娘に選んで貰えたら幸せになれたかもしれないと俺が強く願ったから、こんな都合のいい理想の家族を妄想して……っ、夢にまで見て……っ!」

「違う、そうじゃないっ、夢じゃありません! シライヤ、お願いだからちゃんと聞いて!」

「こんなに幸せな夢なら覚めたくない、このまま夢の世界で終わってしまいたい!」

シライヤの手が再びバケツに伸びる。

「だめ……!」

言葉ではきっと止められない。

衝動的にシライヤに強く抱きついた。その瞬間痛いほどに冷たい水が全身に降りかかる。

すっかり冷えてしまったシライヤの身体を抱き寄せて、まだ温かさが残る自分の体温を少しでも分けられるように隙間なく身体を寄せた。

「シライヤに感じるこの愛が、夢や妄想なんかであるはずがない」

震える息づかいが聞こえ、しばらくの間二人で冷たい風に耐える。やがてシライヤの手が私の背に回されて、弱々しい囁きが聞こえた。

「これが現実なら……、貴女が風邪を引いてしまうじゃないか……」

今なら言葉が届く気がして、私も囁くように言葉を返した。

「貴方もですよ。……さぁ、屋敷に戻りましょう」

今度は手を取っても逃げられなかった。びしょ濡れのまま屋敷に入って迷わず進む私にシライヤが困惑した声をかける。

「シンシア? どこに向かっているんだ?」

「悪いことをした子どもは親に叱られなければいけません」

「まさか、子爵夫妻を起こしにいくのか? 俺の勝手な行動でお二人の眠りを妨げるのは申し訳ない。お叱りが必要なら明日受けるから……」

「これがシライヤに都合のいい夢ならば、今夜両親に叱られることはないかもしれませんね」

「う……」

返す言葉がないのか小さな呻きだけが聞こえた。いつもならフォローの言葉くらいかけるところだが、今日はそうしない。私だって怒っているのだ。少しくらいは困らせてもいいだろう。

両親の部屋の前に辿り着き扉をノックするが返事はない。そのまま入室して部屋の奥にある寝室の扉に再度ノックした。

「私です。お話があるのですが、いいですか?」

大きく声をかけたが、もしそれでも起きないのなら諦めようと思った。しかし両親は驚いたように「シンシア?」と言って小走りに足音をさせてすぐに扉を開いてくれる。

「どうし――、まぁ! びしょ濡れじゃないの!」

「大変だ、風邪を引いてしまうじゃないか!」

両親はすぐに手近にあるガウンやスカーフで私達を包んで水分を取るようにゴシゴシと擦った。

「シライヤと急に水遊びがしたくなって、井戸で遊んでしまいました。ごめんなさい」

「シンシア!?」

話が違うとシライヤが驚いた声を上げさらに続けようとしたが、その前に両親から叱責が飛ぶ。

「自分の身体を大切にできないなんて、いけない子達ね! 着替えを用意するまでこの毛布にくるまりなさい」

「無茶なことをしたものだね。しっかり言い聞かせなくてはならないが、私はお湯を用意しよう」

そこからは怒濤だった。お母様にお説教を受けながら身体を拭かれ着替えをすませ、お父様の用意してくれたお湯に足を浸からせて新しい毛布でグルグル巻きにされ、またお説教を受けて……。シライヤが自分のせいだと言おうとするので様々な手を使って阻止し、身体が温まってくる頃には彼と揃って両親のベッドに連れて行かれた。

「いけないことをしないように、今夜は隣で見張っていますからね」

「二人とも大人しく眠るんだよ。いいね」

シライヤの隣には父が、私の隣には母が横になり、暖かいキルトがかけられた。

「四人で眠るのですか?」

シライヤの驚いた声が室内に響く。

「家族の温もりを感じながら眠れば、シライヤの不安もきっと和らぎますよ」

キルトの中で手を繋いで声をかけると、お父様とお母様も順にシライヤに声をかける。

「おや、シライヤは不安なことがあるのかい? 大丈夫だよ、私達が必ず力になるからね」

「不安を消すためにこんな時間まで遊んでいたの? 無茶をする前に私達に相談してちょうだいね。貴方は大事な息子なんですから」

両親に優しい言葉をかけられ、頭を撫でられ、暗い部屋なのにシライヤが頬を赤くしているのが分かる。

「……ありがとうございます」

恥ずかしそうに小さく紡がれた言葉に不安の色は感じられない。

シライヤの手が温かくなるのを感じた。

「信じて。大人になってもずっとそばにいます」

「ありがとう……、シンシア」

「さあ二人とも、今夜はもうやり残したことはないね? 目を閉じて、おやすみ」

「私達の大事な子ども達。幸せな夢を見るのよ」

◆◆◆

いつの間に眠っていたのだろう。

可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえてゆっくり瞼を開ける。

暖かい日差しがカーテンの隙間から部屋に射し込んでいるのを感じながら、両手を天井に突き出した。そこにあるのは大人の手だ。

隣に視線を向ければ、大人のシライヤが上体を起こして考え込むように腕を組んでいた。

私が「おはよう、シライヤ」と声をかける前にシライヤが先に言葉を紡ぐ。

「思うんだが……、やはりあの舞台はシンシアの魅力を十分に伝えきれていないのではないか?」

大人に戻って最初に発する言葉がそれかとおかしくなって笑ってしまうと、両親もつられて目を覚ます。

ブルック公爵家の執事に「明日戻る」と連絡をして、その日は家族四人で予定通りボードゲームの続きをして、ピアノを弾いて、乗馬を楽しんだ。

ちなみにルドラン子爵家の使用人達は親戚の子どもが突然消え、私達がいきなり現れたことに驚いていたが朝早くに入れ替わるように来たのだと言ってごまかした。

その日の終わりに、子どもの身体の時に描き残してもらった白黒のスケッチをシライヤと眺めていると急に思い出したことがあって、小さくカットした別の紙に「シライヤを愛してる」と書いて私のスケッチの近くに置いた。

「これは……、絵のシンシアの言葉か?」

「そうですよ。遠い国ではこれを吹き出しと呼ぶのです」

「へえ……、じゃあ俺も」

シライヤも同じように小さくカットした紙に「俺も愛してるよ、シンシア」と書いて自身の絵の近くに置いた。

「ふふ、漫画のコマみたい」

「まんが?」

「こういう絵が沢山並んで物語になっている読み物のことですよ。プロの漫画はトーンと呼ばれる柄が張ってあったり、線でスピード感や感情を強調したりと、さらに表現が細かく面白いのです。読みたいですが……、この国では見かけませんね」

「そうか……、俺もいつか読んでみたいな。そうだ、舞台のように俺達をモデルにして、今度こそシンシアの魅力を十分に表現するように漫画を描いてもらうというのは――」

「もう、いい加減にしてください。舞台だってとても素敵に演じてくださってますよ」

「う……、すまない……、つい」

私に叱られて反省する可愛らしいシライヤを見ていると、私も彼の魅力を十分に表現して描かれた漫画を読みたくなった。

いつか漫画で読めるだろうか。

私達がハッピーエンドに辿り着くまでの愛しい物語を。

HAPPYEND