軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

★コミカライズ連載開始記念★結婚時代番外編 子どもになっちゃった! 中編

屋敷からの脱出に成功し、庭の草陰に隠れながら移動し続ける私達だがシライヤが困惑したように尋ねてくる。

「歩いて行くのか? かなり距離があるだろう。それに正門は警備がいるし、林の方を迂回するなら湖を越えなければ……。俺達の力だけで子爵家まで辿り着くのは不可能じゃないか?」

「それでしたら、すでに対策済みです。部屋を出る前に使用人宛に書き置きをしてきました。庭の赤い薔薇の半分を午後までにルドラン子爵家に運ぶようにと書いたので直に荷馬車が用意されルドラン子爵家に向かいます。その荷馬車にうまく潜り込みましょう。それから私達は軽食を持って長めの散歩に出るため寝室にいなくても慌てないようにとも書きました。すぐに屋敷が騒がしくなることもありません。落ち着いて行動しましょう」

「さすがだな。俺が公爵になるなんて信じられないが、貴女が公爵夫人に選ばれるのは理解できるよ。きっと不甲斐ない俺を助けてくれているのだろうな」

「あら、大人の貴方だってとっても頼りになる夫ですよ。けれど、私達が夫婦になったのは能力の有無ではなく、愛し合っていたから」

シライヤの小さな肩がきゅっと上がり、期待を込めた声で言葉が返ってくる。

「そ、そうなのか……?」

「そうですよ。婚約するまでトラブルはありましたが愛していたから乗り越えられました」

「そうか……、そんなに大事なことを覚えていなくてすまない」

嬉しそうにしていたのも束の間、肩を落として落ち込む彼に寄り添って顔を覗き込む。

「それなら、もう一度恋から始めましょうか?」

「えっ」

私に距離を詰められると真っ赤になって恥ずかしがるシライヤは私がよく知る彼そのもの。

「覚えていなくても恥ずかしがり屋なのは変わりませんね」

「なるほど、俺達がどんな夫婦だったのかよく分かったよ……」

「ふふふ」

そんなおかしくも愛しいやり取りをしながら、私達は荷馬車のある馬車庫まで辿り着く。

部屋の鍵を解錠したのと同じように持ってきた鍵の束から馬車庫の鍵を取り出して中へ入ると鍵をかけ直した。これで侵入者がいると気づかれない。

「荷物の量を考えると必ずこちらの荷馬車を使うはずです。中には備品用の箱がありますから、私達はその中に隠れましょう」

シライヤの手を借りながら荷馬車に乗り込んで奥にある備品の箱を開ける。子どもの身体なら二人でも十分隠れられそうだ。簡単に中を整理して先に入ってみせるがシライヤは困った顔で狼狽える。

「せ、狭くないか? こんなに狭いと、その、くっつかないと……」

「今は緊急事態ですから、しかたありませんよ」

「俺は荷馬車の屋根にでもしがみついておくから……」

「何を言ってるんですか。危ないから止めてください」

本気で言っているのか荷馬車の外に出ようと背を向けたのでシライヤの手を掴み止めさせる。

その時だ、馬車庫の鍵がガチャガチャと音を立てた。誰か来たのだろう。

「もう間に合いません……っ、早く……っ」

観念したシライヤが箱の中に入ったので中から蓋を閉じた。備品は外出先で使う物ばかりだ。めったなことがなければ箱を開けることはないはず。

二人で息を潜めていると外から使用人達の話し声が聞こえた。

「午後までに? ずいぶん急じゃないか。そんな指示は奥様らしくないが本当にそう書いてあるのかい?」

「書き置きには確かに書いてあるわ。奥様本人に確認したいけれど、旦那様とお散歩に出たらしいのよね。庭園にはいなかったから湖の方に行ったのかしら……。とにかく時間が無いから急いでちょうだい」

「へいへいっと。夫婦で朝から散歩たぁ相変わらず仲がいいねぇ」

「本当よね。お二人をモデルにしてるって言われている舞台観た? あれって本当なのかしら? とってもロマンチックだったわぁ」

使用人達の雑談を聞いていると、隣でシライヤが小さく「え……」と声を上げて慌てて口元を押さえていた。

私達の恋愛が舞台にまでなっているというのは驚いただろう。

「全て本当ではありませんが、似ているところもありますよ」

囁いて伝えるとシライヤは蓋の隙間から射し込む光の中で瞳を輝かせて私を見つめる。

「観劇してみたいな……」

それもいいかもしれない。子どもの頃のシライヤと、舞台を見て、話をして、二人の絵を描いて貰って。

もう一度最初からゆっくりと育むような恋をして。

「ねぇ、シライヤ。もしこのまま大人に戻れなくても、一緒にいましょうね」

シライヤの手を握ると彼も握り返してくれた。

「……約束する」

「名前呼んじゃいましたね。ごめんなさい」

「いいんだ。……呼んでほしい」

「じゃあ、私のことも呼んでください」

「……シンシア」

◆◆◆

赤い薔薇が積み込まれた荷馬車は無事にルドラン子爵家に到着した。隙をついて荷馬車から飛び降り、シライヤと一緒に庭園の方へと駆ける。

「ここからどうする?」

「お昼頃になると、お母様は必ず食堂の窓から花を眺めます。その時に気づいて貰えればきっと……っ」

ガゼボから食堂の窓を見上げると、今正にお母様が庭園の花を見ようとしているところだった。

しかし、私の胸に突然不安が満ちる。声をかけなければいけないのに、しゃがみ込んでガゼボの影に隠れてしまった。

「どうしたんだ?」

「覚悟できていませんでした」

「覚悟とは?」

「両親に、娘じゃないと言われる覚悟……。きっと信じてくれると思ってここまで来てしまったけれど、もし、信じてくれなかったら」

そんなの恐ろしい。一度だって両親に存在を否定されたことはなかった。愛情を感じない眼差しを向けられることはなかった。もしそんなことになったら、私はどう思うのだろう。怖い。

「いえ、でもやらないと。今は怖がっている場合じゃ――」

「わかるよ」

シライヤはそう言って私のそばに膝を降ろした。

「親に子どもとして扱って貰えないのは辛く、悲しく、孤独で、どうしようもない気持ちになってしまうよな」

彼自身がずっとそうやって悩んできたことを知っているから、言葉は私の不安に抵抗もなく入り込む。

「親のことは俺には解決できないが、少なくともシンシアが孤独を感じた時に隣にいることはできる。少しでも支えになるだろうか?」

支えになるどころか。

「シライヤが隣にいてくれるだけで、強くなれそう」

「それは……、さすがに持ち上げすぎだろう」

本当にそうなのだ。

私はシライヤに素晴らしい家族を作ってあげたい。家族愛を教えてあげたい。

自分の為だと思うと恐ろしいのに、彼の為だと思えば両親に一度や二度信じて貰えなくたって諦めずに説得しようと覚悟が決まる。

「よしっ」

小さく区切りをつける声を出しガゼボの影から飛び出した。

少し時間をかけてしまったから、お母様がいない可能性もあった。

しかしお母様は私の方を真っ直ぐ見ていた。それどころか、隣にはお父様もいる。窓は大きく開けられていて、お母様なんかはその窓から身を乗り出すようにしているから、私は思わず大きく叫ぶ。

「危ないです、お母様! 落ちてしまいますよ!」

両親はハッとしたように肩を跳ねさせて、窓を開けっぱなしにしたまま慌てたように部屋の奥に姿を消した。

「まずいな、驚かせてしまっただろうか。警備に捕まる前に逃げよう」

隣でシライヤがそう言うが、私は両親の表情を見て分かったのだ。

「いえ、待ちましょう。……信じてくれました」

「そうなのか?」

怪訝な顔で首を傾げたシライヤとガゼボで待っていると、両親はほどなくやってきた。階段を駆け下りてきてくれたのだろうか、肩を揺らして息を切らしている。

「シンシアなのね!」

私達が声をかけるよりも早くお母様が尋ねた。「そうです、お母様、お父様」と返事をして、隣にいるシライヤに「ね?」と微笑むと彼は「素敵な両親なんだな、うらやましいよ」と笑みを返す。

「今はシライヤの両親でもあるんですよ?」

「あぁ……、そうか。だが……」

実感が湧かないと戸惑う表情を見せるシライヤに、お父様が覗き込むように近づいた。

「まさか、シライヤなのかい? 二人ともどうしたというんだ。こんなに幼い姿になってしまって、苦しさや痛みはないだろうね?」

心配するお父様の手がシライヤの頬や頭を撫でると、彼は一度緊張したように肩をすくめてから恥ずかしそうに頬を染めて小さく「身体に問題はありません……」と答えた。

今のシライヤにとって〝親〟と呼べる人に、こんな風に心配されたのはきっと初めてのことだろう。

「とにかく二人とも入ってちょうだい。中で詳しい話を聞かせて」

◆◆◆

屋敷の一室で両親に一通りの経緯を説明した。といっても、私達もどうしてこんな状況になったのか分かっていないため、皆で首を傾げることになってしまったのだが。

「それにしても、すぐに私だと分かってくださったのですね。こんな状況信じられなくてもおかしくはないのに」

両親に言うと二人は顔を見合わせて「だってなぁ」「そうよねぇ」と言葉を合わせてから続けた。

「昼食の時間になっても庭園で遊んでいるシンシアを昨日のことのように思い出せるよ」

「あの窓からいつもシンシアを呼んでいたわね。懐かしくて今でも貴女の姿を探してしまうのよ」

「お母様が昼食の時に庭園を見るのって、そういう理由だったんですか……」

「そうよ、けれどこれからはシンシアの姿だけじゃなくて、シライヤの姿も探してしまいそうね」

私の隣で黙って話を聞いていたシライヤだが、急に自分の話題になって驚いたのかキュロットを強く握りながら「お、俺も……、ですか」と答える。

「大変な状況だと分かっているけれど、二人が子どもの頃から一緒にいる姿を見られるなんて嬉しくなってしまうわね。なんて可愛らしいのかしら」

「本当だね、シライヤの成長を見られなかったことを残念に思っていたから嬉しいよ。私達の息子と娘は愛らしいなぁ」

両親に揃って『可愛らしい』『愛らしい』と褒められ、嬉しくて背筋を伸ばす私とは対照的にシライヤは縮こまって背中を丸めた。受け止めきれない愛情に圧倒されながらも、それが確かな物なのか確認しようとする視線は必死に見える。

学園時代のシライヤも、私達に愛されることに戸惑ってよくこんな表情をしていた。

「私もこんな時に呑気だとは思うのですが、幼いシライヤを見られたのが嬉しくて。彼と子どもの頃のやり直しができたら……」

過去をやり直すなんて、まるでゲームのようだが。

――ゲーム?

そういえば、この世界と酷似したあの恋愛アプリゲームでこんなイベントがあったはず。

キャラクター達が全員幼い姿になってしまい子どもらしい騒動を起こす愛らしい期間イベント、その名も〝子どもになっちゃった!〟

推しキャラの可愛い子供時代を見られると人気のあったイベントだ。私もプレイしたはず。

三月三日のひな祭りから五月五日のこどもの日までならいつでも発生させることが可能で、クリア条件は……。

「思いっきり遊んで、満足して、眠る……」

ミニゲームをして期間限定衣装でおしゃれをしてフォトモードで写真を撮って思う存分遊び尽くしたら選択肢の一つに「やり残したことはない?」という言葉と共にベッドで眠るというコマンドが出現する。それを選んでキャラクターが眠ればイベントは終了だ。

「思いっきり遊んで、満足して、眠る?」

小さな声で呟いたはずだが隣にいたシライヤには聞こえていたようで言葉を繰り返された。

「いえ、あの……、分からないことを悩んでいても仕方有りませんし、せっかくなら子どものシライヤと思いっきり遊びたいななんて――。呑気すぎますかね……」

ごまかすように言うとすぐに両親が「いいじゃないか!」「いいわねぇ!」と賛同の声を上げる。

「まずは二人の服だな、すぐに仕立屋を呼ぼう!」

「シンシアのドレスなら昔の物が残っているわよ、すぐに持ってくるわ。二人はそれまで何をして遊ぶのか考えておいてちょうだいね!」

慌ただしく両親が部屋を出て行くのを見送ると、シライヤと二人きりになった。彼には話しておいたほうがいいかもしれない。

「上手く説明できないので先ほどはごまかしてしまいましたが、もしかしたら戻れるかもしれません」

「戻る……、大人にか?」

「はい、私達が思いっきり遊んで満足した状態で眠ればイベントが終了……、つまり大人に戻れるかもしれません。こんな話信じられないかもしれませんが……」

「いや、信じるよ」

そう言ってくれたシライヤだが、彼の表情は曇っていた。