軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝都地下、秘されし遺跡

扉が開くとまず、生暖かい風を感じた。

一歩、踏み入れる。その空間は薄暗かった。しかし感じるのは光……それも赤や緑、紫と多種多様な光の数々。

「なんだ……これは」

地下とは思えない、圧倒的な広さ。天井も遥か高い。だが驚くべきところはそこではなかった。薄暗い空間の中、浮かび上がる様々な色の正体。

「魔法陣なのか……?」

「はい。全て何かしらの意味を持っているかと。残念ながら、その全てが解明されている訳ではありませんが」

大小様々な紋様が輝く。その魔法陣が、壁や天井、あるいは空間に浮かんでいる。そこだけ見れば、発展した文明の施設だと思うだろう。だがそれと反するかのように、羊皮紙の本やレンガ、木製の構造物が見受けられる。

転生前の俺ならば、これらが何かわからなかっただろう。だが今の俺には分かる。魔法を知る俺には。

「いったい、いくつの魔法がこの空間にあるんだ……いや、それどころか 何(・) の(・) 魔(・) 法(・) な(・) の(・) か(・) すらわからない……」

怖気づく俺とは裏腹に、ダニエルは真っすぐ歩いていく。俺は慌てて、彼の後を追いかける。

魔法が分かる故に、恐怖を覚える光景だ。本来、詳しい原理は分からずとも、それが何の魔法かくらいは一見すれば分かる。だがこの魔法陣たちは別だ。理解できない。

しかし、その配置からそれぞれの役割は何となく分かる。地面に張り巡らされた細い紋様はコードのようなものだろう。羊皮紙はディスプレイ。そして木製の構造物は、何かを保管しているようだ。

一目で地球の文明とは異なることが分かる。地球が科学を根幹とした文明ならば、これは魔法を根幹とした文明の産物。

だがこれは……下手すると地球文明以上に進んでいる?

「なんなのだ。ここはいったい」

「一言でいえば……古代文明の遺跡でしょうな」

ロストテクノロジー。失われた高度文明の産物。地球にもあった話だ。だが俺は、それをおとぎ話としか思っていなかった。

それが今、目の前にある。

「なんでこんなものが帝都の地下にある」

「それは勿論、帝国が野望を抱いた故でしょう。この遺跡の技術を我が物にし、世界を制さんと欲したのです」

なるほど。確かに君主が抱きそうな野望だ……ん?

「帝国? それはつまり」

「私が引き継ぐまで、ここの管理を行っていたのは『ロタールの守り人』です」

なに……? つまり、ロタール帝国は既にこの場所の存在を知っていたというのか。

「だが……この帝都はカーディナル帝が目をつけるまで都市ではなかったのではないか?」

「えぇ。ロタール帝国にとって、重要なのはあくまで地下部分だけでしたからな。それに、この遺跡は彼らにとって神秘であると同時に脅威でもありました。その上に都市を築こうなどと考えたのは、カーディナル帝の豪胆さ故でしょうな」

そうか。それで「建国の丘」か。これを見て、この技術を欲したカーディナル帝は、ここを首都にしようと決めたのだ。

「この圧倒的な魔法文明をものにできれば、世界を制することができる。それは正しいでしょう。しかし、誰も解析することはできませんでした」

そう言って、ダニエルは立ち止まった。

「結局、彼らができたのはこの施設の 本(・) 来(・) の(・) 用(・) 途(・) 、その一部を利用することだけでした……こちらです」

彼の目の前には、何本もの 剣(・) が、空中に張られた魔法陣によって固定されていた。

「剣?」

「人造聖剣生産施設……ここの本来の役割です」

聖剣。それは地球における神話や伝説に登場した特別な武器。それは空想上の存在だと思っていた。

だが魔法が空想ではなくなったこの世界において、それは現実になり得る。

「聖剣なんてものがあるのだな」

「『白紙戦争』以前の代物ですから、残っているものなどほとんどないでしょうな」

……だめだ。

「処理が追い付かない。分かりやすく説明してくれ」

「勿論です、陛下。そうでなければ、本題にも入れませんから」

***

「かつて地上には多くの種族が居ました。そして、魔法文明も今よりずっと進んでいた。彼らはその進んだ文明を持って、戦争を起こしました。種の存続をかけた戦争を。この戦争は、我らエルフの伝承では『白紙戦争』と呼ばれております」

「白紙戦争?」

――曰く、地は沈み、海は割れ、空は裂かれた。

――曰く、その後何百年にも渡り大陸が移動し続けた。

――曰く、星が滅んでもおかしくはなかった最悪の人災。

「全ての種族が人口の八割以上を失い、種族によっては絶滅いたしました。勝者も無く、ただ星を瀕死に至らしめた愚かな戦争。それまでの文明が白紙となった戦争……」

「ここはその時代の施設だと?」

「えぇ。他種族を殺すための武器、人造聖剣の兵器工場」

信じがたい話だ……ホラ話か、妄想と片付けてしまいたい。

「しかしそれら過去の話は良いのです。今を生きる我らにとって、大事な話ではありませんからな」

そう言ってこの老エルフは、一本の剣を指さした。

「問題はそのうちの一つ、強力な人造聖剣をカーディナル帝が『儀礼剣』として定めてしまったことでしょう」

それは、恐ろしかった。それは、禍々しかった。殺意と狂気がにじみ出る、装飾のない一本の剣。あり得ない程の魔力を蓄えたそれは、儀礼剣と呼ぶには素朴なつくりだった。

まさしく「兵器」だ。正直、見ているだけで冷や汗が止まらない。

「……直視したくないな。気分が悪くなってくる」

「魔法の心得がある者ならば、誰もがそう思うでしょうな。しかしカーディナル帝にはその恐ろしさが分からなかった。故にその性能にだけ目をつけ、儀礼剣としてしまった」

そして彼は小さく身震いをし、その剣の銘を呼んだ。

「人造聖剣『ワスタット』。その効果は周囲の人間を無条件に服従させるというもの」

……おいおい。そんなの、もはや魔法ですらないぞ。凶悪の間違いだろ。

「カーディナル帝はこの剣を儀礼剣としたとき、二つのことを定めました。一つは『即位の儀にのみ使用し、その後は一切触れてはならぬこと』、もう一つは『この剣は皇帝以外が触れてはならぬこと』」

ブングダルト帝国における即位式の作法は、皇帝のみが『儀礼剣』を帯剣し、戴冠された後、剣を抜き放ち即位を宣言するというものだ。つまり、この剣の効果で強制的に即位を認めさせるシステム。

「不安定な帝位継承のタイミングを盤石にしたいと彼は考えたのでしょうな。優れた武人であり、政治家でもあったカーディナル帝でしたが、同時に君主にありがちな欠点も抱えておられた」

「……自分の子孫を信じてしまう、か」

「はい」

初代皇帝が定めた規則。自分の子孫ならば守ると思ったのだろう。

そんな訳が無い。人はいつだって愚かだ。

「ずっと疑問だった。あらゆる愚行を繰り返し、この帝国を傾けた男……6代皇帝エドワード3世は、それだけのことをやっておきながら暗殺されることなく、病死する直前まで皇帝の地位にいた。なぜそれだけ好き勝手出来たのか。なぜ誰も止められなかったのか……その答えが、これか」

「はい。彼はこの儀礼剣を常に帯剣しておりました」

……つまりカーディナル帝が、後の皇帝を助けようと残した剣によって、この帝国はここまで滅茶苦茶になったのか。

「彼を止められなかったことで、それまでここを管理していた『ロタールの守り人』らは、自分らには管理できないと判断しました。結果、ようやくその管理の役目が私の元へと回って来たのです」

「……まるで狙っていたかのような言い方だな」

「はい。それこそ私が西方派教会に潜り込んだ理由であり、そしてアインの三つ目に残した遺命にも繋がります」

……ここまでの話ぶりからすると、この施設を利用しよう……という訳では無さそうだが。

「少し話は逸れますが……アインと異教のシャーマンらの話はご存じですね?」

「あぁ。聖典にも出てくる話だな」

急速に信者を増やす聖一教を貶めるべく、異教のシャーマンたちは魔法を駆使して「嘘の神託」でアインを騙そうとした。しかしアインはその 悉(ことごと) くを見破ったと聖典には書かれていた。いわゆる「正しき信仰は救われる」的な話だと思ってあまり注目していなかったのだが。

「実のところ、魔法を一切使えなかったアインは、シャーマンの魔法による『神託』が本物なのか、偽物なのか判別する手段がほとんどありませんでした。彼がそれを見分けた方法はただ一つ。『神が自分のことを何と呼ぶのか』……この秘密を、アインは死の直前まで誰にも明かさず秘しておりました」

「……それは?」

「『過去識の介入者』……アインは神よりそう呼ばれていたそうです」

過去識の介入者?

それはつまり、過去を知っているということか?

「アインはこの世界において、過去に何があったのか知っておりました。無論、『白紙戦争』のことも。そして異世界の知識を広めることとは別にもう一つ、神より託された使命がありました」

「……ここのような、古代文明の施設を潰すこと?」

「はい。 故(・) に(・) この大陸に渡りました」

……つまり、東方大陸に渡って来たのは迫害から逃れる為ではなかった?

となると、むしろアインは「古代文明の施設を潰すこと」をメインに活動していたのかもしれない。

「アインの生前、聖一教が比較的受け入れられた天届山脈以東では、見つかっている遺跡は全て解体に成功しました。しかし、当時受け入れられなかった山脈以西は不徹底なままでした。故に、アインは我らに三つ目の遺命を残しました。『必ずこの大陸に残る全ての遺跡を解体せよ』と」

『白紙戦争』が「間違った進み方をした世界の結末」と考えるならば、転生者が知る異世界は「正しい進み方をした結果」だ。そしてそれを目指す『アインの語り部』にとって、遺跡の解体はむしろ目的に沿ったものになる、か。

「なぜ今まで解体しなかったのだ? なぜ、余をここに案内した」

「ただ立ち入りを禁ずる程度ならば私一人の手でも何とかなりましょう。しかし解体ともなれば別です。失敗は許されず、時間も手間もかかる。それを密かに完遂するのは不可能と判断しました。ましてや首都の真下にあるのですから」

確かに……これだけの魔法の数々、暴走しないように解体するのは手間がかかりそうだ。

「故に我らは待ち望んでおりました。理解ある君主を」

そう言って老エルフは、再び膝をついた。

……そうか、それが二つ目の「お願い」か。

「我らの願いは、再び悲劇を起こさない事にあります。この施設が持つ価値は承知しております。古代の技術を解析し、上手く利用することができれば、大陸を統一することすら可能かもしれません。しかしその先に未来はありません。陛下、どうかこの施設を放棄して頂きたい。もし受け入れてくださるならば……」

「いや、こんなもの放棄一択だろ」

「……私から言うべきことではないかもしれませぬが、本当によろしいのですね?」

むしろ他の選択肢が無いだろう。

これってつまり、圧倒的文明格差のある宇宙人の技術みたいな物だろう? それを利用しようとか……滅亡フラグ以外の何物でもない。

だいたい、本当にこの施設の魔法を解析できるなら、とっくに野心ある君主が利用している。これまでそれが為されなかったということは、無理だったということだ。

「別に交換条件とかいらない。どう考えても我々の手に余る代物だ。それをうまく利用? できるはずが無かろう。十中八九、振り回されて自滅するのがオチだ……ただ、解体は手伝えよ? もっとも、内乱が落ち着いてからになりそうだがな」

「……ありがとうございます。ようやく、遺命が果たせます」

その声に、どこか涙が滲んでいたのは、きっと気のせいでは無いだろう。

ただ俺は、それに気づかないふりをした。

***

とりあえず、今まで通り立ち入りは禁止して……解体の方法は後で考えることにする。魔法が暴走しないよう、安全に解体するためには地上で実験も必要だろう。

問題は……

「あとは『儀礼剣』をどうするかだな」

その『ワスタット』とやらは放棄するとして、代わりの剣をどうするか。いきなり違う剣を使ったら貴族共に怪しまれるだろうしな……

「それでしたら……こちらの剣を」

そう言ってダニエルは、空中に並んだ剣ではなく、床に置かれていた剣の一本を差し出してきた。

「おい、それも人造聖剣じゃないのか」

「この施設は二つの工程に分かれております。一つは『聖剣の元となる剣を製造する』工程。もう一つが『剣に長い年月魔法を加えることで聖剣化させる』工程。この第二工程は、少なくとも百年以上かかるようです。『ワスタット』は推測ですが千年から二千年ほど、この第二工程を受けたと思われます」

「つまり、それは『聖剣になる前』の剣だと?」

「はい。兵器として作られているお陰で、『ワスタット』とも見た目に差異はございません。見た目で敵に性能を判別されるのを嫌ったのでしょうな」

つまりすり替えは可能と。

「だが見たところ、その剣も魔道具のようだが?」

「えぇ。ですがその機能は極めて単純な物です。魔力を蓄え、使用者の任意のタイミングで放出する。ただそれだけです。現代の魔道具でも再現可能な技術水準ですから、お使いになられても問題無いでしょう」

……ほう。それは……普段使いに良くないか?

「そうか……ところで、この剣を普段から使うのは流石に不味いだろうか」

別の剣とは言え、初代皇帝の命に背くのはダメか。

「問題ないでしょう。『ロタールの守り人』は良い顔をしないかもしれませんが……ブングダルトよりロタールを優先する彼らの事。陛下の決定に従うでしょうな」

「分かった。なら使わせてもらおう」

剣を手に取った。こっちは禍々しさや恐ろしさを感じない。

この剣があれば……即位式は俺一人でも立ち回れるかもしれない。

「では地上へ戻りましょう陛下」

「あぁ。これから頼むぞ」

正直、 重い(ヘヴィな) 話だった。色々と考えなくてはならないことも増えた。

だがこの 剣(聖剣未満) と『語り部』、新たに二つの力を手に入れた。これはデカい。

……即位式まで、あと五日。