軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜を駆ける

ヴォデッド宮中伯のもとで詳しい状況を聞くことに決めた俺は、念のためもう一度 寝ずの番(侍女) に眠りの魔法を叩きこんでから、部屋の窓を開けた。

この建物は一階しかないから、当然この部屋も一階にある。つまり俺の年齢であれば、ここから外に出たとしても違和感はない。バレたら寝ずの番の首が飛ぶかもしれないから、なるべく早く戻ってくる必要はあるが。

そしてそのためには、誰にも気づかれずに行って帰ってくる必要がある。当然、屋外に出た証拠を残してはならない。

まず、廊下の見張りなどに魔力感知に秀でた人間がいる可能性を考慮し、自身の周りを『魔力反射』の防壁で覆う。防壁をつなぎ合わせたこの多面体を『結界』と名付けよう。当然、魔力反射は内向きにしてある。

それから魔法で作った防壁を曲げたり繋げたりして、即席の靴をつくる。これで足は汚れない。

証拠を残さないよう念には念を。空気と魔力以外の全て……匂いすら通さない条件に設定した結界を魔力反射の防壁の内側に張る。落ち葉や土が付くのは勿論、匂いなどがついていてもバレる可能性があるからな。そしてここまでが屋内で魔法を使える限界。体内の魔力はすっからかんだ。

最近、魔法で作った防壁に色んな 条(・) 件(・) を設定できるようになったばかりだが、こんなにも早く多用することになるとは思わなかった。開発しておいてよかった。

ちなみに、防壁は条件を設定すればするほど耐久力が落ちる。今全身を覆っている結界は魔法一発で崩れるだろう。今回は隠密特化にしているからそんなもんだ。

準備を終えた俺は外に出る。外に出てしまえば、空気中の魔力を取り込めるから楽だ。魔力反射は内向き……つまり内側から外へ向かう魔力のみ反射する。魔力を取り込む分には発動しない。

窓は閉めておいても問題ないだろう。ある程度体内の魔力を回復させたところで、男に声をかける。

「待たせたな。案内してくれ」

屋根裏の人間……まぁ恐らく密偵であろう男は頷くと、走り出した。

どうやら宮中伯は西にある建物にいるらしい。俺が良く遊んでいた庭を突っ切るように男は走る。

当然俺も走ってついていくわけだが……子供の身体を舐めていた。普段、乗馬以外の運動をしてないのもあるだろう。走りづらい。つうかこの男全力で走りやがる。嫌がらせか?

汗をかく訳にもいかないしな……浮遊とか飛行とかできたらいいんだが、イメージが邪魔して出来ないんだよな。

なんで反重力っていう概念の存在を知ってしまったのかね。

いっそこの男に掴まるか? ……それだと速度が落ちるか。

……そうか、わざわざ自分で走る必要もないのか。乗り物……は無理だから、自分を運ぶ何かを生み出せばいい。例えば……ゴーレムのような。

外だから 土(材料) はたくさんあるしな。走りながらだから、一瞬で作らなきゃいけないってのが難しいが、やってみるか新魔法。

警備にバレるかもしれないが……さっきから全く見当たらないんだよな。まぁ、魔法がバレても俺だとバレなければいいか。

魔力反射結界を解いた俺はイメージする。俺を運ぶ土塊、崩れないような強さ、音を立てないような柔らかさ。

――出でよ。

目の前の地面が凹み、その土を材料にゴーレムが現れる。

ゴーレムは俺を、正確には俺の周りの防壁を掬い上げると、それを抱えるようにして走り出した。

密偵の男がぎょっとした雰囲気で振り返ったが無視することにする。というか、思った以上にゴーレムの維持に魔力を使うせいで、余裕がない。形を保たせ、走らせ、その上少しずつ土が零れるのでその補強もしなきゃならない。

だが強度を上げ地響きならされるよりはマシだろう。それに、空気中の魔力を使っているからな。大変なのはコントロールだけだ。

そうやってしばらく走ると、密偵の男の「まもなくです」という声が聞こえた。

「そのままで問題ありません。この建物は周辺含め我らしかおりません」

我らって密偵たちのことか。じゃあお言葉に甘えて。いや、慣れたら楽になってきたよこの魔法。自分で走るより楽かも。

……なんか原付乗り始めたら太った前世を思い出したよ。気をつけよう。

そのまま俺は宮中伯の部屋までたどり着いた。彼が寝泊まりしているところも一階らしい。

窓が開いたので、俺はゴーレムの魔法を解き、そのまま宮中伯の部屋に乗り込む。

「……まさか、これほどまでとは」

ヴォデッド宮中伯の寝室らしき場所に入ると、俺が魔法を解くところをジッと見ていた彼は、珍しく素の表情らしき驚嘆を浮かべそう言った。

……あぁ、そういえば全力で魔法を使うのも、それを誰かに見せるのも今回が初か。

「お前のことだから想定していると思ったぞ、宮中伯」

「宮廷内で魔法が使える特異性は存じ上げておりましたが……」

なるほど。やっぱり特殊なんだ、屋内で魔法が使えるのって。

「生まれが違えば 魔導師(イル・ファブラリス) として大成したでしょうな」

皇帝以外を目指したら、敵に回りかねないだろ、お前。

というかまた知らない言葉が聞こえたが……今は後回しだ。

「用件は分かっているだろう。状況を説明してくれ」

***

「フレデリック・ル・ナン男爵は異端の疑いを受け、教会主導で異端審問にかけられております」

やはり、それか。前世でも聞いた話だ。拷問による自白の強要。そして処刑。

……本当に、胸糞悪い。

「彼は現在、獄中におります。陛下の側仕人は個室にて軟禁・監視中です」

「やはり、あの授業内容が不味かったか」

「正確には『異民族を従えるための武器にしてはならない』という発言です」

他の宗派や西方派の成り立ちを教えたのが問題ではなかったのか。

というか、発言内容まで知っているとは……今まで気づいていなかったが、授業中も密偵が監視しているようだ。

「どういうことだ」

「現在、この国……とくにラウル公領などでは、西方派を信仰しない異民族を捕らえ、強制的に改宗させております。これを推進しているのは真聖大導者ゲオルグ五世です」

なるほど。つまり西方派トップの方針を、皇帝の前で批判された報復か。

彼とはほとんど会話したことないが、ラウル公の弟らしい、野心の塊という印象の人物だ。まぁ、体面とかも気にしそうではある。

「なら何故、その場で男爵を取り押さえなかった?」

「それは男爵が宰相派ではなく、摂政派貴族だったことが大きいでしょう」

……つまり、男爵が捕らえられているということは……

「摂政派は男爵を見捨てたのか……?」

自派の貴族すら、使い捨てとしか見ていないのか。

……だとしても、常に派閥争いをしている奴らだぞ。

「……それだけではないな。式部卿は 何(・) を(・) 見(・) 返(・) り(・) に(・) 男爵を引き渡した」

た(・) だ(・) で男爵の身柄を引き渡すはずがないんだ。

「……陛下。お考え直し下さい」

ヴォデッド宮中伯は突如そういった。

……それはつまり、俺がルナン親子を救おうとしていることを指して言っているのか。

「俺は考えた上で言っている」

「冷静ではありません」

即座に宮中伯が言葉を返す。

……確かに冷静ではないな。やはり 身体年齢(子供) に引っ張られている部分もあるかもしれない。

「あぁ、そうかもしれんな。だが冷静になっても 余(・) の考えは変わらんぞ」

俺がそう言うと、ヴォデッド宮中伯はため息をついた。そしてどこか諦めた様子で話し始めた。

「……今回の件は、そもそも宰相の要求ではありません。あくまで真聖大導者ゲオルグ五世が要求したものです。あえて言うならば ゲ(・) オ(・) ル(・) グ(・) 派(・) でしょうか」

「つまり、宰相派は一枚岩ではないと」

「摂政派も然りです、陛下。式部卿と摂政の間には考えに齟齬が見受けられます。式部卿は政治の舞台に女は要らないという考えのようです」

あぁ、その二人についてはそんな気がしていた。そもそもティモナ・ルナンを俺に付けたのは摂政の独断。ならば今回もゲオルグ五世の独断だとしてもおかしくない。

……つけ入るならばそこか。

というか、宮中伯の話ぶりからすると……

「取引に応じたのは式部卿であって、摂政ではないと」

「そもそも両名が捕らえられたことを、摂政は知らないでしょう」

それは貴重な情報だ。救う方法がまとまってきたぞ。

「他には?」

「今回の取引について、宰相は後から知らされたようです。恐らく追認するでしょうが……勝手に自分の権益を取引に使われ、弟とはいえ良い気はしないでしょう」

「つまり状況によっては、ひっくり返せるな……」

俺の呟きに、宮中伯は再びため息をついた。

「陛下、動いてはなりませぬ」

「わかっている。本来、余はこの情報を未だ知りえないはずだからな。何らかの形で、自然に耳にするまで動けんよ」

ヴォデッド宮中伯には両派閥と敵対される訳にはいかないから、今回は動かせない。第三陣営が現れれば、宰相も式部卿も警戒する。それではこの先が苦しくなる。

「それは当然です。ですが、知りえたとしても動くべきではありません、陛下。少しでも警戒される危険性があるならば、動かないのが最善です」

ヴォデッド宮中伯はいつになく真剣な目をしていた。

彼の言葉も理解できる。俺が政治を取り戻すその瞬間まで、俺は『愚帝』であり続けるべきだというのだろう。リスクのある行動をするなというのは、俺の身……いや、この男の場合は 皇(・) 帝(・) の身を案じてと言っているのだろう。

だがな……

「それは 最善(ベスト) ではない。 妥当(ベター) だ。安心しろ。ちゃんと危険に見合うだけの成果は出す」

恩師一人助け出せずに、国を背負うなんて、きっとできない。

問題はそれまで、男爵が 異端審問(拷問) に耐えられるかだ。

……頼むぞ、男爵。