軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 冬季休戦の前に

その後も、『全都市委任外交官』のマティアス・フルティエといくつかの交渉があった。まず、お互いに外交関係を構築すること……はじめは使者を送り合い、いずれは外交官を常駐させることを約束した。それから、貿易についても基本的にはこれまで通り。例年より寒くて、穀物の収穫量はどの国も減ってるはずだが、特に値段に関する交渉は無かった。

これは恐らく、現場で自然と調整できているのだろう。そもそも食料自給率の低い北方大陸では食料は輸入品が基本だ。その値段が上がっているのなら、同じく輸出する魔獣の素材も値上げすることで均衡は保てる……その辺の取引も、冒険者組合が仲介しているらしい。

むしろ、彼らからお願いされたことは、黄金羊商会についてだった。簡単に言えば、北方大陸で連中が「やり過ぎ」ないように帝国の方で牽制してくれって話だった。その見返りとして、冒険者組合と関係の深いヒスマッフェ王国との仲介役になってくれるらしい。

ヒスマッフェ王国は対皇国の北側の要所だ。これはシンプルに嬉しい……黄金羊商会も、別に締め出されるわけではないからこの話は呑むだろう。

そんな話し合いも終わってすぐに、ジークフリート・ティセリウスに対する尋問が開始された。この時代における尋問とは、拷問になることが多いがこの男の場合、拷問を匂わせただけであっさりと情報を吐いた。こちらとしては楽でいいけど、ちょっと情けなさすぎないだろうか。傭兵崩れの山賊ですらもうちょっと粘るぞ。

ただまぁ、情報の収穫はそれほどなかった。この男は北方大陸から逃げ出した後、最初は皇帝に復讐しようと思っていた訳ではなく、単純に前回帝国に来た時にできた縁を頼ろうとしたようだ。その時にドズラン侯に会い、皇帝襲撃へ誘われたらしい。

ただドズラン侯も、この男の頭が信用できないことは分かっていたみたいだ。言葉巧みに皇帝への憎悪を煽りつつも、重要なことは全く話さなかったと思われる。まったく正しい判断をしやがる。

だから、自分以外の襲撃メンバーのこともよく知らないとのこと。当然、その中に自動人形がいたことにも気づいていなかったし、それが誰によって派遣されたものなのかも知らないと。

それどころか、北方大陸にいた頃はリトルドラゴンの世話を冒険者組合に全て任せていた為、自分の愛竜の世話も碌にできなかったようだ。飼料の手配どころかエサやり自体、ドズラン侯らに任せきりだったらしい。これにはマティアス・フルティエも流石に呆れていた。

結局、碌な情報は聞き出せなかった。まぁ、俺がドズラン侯でもコイツには重要な話は一切しないだろうな。

そんな哀れな元竜騎士は、皇帝襲撃の犯人として公衆の面前で処刑された。これで表向きは、宮廷襲撃事件は終結したってことになるだろう。市民は大盛り上がりだったらしい。

これについては、処刑が娯楽的な側面もあると言えばあるのだろうが、今回の場合は特に、外国の人間が皇帝を襲撃した構図だからな。今回の盛り上がりは、皇帝人気の結果と言える。その評価が落ちないよう、俺も気を引き締めないとな。

ちなみにマティアス・フルティエは、これを見届けた後すぐに帰っていった。本当に忙しいらしい。

***

それからしばらくして、季節はいよいよ冬目前。この間に起こった重要なことは、ついにロコート王国との講和が正式に成立したことだろう。これにより、ロコート王国との前線に警戒のために残していた兵力を、対トミス=アシナクィ方面に投入することができる。

まぁ本格投入は春になってからになるが、その間兵を休ませられるのも大きい。

そのトミス=アシナクィの侵攻だが、今のところ帝国側は防衛自体は成功している。

では勝っているのかというと、それは人によって判断が異なるだろう。こちらが領土防衛という目標を達成できているように、敵も食糧の略奪という目的は果たせているからだ。もっとも、敵軍はこちらの十倍近い数の兵を消耗しているのだが。

そして俺の元へ、前線から帰還した者が挨拶に来ていた。

「お久しぶりです! 陛下」

エタエク伯、アルメル・ド・セヴェール。家の謀略(というにはお粗末なその場凌ぎだが)によって、男として生きることになった女性である。まだ少女と呼ばれるべき年頃の彼女は、戦場では味方すら恐れる無双の騎兵になる。あと、なぜか俺に対する期待値というか信頼度が高い。

今回の宮廷襲撃事件も、第一報の皇帝の消息すら不明の状態で「陛下なら何とかします!」と言って普段と変わらずに訓練を続けていたらしい。

これはゴティロワ族長ゲーナディエッフェからの報告書にも書いてあった。「うちの孫娘もだが、この娘っ子も中々だな(意訳)」ってね。本当にそう思うよ。

「あぁ。次から次へと前線に行かせることになってすまないな」

「いえ! 前線ではずっとお休みをいただけましたので、我が軍は気力充分です!」

嘘つけ、毎日のように軍事訓練を繰り返していたって報告が来ているぞ。しかもゲーナディエッフェからだけじゃなく、ロコート王国側から「本当に講和するんだよな? 本当に攻めてこないんだよな!?」っていう確認が何度も来るくらいには本気の訓練だ。

敵じゃなくて良かった、本当に。

「費用負担についてはニュンバル侯に話を通してあるから、後で寄ってくれ……あぁそうだ、ついでにフールドラン子爵も連れて帰ってやれ。屍のようになってるだろうから」

冬目前となり、色々と書類仕事も落ち着いてきたはずだ。そろそろ解放してあげないとな。

「それで? 卿も一緒とは珍しいな」

相変わらずエネルギッシュなエタエク伯と並んでいるのは、どこか不機嫌そうな顔のレイジー・クロームだった。

「宮中伯と顔を合わせないように、密偵の真似事をしろと頼まれたのだ……無駄だったがな」

あぁ……なるほど。エタエク伯は以前、宮中伯を振り切って、俺だけ戦場に送り届けたからな。宮中伯がそれにしっかりとキレていたし、会わずに済むようにレイジー・クロームの力を借りようとしたと。

「無駄だったとは?」

「帝都にワープした瞬間、目の前をナイフが横切った……警告だろうな。だがその後、ここに来るまで密偵は一切現れることはなかった」

「当たってたら死んでましたね!」

……宮中伯としては一発入れないと気が済まなかったらしい。けど、俺の邪魔になるからそれ以上は何もしないってところか。あるいは宮中伯なりの茶目っ気なのかもしれない。やられた方はそれどころじゃないだろうけど。

「位置を特定されていた訳か」

「あぁ……わざわざ邸宅ではない場所を選んだというのに……全く、どうやって把握しているのか」

つい最近、帝都に敵の侵入を許したからねぇ。宮中伯も細かくチェックしてるんじゃなかろうか。

「……それより、よくエタエク伯の頼みを聞き入れたな?」

「お嬢様はエタエク伯に大きな借りがあった。それをこの程度のことでチャラにできるなら、喜んで利用される」

へぇ、借りねぇ。聞いたことなかったから意外だ。

「あの辺りは、傭兵として活動していたエタエク伯に力を借りたものは多い」

「そういえば、暴れ回っていたらしいな」

俺がそう言うと、エタエク伯は「えへへ」とはにかんだ……いや、照れるところじゃないぞ。

確かにエタエク伯家とヌンメヒト女伯家の領地はそれほど離れてはいないが……貴族の家同士の繋がりか。そういうのは他の家にもありそうだな……面倒が起きないよう、後で調べておくか。

「まぁいい。エタエク伯! マルドルサ侯軍とアーンダル侯軍と合流し反乱を鎮圧せよ……もう十分に時間を与えた。容赦なく叩き潰していい」

「はっ!」

まぁ敵は都市に籠っている訳だし、騎兵メインのエタエク伯軍には出番ないかもしれないけど。

***

エタエク伯らと会った翌日、俺はファビオと会っていた。

「何というか、色々と迷惑かけたな。本当に」

ドズラン侯の宮廷襲撃事件において、ファビオは大活躍と言っていい成果を上げた。だが俺が言う「迷惑」とは、それのことではない。

「ほんっっっとうに、大変でした。アレを送り込んできたのは、皇国の高度な精神攻撃なのではないかと、真剣に考えるほどです」

端的に言えば、宮廷襲撃事件の直後からうるさかった元皇王ヘルムート二世と元皇太子ニコライ・エアハルトの相手をしてもらっていたのだ。

やれ不安だから護衛を寄こせだの、やれ近衛はどうなっているんだだの。事件当日部屋で震えていただけのクセに、やかましいことこの上ない。

「まぁ、手引きした人間の性格の悪さを感じるよな」

帝国には皇国を攻撃する大義名分を与えつつ、連中の相手をしなければならないという枷を嵌める。帝国の政治も引っ掻き回せる一石二鳥の手だ。

「何より、皇帝がヘルムート二世のような人間を 嫌(・) う(・) だ(・) ろ(・) う(・) と(・) 分(・) か(・) っ(・) て(・) い(・) て(・) 送り込んできた気がする」

わざわざヘルムート二世の愛妾だのもまとめて送り出したところに、そういう思惑を感じる。つまり俺の性格が読まれているってことだ。そいつが皇国侵攻後に、味方になるか敵になるかで戦争の難易度は変わってくる気がする。

まぁ、負けるつもりは無いんだけど。

「それで……そっちの兵はどうだ?」

俺はファビオにラミテッド侯軍の状態を訊ねる。彼らには第二陣としてトミス=アシナクィの元へ行ってもらう必要があるからな。

「それなりに休ませることはできましたが……捕虜の返還次第です」

ロコート王国との戦争で捕虜とした兵や貴族の管理を、俺はファビオに任せていた。そして彼らは、ロコート王国との取引で、金銭によって交換される予定である。

「講和の成立で、順次交換が始まるが……向こうの都合もあるからな」

そう、問題はこの捕虜の交換に思った以上に時間がかかりそうなこと。早く済むなら、ラミテッド侯軍をトミス=アシナクィの前線に送れたんだがなぁ。

「ロコート王国の状況は?」

「マリアナ・コンクレイユらが既に帰還して、講和の成果を王宮と貴族らに喧伝している。言わば、改めて地盤を固めている状態だな。解放する捕虜も順序付けることで貴族との交渉材料にしているのだろう。こちらとしては待つしかないな」

帝国としては、反帝国派より彼女らの派閥がロコート王宮を支配している方が都合がいい。だから下手に邪魔できない。

ちなみに、ビリナ伯もマリアナ・コンクレイユと共にロコート王国に帰っていった。彼は彼で、貴族社会には顔が利くらしい。

一方、ハロルド王子は「ベニマ王国と帝国の講和を仲介した」という実績をつくるために残ることになった。報告によれば、もうすぐベニマ王国からの使者がやってくると思われる。

で、残されることになったハロルド王子だが、彼は国内の貴族相手に人脈とかは無いらしく、連れて帰るより、ベニマ王国との講和に立ち会ったという既成事実の方がプラスになるとマリアナ・コンクレイユは判断したようだ。

その上で彼女は王子に、要約すると「座ってるだけでいいから。あとはそこの皇帝が何とかするだろうから」という身も蓋もないセリフを残して帰っていった。

ハロルド王子? それはもう、この世の終わりみたいな表情してたよ。まさか自分だけ置いていかれるとは思ってもいなかったらしい。

「……うん、やはりラミテッド侯軍は動かせないな」

本当はすぐにでも動かしたいが、領地の兵力を薄くして捕虜に何かあったら一大事だ。

「思い通りに行かないが仕方ない。小細工するか」

「小細工とは?」

トミス=アシナクィによる侵攻だが、今のところは、こちらの作戦が効いている。帝国軍は食糧を罠に使い、食いついてきた敵軍を叩いている。

こんなの、穀倉地帯を抱える帝国じゃないとできない作戦だろうな。

ついでに言うと、テアーナベ兵が最前線で戦わされ、トミス=アシナクィ兵が後ろに控えている戦いが多い。そしてテアーナベ兵の中には、こちらに投降する者も多い。宗派的には、彼らにとってはトミス=アシナクィより帝国の方がマシだからな。敵軍の消耗が甚大なのは、死傷者だけでなくこの投降兵の数も含まれているからだ。

そんな状況の為、敵の第二陣の侵攻も何とか防げている。兵糧についても、ロコート王国との戦争を終えられたため、そちらに送る予定だったものが丸々余っている。これを対トミス=アシナクィ方面に送れば、当面は耐えられる。

そしてそんな戦況……ある程度食糧の略奪ができたトミス=アシナクィは、満足したのか厚かましくも講和を打診する使者を送ってきたのである。

「トミス=アシナクィから講和の打診が来ている。これに乗ったふりをすることで、来春までの時間を稼ぐ」

予想通り、敵は帝国を……というか、皇帝カーマインを舐め切っている。これまでが早期講和ばかりだったお陰で、この講和も成立すると思っている。今回はその油断に付け入ることにする。

「なるほど……ですが、よろしいのですか。相手が相手ではありますが、この場合は約束を陛下が反故にする形になります」

「まぁ、批判はされるかもしれないが……いちおう、言い訳は考えてある」

要するに、戦争では相手を正義にしなければいいのだ。両者とも悪人なら、あとは戦争の勝敗で決着はつけられる。

「という訳だから……もうしばらく皇国組の お(・) 世(・) 話(・) を頼む」

トミス=アシナクィとの前線にラミテッド侯軍を送らないという事は、つまりファビオはまたしばらくフリーだということ。

「……うそ……だろ」

俺は絶望の表情を見せるファビオの肩を励ますように叩く。

「それくらい涼しい表情で乗り越えてもらわないと。次期密偵長として」

「……は? 次期密偵長?」

あぁ、安心しろ。俺は宮中伯を隠居させるつもりなんてないから、たぶん当分先のことになるよ。

「宮中伯が一時的とはいえ養子にして、密偵の基礎を叩き込んだのは、そういう事だと思うぞ」

まぁ、『ロタールの守り人』は流石に別の人間に引き継がせるとは思うけど。その辺り、分離させるつもりなんかね。

「……荷が重いのですが」

「まだ若いんだし、これから経験積めば自信もつくさ」

まぁ俺の方が若いんだけど。