軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 英雄たちの像(※非主人公視点)

――新暦四七〇年九月九日。ファビオ・ド・ラミテッド=ドゥヌエ。

その日、ラミテッド侯は僅かな供と一人の少女を引き連れ、帝都の市街にいた。

「おぉー……これは何?」

帝都に並ぶ物珍しい品々。それを無邪気に眺めている少女の名前はイルミーノ。ゴティロワ族長の孫娘であった。

「それは確か、『フーリン』かな? 風で音の出るガラス細工らしい」

「へー」

少女の隣に並ぶのはファビオ・ド・ラミテッド=ドゥヌエ。若くしてラミテッド侯爵の当主になった青年である。もっとも、二人とも貴族らしい格好はしておらず、お忍びでの散策であった。

「おぉ、お嬢ちゃん。もしかしてアトゥールル族の子かい? だったら安くしとくよ」

店主の男は、客の少女にそう声をかける。彼は野生動物に馬車ごと襲われた際、アトゥールル族に助けてもらった経験があったのだ。

実際、当代の族長になってからのアトゥールル族は、帝国の民と共生するべく行動している。その結果、彼らは異教徒ながら少しずつ帝国の民衆に受け入れられ始めていた。

「違う、私はゴティっ」

「どわーあ!」

慌てて大声を上げ、少女の口を塞ぐラミテッド侯ファビオ。その様子に、近くを通り過ぎた人たちが何事かと振り返る。

「すみませんこの子、ブングダルト語不慣れで」

彼はそう店主に誤魔化しながら、そのまま少女を引きずって店先から離す。

「何回言ったら分かる!? 君たちに向けられる目は厳しいんだって!」

「……面目ない。ついうっかり」

残念なことに、聖一教徒によるゴティロワ族に対する偏見は酷い。特に敬虔な信徒ほどその毛嫌いは過剰である。

とはいえ、市民の中にそこまで敬虔な人間はそう多くない。

ただ、ゴティロワ族と聞くと、「聖一教を迫害した、あの……?」と、中央大陸のドワーフと混同されることがよくあるのだ。

もっとも、ゴティロワ族に中央大陸のドワーフの血は流れていないので、完全な冤罪なのだが、そこまで理解している人間は少ない。

……余談だが、ドワーフが聖一教徒を迫害した理由は、そこにエルフがいたからである。中央大陸において両種族は不俱戴天といっていい関係なのだ。

もっとも、その事実を知る者はほとんど残っていない上に、事情を詳しく知るエルフたちは口を噤んでいるのだが。

「そういう偏見の目を変えるためにイルミーノ嬢は帝都に来ているんだ。そんなときに悪化させかねないことはしない!」

「分かってる……あと、イルミーノでいい」

さて、なぜラミテッド侯がイルミーノを連れてお忍びで帝都に来ているかというところだが……それはつい先ほど、彼が特に仕事もないからと宮廷内を散策していた時のこと。

ふと彼が庭園の隅に目を向けると、そこには座り込み、虚ろな目をしたまま指で円を描き続けるイルミーノがいたのである。

そしてイルミーノから事情を聞いたラミテッド侯は理解した。彼女は、完全に放置されていたのである。

まず、カーマインは講和の話し合いで忙しく、ニュンバル侯は衣食住の世話はするものの 後は自由にしてくれ(余計な仕事は増やすな) と放置。そして皇帝から定期的に面倒を見るよう言われたティモナはというと、「鍛錬でもしていればいいのでは」と言い放ったのである。

これに見かねたラミテッド侯が、こっそりと少女を連れ出してやった……という訳である。

(しかし、あのティモナがそんなことを言うとは……他人と壁を作るアイツにしては打ち解けている……けど、その結果遠慮がなくなっているのか)

ちなみに、そんなお忍びデート(本人にデートのつもりは無いが)の護衛を頼まれた部下たちは皆、ラミテッド侯家に仕える女性だった。これは彼の、護衛とはいえ異性にじろじろと見れられるのは嫌だろう……という配慮によるものだったが、却って護衛から厳しい目で見られることになっていた。

ラミテッド侯は貴族に返り咲くまで、平民として暮らしたこともある。その期間、彼は男女問わず多くの部下と苦難を共にしてきた。その後、貴族になった彼は順調に出世街道真っ只中、さらに皇帝陛下の覚えもめでたいときた。つまり彼は現在、その妻の座を部下の女性たちから狙われているのだ。

そこにポッと出の異民族の姫君である。しかもかなりの美少女。それはもう、針の筵のような視線を受けていた。

そして、何度も戦場を潜り抜けてきたイルミーノが、その視線に気づかないはずがなかった。

「……ふっ。そんな男も魅了してしまうとは、罪な女」

……そしてゴティロワ族内では山ほど求婚されてきたイルミーノにとっては、自分が異性から好かれるのは当然であり、ラミテッド侯についてもその一人だと勘違いしていた。

そしてラミテッド侯本人はというと、「今日はいつもよりみんな気を張ってるな……やはりゴティロワ族であることはバレたらマズいのか」くらいにしか考えていなかった。

「……それにしても、随分とアトゥールル族に間違われるよな……確かに、似てると言えば、似てるのか?」

本来、短躰なゴティロワ族の中で、族長の一族は別格の高身長である。その結果、同じ異民族であるアトゥールル族に間違われることが多発しているのだ。

「同じ祖先みたいなものだから」

そんなラミテッド侯の疑問に、イルミーノはなんてことは無い、とでも言うように平然とそう答えた。

「そうなのか?」

「伝承ではそう。私たちは汎人族に混血して分岐した。そっちは汎人族の血が混じった」

ラミテッド侯が彼女の言葉に興味を持ち、より深く聞き返そうとした……その瞬間、彼は街の異変に気が付いた。

「何の騒ぎだ?」

「……血の匂い」

イルミーノのその言葉を合図に、事態の深刻さを察知した二人はすぐさま走り出した。

人込みをかき分けながら進む中、ラミテッド侯の目には衝撃的な光景が飛び込んできた。

「竜……ドラグーンか!?」

宮廷の上空にいる竜の影が、地上を攻撃する姿……間違いなく、宮廷は攻撃を受けている。

「街にも何かいる」

イルミーノの言葉で、ラミテッド侯は理解する。帝都市街と宮廷への同時攻撃……これは完全に、組織的な襲撃である。

「閣下! 宮廷の城門が、賊に占拠されているようです」

先ほどまで二人の護衛をしていた部下の一人が、ラミテッド侯の元に駆け寄り、そう報告する。

「……ラミテッド侯軍を招集。アーンダル侯軍と、皇帝直轄軍にも援軍要請」

彼はそう口にしながら、かなり厳しい状況であると理解していた。そもそも、ラミテッド侯軍は今帝都にほとんどいない。彼らはラミテッド侯領でロコート兵捕虜の管理をしてるからだ。

(陛下の状況もあのドラゴンも気になるけど……やるべきは城門の奪還か。でも、こちらの兵力が明らかに足りない)

今帝都にいるのは自分の護衛として連れてきた二十名のみ。そして皇帝直轄軍は今、指揮官が不在。アーンダル侯軍は……噂を信じるなら期待できないだろう。

それから二人は、数分間その場から動けずにいた。その間、皇帝直轄軍もアーンダル侯軍も、集結する気配は微塵もなかった。

「ファビオ」

「どうした?」

そんな時、市街地の混乱を眺めていたイルミーノは何かに気がつく。

「あれ、追いかけているだけ。追い込めてない。このままじゃ無駄」

彼女が指さすのは、帝都の市街地の自治を任されている警備隊。その隊長に当たる人物である。

彼らの一部は、市街地を襲う謎の集団を追いかけていた……だが、宮廷上空のドラゴンに恐怖し、明らかにそちらに意識を割いてしまっている。

そうなってしまうのも無理はない。東方大陸でドラゴンは絶滅した存在。お伽噺にしか出てこない恐怖の代名詞だ。そんな巨体の空飛ぶ魔物が、宮廷の上空で暴れまわっているのだから……恐ろしくてたまらないだろう。

「閣下、ラミテッド侯軍、集結しました」

「その場で待機。イルミーノもそこで待って」

そう言って、彼は警備隊の隊長らしき人物の元へ走り寄って行った。もはやこの状況を好転させるには、手段は一つしかなかった。

「君! 警備隊の人員を少し貸してくれ。浮いている戦力があるだろう」

ラミテッド侯は指揮を執っていた警備隊の男にそう声をかけた。貴族らしくない格好、一方で貴族らしい言動。声をかけられた男の目には、彼が手柄欲しさに口を出す下級貴族に見えたらしい。

「黙れ! ここは我々の管轄だ。この期に及んで手柄欲しさに口を出すな!」

「ならこの時間で何人捕まえたんだ? 言ってみてくれ」

とはいえ、ラミテッド侯の方も余裕はない。彼は畳みかけるようにさらに続けた。

「いいか。君たちは犯罪者の相手は優秀だ。だが連中は違うだろう。その追い方では逃げられ続けるぞ」

「ならどうしろと」

警備隊長の男の斜め後方から、同じく警備隊の別の隊長である女性が、ラミテッド侯にそう聞き返す。

ラミテッド侯は、彼女が自分の言葉にしっかり耳を傾けていることを確認すると、状況を整理するように話を聞かせる。

「市街地が本命で宮廷に陽動を仕掛ける奴なんていない。明らかに市街地は陽動で本命は宮廷だ。だから市街地の敵は混乱を起こしてはすぐに逃亡し、また別の地点で混乱を引き起こしている」

「なら市街地の破壊は捨て置けとでも!?」

怒鳴る警備隊の男に、ラミテッド侯は冷静に答える。

「だから一部を貸してくれと最初に言ったんだ。君たちはそのまま市街地の敵陽動部隊を追跡し、その隙に一部を引き連れ宮廷の救援に行く」

ラミテッド侯は、警備隊の男もまた焦っているのだと気が付いた。当たり前である、このような非常事態を目にしては、誰だって焦る。

そしてそれは、比較的冷静に見える女隊長も同じであった。

「ドラゴンまでいるのだぞ。部下を死地には……」

「見てくれ」

そう言ってラミテッド侯はそのドラゴンの方を指さす。

「既に中の地上部隊が引きつけている。むしろこの隙にできる限り城門に近づいた方が、空からは攻撃されづらいと思わないか?」

彼の言葉は理にかなっていた。城壁近くに張り付いてしまえば、上空からは角度的に上手く狙えないだろう。

「何より今こちらが動揺しているように、市街地の敵も、我々が宮廷方面に向かえば動揺する可能性がある」

このままでは相手のペースに嵌り続けるだけだとラミテッド侯は言った。そして彼の主張には、二人を納得させるだけの説得力があった。

「おい、どうする。行くなら五番隊と六番隊だが」

女隊長の言葉に、男の方は悩んだ。それでも、最終的には一つの結論を出す。

「……えぇい、いけっ! その代わり、指揮は貴様だ! 何かあれば貴様が責任を取れ!」

男に指さされたラミテッド侯は、それに頷くとこう答えた。

「了解。でも功績は君たちのものだ」

女隊長の方は、既に部隊を動かすべく部下に指示を出していた。そこにイルミーノの対人戦闘能力も加われば、かなり優位に戦えるとラミテッド侯は確信していた。

「……おい、名前は」

尋ねられたラミテッド侯は、明らかに貴族嫌いの隊長に向けて自分の名前を言っていいかと僅かに逡巡する。人間、どこに縁がありどこで恨まれているか分からない……それをシュラン丘陵で身をもって体験していたからだ。

だが結局、彼は素直に答えることにした。

「ファビオ・ド・ラミテッド=ドゥヌエ。ファビオでいい」

「……チッ、ラミテッド侯じゃねぇか。クソが」

男は、なんで大貴族がそんな下級貴族みたいな格好しているんだと悪態をつく。彼が嫌っているのは、帝都の寄生虫である下級貴族であって、高位貴族は話が別なのだ。

「こちらは準備できたぞ」

「よし、行こう!」

女隊長の言葉にすぐさま答えたラミテッド侯は、走って自分の部下たちの元へ向かう。そんな彼の元に、部下の一人が駆け寄ってくる。

「閣下、市中にいた密偵らしき人物からこれを」

一枚の紙切れを受け取った彼は、走りながら素早く目を通す。そこには、敵の正体と宮廷の大まかな現状、さらに宮廷の城門が今どうなっているかについても詳細に書かれていた。

(でも命令はない。情報を伝えてきただけってことは、陛下は命令を出せないような状況なのか?)

これは多少の無茶をしても、急いで城門を奪還する必要がある。ラミテッド侯はそう判断した。

「その書状、信じられるのか」

部下たちの元に戻り、これから命令を出そうとするラミテッド侯に、女隊長は純粋な疑問を投げかける。こんな混乱した状況で、ただの紙切れを味方の情報だと信じる根拠が欲しかった。

だがそんな彼女に、ラミテッド侯はあっさりとその紙を見せる。

「……なんだ、これは……買い物のメモ?」

「密偵が使う暗号の一つだよ。一度死に物狂いで覚えると、案外時が経っても忘れていないものだね」

そう言った後、彼は続けてその場に集まった寄せ集めの集団にはっきりと告げる。

「敵はドズラン侯軍兵士ないし、ドズラン侯に雇用された傭兵だ! 手練れは宮廷内に侵入しており、城門を占拠している相手はそれほど恐れるべき相手ではない! さらに敵はあくまで城門周辺の一部を占拠しているのみで、城壁にいる友軍とにらみ合っている状況だ」

城門については、ラミテッド侯にとっては予想より悪くない状況だった。城壁を警備していた兵士らは占拠している敵に比べ数の上で劣勢だったが、無理に奪還を試みるより挟撃の機会を伺うことを選んでいた。そのため、城門の左右に伸びた城壁内部で待機していたのだ。

敵によって分断されている形だが、見方を変えれば挟撃が可能な状況でもあった。そして何より、敵側に城壁を完全に占領できるような兵力はなかったのである。

「さらに、友軍は撤退前に城門の開閉機構を破壊している! 城門が戦闘中に閉まる心配は無い!」

これは、城門の警護についていた人員の中に密偵が一人交じっており、その密偵が命がけで破壊したお陰だった。宮廷が襲撃されてしまうという大失態を前に、密偵たちは文字通り命がけで対処に当たっている。

「またそのような状況から、城壁から矢を射かけられる可能性は低い。だが念のためだ! 速やかに接近し、そのまま城門内に突入。敵と交戦する……イルミーノ、飛ぶ矢すら斬り落とすというその剣技、頼らせてもらう」

正確には叩き落とすのだが、その指摘が野暮なことくらいはイルミーノでも理解していた。

「任せて」

「先頭はイルミーノ。存分に暴れ回れ……突入後、右は警備隊、左はラミテッド軍。敵は我々に意識を割く余裕はない! 臆さなければ必ず勝てる」

城門と城壁の間の空間は、部隊として戦闘するには狭すぎる。突入後は間違いなく乱戦となり、指示は通らない可能性が高い。よって、ラミテッド侯は突入後の行動も事前に決めておくことにしたのだ。

「……そう言えば聞き忘れていたけど、君の名前は?」

彼は最後に、警備隊の女隊長に名前を訊ねる。

「エルザ・パーニ」

ラミテッド侯はその名前を聞き、ある記憶を思い起こす。

「……ひょっとして君の家族か親戚に、世界を一周しよう旅立った人はいるかい?」

「……それは私の兄だ。知り合いか?」

それはかつて、カーマインの命令で黄金羊商会について探っていた時のこと。彼が出会った探検家たちの中にそんな名前の人物がいたのである。

「会ったことがあるってだけだ……総員、抜刀!」

不思議な縁を感じつつ、ラミテッド侯はこの混合部隊に命令を下す。

「いくぞ、突撃!」

こうして宮廷の城門奪回に向けて動いた彼らは、後に帝都市民から皇帝と市民のために戦った英雄として讃えられ、市内に銅像が建てられることになる。

そしてそれが、ゴティロワ族の評価を少しだけ好転させることに繋がるのであった。

……だが本来いたはずのラミテッド侯の代わりに功を譲られた別の男が像になった結果、それが後世において長いことラミテッド侯の像であると誤解されてしまうのだが……これはまた別の話。