軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ふわりと、花の香りがした。心地よい温もりと、優しい手つき。俺は眠気のままに、その優しさに身を任せる。

それから、どれくらい微睡んでいただろうか。嬉しそうな、くすぐったそうな小さな笑い声……そこでどうやら、自分は頭を撫でられているらしいと気が付く。

あぁ、そうだ……思い出した。あの後、そのままアインの語り部のデフロットを呼び出してヴァレンリールの監視役に任じ、ゴティロワ族長ゲーナディエッフェ宛ての手紙で事情を丁寧に説明し、ヴァレンリールには子供を相手するかのように注意事項などを言って聞かせて……それが全部終わった時には、もう支度をしてヴェラ=シルヴィの元に向かわなくてはいけない時間だったのだ。

「ごめん、ね。起こし、ちゃった?」

「いや、大丈夫」

確かそれでヴェラ=シルヴィの元に向かって、少しでもいいから寝ないとダメだとヴェラ=シルヴィに珍しく怒られ、こうしてソファで膝枕をしてもらっていたんだった。

俺は身を起こそうとする……が、思った以上にしっかりとした力で、ヴェラ=シルヴィに抑えられる。

「ダメ」

ヴェラ=シルヴィは、ウエディングドレスがよく似合っていた。けど花嫁感はあまりない……それは彼女の幼さによるものだと思う。年齢的には合法ロリってやつなんだろうが、時々悪いことをしている気分になる。

まぁ、実際グレーゾーンではあるか。挙式していないとはいえ、父親の側室を自分の妻に迎えるんだから。まぁ、貴族の世界では再婚というのはそれほど珍しくないし、市民の反応も好意的……こっちは宮中伯が密偵を使って工作してくれたらしい。

「シワになるぞ」

「気になる?」

……まぁ、最高級のドレスだからな。気にならないと言えば嘘になる。

「ヴェラがいいならいいけどさ」

「なら、平気。私は、気にしない」

そう言って、ヴェラ=シルヴィはまた頭を撫で始める。

……最近分かってきたんだが、ヴェラ=シルヴィって結構テンションによって左右される女の子らしい。

テンションが高いと周りの目も気にならないし、物怖じもしなくなる。テンションが低いと、周りの目が気になるし、内向的になる。ウエディングドレスを選んでた時にノリノリでポーズまで取ってったのも、周りの目が気にならないくらいテンション高かったんだろうな。まぁ、そのテンションがパッと見では分かりにくいってだけだ。

だから今も、たぶん相当テンションが高い。まぁ、自分との結婚を分かりやすく喜んでくれるのは素直に嬉しいけど。

「あのね、外、出てもいいよって」

ヴェラ=シルヴィが微笑みながらそう話す。

「あぁ条件つきでごめんな」

ヴェラ=シルヴィは、俺の父親と結婚するはずだった。だが式の直前に彼は急死し、俺の母親によって宮中の一角にある塔に幽閉された。

だからヴェラ=シルヴィが外に出たがるのも自然なことだと思う。彼女の希望は、宮廷の外に出たいというもの。また宮廷から出られなくなる生活は嫌だと言っていた。

……本当は、結婚自体にトラウマがあったのかもしれない。彼女にとって、結婚生活は塔での幽閉生活に等しい。それでも俺との結婚を受け入れてくれた。だから希望を叶えてあげたかった。

「終わったら、さっそくだって」

「あぁ。別働隊として動いてもらうと思う」

側室となる彼女を宮廷の外に出すのは、あまり前例のないことだ。だが、調べてみると全くないという訳ではないらしい。特にロタール帝国の黎明期なんかでは、優秀な女将軍が側室になってからも戦場に出た例があるらしい。

つまり、自由に宮廷の外を行動させることは許されないが、宮廷の外でしかできない役割があれば許される。そしてヴェラ=シルヴィは、優秀な魔法使いだ。だから貴族たちも、彼女が宮廷の外で活動する利点を理解してそれを認めた。

ちなみにヴェラ=シルヴィの魔法は、実際の所は戦闘向けではない。彼女は優しすぎる。

俺がテアーナベ領に出発する前、手の空いている時間に彼女の魔法の実力を詳しく見せてもらったのだが、彼女は人に向けて魔法を撃つ際、無意識に力を抜く癖がある。これは本人は無自覚のようで、俺には直し方は分からない。

あと、自分の魔法で何か被害が出ると、次の魔法の威力が露骨に低下する。たぶん動揺がもろに魔法に反映されるタイプだ。その時のテストでは宮殿の一部がちょっと崩れてしまい、魔法の発動すら怪しいぐらい動揺していた。

一方で、純粋な出力はかなり高い。だって、魔法に強い抵抗力がある建材でできた宮廷が、少しとはいえ欠ける威力の魔法だからな。というか、それを見たからワルン公や宮中伯もヴェラ=シルヴィが宮廷外に出ることを認めたのかもしれない。

ちなみにその破損部分は、夜な夜な俺が責任を持って直した。

「何をするかも聞いたか?」

「うん、がんばる、よ」

つまり、ヴェラ=シルヴィの魔法が一番輝くのは直接人に攻撃せず、強力な魔法が必要な場面……つまり土木工事である。具体的には今回、川の流れをちょっとだけ変えてもらおうかなって思ってる。これができる魔法使いはそうそういないからな。

「説得、大変だったで、しょ?」

「そうでもなかったよ。まぁ、いろいろ文句は言われたけど」

***

それはロザリアと夫婦になった次の日のことだ。ロコート王国の動きを知らせてきた宮中伯にいくつかの指示を出した後、俺は宮中伯に命令を下そうとした。

「それと宮中伯、卿には宮廷の守りを任せたい」

これは別に、宮中伯を信用してないからだとか、そういうことではない。

まぁ実際、宮中伯の過去には疑惑がある。それでも、俺は宮中伯の実力を評価しているし、今俺を裏切ることは無いと判断している。聖一教風に言うなら、俺たちは同じ船に乗っているのだ。俺が帝国のために動く限り、おそらく宮中伯が敵に回ることは無い。

だからこの命令は俺から遠ざけるためのものでは無く、むしろその実力を見込んでのことだった。

これに対する宮中伯の反応は、長い沈黙だった。まるで子離れができない親のようで、俺は思わず笑ってしまった。

「……理由をお聞きしましょう」

「もうお前が守らなければいけないのは俺だけではない。分かっているんだろう? ロタールの守り人よ」

まぁ、ロタールの守り人というのが、正確にはどんな存在で、どんな役割なのか、完璧には分かっていない。それでも宮中伯が皇族の血統を重視しているのは事実だ。

「余はこれからも積極的に親征を行うだろう。その際、間違いなく近衛もつれていく。だから妃たちを代わりに守る者が欲しい」

これは今回の戦争に限った話ではない。例えば子供が生まれたら、それは絶対に守ってもらわなければ困る。俺個人としても、帝国としてもだ。それを頼めるのは宮中伯くらいだと思ったからだ。

だがしばらく考え込んだ後、宮中伯から返ってきた答えは意外なものだった。

「いえ、ならば私が陛下の方についていきます」

「おい」

ティモナといい、宮中伯といい、何故か俺から離れたがらない。まぁ、皇帝を死なせるわけにいかないって考えは分かるけどさ、どれだけ備えようが死ぬときは死ぬだろ。

特に俺は戦場に出る……いくら宮中伯とティモナが隣にいようが、大砲の砲弾が直撃したら三人仲良くあの世行きだ。

「ご安心を。これは陛下の守りより、宮廷の守りを強化する配置です」

その宮中伯からの返答は、俺としては意外なものだった。

「実のところ、『封魔結界』内での護衛であれば私以上に適任な者がおります。それを宮中の守りに置いていくことにします」

「密偵にか?」

正直、これは予想外だった。だって、俺が護身術や剣術で敵わないティモナが、絶対に敵わないというのが宮中伯だ。ちなみにティモナは時々、精鋭兵揃いとなりつつある近衛と手合わせをしているが、ほとんどティモナが勝っている。

他にも宮中伯個人の戦闘力は噂で聞くが、かなり強いようだ。そんな彼が、自分より強いと言う相手? そいつ本当に人間なのか。

「ですが、戦闘以外はまだ仕込んでおりません。帝都で密偵を取りまとめられるよう、アンリ・ドゥ・マローを置いていきます」

「あぁ、彼か」

アンリ・ドゥ・マロー……ヒシャルノベ事件の際など、何度か宮中伯に代わって密偵の指揮を執っていた男だ。俺も何度か顔を合わせている。

「若い密偵と言ってなかったか?」

絶対はないとはいえ、ほぼ百パーセント守れるような布陣でロザリアたちの護衛をしてもらわないと困るんだけど? 俺は最悪、魔法で自衛できるが、彼女たちはそうではないのだ。

「だからこそです、陛下。あの者が次の密偵長候補でした」

「でした、ということは……その『護衛向けの密偵』とどちらを後継者にするか悩んでいるのか」

「えぇ、そのようなところです」

なるほど。密偵長に並び得る人間を二人置いて、自分は皇帝についていくということか。それで俺の護衛と宮廷の守り、同等ぐらいだと思うけど。

「その二人、後継者争いで対立とかしてないよな?」

俺の懸念に対し、宮中伯はこれが常識だと言わんばかりに平然と答える。

「ご安心ください。そのような素振りを一瞬でも見せれば、私が責任を持って処分します」

密偵で処分っていうと、まぁそういうことだよな。

「それ以外の密偵についてですが、護衛が得意な者を宮中に、諜報が得意な者を陛下の元へ連れていきます」

なるほど? 確かにそういうことなら、俺の守りより宮中の守りが厚いっていうのも納得できる。

これはたぶん、近衛の存在が大きいんだろうな。彼らが名実ともに皇帝の護衛として問題ない組織になりつつあるから、宮中伯も彼らに俺の護衛を多少は任せられるのだろう。

「分かった、そういうことで頼む」

「いえ、まだ問題があります。この場合、ヴェラ=シルヴィ妃の護衛を任せられる者がおりませぬ。そこで提案なのですが、彼女の護衛を今回ばかりは我々ではなく『語り部』に任せてはいかがでしょう」

……そんな提案が、よりによって宮中伯の口から出るとはな。

「明日は槍でも降りそうだな……お前が語り部を頼るとは」

まるで何かのフラグのようで、怖いからやめてほしいんだが。

「……それは珍しいと言いたいのでしょうか」

いやだってさぁ、密偵と……正確には『ロタールの守り人』と、『アインの語り部』は間違いなく犬猿の仲だ。そんな相手を宮中伯が頼るとか、珍しいことだと思うけどな。

いや、もしかして『語り部』と密偵自体はそれほど対立してないのか。そうなると『守り人』と『密偵』の線引きがどこなのか気になるな。

密偵全員が『守り人』ではなさそうだというのは、これまでの話からも分かることだが……まぁいいか。

「陛下の護衛は任せられませんが、陛下の『弱点』の護衛であればこれほど信用できる相手もおりません」

宮中伯のその言葉には、分りやすく棘がある。まぁでも、嫌悪しているが信用もしているってところだろうか。敵対していたこともあるから実力を認めている、みたいな。

語り部は今、皇帝であり転生者であり、尚且つ話が分かる俺を全面的にバックアップしている。だから嫌そうな顔しながらも、結婚式の立会人をやった訳だしな。そんな現状、彼らは俺を怒らせるようなことをまずしないだろう。だからヴェラ=シルヴィの護衛を任されれば、命がけで遂行する……ってことだな。

「分かった。ではそれでいこう」

***

そんなこんなで宮中伯は今回、俺に対して文句は無かった。問題はその後、『アインの語り部』の方だった。

「今回は宮中伯以上にダニエル・ド・ピエルスが煩かったんだよね」

こっちは完全に八つ当たりだった。先代の真聖大導者が処刑されて以降、西方派教会では次の西方派トップを決める醜い争いが続いていた。それに対し、西方派の高位聖職者でありながら西方派を信仰していないあの老エルフは、この後継者争いを安全圏で静観して、これからも表舞台に立たないようにと立ち回っていた。

だが今回、俺が結婚の立会人役を彼に押し付けたため、周囲からは「皇帝がダニエル・ド・ピエルスを真聖大導者にしたがっている」と見られ、彼は否が応でもこの後継者争いに参加することになった。

そんな状態で、さらに追加で責任重大な役割を押し付けられたため、キレているという状況。とはいえ彼は正面から俺に「ノー」を言える関係ではないため、遠まわしに文句を言われているって感じだ。

「ありがとう、ね?」

「その分ヴェラには働いてもらうんだから、ギブアンドテイクって感じだけどね」

あと、ヴェラ=シルヴィの護衛にはチャムノ伯の騎士も加わることになっている。彼にも、色々と手を貸してもらっている状況だ。何より、家宝である『シャプリエの耳飾り』をまた貸してもらうことになっている。

……というか、あの耳飾りで「あらゆる情報伝達技術より早く」連絡が取れるから、ヴェラ=シルヴィの行動も許可されたわけだし。

「ところで、足痺れたりしない?」

一睡もせずにヴェラ=シルヴィの元に来て、促されるままに膝枕してもらって、そのまま疲れが取れるくらい寝てた訳なんだけど。あとただでさえヴェラ=シルヴィは細いし。これから婚姻の式を挙げるのに足が痺れて動けないとか論外なわけだが。

「大丈夫。すぐに、治してるから」

そう言って笑顔で俺の頭を撫でるヴェラ=シルヴィ……また当然のように封魔結界内で魔法使ってるよ、この人。昔は歌った時にたまたま使えるってくらいだったのに、最近は機嫌さえ良ければ歌わなくとも魔法が使えている。

まったく、どういう原理なんだろうな。それが完璧に分かれば、封魔結界の詳細も分かるんだろうか。

「そろそろ起きるよ」

「ダメ」

いや、ヴェラ=シルヴィお付きの侍女たちの視線が生温かくて恥ずかしいからそろそろ起きたいんだけど……って、起きれない?

「膝枕のためにそんな高度な魔法使うなって」

圧迫感とかないのに動けない。これ、金縛りみたいなものか。

「……好き」

何故このタイミングで……?

いや、可愛いけどさ。それでも魔法で押さえつけられてると、生殺与奪を握られてるようでちょっと怖い感じもする。