軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

異民族の宴

その翌日、俺はゲーナディエッフェに誘われ、彼らの酒宴へと参加することになった。

まぁ、俺はまだ酒を飲むつもりはないし、彼らの言語も分からないんだが。それでもこれは、参加することに意味がある。ブングダルト人とゴティロワ族の友好のためにな。

彼らの宴は、真っ昼間から行われるらしい。これはまぁ、夜は暗くて何も見えないからだろう。いくつものテントが張られ、中央には広いスペースが……あれだな、まるで運動会みたいな配置になっている。

広い族長用のテントは入り口が広く開け放たれ、ここから中央の広場が見えるようになっており、テントの中には、ゴティロワ族以外には俺とティモナ、ジョエル・ド・ブルゴー=デュクドレーにサロモン、そしてレイジー・クロームのみがいる。そして近衛は全員、護衛としてテントの外だ。

こちら側から宴に参加するメンバーはこれくらいだ。

……うん、めちゃくちゃ警戒してるな。近衛たちのそんな雰囲気のせいか、テント内もちょっと空気が重苦しいな。まぁ、レイジー・クロームが参加しているくらいだからなぁ。

ラミテッド侯やらヌンメヒト伯女シャルロットやらは軍を率い、それぞれラウル軍の残党を討伐している。俺と共に軍を率いていたのは、ワルン軍を率いるエルヴェ・ド・セドラン子爵だが、彼は軍をいつでも動かせる状態でセウブ市内で待機。そして本来はヌンメヒト伯女シャルロットに仕えているはずのレイジー・クロームが、一日限定で貸し出されている。

理由は彼が使える特殊な魔法にある。詳細は分からないが、彼は空間を繋げることで、瞬間移動に近いことができる……この宴で何かあれば、その魔法で俺だけでも脱出させるつもりらしい。その際、サロモンが魔法を使って時間を稼ぐ予定だとか。

そういった事情もあり、今回の宴では封魔結界が使用されないことになっている。本当に警戒しすぎである。

これがブングダルト人とゴティロワ人の間にある隔たりか……これをなくすの、すごく骨が折れそうだなぁ。

「よくぞ来てくださいました、陛下」

「招待に感謝する、ゲーナディエッフェ。まだ子供だからと過保護な連中ですまないな」

当然、これだけ警戒さればゴティロワ族だって面白くないだろう。俺は真っ先にゲーナディエッフェに断りを入れる。

「いえいえ。酒が入ると人間、何をするか分かりませんからなぁ。こうして止めてくださる人間がいるのはありがたいことです」

……それ、酒が入ったらキレるかもって脅しではないよな?

「では皆の衆、帝国と我らの友好と繁栄に、乾杯」

こうして、緊張感を含んだまま宴は始まった。

※※※

どうやら、ゴティロワ族は酒が好きな種族らしい。明らかに重っ苦しい雰囲気だったのに、酒を飲み始めればそれはすぐに霧散した。

ブルゴー=デュクドレーとサロモンは出された酒に口をつけているが、相当アルコール度数は高そうだ。それをゴティロワ族は水のようにがぶ飲みしていく。もちろん、族長であるゲーナディエッフェもかなりのハイペースで飲んでいる。彼はさすがに酩酊するほどは飲んでいないが、ここから見える範囲にいるゴティロワ族の中には、既に酔いつぶれている人間もいる。

なるほど、これは聖一教と相性が悪いわけだ。

酒に強く度数の高い酒を好むのは、実は聖一教において悪名高いドワーフと同じ特徴である。そして何より、授聖者アインはその教えの中で酩酊を固く禁じていたりする。

これは語り部のダニエル・ド・ピエルス曰く、「船の上で酩酊したら海に落ちて死ぬから」だそうだ。

聖一教は長い船旅の末、この大陸にたどり着いた。その間、航海を円滑に進めるためにアインの口から発せられた取り決めが、そのまま聖一教の教義になってしまったものがいくつかあるらしい。

例えば、死者を船に乗せて弔うのもその一つだ。これは船上でいつまでも死体を放置しておくわけにはいかず、小舟に乗せて船から降ろし弔ったのが、その後正式な葬儀の作法になったのだという。地球でも、ヴァイキングとかが舟葬文化だった気がする。

ちなみにこれ、今では宗派によるが、棺が舟の形になってたり、墓地に先に小舟を埋めてその中に棺を納めたりすることで土葬でも「舟葬と同等」と扱われるようになっている。西方派もその一つだ。

閑話休題、酩酊を禁ずる西方派と、酩酊に忌避感のないゴティロワ族……その相性が良くないことは確かだ。

とはいえ西方派の教義を強制すれば確実に戦争になるしなぁ。あとゴティロワ族も、西方派の教えの一部は守ったりしているらしい。まぁそのふわっとした感じが却って反発を生んでいるともいえる。難しいところだな。

やがて中央の広場に、おもむろにゴティロワ族が二人出てきた。俺は出された果実水を飲みながら、それをなんとなく眺める。

本当はゲーナディエッフェと色々と話したいことがあるのだが……彼の目を見たら、後でいいかと思った。

上手く表現できないが……充足感と安堵だろうか、そういう雰囲気を感じる。我が子の成長を喜ぶかのように、自分の行いを誇るように。

自分が守ったもの、守りたいものを確かめているんだろう。その気持ちは分かる。俺も民衆に期待されて、それに応えたいと思って……だから皇帝として生きることを決めたしな。

もし俺が帝国の民衆に嫌悪感を抱いていたら、そんなことは絶対にしなかったと思う。

ゲーナディエッフェもまた、ゴティロワ族のために戦っているのだ。

さて、広場に出てきた男たちは、何やら彼らの言語で口上を述べると、取っ組み合いを始めた。

まったくルールとか分からないが、彼らはそれを見て大盛り上がりしている。やがて次の二人組が出てきて、再び取っ組み合いを始める……なるほど、見ているうちにだんだんとルールが分かってきたぞ。

「『相撲』か」

「『レスリング』か」

俺が思わずつぶやくと、まったく同じタイミングでレイジー・クロームがそうつぶやいた。

「お前、『レスリング』のルール覚えているのか」

「いいや? だが膝をついても手をついても負けになっていないし、土俵もない。『相撲』ではないだろう」

だからと言ってレスリングっぽくはないんだけどなぁ雰囲気が。寝技みたいなの無さそうだし。

あとなんだろうこの意見が合わないことに懐かしさを覚える、妙な感覚は。

「……というか、お前機嫌悪いのか」

俺はふと、レイジー・クロームの様子に違和感を覚え、彼に確かめる。

「当たり前だ。なぜ私がお嬢様ではなく、お……皇帝陛下の護衛をしなければならないのだ」

今こいつ、お前って言いかけたな? ……まぁ、時と場所を弁えられる人間っぽいし、別にいいか。

「別にお前呼びで良いぞ。その不敬な物言い、表面だけ取り繕われる方が気色悪い」

あと今回の護衛、そのお嬢様が進んで差し出したんだけどな、お前のこと。

ヌンメヒト伯爵令嬢は、短い間しか会話していないが相当頭の回る人物と見た。

彼女の部隊は自領へと戻っていったが、その際、捕虜数十名を借りていった。おそらく、自領へと攻め込んできたラウル派諸侯にシュラン丘陵での顛末を喋らせるために連れて行ったのだろう。

その上、彼女が保護していたアーンダル侯の二人の息子のうち、次男は俺に引き渡し長男は連れて行った。自領だけでなく、アーンダル侯領も平定するためには戦死したアーンダル侯の長男はいた方が良いと見たのだろう。

彼女が直接アーンダル侯領を奪還するのではなく、あくまで後ろ盾として助力する姿勢は、俺としても他の貴族としても評価できるだろう。彼女がアーンダル侯領に影響力を残そうとするなら、自分の兵だけで平定していたはずだからだ。そして何より、かなり順調に平定を進めているようだ。

利己的でなく、まともな貴族ってだけで個人的には高評価だ。

「さて陛下、そろそろ頃合いでしょう……どうです、儂と一献」

振り返ると、ゲーナディエッフェが酒の入ったコップを見せながら、俺に声をかけてきた。

「余は飲まぬがな」

……ようやく本題か。

この宴に参加した目的は他でもない。いわゆる密談というやつだ。俺とゲーナディエッフェの間には、色々と話しておくべきことがある。まぁ、表向きにはただの歓待なんだけど。

「これだけ騒げば奴ら、儂らの天幕は気にしませんからなぁ。それに、一人はもう聞こえておりません」

ゲーナディエッフェの隣に座ると、彼がそう俺に話しかけてきた。どうやら、宴が始まってすぐに呼ばなかった理由の説明らしい。

「しかしもう一人は潰れんか。やりますなぁ」

……なるほど、さっきまで気づかなかったが、ブルゴー=デュクドレーが酔いつぶれている。つぶれていない方はサロモンか。

「そうか、ブルゴー=デュクドレーとは知り合いか」

「えぇ。酔うと眠ってしまうことも」

まぁ、別に聞かれて困る話はしないと思うんだけどね。

「余の用件は後で話そう。そちらの話は?」

前回、ゲーナディエッフェと話したのは、巡遊の最中、ガーフル兵に襲われた時だった。あの時の俺はまだなんの力もなく、空手形しか渡せなかった。さて、今回は何を言われることやら。

「では儂からは一つだけ」

ほう、一つだけでいいのか……いや、逆か。むしろ一つだけという方が恐ろしいか。

「儂の孫を嫁にもらってはくれませんか」

テント内の空気が、凍りついた気がした。

※※※

なるほど、そう来たか。

「先ほどから陛下に酌をさせている娘です。身内贔屓ながら器量も良く美しい娘でしてな。どうです?」

ゲーナディエッフェの紹介で、その少女が頭を下げる。俺より一・二歳くらい年上か……族長の孫に果実水を注いでもらってたとか、全く気が付かなかった。

しかし言われてみれば納得だ、ゲーナディエッフェと同じく、ブングダルト人と言われても違和感のない背丈をしている。

ちなみに、テント内の空気を変えたのはサロモンだ。殺気まではいかないが、穏やかじゃない雰囲気である。そういえば、ロザリアを泣かせたら容赦しないと明言しちゃう人だったな。

さて、どう躱したものか。

「本当にそれで良いのか」

「おや、気に入りませんでしたか」

かつてゲーナディエッフェと盟を結んだ時、彼はこう言った。

──陛下を『五代の盟約』、その五代目と認めましょう。

はじめて聞いた言葉だったが、重要なのはつまり、俺は無条件に五代目と見なされる訳ではなかったということ。おそらく本来の五代目は俺の父、ジャン皇太子がなるはずだったのだろう。

そして遡れば、初代に当たる人物は四代皇帝……獅子帝、エドワード二世である。彼とゴティロワ族との間に目立つ繋がりはまず、彼がゴティロワ族の女性を妻の一人として迎え入れたということだろう。

「普通に考えれば、ゴティロワ族の女性を妻に迎え入れた者を初代とする……それが『五代の盟約』、そう思うだろう」

実際、宮廷の資料にはそう書かれたものもあった。だが俺は、この『五代の盟約』はそうではないと考えた。

「調べたぞ、ゲーナディエッフェ。四代皇帝が迎え入れた妻は、背丈が低かったそうだな」

背丈が低いのはゴティロワ族の特徴。一方で、その族長であるゲーナディエッフェの背は彼らよりも高く、その孫も同じである。

「そして四代皇帝は、娘の一人を時のゴティロワ族長の嫁に出している」

つまり、『五代の盟約』とは単純な血縁関係から来るのではなく、族長の一族がゴティロワ族内で優位性を保つために必要な、重要な事柄ではないだろうか。だってただの血縁関係で五代も同盟を維持するって、普通に考えたら重すぎる。

「余が思うに……ゴティロワ族において『背が高い』ことは権威の象徴なのだろう。そしてそのために、歴代の族長一族はゴティロワ族以外の異民族の血を積極的に取り込んできた……つまり『五代の盟約』とは、族長一族が異民族の嫁を貰い受け、その者が次の族長を産んだ際に見返りとして五代にわたる強固な同盟を保証する……そういうものではないだろうか」

そして俺の予想が正しければ……。

「だから余はてっきり、卿はいずれ生まれてくる余の娘を欲しがっていると思ったのだが、違ったのか」

「ふむ、ちと簡単過ぎましたかな」

そして俺の予想は正しかったらしい。まだ俺は結婚もしてないし、こんな話は早すぎると思うんだけどなぁ。

「何人目か分からないし、そもそも確実に生まれてくる保証もない。それでも、余は生まれてくる娘を、卿の後継者の嫁に出しても良いと思っているのだが?」

「では、そちらでお願いいたしましょう。いやはや、口約束とはいえ思い通りになって良かった。ガッハッハ」

……よく言うぜ、ゲーナディエッフェとしてはそれとは別に、本気で孫を俺の妻にしたがっている癖に。

四代皇帝の話からも分かるように、ゲーナディエッフェとしてのベストな選択は、俺に自分の孫を嫁がせたうえで、別の妻から生まれた子を将来の後継者の嫁にすることだ。だがそれをすると、俺の方が話がこじれる。

外国の王女であるロザリアと、帝国の臣下であってほぼ独立国に等しい自治権があるゴティロワ族の長の孫……どちらを正妻とするかは、今後のベルベー王国とゴティロワ自治領の情勢によっては、問題になる可能性がある。

だから俺としては断りたかった。そしてそれを察知したゲーナディエッフェは、俺の心情を損ねないように手を引いた……といったところか。

まったく、油断ならない男だ。

「では、次は余の用件を伝えよう」

俺は果実水で一度喉を潤し、そしてゲーナディエッフェにはっきりと伝える。

「帝国と自治領は、しばらくの間一定の距離を保って付き合おう」

※※※

「ほう、距離を。詳しい説明をいただけますかな」

ゲーナディエッフェの目つきが鋭くなる。やはり歴戦の男は違うなぁ。威圧感すら感じるぞ。

「ゴティロワ族は、あまりに我々と文化が違い過ぎる。そして聖一教が変わらない限り、聖一教徒とゴティロワ族の間には、何かしらの問題が起きることは想像にたやすい」

そう、彼らは帝国領内で自治領として存在するが、あまりに文化が違い過ぎる。そして違いは敵視を生みやすい。

実際、今俺がラウルは素早く片付けたのにアキカールの方は時間をかけて鎮圧しようとしているのは、元異民族で異文化であるが故の民族対立が根底にある。俺はそういった異民族を弾圧するつもりはないが、過去の負債が残っているのだ。

「人の感情や意識というものはそう簡単には変えられない。余は、時間が必要だと判断した」

だが単純に時間をかければ改善するという訳でもない。ここで必要なのは、彼らの献身だ。

本当、ここまで彼らに世話になっておいて、虫のいい話だが……この先も彼らの流血が必要なのだ。

「よって、これから余は戦の際、常にゴティロワ兵の供出を求める。百人でも、その半分でもだ」

「……ほう、百人でよろしいのですか」

やはりゲーナディエッフェにはちゃんと意図が伝わるな。

「そうだ。必要なのは実際にどのくらい功をあげたかではない。継続的な献身……それがあれば、いずれ誰も文句は言えなくなる」

「良いでしょう。しかし陛下は距離を取るとおっしゃいましたなぁ。他には?」

俺は頷き、さらに続ける。

「まず、余はまたしばらく卿らと直接会わない方が良いだろう。こうして宴に参加していることも、帝都の聖職者らが知れば一部を除いて卒倒しかねない」

これはまぁ、なんとかなると思う。手紙でやり取りすればいいし、面識のあるブルゴー=デュクドレーやデフロットがいる。

「そしてもう一つ、これは大事なことなのだが……しばらく余から卿らに『名誉』は与えられないと思ってほしい」

「ほう、名誉ですか」

これは帝国貴族が面子とか気にするからだな。ろくに働かなかったりするくせに、そういうのだけはうるさい人間が結構いるんだよな。

「具体的には宮中官職だな。あれはしばらく、卿らに与えるのは無理だろう」

いわゆる内務卿とか外務卿とか、そういう官職だ。これについては、実際に仕事がある内務卿などだけではなく、名誉職……例えば式部卿などといった官職も、等しく任じられないだろう。

「なるほど。つまり、宮廷と距離を置くように、ということですな……これまで通り」

その通り。これ、実は現状維持の話だったりする。逆に言えば、今までそういう風潮だったから簡単には変えられないというだけの話でもあったりするのだが。

「あぁ。 掃(・) 除(・) が済むまでの数年間は耐えてほしい……それともう一つ。今回のラウル平定について、近く論功行賞があるだろう。その際、余は卿らの働きを評価し、上位の序列につける。だが、褒賞についてはそれに見合わないものになるだろう……具体的には金銭だな」

俺にとって、もっとも心苦しいのがこれだ。俺個人の心情としては色々と褒美を与えてやりたいが、今は彼らが反感を抱かれないためにそうした方が良い。

「ほうほう、それで?」

もちろん、事前に素直に話したからただで許してくれというつもりはない。この話のメインはここからだ。

「代わりと言ってはなんだが……今回のラウルとの戦闘で発生した、自治領の損害……これを褒賞とは別に『復興・補填』の名目で支払おうと思う」

「なるほど……つまり名誉ではなく実利を……ということですな」

名を捨てて実を取るっていうやつだ。帝国貴族は『名』も重視する……というか、下手すると『実』より『名』を優先しかねないが、ゴティロワ族にとっては『名』は余計な嫉妬を生むだけの重しになりかねないと思っている。

「そうだ。どうだろうか」

「それは願ってもない話ですな」

まぁ、食いつくだろうな。ゴティロワ族は山岳での戦闘に強く、ラウル軍に対しても自領深くまで引きつけ戦った……その結果、自治領は半ば焦土作戦を行ったかのような損害を出している。

当然、ゴティロワ族の長としては復興のための資金が欲しいし、俺としても下手にゴティロワ族の政情が不安定になれば、貴重な兵力の供給源がなくなりかねないからな。

「では急ぎ、被害状況を計算させましょう」

「あぁ。ただし、宛先は余ではなく財務卿だがな」

勿論、ニュンバル伯に精査してもらう。俺では判断できないからな。

大いに盛り上がっているテントの外とは対照的に、テントの中は再び静まりかえった。

「……返事がないようだが? ちゃんと帝都に送るように」

「はぁ。仕方ありませんなぁ」

その声は、渋々といった様子だった。

……ほんっとうに油断ならねぇな、 ゲーナディエッフェ(この男) 。

「あとそうだ。もう一つだけ聞きたいことがあるんだが……」

まぁ、それだけ頼れる相手なのも事実だしな。