軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第143話 ナンポーインコ

へルンベルク家も含め、公爵の地位の貴族は漏れなくとんでもない大金持ちらしい。

エドモンド家の邸宅に足を踏み入れた瞬間、アメリアは思わずきょろきょろと辺りを見回した。

高い天井には繊細な彫刻が施され、壁には絵画や花のアレンジメントが飾られている。

床には柔らかいカーペットが敷かれ、足音すら吸い込むほどの贅沢さだ。

応接間に通されると広い窓からは庭園の美しい景色が見渡せ、自然光がふんだんに差し込んでいる。

家具は上品な木目が際立ち、飾られたクッションやテーブルクロスは南国らしい鮮やかな色合いを帯びていた。

「ようこそ、お二人とも。遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」

大広間ではクリフの妻ミレーユが出迎えてくれた。

淡い青のドレスを纏い、髪はゆるくまとめられ、自然な波打つカールが彼女の上品な美貌を際立たせている。

首元には控えめだが翡翠色の宝石が輝き、柔らかな笑みを浮かべるその姿は、まるで南国の風をまとった女神のようだ。

アロハシャツ姿のクリフとは対照的に彼女の気品ある服装に、アメリアはどこかほっとした気持ちになったが……。

「ヨウコソフタリトモ! ヨウコソフタリトモ!」

ミレーユの頭上に乗ったインコが、アメリアの安心を打ち砕いた。

カラフルな頭をぶんぶんと躍動させながら、先ほどのミレーユの挨拶を甲高い声で反復するインコ。

あまりのインパクトに面食らうアメリアだったが、ローガンは意に返した様子もなくミレーユに一礼した。

「お久しぶりです、夫人。本日はお招きいただき、心から感謝申し上げます」

「いえいえ、遠いところをお越しいただき光栄です。どうぞ、おくつろぎくださいませ」

「ドウゾオクツロギクダサイマセ! ドウゾオクツロギクダサイマセ!」

「こら。お客様がいらっしゃるのだから、少し静かにしましょうね?」

ミレーユがインコを撫でながら、柔らかい口調で注意する。

「ハァイ……」と、不貞腐れたように前足で耳をかきかきしながら、インコは黙り込んだ。

ミレーユはアメリアに視線を向け、温かい微笑を浮かべる。

「アメリアさんも、お久しぶりね。お変わりなくて、何よりですわ」

「…………」

ぽかんとしているアメリアにミレーユが眉を顰めて尋ねる。

「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

「はっ、申し訳ございません! 頭の上のインコちゃんが気になってしまい、つい……」

「ああ、エルリーフ?」

ミレーユがインコ──エルリーフに目をやる。

その視線にはどこか慈しみが込められているように見えた。

「紹介するわ。ナンポーインコのエルリーフよ。私の頭の上がお気に入りみたいなの。よろしくお願いね」

エルリーフはミレーユの言葉に反応し、「ヨロシクオネガイ! ヨロシクオネガイ!」と、バッサバッサと小さな翼を振りながら繰り返した。

「よ、よろしくお願いしますっ」

戸惑いつつもペコリと頭を下げるアメリア。

ナチュラルに人間の言葉を反芻するインコは初めてで、アメリアは驚きを隠せない。

「あの、エルリーフって紅茶の……?」

アメリアが言うと、よくぞ気づいてくれたわと言わんばかりにミレーユの顔が明るくなる。

「そう! この子、匂いを嗅ぐとほんのりエルリーフの茶葉のような甘い香りがするの。それでエルリーフと名付けたの」

「な、なるほど。確かに、エルリーフはフルーティな香りがしますもんね」

「そうなの! エルリーフはほのかに花のような香りも含んでいて、飲んだ後も爽やかさが残るのが素敵なのよね」

「葉の形も繊細で綺麗なので、見た目も楽しめますよね」

「うんうん、その通りだわ」

興奮気味にその紅茶の特徴を語るミレーユが大の紅茶好きであることは明らかであった。

そして植物に関して膨大な知識を持つアメリアもミレーユの話にはバッチリついていける。

二人の会話には紅茶に対する造詣の深さと情熱に溢れていた。

「やっぱり、『茶葉の読み解き』の優勝者は目の付け所が違うわね」

「いえいえ、そんな……」

アメリアは顔を赤らめながら謙遜する。

つい先日、クリフ公爵家が主催したお茶会にアメリアは参加した。

そのお茶会にて、かつて実家で彼女を虐げていたエリンと再会。

エリンは公然とアメリアに挑発的な態度を取ってきて、紅茶を飲んで銘柄を当てる『茶葉の読み解き』で勝負をふっかけてきたのだ。勝負は予想外に接戦となり、最後の一杯まで一進一退の攻防が続いた。

しかし、アメリアは膨大な知識と己の舌先を駆使し、エリンがクリフ公爵家の使用人を買収して事前に解答を入手していたという大不正を働いていたにも関わらず勝利した。

この出来事は、アメリアにとって複雑な気持ちを抱かせつつも、それまでどこか消極的だった彼女の心を大きく前進させたイベントでもあった。

「それはそうと、ミレーユさんは、インコがお好きなのですね」

何気なくアメリアが言うと、ミレーユは少し考えるように視線を宙に泳がせる。

「インコが好き、というよりも……」

彼女が何かを言いかけたその瞬間、かあーんっと高く澄んだ音が室内に響き渡った。

アメリアは一瞬、何が起こったのか理解できず音の方向に目をやった。

見ると、使用人と思しき男性が大きな鐘を打ち鳴らしていた。

(なんだろう……?)

アメリアが疑問に思う間も無く、奥の廊下からずどどどどど!! と地響きのような音が近づいてくる。

「下がっておいた方が良いぞ」

そう言ってローガンがアメリアを自身の胸に抱く。体の後ろ側がローガンの逞しい体躯に触れたことに心臓が大きく跳ねる間も無く、地響きが目を前までやってきた。

「わっ……!」

その地響きの正体がわかった途端、アメリアは思わず声を上げた。

目の前に現れたのは、まるで洪水のように押し寄せる動物の群れだった。

犬が吠えながら駆け込み、猫たちはしなやかに廊下を滑るように進んでくる。

モルモットが丸っこい体を揺らしながら走り、ウサギは耳をぴんと立てながら跳ね回っている。

その中には、見たことのない毛むくじゃらの生物も混じっており、凛々しい鷹やふくふくとしたフクロウも羽ばたきながらやってきた。

それらの動物たちは一斉に「動物専用食堂」と書かれたドアの前に集まり、次々に部屋の中へと殺到した。

中では用意された餌に食らいつき、満足そうに頬を膨らませている。まるで絵本の中の光景を見ているかのように、アメリアはただただ目を見開いてその光景に圧倒されていた。

「わ、私は夢でも見ているのでしょうか……?」

自分の頬をキューっとつねり、現実であることを確かめるアメリア。

その様子を見ていたクリフが微笑んで説明する。

「うちの妻は大の動物好きでな。捨てられたり、怪我をした動物を拾ってきては保護しているんだ。おかげで今やこの家は動物園さ」

確かによく見てみると、動物達の中には足や翼に包帯が巻かれているものもいた。

ミレーユは軽く肩をすくめ「他愛のない趣味ですわ」と微笑む。

「ど、動物保護……!! 凄いです……!!」

目を輝かせながらアメリアは感嘆の声をあげる。

動物保護に関しては素人のアメリアだが、ミレーユの活動が並大抵ではない事は理解できる。

「最近、密猟組織によって住処を追われた子もいて、可哀想で放っておけなかったの」

「密猟組織……辛い目に遭った子もいるんですね……」

ローガンの領地では聞きなれない単語にアメリアの背筋が伸びる。

何はともあれ、多くの命を救う彼女の行いに、アメリアは心底尊敬の念を抱くのだった。

「アメリア殿は、動物はお好きで?」

クリフに尋ねられて、アメリアは気まずそうに目を逸らす。

「それが……お恥ずかしながら、生まれてこの方、人以外の動物と接したことがなく……」

「なんと、それは誠か」

目を見開くクリフに、アメリアはこくりと頷く。

へルンベルク家に来るまで、アメリアは実家の離れに幽閉されていた。

そのため、猫や犬といった人間以外の動物を実際に目にするのはこれが初めてであった。

「でしたら、せっかくなので少しうちの子たちと遊んでみる?」

「えっ?」

ミレーユの提案に、アメリアは素っ頓狂な声を漏らした。