軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第132話 決着

(なんとか、最終問題に差し掛かったわね……)

無事二問を正解し、アメリアは椅子から崩れ落ちそうな安堵に見舞われていた。

紅茶に使用されている茶葉も、言うなれば植物だ。

世界の植物のほとんどを知識として網羅しているアメリアにとって、紅茶の銘柄を当てることなど造作もなかった。

もちろん、実際に飲んできた紅茶の数は並の令嬢にもとても及ばない。

しかし香りや味を知識と結び合わせれば、どの茶葉を使っているのが絞り出すことが出来る。

とくにエドモンド家の読み解きに出題される紅茶は独特な品種のようなので、特定にはさほど労を要さなかった。

むしろ同じような香り、味が多いプレーンな銘柄が出題された方が、アメリアにとっては難しかったかもしれない。

この読み解きで二問正解することは非常に珍しいらしく、観客は大盛り上がりだった。

たくさんの視線が突き刺さり、心臓がバクバクと緊張の鼓動を奏でているが、アメリアは努めて平静を装っていた。

今はまだ、多くの観客に見られている。

ローガンの婚約者として、はしたない姿を多くの貴族に見せるわけにはいかない。

コリンヌに教わった言葉を頭の中に響かせながら、淑女として落ち着いた仕草を心がけていた。

(それにしても、流石エリンね……)

1問目も2問目も一筋縄ではいかない問題だったが、エリンはなんなくクリアした。

今まで散々自分を虐げてきた相手とはいえ、その点は素直に称賛の念を抱いていた。

ちらりと横を見ると──エリンが鬼のような形相をしていた。

まるで炎を纏っているかのように、メラメラと熱い感情を燃やしている。

(流石エリン、やる気満々ね……)

手を近づけると火傷しそうだ。

エリンが並々ならぬ闘志を燃やしていると勘違いしたアメリアは、(私も頑張らないと……)と自分を鼓舞した。

──まさかエリンが裏で不正を行っていて、計画が失敗したことに対し怒り狂っての炎だなんて、考えてもいないアメリアであった。

(負けたくない……勝ちたい……!!)

せめて二人とも最終問題を正解して、引き分けに持っていきたい。

エリンにだけは負けたくないと、アメリアも心を燃やしている。

それは、アメリアが生まれてはじめて持つ感情であった。

しかし、一方で不安もある。

自分なんかがエリンに勝てるのだろうか。

自分の知らない銘柄ができて負けたらどうしよう。

そんなネガティブなイメージが湧いて来て、今すぐこの場から逃げ出したくなる。

そういった不安もあるが、もうここまで来るとやるしかなかった。

「さあ、いよいよ最終問題です! 本日初の全問正解なるか、大注目です!」

司会が一際大きな声で言って、会場のざわめきが収まる。

これから繰り広げられる最終決戦を、皆固唾を飲んで見守っているようだった。

「最終問題は、ミレーユ様直々に淹れて頂いた紅茶の銘柄を当てて貰います」

司会が言うと、ミレーユがトレイに紅茶を二つ載せて登場した。

ミレーユは拍手で迎えられ、お調子者の貴族がぴゅいっと口笛を吹いた。

ミレーユは観客たちに微笑みで返した後、アメリアとエリンの座るテーブルに歩み寄る。

エリンの前に紅茶を置いた後。

アメリアのそばにやって来たミレーユが紅茶を置いてそっと耳打ちした。

「貴方なら、辿り着けると思っていたわ」

期待通りと言わんばかりのミレーユの言葉に、アメリアは控えめに頭を下げて。

「これまでの紅茶、どれも本当に美味しかったです。ありがとうございます」

アメリアの言葉に、ミレーユは嬉しげに微笑んでから後ろに下がった。

すると、ふんわりと芳醇な香りが漂って来て、アメリアはわずかに眉をひそめた。

(あれ……この香り……)

「さあ、お飲みください!」

司会の掛け声で、戦いの火蓋が切って落とされる。

アメリアはまず、紅茶の香りを慎重に嗅ぎ始めた。

鼻腔をくすぐるその香りは、一言では表せない複雑さを持っていた。

最初に感じたのは、深い森の中を歩いているかのような、樹木から漂う爽やかでありながらも深みのある香り。

それに続くのは、遠くの花畑から吹き寄せる甘く優しい花のような香り。

さらにその奥には、新鮮な果実を思わせる、微かに酸味を帯びた香りが混ざっているように感じた。

(この香りは……初めてかも……でも、どこかで嗅いだこともあるような……)

頭の中で「これだ!」というものが浮かばず、アメリアの心臓が小鳥のように跳ねた。

それでもアメリアは冷静さを保ち、注意深く香りを分析する。

しかし一向に、この香りに該当する茶葉の名が出てこない。

焦りが生じ、じんわりと額に汗が滲む。

(香りだけじゃ、判断できない……)

カップに口をつけ、アメリアは紅茶を舌の上で探った。

一口目に感じたのは、豊かな土壌から育った茶葉の深みと、森の樹木が持つような爽やかな余韻。

直後、繊紫の花の五徳優雅な甘さが口の中に広がる。

次いで、朝露を帯びたばかりの新鮮な果実っぽい風味が続いた。

さらに、それぞれの層から微かに感じられるスパイスのような刺激が、味わいに独特の深みを加えている。

まるで多層的な風味の絨毯を歩いているかのような、『美味しい』に加えて『面白い』という感想を抱くような味だった。

(待って、これって……)

ある一つの可能性に辿り着き、この問題を出したミレーユの思考を辿る。

最終問題ともなれば、その難易度は相当なものに設定されているはずだ。

ただ希少な紅茶が正解だと面白くない。

(ということは……)

ここで、アメリアはハッとした。

つい先ほど、ミレーユと初めて言葉を交わした時の記憶が蘇る。

──夫人のお気に入りも、ぜひお伺いしたいです。

──そうね……基本なんでも好きだけど、最近は新しい味を求めてブレンドに凝っているわ。

──ブレンドですか?

──そうそう。個人的に微妙だと思った茶葉でも、組み合わせ次第ではとっても美味しくなったりして、とっても面白いの。

(いくつかの茶葉の組み合わせ……?)

確かにこの紅茶は、香りも、味も、単一の茶葉では決して生み出すことのできない、複雑なものになっていた。

ミレーユはおそらく、知識と舌の両方に最上級の挑戦を投げかけたのだろう。

なんの茶葉の組み合わせか、当ててごらんなさいと。

茶葉に関する幅広い知識と洞察力に加え、高い舌の感度もないと解けない問題だった。

そんな超難問を前にして、アメリアは苦境に立たされていた。

(多分、オーロラブルームとエメダウンはブレンドされてる……)

使用されているであろう茶葉の中で、彼女が特定できたのは二つ。

しかし、ミレーユがブレンドした紅茶の香りと味わいは、明らかにそれだけではないと理性が訴えている。

残りのもう一つの茶葉が何なのか、アメリアには特定出来ずにいた。

へルンベルク家に来てからのティータイムや、コリンヌ先生と共に学んだ紅茶は数多くあれど、その大部分はオーソドックスなものだった。

アメリアの知識は豊富とは言え、実際に飲んだ紅茶の数は、他の令嬢たちと比較して圧倒的に少ない。

複雑にブレンドされた微妙な味わいの違いを区別するには、舌の経験が足りなかった。

「先に手が動いたのはエリン嬢! 迷いのない手で解答を記入しています!」

司会の声で思わず横を見ると、エリンが紙に解答を書き始めていた。

その表情はどこか清々しく、戦いを終えたような雰囲気が伝わって来る。

アメリアにはそれが、エリンが勝ちを確信した答えを記入したように見えた。

それがより一層、アメリアの焦りに拍車をかける。

もう一度カップに口をつけて、目を閉じ集中する。

舌先から脳に伝えられる味覚情報から、今特定できている二つの茶葉の味をそぎ落とし、残った味を知識と照らし合わせた。

(……最後の一つは多分、ラスピーと、フロスブリズのどっちか……でもだめ……どうしても絞り込めない……)

あまりにも風味も味も似ている二つの茶葉。

どちらかが最後の茶葉という所までは導き出せたものの、ここがアメリアの限界であった。

なんとなくこっちなんじゃないかという微妙な直感はあるものの、確証はない。

もはや博打に近い状態だった。

「おっとアメリア嬢の方は微動だにしない! 最終問題は流石に厳しいか……!?」

ざわざわと、観客がテンションの低い言葉を口に始める。

「やっぱ最終問題は答えられないか」

「期待してたんだけどねー」

アメリアに対する評価を下方修正する声が聞こえて来て、胸がずきんと痛む。

(どうしよう……どうしよう、どうしよう……)

手が震え、心臓の音が耳をつんざくほどに聞こえる。

汗が額に滲み、ペンを手にすることすら強い躊躇いが生じる。

コリンヌ先生の声は、もはや頭の中から霧散していた。

変わりに渦巻くのは自己否定の言葉。

無理だった。調子に乗った。

止めておいた方がよかったのに、どうして勝負を受けてしまったのかと、自分を責める声が渦巻いていた。

「制限時間は残り30秒! アメリア嬢は解答出来るでしょうか!?」

俯き、肩を震わせるアメリアに、司会すらも声に動揺を浮かべている。

目の奥が熱くなって、涙が溢れそうになるのを堰き止めるのにアメリアは必死だった。

膝の上で握る手に力を込め、悔しさと情けなさで一杯になった胸の中で、アメリアは吐き出すように言う。

(ごめんなさい、ローガン様……やっぱり、私なんかじゃ無理……)

「アメリア!!!!」

ぐちゃぐちゃになった思考を、力強い声が中断する。

会場の方に視線を向けると、アメリアが一番良く見える位置でローガンと目があった。

「間違えてもいい!!」

他の観客から訝しげな視線を投げかけられても構わず、ローガンは叫んだ。

「自分を信じろ!!」

力強い声が、会場に響き渡る。

その声は、怯え、萎縮していたアメリアの心に大きな勇気をもたらした。

「自分を、信じろ……」

反芻すると、奥底に眠っていた炎が呼び起こされる。

言葉とは不思議なもので、ただ口にするだけで言葉通りの感情を身体にもたらしてくれる。

深く、アメリアは息を吸い込んだ。

揺らいでいた視界が一瞬でクリアになり、今までの迷いが嘘のように消えていく。

ぎゅっと、胸元にかかっているクラウンブラッドのペンダントを握り締めた。

覚悟を、決めた。

アメリアはペンを手に取り、解答用紙に答えを記入し始める。

指先まだ少し震えているが、心はもう迷っていない。

人から注目を集めるのが嫌いなはずのローガンが、大人数の前で声を張って自分に勇気をくれた。

その行動に報いなければならない。

そんな思いがアメリアを突き動かしていた。

用紙にペンを走らせながら、アメリアは考える。

(正解することも大事だけど……)

ローガンの言葉を、アメリアはこう解釈した。

(自分の信じた道に足を踏み出すことが、大事だよね……)

その解釈は、アメリアの心に確かな納得感を伴ってすとんと落ちた。

解答用紙に最後の一文字を記入し終えると、アメリアはゆっくりと息を吐き出す。

心は不安でいっぱいだが、どこか清々しげな満足感で満たされていた。

「時間終了です!」

司会の声が響き渡ると同時に、アメリアは解答用紙を前に置いた。

己のすべてを出し切った感覚。

正直、博打なのは最後まで変わらなかった。

正解率は五分五分といった所だろう。

(でも、これで間違えても……後悔はない、かな)

自分の実力不足だったと受け入れられるくらいには、全力で頑張ったから。

そんな実感が、アメリアにはあった。

「それでは、解答をお願いします!」

二人同時に解答用紙を表にする。

アメリアは堂々と、しかしエリンの方はどこか躊躇っているように見えた。

「エリン嬢……セレチャルティー! アメリア嬢は……」

アメリアの解答を見て、司会が目を瞬かせる。

「ええっと……オーロラブルーム、エメダウン、ラスピー……!!」

司会が口にした解答に、観客からどよめきが上がる。

複数の組み合わせの解答は予想外だったのだろう。

「判定は……」

司会がミレーユに判断を仰ぐ。

会場中の注目がミレーユに集まった。

ミレーユは一切同じた様子は無く、穏やかな笑顔を浮かべている。

しんっ……。

と、会場が世界から隔絶されたように静まり返って……。

「アメリアさんの正解です」

瞬間、会場全体が熱狂の渦に飲み込まれた。

うおおおおっ!!

歓声が空まで昇り、空気が震えるほどの盛り上がりを見せた。

「信じられない!」

「エドモンド家の読み解きで全問正解なんて初めて見たわ!」

アメリアの耳に届く歓声は、喜びよりも安堵をもたらした。

胃袋が裏返りそうなほどの緊張が、この瞬間にすべて報われる感覚だった。

「この問題は、最終問題にふさわしく、最高難易度のものです」

ミレーユが前に出てきて解説を始める。

「使用されている茶葉は、オーロラブルーム、エメダウン、ラスピーの3つ。全て市場にほとんど出回らない、非常に希少なもの。それぞれ独特の風味を持っていますが、1:2:4の比率でブレンドすることで、一つのまったく新しい紅茶の体験を生み出します」

解説に、観客たちは深く聞き入っている。

「各茶葉は単体でも素晴らしい香りと味わいを持ちますが、この三つをふさわいい比率で合わせることで、バランスの良い味に仕上げることができます。アメリアさんがこの複雑なブレンドを見抜けたことは、非常に素晴らしいことです。まさに、優勝者に相応しい快挙を見せてくれました」

ミレーユの解説が加わると、歓声は再び熱を帯びた。

解答を聞いて、誰もが思ったはずだ。

この問題を正解するのは凄い、と。

(そりゃあ……難しいはずよね……)

茶葉の知識には自信があったが、知識だけでは太刀打ちできない要素がある事を身を以って実感した。

改めて奥の深い世界だと思うアメリアであった。

ふと、観客席のローガンとの目が合う。

彼の顔には、満足げな微笑みが浮かび、アメリアへの深い愛情と尊敬の念がにじみ出ていた。

まるで成長した我が子を見守る父のような、温かくも誇らしい眼差しだった。

(よくやったな)

ローガンの瞳から、そんな言葉が聞こえてくるようだった。

控えめなガッツポーズを、アメリアは掲げる。

そしてローガンと同じように、自分の胸の内を目で伝えた。

(ローガン様の、お陰ですよ)

アメリアは息を吐き出し、今度こそ力が抜けて椅子に深くもたれかかり……。

バンッ!

突如として、弾くような鈍い音が耳を劈いた。

びくりとアメリアの肩が飛び上がる。

歓声がピタリと止まり、静寂が会場を覆った。

何事かと横を見ると、エリンが立ち上がり、わなわなと身体を震わせていた。

「エ、エリン……?」

「インチキよ!!」

乱暴に椅子を蹴飛ばし、ツカツカとアメリアに向かって歩み寄る。

アメリアを見下ろすように、エリンが立ちはだかった。