軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10日目、白い結婚の終わり

その日、ラヴァン伯爵家の騎士たちとシルヴィア伯爵家の騎士と王宮の騎士たちが大挙してセラステス侯爵家へと乗り込んだ。

「見よ! 国王陛下よりの命令である」

王宮の騎士隊長がセラステス侯爵家の使用人たちに向かって命令書を掲げる。

「ステラ夫人を解放せよ!」

ドガッバキッと騎士たちは邪魔をする使用人たちを一撃で薙ぎ倒して、猛然と進む。

「ステラ夫人をお救いするのだ!」

『レリーヌちゃんを救うのは俺だっ!』という副音声が聴こえそうな勢いの騎士たちであった。なにしろセラステス侯爵家への突入隊は、熾烈な倍率のレリーヌラブの志願者であふれたのである。

『リアルレリーヌちゃんに会える!』と騎士たちの意欲は熱狂的で、王族警備の近衛まで侯爵家突入隊の選抜戦に参加したほどであった。凄まじい熱量だったのだ。特に主家の姫であるステラの救出にはラヴァン伯爵家の騎士たちがモエに燃えていた。

「どけっ!」バキッ! 『よくもレリーヌちゃんを虐めたな!』

「ええい!」ドコッ! 『レリーヌちゃんを苦しめたメイドはどこだっ!』

「妨害するな!」グチャッ! ベキッ! ガガッ! 『レリーヌちゃんを虐待したのはおまえか!? こいつか!? あいつか!?』

副音声はめいっぱい私怨にまみれているが、表向きは私心のない清廉潔白な態度を崩さない騎士たちであった。

そして。

いよいよステラの部屋の前まで来た騎士たちであったが、ラヴァン伯爵家の騎士隊長とシルヴィア伯爵家の騎士隊長と王宮の騎士隊長の眼光が鋭くなった。ブチ殺す、と双眸から光線が出ているかのように苛烈である。

「ステラ様はラヴァン伯爵家の姫君である。故に扉はわたしが開ける」

「いいや。シルヴィア伯爵家の奥方であるルーナ様より頼まれた俺が扉を開ける」

「ハッハッハッ。愚かな。王宮の権威を何と心得る!? この場の最高責任者はわたしだぞ。わたしが扉を開けるのだ!」

バチバチバチッ、と稲妻が走る。それぞれの隊長の後ろでは部下たちが焦げつくような熱い眼差しで自分たちの隊長を応援していた。

しかし。

「……外に誰かいるのですか? 屋敷が凄く騒がしいのですけれども……」

ステラの不安げな声に、3人の隊長はハッと我にかえった。優先すべきはステラの安全であり、仲間で争っている場合ではないのである。

ドッカーン!

3人の隊長が揃って扉を蹴った。

扉が半壊して開く。

部屋の中には清らかな天使がいた。もちろんステラである。長い金の髪が煌めき、ヘーゼル色の瞳が宝石のように神秘的であった。何しろ母親のラヴァン伯爵夫人は社交界有数の麗しい名花として有名なのだ。娘であるステラとルーナの容姿も星にも月にも例えられるほどに美しいことも言うまでもなかった。

「……あっ」

ステラの顔に喜色が宿った。

「ルーナ!」

騎士たちの後方からルーナが姿をあらわした。

「ステラ!」

ルーナが駆け寄って、ステラに抱きつく。

お互いの長い金色の髪がキラキラと光る。ステラとルーナは光輝くように美しい。星の光が夜空に瞬き、月の光が地上を照らすような清く澄んだ美しさであった。

騎士たちが目を見開く。

ラヴァン伯爵家とシルヴィア伯爵家の騎士たちはドヤ顔である。当家の姫様、当家の奥方様の美貌に鼻高々であった。

しかも、そっくりな容貌の美しい双子が抱きあっているのである。美しくて、花咲くように可愛いかった。

暴力的なまでに可愛い。

可愛さの凶器である。

無敵の可愛い光景に身悶えしたいし、かなうことならば『可愛い!美しい!』と叫びたい騎士たちであったが忍耐でギリギリと歯を噛み締めて自制する。耐えすぎて、もはや無表情となっていた。

悶絶した騎士が呼吸をおとして我慢できずに小さく呟いた。

「……尊い……!」

「心臓が痛い……、キュンキュンする……!」

「生きていてよかった……!」

「我が人生に後悔なし……!」

「騎士になった自分を褒めてあげたい……!」

興奮に舞い上がった騎士の一人が独り言を言った。

「衝撃の真実……! リアルレリーヌちゃんのステラ夫人は、劇のレリーヌちゃんよりも美人で綺麗で可愛かった……!」

ジャンジャンジャン!

「寄ってらっしゃい、観てらっしゃい!」

弁士が弦楽器を高らかに鳴らす。

すでに観客たちは幾重にも輪となって寸劇の開始を待ち構えていた。後方には、次の公演を観るために長い行列が伸びている。

「いよいよ『とある侯爵家の白い結婚』10日目だよ〜! 昨日、近衛兵に侯爵が捕まったから、我らがレリーヌは忌々しい侯爵家から解放されたんだよ〜! やったね! それで〜、レリーヌはね、実家の伯爵家に戻ることができたんだ〜」

「うおおお〜!」

「よかった! よかった!」

「レリーヌちゃ〜ん!」

「信じていたぞ、俺は! レリーヌちゃんの無事をっ!!」

観客たちが歓喜に沸く。

ジャンジャン!

「馬車は走る〜。伯爵家に向かって〜。屋敷では母親が待っていて〜、レリーヌは〜、母親と姉妹と抱きあって再会の涙を流したんだ〜」

「お母様っ!」

「レリーヌ!」

レリーヌ役の女優が母親に優しく抱擁される。

今日もレリーヌはうたかたのテンションマックスで涙を流す。かげろうのごとく儚い。いかにも弱々しく、触れるとハラハラと散ってしまう脆い花びらの花のようなか弱さである。

「うっ、うっ、うっ……」

ほろほろと涙が糸の切れた真珠の首飾りみたいに散らばった。素晴らしい演技力である(ただし涙のみに一点集中した演技であるが)。

「「「うっ、うっ、うっ……」」」

観客の女性たちもシンクロして大量の涙を溢す。

「感動ですわ……」

「名作でしてよ……」

「涙がとまりませんわ……」

観客の女性たちのハンカチはぐっしょりと濡れていた。

レリーヌから数メートル離れた場所にはデルグトス役の俳優が膝をつき頭かかえていた。

「俺は侯爵だ……! 侯爵なんだ……!」

愚かなことに、残酷であるが失ってから気づくものがある。侯爵として約束された栄光の未来、社交界での羨望の眼差し、豊かな生活、傅く使用人たち、全てが永遠に続くものだとデルグトスは思っていた。

なのに兵士に乱暴に捕獲されて。

地面に押さえつけられて、貴族牢ではなく一般の独房に手荒く入れられて。

まるで風に吹き飛びされる塵のように貴族であることが風前の灯火となってしまっている。

もともとデルグトスは侯爵として有能ではないが不足のない能力を所有していた。少し冷静になれば、後悔が波のように押し寄せてくる考察力はあったのだ。

しかし平民の恋人の色香に惑わされ、甘く無条件に自分を称えてくれる言葉に酔って躓いてしまった。それだけならばリセットして再スタートする権力が侯爵家にはあったのに、デルグトスはレリーヌへの対応を誤って雪崩れのごとく事態の泥沼化させた。自身で種を撒いて負の連鎖に陥ってしまったのだ。

親族一同から見限られたのも追撃のだめ押しとなった。

しかもデルグトスは後悔はしても、自分に根本原因があったとは理解していないことが致命的だった。

「違う。こんなことは間違っている。俺は侯爵で、侯爵家の力があれば何でも揉み消せるはずなのに。叔父どもめ、親族連中どもめ。俺から爵位を奪い取る気なのだ。俺は侯爵家の唯一の直系だぞ。俺が正統な侯爵なんだ」

どれほど嘆いても時間は戻らない。もう逃げ道すら残っていないのだ。

デルグトスは、

「これは悪い夢だ。現実ではない。悪いのは離婚をしたレリーヌだ、俺を見捨てた親族だ、俺を罰そうとしている奴らだ。俺だけが正しいんだ!」

と、髪の毛を掻きむしって吠える。目が血走ってパチパチと火花が出そうな迫真の演技であった。

泣くだけのレリーヌと演技派の実力俳優のデルグトス。

この二人のおかげで『とある侯爵家の白い結婚』は街角の寸劇とは思えないほどに大人気を博していた。

「レリーヌちゃ〜ん!」

「愛しているよ〜!」

「グッズを買ったよ〜!」

「握手して〜!」

レリーヌが救われて深刻な状況から脱出したので、観客たちの声援の質も賑やかな応援方向に変化していた。いわゆる萌えである。ときめきと愛で大盛りあがりであった。経済効果満点である。

一方のデルグトスというと。

「気色悪いんだよ!」

「自分本位すぎだ!」

「バーカ、バーカ、バーカ!」

「さっさとくたばれよ、処されろ!」

とヘイトが集中して罵詈雑言の嵐である。実はデルグトスをこき下ろすために『とある侯爵家の白い結婚』へ通ってくる男性客も多い。

若くて美しくて金持ちの侯爵を罵倒できる機会などそうそうない。世論も貴族社会も侯爵を罰する方向へと流れているのだ。何を言っても不敬罪で咎められることはない。絶好のストレス発散とばかりにイキイキと罵声をあびせる男性客たちの元気なこと。お祭り気分で大合唱である。

しかも。

「吸水率バツグン! 涙をふくハンカチはいかがですか〜!?」

「レリーヌまんじゅう! 美味しいよ!」

「お土産に最適! レリーヌクッキーはこの店で!」

「顔だけは最高だよ! デルグトスハンサム絵姿はどうだい!?」

「こっちは踏み絵だよ! デルグトスをグシャとして気分爽快になろう! ストレス発散になるよ!」

と周囲の店や屋台も大盛況である。人々がひしめき、音楽のように人の波が流れて途切れることがない。商売繁盛で商人たちはホクホク顔であった。

街角で誕生した寸劇の『とある侯爵家の白い結婚』は広範囲性の娯楽および産業の社会現象となっていたのである。

ジャンジャンジャン!

「明日はデルグトスの判決だという情報を入手したよ〜。さぁて、クズいデルグトスはどうなるのかな〜。レリーヌはこのまま実家の伯爵家で幸福になれるのか、明日だよ、明日〜」