軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11日目、判決

王宮の広い謁見の間には大勢の貴族たちが集まっていた。

「……貴族牢から逃げ出したらしい」

「……なんてことを。王宮での犯罪は微罪でも大罪になるとの王国法があるのに」

「……脱獄だなんて。ただでさえ脱獄刑は重いのに、そこに王宮刑罰法が加わることになる」

「……貴族ならば皆が知っていることだ」

「……終わりだな。侯爵は」

貴族たちの囁きはさらに低くなる。

「……卿はご存じですか? 王都の寸劇を」

「……アレですな、『とある侯爵家の白い結婚』」

「……さようです。恐ろしいことに内部事情が筒抜けでゾッといたしましたよ」

「……暴露の極みのような寸劇でしたな。寒気がいたしました」

「……創作作品と劇団側に主張されてしまえば、もう」

「……おそらくどこかの貴族家が暗躍をしたのでしょうが、探りは禁物ですな」

「……これだけの手腕です。こちらにまで火の粉が降り掛かってきては堪りません。触らぬ神に祟りなし、ですぞ」

「……深入りは災いを招くことがありますから。放置が最善です」

貴族たちは静かにおののいて肌を粟立たせた。

こうして今回の寸劇『とある侯爵家の白い結婚』も、過去の数多の寸劇と同様に支配階級の者たちから傍観されることとなったのであった。

カン!

先端に宝珠が取り付けられた豪華な王笏で国王が大理石の床を打った。

一斉に貴族たちが頭を垂れる。

「これよりセラステス侯爵の判決を言い渡す」

国王の声が広い謁見の間に響く。

縄で拘束されたセラステス侯爵は、左右の騎士に両肩を押さえつけられて広間の中央で跪いていた。顔には血の気がない。

「セラステス侯爵からは脱獄罪により爵位を剥奪。セラステス侯爵家は降爵、子爵位とする。血縁順位が最も高いグレードス伯爵家の次男にセラステス子爵家の新たな当主となる許可を与える。それにともないセラステス領からヤグ地方およびカリザリア地方を没収。元セラステス侯爵は流刑地の鉱山送り。以上が判決である。くわえてステラ嬢との結婚は白紙とする、よってステラ嬢はセラステス元侯爵家とは無関係である」

グレードス伯爵がホッと息を吐いた。

刑罰はセラステス侯爵一人。

血族と家臣は助かった、と。

たとえ降爵され領土が削られて権勢が縮小されようとも、貴族のままである。領民も支配する人間が代わっただけで生活に支障はない。

戦略的な婚姻政策を重ねて勢力拡大を進めるマリゼ伯爵家と、突出した能力で影響力を示すシルヴィア伯爵、何よりも美しい姿に猛毒を秘めるラヴァン伯爵夫人を相手にして上々の快挙を成し遂げたとグレードス伯爵は自負をした。

そもそもラヴァン伯爵夫人と敵対することが過ちなのだ。

手を組むまでグレードス伯爵もラヴァン伯爵夫人をただの美しい貴婦人と思っていたが、その認識は勘違いであった。ラヴァン伯爵夫人は清らかな毒水である。無味無臭無色で毒を感知できない。絶対に敵対してはならない相手なのだ。

あとは、後顧の憂いを断つことが肝心であるとグレードス伯爵は元セラステス侯爵に視線を定めた。一族の安全のために。真っ青になって震えている元セラステス侯爵に冷酷な眼差しを向けるグレードス伯爵であった。

ルーナは隣に立つシルヴィア伯爵をチラリと見上げた。文官なのに騎士のごとく体格が立派である。剣の腕も騎士に負けない。

母のラヴァン伯爵夫人には年齢差を心配されたが、シルヴィア伯爵はおおらかな包容力があってルーナを常に優しく支えてくれる。今回の件も緻密な支援をしてくれた。

強い、賢い、優しいのフルコンボ。溺愛系旦那様の最高峰である。

つくづくとシルヴィア伯爵と結婚できてよかった、とルーナは思った。

ルーナの視線に気づいたシルヴィア伯爵が、マナー違反にならない範囲で労るように身体を寄せた。ルーナは嬉しくなって、こっそりとシルヴィア伯爵の小指に自分の小指を絡める。

ステラが自由になったので、謁見の間で顔面蒼白になっている元セラステス侯爵など眼中にない。貴族社会に潜む魑魅魍魎を知っているルーナは、もう元セラステス侯爵が沈むだけだと理解しているからだ。

くふん、と満足げに微笑むルーナがシルヴィア伯爵の青い瞳に映る。

ルーナの神秘的なヘーゼルの瞳にはシルヴィア伯爵が愛しげに目を細める姿が映った。

人知れずこそこそと微笑みあって。

秘密裏に小指と小指でいちゃいちゃするルーナとシルヴィア伯爵であった。

ジャンジャンジャン!

「寄ってらっしゃい、観てらっしゃい!」

今日も弁士の声は元気ハツラツである。

「さぁさ! 『とある侯爵家の白い結婚』の11日目、結末のお話だよ〜! デルグトスの判決が決まったよ〜!」

ジャジャン!

ジャジャン!

ジャジャン!

弁士の指が忙しく動く。

「デルグトスは爵位剥奪! レリーヌとの結婚は白紙! レリーヌは侯爵家とは無縁だとしてデルグトスのとばっちりの累が及ぶことはなかったよ〜! やったね〜!」

「さすが国王陛下! わかってる!」

「国王陛下は名君だ!」

「素晴らしいっ!」

「レリーヌちゃん、よかった!」

「白紙なんて最高!」

観客たちが拍手喝采をして拳を振り回す。

「うっ、うっ、うっ……」

今日も今日とて儚さをフィーバーさせて涙を流すレリーヌ役の女優。

「お母様、侯爵家は恐ろしかったです……。家に戻れて幸福です……」

「ああ、レリーヌ……。苦労をさせてしまって……。これからは家で穏やかに過ごしてね……」

母親役の女優がレリーヌを抱きしめる。

「お母様……」

「レリーヌ……」

「「「うっ、うっ、うっ……」」」

レリーヌが泣くと条件反射のごとく涙腺をゆるませる女性客たち。

「幸せになって……」

「侯爵家は酷かったものね……」

「本当に後世に残る名作ですわ……」

女性客たちはハンカチを握りしめて感涙にむせぶ。

数メートル離れた場所では、デルグトス役の俳優が両手両膝をついて四つん這いとなって絶望している。

「……爵位が剥奪だと? 嘘だ! ありえない! しかも流刑地に送られての労働刑だなんて!」

喉から血を吐くように叫ぶ。

「違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 俺は侯爵だ! 侯爵なんだっ!!」

まさに狂乱という有り様の迫真の演技である。

「俺は侯爵だーーーーッ!!」

ジャンジャンジャン!

「こうしてレリーヌは幸福に〜、デルグトスは鉱山送りになったのさ〜。これにて『とある侯爵家の白い結婚』はおしまいだよ〜」

弁士の声を覆うように観客たちの拍手が空気を鳴動させる。

「フリード〜!!」

「レリーヌ〜!!」

「デルグトス〜!!」

興奮を抑えられない観客たちが足を踏み鳴らす。地面が揺れているみたいな大歓声である。

「愛している〜!!」

「ぞっこんだ〜っ!!」

「レリーヌちゃん、いっしょに幸せになろう〜!」

「デルグトス、喚いているんじゃねーよ。自業自得だろ!」

「バーカ、バーカ、バーカ!!」

「働けよ〜っ! サボるなよ〜っ!!」

観客たちは各々が好きなように声を張り上げる。

ジャンカ、ジャンカ!

弁士が弦楽器をひときわ大きく鳴らした。

「皆の衆〜! 次回のフリードは『レリーアはドアマットにならなかった』だよ〜。かわいそうな子爵令嬢の物語だよ〜。あ、わかっているよね〜? これも創作作品だからね〜。皆の衆、次も観にきておくれね〜!!」

その1年後。

ラヴァン伯爵のベッドの横に置かれた椅子にラヴァン伯爵夫人が優雅に座っていた。枕元の花瓶には薔薇が生けられていて芳香を漂わせている。

「ステラに求婚の申し込みが山ほど来ておりましたが、ステラは結婚をせずに好きな道に進みたいと隣国に留学をいたしましたわ。だんな様は女に学問は必要ない、とステラに専門教育を禁じました。でもステラは植物学を学ぶことを希望しました。きっと隣国で生き生きと勉学に励むことでしょう」

ラヴァン伯爵に限らず女性の学問を限定する社会風潮は根強い。しかし隣国は女王国ゆえに女性の権利はイマヴァント王国よりも進歩的であった。

「ルーナには子どもが生まれましたわ。可愛い双子の男の子です。これでシルヴィア伯爵家でもラヴァン伯爵家でも後継問題が解決です。理想としてはシルヴィア伯爵の能力とルーナの美貌を受け継ぐことが最強なのですけれども、それは贅沢というもの。健やかに成長してくれるだけで十分ですわ」

ラヴァン伯爵夫人が慈愛に満ちた菫色の瞳で微笑む。

「ステラもルーナも充実した人生を歩んでいますわ」

「ゥ゙ゥ゙ゥ゙ヴヴッ!」

ラヴァン伯爵が赤い舌を蠢かせて低く唸る。

「だんな様も喜んでくれますでしょう? 大切な娘たちですもの」

ラヴァン伯爵夫人の菫色の瞳が昏い光を放つ。

「そうそう。元セラステス侯爵は鉱山での落石事故で亡くなりました。まだ若い身なのに哀れなことですわ。でも、だんな様は長生きをしてくださいませね。身動きできぬままに長く長く生きて、どうぞ苦しみに苛まれてください」

優美な所在でラヴァン伯爵夫人が立ち上がった。

枕元の薔薇を一輪、ぐしゃりと握り潰す。花びらがバラリと落ちた。

「ッ、ゥ゙ゥ゙……」

ビクリ、とラヴァン伯爵が身体を震わす。

「では、だんな様。また明日」

陰険は貴婦人の嗜みである。

吐息のように微かな笑い声をラヴァン伯爵夫人がもらした。

薔薇の香が腐蝕するみたいに美しく微笑んで、ラヴァン伯爵夫人は寝室の扉を静かに閉めた。

そうして。

扉の外で、ラヴァン伯爵夫人は口元を両手で隠してウフフと笑う。

「少しは背筋が冷えたかしら? 時々はおしおきをして、だんな様の心を刺激してずっと健康でいてもらわないと。退屈だと身体も心も衰えやすいものね」

いたずらっ子のように明るい笑みをラヴァン伯爵夫人が浮かべる。

「わたくしも老化は大敵ですもの。刺激をもらうために今日もフリードの寸劇を観に行きましょう」

すっかりフリードのファンとなり、足取り軽くラヴァン伯爵夫人は歩くのであった。