軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35 正ヒロインを探せ①

その夜も、わたしは夢を見た。

泉のほとり、花々が咲き誇る小さな庭園の中で、淡く揺れる波紋を眺めながら佇む少女――わたしの姿をした“もうひとりのリリーベル”がいる。

そこに、キース様が現れた。無表情ではあるけれど、差し出された手には優しさが宿っていて、彼女はそっとその手を取る。そして、穏やかに微笑むのだ。

『ありがとう、キース様……今日も来てくれて』

――ああ、これは。

わたしは俯瞰で気付いてしまった。

夢の中のリリーベルは……小説世界のリリーベルは、間違いなくキース様を慕っていた。

きゅ、と胸が締めつけられる。わたしの知らない時間、知らない想い。けれど確かに、リリーベルは毎日キース様が来てくれるのを心待ちにしていたのだとわかる。

『……リリーベル様、また来ます』

『はい……! お待ちしております』

心細さや孤独を隠して、彼だけを頼りにしていた。けれどその優しさは、命令されてのこと。

わたしは偶然そのことを知ってしまったけれど、離宮にこもっていたリリーベルは知り得なかったのではないだろうか。

まるで映し鏡のように見る夢。もうひとりのリリーベルの生きる風景。

彼女がいつか、キース様の偽りの姿に気付いてしまったらと思うと、自分のことなのに胸が痛い。

リリーベルは最期まで知らなかったのだろうか。それとも……。

──わたしはパチリと目を開けた。

天蓋付きのふかふかのベッドの上。ルークお兄様の手配で整えられた離宮。少しも寒くなく、シーツは柔らかくて、あたたかいのに。胸の奥は、冷たい氷で満たされたように冷えている。

「リリーベル、幸せそうだった……でも」

夢のリリーベルが見せてくれた笑顔は、誰かを信じて、心から安心している者のそれだった。けれど、それが偽りの優しさだったと知った時、その心はどうなってしまうのだろう。

あの子は、最後まで気づかなかったのか。それとも――気づいていたのに、信じたかったのか。どちらにせよ、切なさが胸に広がっていく。

それでも、キース様に向けられる優しさの全てが嘘だとも思いたくない。

分かっているのに、キース様に優しくされる度に信じてしまいたくなるわたしがいることも事実だ。

なんだか冷や水を浴びせられた気持ちになりながら、わたしは以前まとめた小説ノートを手に取った。

(やっぱりあの小説のキーマンは、ヒロインのアデリナだと思う)

正直なところ、自分なりに色々と努力はしているけれど、やはり自分のことだけが何も分からない。

マルグリット妃の体調が良くなって、お兄様たちとの関係も少し良くなった気がしていて、エーファ様とはよくお茶をするようになった。

そうした変化は見られるけれど、死の原因だけがどうしても分からない。

この状況を打破するためにも、彼女に会えば、わたしの運命も変えられるような気がする。

「……行くしかないわ」

そう思ったわたしは、朝の支度を済ませるとロザリナとベルネにキース様のところに行くと言ってひとりになった。そして、東の庭園で抜け道を目指す。

小説で出てきた、アデリナと王子たちが密会のために使っていた場所だ。記憶を頼りに歩いて行くと、確かに垣根に人が一人抜けられるだけのスペースがある。

警備は大丈夫なのかという気持ちが頭に過ったが、正直助かったので内緒にしておこうっと。

籠を両腕で抱えながら、わたしはこっそりと城を抜け出した。

中には、薬草園で採れたばかりの乾燥薬草と、それを丁寧に仕分けた包み。消毒や咳止めなど、孤児院のような施設で役立ちそうなものを詰めてある。

「ヒロインはよく孤児院に行っていたのよね」

うまく庭園を抜けたところで、設定を思い返す。

アデリナ・ポルシェは子爵令嬢だ。

本来の小説の主人公である少女。小説では継母と義妹に虐げられる日々を送っているが、成り行きで参加することになった仮面舞踏会で王子と出会って恋に落ちるという展開だった。

──今は三年前だから、そのときとは状況は違うはず。

小説では、明るい性格のアデリナはよく市井に出て孤児院に顔を出していたと書いていたから、会うためにはそこしかない。

「……たとえ直接関わらなくても、せめて状況だけでも見ておきたいもの」

わたしの独り言に、応える者はいない。だけど、足は自然と城下へ向かっていた。ところが。

「……どちらへ行かれるおつもりですか?」

凍りつくような声に、ぴたりと足が止まった。

ゆっくりと振り返ると、そこにはキース様の姿があった。

いつの間にか、すぐ背後にまで来ていたらしい。木漏れ日の下で、その金の瞳が鋭く細められている。

「き、キース様……なぜここに……?」

「おかしな時間に、妙な方向へと向かわれる方がいらしたので。見覚えのある後ろ姿でしたから」

さらりと言うキース様。

そ、そんなことわかるものなのかしら⁉

わたしは心の中でごめんなさいと叫びつつ、表情を整えてぺこりと頭を下げた。

「その、ちょっと……気分転換の散歩をしようと……」

「おひとりでですか? 薬草を持って……?」

「はい……」

こっそり抜け出してきたので、護衛がいるはずもない。説明もできないのでお兄様たちにももちろん告げていない。

キース様は呆れたように息をつく。

「……なるほど。では、ご一緒いたします」

「えっ⁉ いえ、それは……」

「殿下がひとりで城下へ出るなど、危険すぎます」

城に連れ戻されるかと思っていたのに、予想外の提案を受けて頭がひどく混乱した。止めなくていいのだろうか。いや、わたしが言うことではないけれど……!

侯爵からの命令には、わたしの監視も含まれているのかもしれない。そう思うと、夢のことも思い出して少し悲しい気持ちになる。

わたしがいなくなっても、この城は今まで通り何も変わらないと思うのだ。

未だにお父様は、 リリーベル(わたし) には会ってくれない。

「では、ぜひともついてきてください! 行き先はわたしが決めています!」

「ええ。どこへでもお供いたします」

やさぐれた気持ちで言ってみたら、するりと了承された。

淡々とした口調ではあったけれど、どこかほんのわずかに、優しさがにじんでいたように感じてしまうのは、現実逃避なのかも。

それでも、わたしはそっと胸に手を当てて、夢のリリーベルが見ていた世界の続きを、今のこの世界で確かめてみようと心に決めた。