軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 第一王子の生誕祭③

「ルーク兄様、このたびはお誕生日おめでとうございます」

胸を張ってはっきりと言葉にすると、ルーク兄様は柔らかな笑みをたたえていた。

「ありがとう、リリーベル。来てくれて嬉しいよ」

儀礼的な挨拶とはいえ、こうしてきちんと受け入れてもらえたことに胸の奥がじんわりと温かくなる。

夢で見た未来では、わたしはもうこの場にいなくなっていた。二人と話すことができないまま、ひっそりと会場から外に出たのだ。

でも今は、こうしてお祝いの言葉を伝えられた。

ほくほくとしていると、隣にいるキース様も一歩前に出る。

「ルーク殿下。おめでとうございます」

「キース、ありがとう。なかなかエスコート姿も様になるじゃないか。僕は挨拶回りがあるから、その間も妹を頼むよ」

「はい。言われなくても」

「ははは。よい番犬だ」

キース様とルーク兄様は気安い会話を交わしている。キース様の表情は全く変わらないが、それを逆にルーク兄様が面白そうに眺めている。

少なくとも、わたしの目にはふたりの間にはちゃんとした友人関係があるように見える。

「……あれが、第一王女リリーベル様?」

「……ずいぶん、印象が違うわね」

そのとき、周囲からささやく声が聞こえた。

わたしはぎゅっと拳を握ったけれど、顔には出さなかった。

大丈夫。これまで空気のように扱われてきたけれど、わたしは、変わるって決めたのだから。

「リリーベル、後ほどまた話そう。そうだ、マルグリット妃が君を探していたよ」

「マルグリット様が?」

「ローラントと共にいると思うから……ほら、あそこだ」

ルーク兄様が、目で合図してくれる。

その視線の先、会場の右奥の辺りに人だかりができていて、赤い髪が頭一つ分飛び出している。あそこにローラント兄様がいて、マルグリット妃も歓談しているのだろう。

「はい、わかりました!」

ぱっと笑顔を返して、わたしはその場を下がった。

そしてそれを見計らったかのように、ルーク兄様の周りにはどっと人が押し寄せる。さすがはお兄様だ。

(マルグリット妃のところに行かなきゃ)

わたしは小さく胸の中で呟き、ローラント兄様のいる場所へと向かおうとした。

その瞬間。まるで空気が微かに震えたような気配がした。背後から、誰かの視線を強く感じる。

振り返るよりも先に、きっちりと磨き上げられた床に、硬い靴音がコツコツと響いた。

その主が、迷いのない足取りで、まっすぐこちらへと向かってくるのがわかる。

「おや、第一王女殿下ではありませんか」

落ち着いた、だがどこか重みを含んだ声。

振り返ると、黒地に金糸の夜会服を纏った一人の男が、悠然と歩み寄ってくるのが見えた。

堂々とした歩みで人々の間を縫いながら近づいてきた男は、遠目にもひときわ目を引いた。

黒髪に、鋭く光る金の瞳――ヴィンターハルター侯爵だ。

キース様と同じ色を持つ、彼の父親。

侯爵の視線が、するりと会場をなぞり――そして、こちらに向けられる。

正直なところ、わたしは戸惑っていた。こうして声をかけられるのは初めてだ。

わたしは離宮に閉じこもっていたし、侯爵もまた王宮の政治の場に顔を出すことはあれど、わたしに興味を示したことはなかったもの。

こういう場で先に名乗るのは身分の高い方。王族の端くれとして、わたしは深く、丁寧に礼をする。

少しだけ、声が震えてしまったかもしれない。だけれど、ここで逃げてはいけない気がした。

侯爵はそんなわたしを、少しだけ意外そうに眺めたあと、胸に手を当てる。

「お目にかかるのは初めてですね、王女殿下。ヴィンターハルター家当主、エドガー・ヴィンターハルターにございます。王女殿下とは、今までご挨拶の機会がなかったことを悔いております。随分と美しく成長しておいでだ」

侯爵は優雅に微笑む。低く落ち着いた声だった。

「……ありがとうございます。ヴィンターハルター卿。わたしも、こうしてお話できて光栄です」

「何たるありがたいお言葉。王女殿下におかれましては、ご壮健であられますこと、何よりに存じます」

目尻の辺りがキース様とよく似ている。父親なのだから当たり前なのだろうけれど。芝居がかったところはなく、むしろ自然体だ。それだけに、底知れぬものを感じさせる。

隣を見ると、キース様は表情を変えずに静かに控えている。

「王女殿下には、いつも息子が世話になっているようで。彼も、殿下のおそばにいられることを光栄に思っているようです」

侯爵が、ふっと柔らかく笑う。

「キース、お前もそう思うだろう?」

突然、話を振られたキース様は、ゆるりとまばたきをした。

「……そうですね」

表情こそ変わらないものの、どこかぎこちない声色。

それを見て、侯爵は満足げに頷いた。

「王女殿下、これからも息子をよろしく頼みます」

それだけ言うと、侯爵は優雅に微笑みながらその場を離れていく。

(なんだろう、笑顔なのにすっごい威圧感だった……!)

この短時間の会話で、ものすごく疲れてしまった。あのときキース様と侯爵の密談を偶然聞いてしまったからか、胸の奥に引っかかるものがあって……!

わたしはスーハーと深く息を吸い込んだ。落ち着かない心拍をなんとか整えないと。

そんな時、「おい、リリーベル!」と。朗らかなよく通る声が響いた。