軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 第一王子の生誕祭①

王宮の大広間は、絢爛豪華な装飾に彩られ、金の装飾が施された柱が、淡い灯火に照らされて輝いていた。

天井から吊るされた巨大なシャンデリアが燦然と輝き、貴族たちは華やかな衣装をまといながら、優雅にシャンパングラスを傾けている。

華やかな音楽が流れ、笑い声が絶えないこの場所は、まさに王家の第一王子の誕生日にふさわしい光景だった。

その場に立つわたしは、そっと深呼吸をした。

(……やっぱり、夢で見たとおり)

ぱちぱちと瞬きをする。

自分が以前見た夢と、今目の前で繰り広げられている光景が、ピタリと重なる感覚。

飾られた花々の色も、天井のシャンデリアの光の角度さえも、夢で見た未来と寸分違わない。

(あの夢は、ただの幻想じゃなかった。……きっとあれは、本物のリリーベルが体験した未来の断片なのではない?)

胸の奥が、少しだけざわめいた。

思い返すのは、ほんの数日前の出来事だ。

わたしは、離宮の泉の前で水魔法の練習をしていた。そのとき、ふと――気まぐれのように、泉に指先から魔力を流してみたのだ。

そしてその夜、わたしは夢を見た。

夢の中で、リリーベルは王宮の外廊下を歩いていた。

ちょうど曇り空の朝で、雨が上がったばかりのような湿った空気が漂っていた。

足元には、雨水が溜まった小さな水たまりが点々と続いていて――。

向こうから、ひとりの侍女が慌ただしく駆けてきた。

顔はぼんやりしていたけれど、着ているのは確かに濃い色の仕着せだ。

そしてその侍女がこちらに顔を向けたと思ったら、わざとらしくリリーベルに体当たりしてきた。

反射的によろけたリリーベルは、水たまりに尻もちをついた。

びちゃっと、冷たくて……すごく、情けない気持ちになったまま目が覚めた。

寝覚めの悪い夢。でも、この話はそこで終わらなかった。

その日のこと。わたしはその夢をぼんやりと思い出しながら廊下を歩いていた。

すると、夢と同じように、向こうから同じような侍女が走ってきたのだ。

水たまりの位置も同じで――思わず、わたしは直前に一歩身を引いた。

結果、ぶつかることなく、侍女の方がバランスを崩して水たまりに転んだ。

(あの時、はっきりと思った)

――この夢は、未来の予知になっているのかもしれない、と。

そしてそれは、すべての夜に見るわけではない。

泉に意識的に魔力を注いだ日、その時だけ“未来のリリーベル”の一日を、まるで映像のように追体験する。

(泉が、夢の鍵になっている)

そう気づいてからは、夢の内容にも慎重に目を向けるようにした。

この世界で、わたしが生き延びるために――何が起きて、何を防げるのかを知るために。

(あっ、あれはエーファ様だわ)

わたしは会場の一角に目を奪われる。

広間の中央では、麗しいドレスをまとった令嬢たちが目を輝かせながら、華やかな笑顔で社交に興じている。

その中に、ひときわ目立つご令嬢がいた。キース様とよく似た黒髪金眼の美しいご令嬢――エーファ・マティルデ・ヴィンターハルター……そう、キース様の妹で、小説での悪役令嬢だ。

彼女は美しいウェーブがかかった髪を揺らしながら、取り巻きの令嬢たちに囲まれている。

王太子の隣に立つことを狙う者たちが、彼女を取り囲み、牽制し合うように視線を飛ばしているのがわかる。

やはりとんでもなく美しい。キース様も美しいから、まさにそうなのだけれど。

(あれ、おかしいな。確か、夢ではエーファ様はキース様と一緒にいたはず)

夢との違いが気になって、わたしは視線をちらりと隣に移した。

そこには、深い紺色の礼装を纏ったキース様がいた。端正な顔立ちは普段よりもさらに整って見え、王宮の格式ある雰囲気に溶け込んでいる。

「リリーベル様、どうかしましたか?」

その声に心臓が跳ねた。

黒曜石のように艶やかな黒髪は、いつもよりもすっきりと後ろに流されていて、形のよい耳がちらりと覗いている。耳にかけられた髪のすぐ下には、首筋にかけて落ち着いた光沢のある髪が流れ、そこだけで妙に視線が吸い寄せられる。

「い、いえ。なんでもありません、キース様」

色気たっぷりのキース様に心の中は大騒ぎだが、わたしは淑女のふりをした。

「本日の装い……よくお似合いです、リリーベル様」

わたしが頬の熱をどうにか誤魔化していると、すぐ隣から、落ち着いた低音の声が響いた。

その言葉に、心臓がまた跳ねた。

「こ、こちらこそ素敵なものを見せていただきありがとうございますっ、じゃなくて、ええと、素敵なドレスをありがとうございますっ……!」

口からキース様への賛美の声が漏れそうになるのを必死で抑えながら、わたしは焦ってスカートの裾を握りしめた。

今日のドレスは、淡い檸檬色の絹に白い刺繍が施された、ふわりと軽やかなものだ。胸元には小さなパールの飾りが揺れていて、花びらのような袖と合わせて、やさしい春の光にとけるような一着。

わたしには、もったいないくらいに素敵なドレスだった。お兄様の誕生日の一週間前に離宮に届けられたときは、ベルネとロザリナも興奮していたものだ。

「とても、綺麗です。では、エスコートいたします」

キース様が差し出した手を見つめ、わたしは一瞬、躊躇った。夢と違うもの。

夢の中では、彼はこの場にはいなかった。エーファ様と一緒にいる彼を、ただじっとみつめるだけで、リリーベルはひとりぼっちだったのだ。

エスコートを、という話をしていただいただけでも驚きなのに……何かが変わっているといいな。

キース様は父親であるヴィンターハルター侯爵からわたしと仲良くなることを厳命されている。きっとこの行動もそのためにあって、他意はないのだ。勘違いしないようにしないといけない。

こっそり息を吐いたわたしは、そっとキース様の腕に右手を置いた。

「……ありがとうございます」

わたしが小さく礼を言うと、キース様はただ無言のまま、ゆっくりとわたしを広間の中央へと導く。

「お兄様っ!」

高く澄んだ声が響いたかと思うと、細い手がするりとキース様の腕に絡みついた。

「……エーファ」

キース様が低い声でその名を呼ぶ。

その腕にしがみつくようにして、エーファ様が立っている。

キース様に抱きつきながら、彼女の瞳には私が映っている。その金色の瞳は鋭く、まるで猛禽のような光を宿していた。

華やかでありながら気の強さを感じさせるその佇まいは、小説の中で「悪役令嬢」として描かれていた彼女そのものだ。